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「サキは死んだ。これから新しい炎龍の跡を継ぐ者が来るまでワシがそのままやる」
「あー、陽炎ここ一番長くないか?」
「そうなの? 私がここに来た時にはみんな大人だったから分からないわ」
「わらわより上じゃな」
「ど、どうして……」
大人たちの会話にトオルはそう呟くのが精一杯だ。
陽炎は集まった面々の顔を見た後それだけ言うと集まっ面々がざわついてるのを尻目に自らの住み処へと戻って行った。
サキとトオルの婚約から八年。大人たち曰くトオルたちへの龍の受け渡しは半分以上進んでいる。
最近ではトオルたちも己の中に龍が居て少しだけならばその龍とも会話することが出来るようになって来た頃だったのに、ここまで来たらもう心配するようなことはないって言っていたじゃないかとトオルは目の前が真っ暗になってしまった感覚の中俯くしか出来ない。
「トオル……」
「……」
集められた子どもたちもサキの死に困惑しているが、その中でもサキと婚約までしていたトオルが一番辛いだろうと白が声を掛けるがトオルには聞こえてないのか聞こえてたとしても反応する気力までないのかは分からない。
それは大人たちの方にも伝わったのか、さっきまでわいわいと喋っていた面々は黙ってトオルと葉山の顔を見比べている。
「……お主たちこういう時ばかり」
「いや、でもトオルは葉山のところのだから俺たちが口を挟むのは違うだろ」
「……トオル」
しばらく利光を睨んでいた葉山だったが渋々トオルに声を掛けた。
「トオル聞いておるのか?」
「……行ってきます」
トオルはしばらく無反応だったが、葉山が声を掛け続けているとぴくりと反応したかと思ったら勢いよく立ち上がって陽炎の後を追いかけてしまった。
「おい、あれよかったのか?」
「サキと婚約までしてたのだから致し方あるまい」
「だけど、他の龍のことに口出しするのは……」
口ごもって言うがあまりよくないのではと言う初に葉山は頷く。
「しかし、あれにも気持ちを整理する時間が必要だ。ならば、陽炎には迷惑かもしれぬが、少々我慢してもらうしかあるまいて」
「しかしだな」
「あの……」
あくまでもトオルを庇おうとする葉山に他の面々が注意しようとしているところに割って入る声があった。
「優日か。どうかしたか?」
いつも大人たちの会話に入るような真似はしなかったのにと葉山が声を掛けると優日は少し居心地が悪そうにしながらも気になったことを尋ねる。
「どうして皆様そんなに冷たいのですか?」
「冷たい?」
「だってサキが死んだんですよ! 何年も一緒に居たのに」
「だが、我らは龍でもあり、この国の守護神でもある。お主たちの誰かが死んだとて涙を流す訳にはいかぬ。それに、サキが死んだのなら後数年もすれば代わりの者が来るのだからよいではないか」
「そんな……」
子どもたちはここに来た時からお互いを兄弟、又は親友か仲間のようにお互いを励まし合い恐らくかなり窮屈で退屈になるであろう将来を憂いることなく過ごせるようにと思いながらここまでこれたのに夕月の物言いに優日は目に涙を浮かべた。
「龍の後継者なら代わりが居るのは当たり前かもしれません。でも、サキは龍としてではなく私たち個人にとっては代わりの利くような存在ではありません」
「ぬるい。初、そなたはどういった教育をしてるのだ!」
「そう言われてもねぇ……これは一人二人の考え方って訳でもなさそうだよ」
その言葉に子どもたち全員に目を向けると皆が涙を浮かべて泣いていた。
「……ふん」
葉山と夕月は二人揃って鼻を鳴らしてそのまま行ってしまった。
残された初と樹と月乃と利光は子どもたちにどう説明しようかとお互いを窺い合う。
「……そういえば昔龍になりそこなった子が居たな」
「そうなの? その時はどうしたの?」
樹の言葉に月乃が興味を持ったらしく身を乗り出して聞く。
「その時も今と同じような感じだったよ。前の龍がこうやって僕たちを集めて説明しただけでしばらくしたら次の子が来た」
「あら、やっぱり今と同じね」
「でもさ、それじゃこいつらも納得出来ないみたいだし月乃何かいい案あるか?」
「ええっ私? 何で私なのよ」
「だって月乃が一番ここに来たの遅かったから外での風習とかこういうどうするかとあるだろ」
何てあやふやな言い方なんだと利光を睨みながら月乃は「そんなの殆どどの時代でも変わらないでしょ!」とぷりぷりしながら言う。
「お葬式あげてお墓に遺骨を埋めて時たまお墓参りに行ったり……今もそうでしょ」
「えっ、あ、はい」
「ほら」
いきなり話を振られた子どもたちはびっくりしつつも頷いた。
その返事に月乃は満足げに頷いた。
「そういやそんなのあったな」
「数百年前のことを忘れるなんて耄碌したわね」
「だから後継者がみんな居るんだろ」
「あ、そうだったわ」
そこで四人はひとしきり笑うと子どもたちに視線を向ける。
「お葬式はここじゃしないけど四季の森にお墓を作るぐらいは許されるでしょ」
「いいのですか?」
「ええ、私たちにはサキが居なくなって悲しいとかは分からないけどトオルと一緒に作るといいわ」
「ありがとうございます!」
みんなで礼を言ってその場から飛び出して行った。
「若いわね」
「そうだな」
「ここに居ると時間なんてあってないようなものだからな」
「俺たちに残された時間は後どれくらいかな」
「さあ? あたしたちはいつ死んでもいいようにあの子たちを育てていかなくちゃいけないのよ。そんなこと考えても仕方ないじゃない」
「そうだけどさ……」
皆次代が生まれたのだ。
龍を全てあの子たちに渡してしまえば初たち今の龍と一体化した者たちは霧のように消えてしまう。
だから歴代の者たちはそれまでの数年間を次代を育成することに力を注いできた。
なので大人たちにとって自分たちの次代以外には関心が殆どない。たまにこうやって集まるのもどちらかと言えば自分たちの次代の自慢話ばかりしている。
「……でも、あの子たちなら私たちが死んで自然に溶けて行ったとしても悲しんでくれるかもね」
月乃の呟きに答える声はなかった。