過去の傷③
あれから3日経った。
あの後、気絶していた僕は、辺りが暗くなってから目を覚ました。
ボロボロになった体を、引きずるようにしながら家に帰宅する。
家族に心配かけないように身だしなみを、ある程度整えたつもりだったが。
所々に傷が残っており、やはり心配させてしまった。うまく誤魔化して事なきを得たが。
学校の様子も最悪だった。
今まで影からイジメをしていた、連上グループが表立って、僕をいじってくるようになった。
海の奴が世間体を気にしているのか、まだ直接的な行動には出てないが。
クラスの雰囲気は変わりつつある。
変わるといえば一番変わったのは、卓也の奴だ。
髪を茶髪に染め、眉を剃り上げ、ピアスをじゃらじゃら着けていた。
さすがに体育教師に連れて行かれ、かなり説教されていたようだが全く懲りた様子はない。
そして卓也は弱い立場にいる人間を、積極的に苛めるようになった。
具体的には僕を含めたカースト下位を、ターゲットにしている。
卓也が連上グループに加わった事もあり、抵抗できる人間はいない...
お昼のチャイムが鳴って、給食の時間になる。お盆を持って、列に並び食事を受け取る。
後ろから誰かが思いっきりぶつかって来た。
咄嗟のことで、持っていた食事を床に盛大にぶちまける。
後ろに立っていた卓也は、蔑んだ目で見下し、ニヤリと嗤う。
さらに僕の背中を突き飛ばし、四つん這いになった僕の背中を、力ずくで踏みつけぐりぐりと押さえつける。
「たくっ汚ねぇ野郎だな。汚れた床は、ちゃんとお前の服で綺麗にしないとな。にしてもこの雑巾、全然使い物にならねぇやw」
「た、卓也もうこんなこと止めるんだ!ホントのお前は、こんな奴じゃない...心優しいごはっ」
「いつまで上から目線で説教たれてんだ、寝言は寝て言え!これが本来の俺様だ!お前はもう俺様より下なんだよ」
ここで後ろの方でずっと様子を見ていた海がゆっくりと歩いてくる。
「どうしたんだい?なんか揉めてるみたいだけど...」
「いやー海君聞いてくれよ、こいつとろくさい奴でさぁ一番前でチンタラやってるから列が全然進まなくて、後ろが迷惑してるんだ」
「そっかーでも乱暴は良くないよ!確かに海道君にどんくさいところもあるかも知れない、でも僕たちはクラスメイトじゃないか!クラスメイトは協力し合い時にはフォローし合っていくもんだろ?」
海は爽やかにそう告げると、イケメンフェイスで微笑む。
それを見たクラスの女子たちの顔は赤い、口々に格好いいだの彼女になりたいだの騒ぎ出す。
もちろん海は仁の心配をしてる訳ではない。
卓也が暴走しそうになったら、絶妙なタイミングで割って入る。
そして、自分自身の評価を最大限まで上げるのだ。この手の印象操作は、お手の物である。
「そうだね!海君の言う通りだ、どんなに足手まといがいても見捨てるのは良くないよね」
「うん!卓也がわかってくれて嬉しいよ!」
そして、その日の放課後...
「おらぁぁもっと抵抗してみせろよ!」
「もうやめてくれ…」
「海君、おれにもやらせてよ!」
「海の奴今日はかなり溜まってるみたいだな」
「海君過激だねぇ昼間とは別人みたいだお、やんっリオンどこ触ってんのぉ」
「今日は集会あんのかよ」
僕は連上グループに連行され、人目につかない所に連れて来られていた。
海はストレス発散とばかりに僕を殴る。
卓也は順番待ちしてる子供のようにそわそわし、リオンは抱き寄せていた里香の後ろから手を回し、たわわに実った果実を揉みしだく。
さつきはレディースの族仲間と、ラインをやり取りし、集会について頭を悩ませていた。
「な、何でこんな事に...こんな非道がまかり通っていいのか...この世には神も仏もいないのか...だったら法律で裁けない悪は誰が裁くんだ...何もわからない...ただ...僕に...力さえ...力さえあれば...」
蚊の鳴くような、消え入るような声で仁は呟く。
この世のあらゆる理不尽を呪って、仁の心の奥深くに漆黒の炎が灯った...
その炎はまだまだ小さい。
だがその存在感は圧倒的で、全てを飲み込まんと轟々と燃える...
「ふう、コイツサンドバックには最高だな!家にいると息が詰まってね。連上財閥の後継者ともなると色々重圧がきついんだ!今年は受験だし周囲の期待も大きい。まあ君みたいな愚民には、到底理解できない話だろうけどね。君のおかげで、いい息抜きができているよ。これからも俺の専用のサンドバックとして、しっかり励んでくれたまえ」
「海君、そろそろそのサンドバック、使わせてもいいかな?」
「ああいいぞ卓也!特別に貸してやるよ」
「ひゃっほー」
「好きだな、てめぇらも、じゃあ俺も楽しむとするかね」
「ひゃん、だめだょリオンこんなとこでぇホテル行こっ」
「あーしも用事できたから先帰るわ」
彼らはまだ知らない...自分たちの生む出した、二匹の怪物の存在を...
ダンジョンという特異なものが発生し、変質してしまったこの世界の現実を...
それから半年経った。地獄のような日々だったが、僕は何とか耐え抜いた。
何度も何度も挫けそうになったがその度、家族が元気付けてくれた。
怜と母さんにはいくら感謝してもし足りないな...
そして現実を知ることで悟った。僕はモブだ。
突き抜けた才能もなく、何の取り柄も無い雑魚キャラ。
連上海のようなチートキャラとは違う。
何でもできる天才は、きっと何にでもなれるだろう。
ゲームで言えば、海が主人公で僕はモブ。
きっと付け入る隙もなく、そのままエンディングを迎えるだろう。
だがここは現実だ!それもダンジョンの存在する。狂った世界。
モブにもモブの意地もあらば誇りもある。そして決して譲れないものも。
今は甘んじて受け入れよう。
気配を消し、存在感を薄める。空気に溶け込み、背景と化す。
よしこれで僕はモブだ。
だが良く覚えておけ連上海!!
いつの日か僕が主人公に相応しい力を手に入れたら...
お前らの前に立ち塞がって、死ぬど後悔させてやる...
仁の心の奥底で燃え続ける漆黒の炎、憎しみという思いをくべて、なおも熾烈に燃え上がる。
最初は小さかった火も、今ではかなりの大きさになった。
それを遠くから見つめる者たちが居た。この世ならざる存在である彼女達。
ある者はまるで愛しい者でもみつめるように。
あるものは待ち望んだ主を、目にしたような敬愛の眼差しで。
あるものは研究対象を見つけた、研究者のような好奇心旺盛な目で、それぞれ見つめる。
埒外の存在である彼女達は、今か今かと、そのときを待ちわびる。悪しき者たちに魅入られた1人の男の物語が今、始まる。
~蓮上海 視点~
僕の名前は蓮上海。蓮上グループの後継者だ。
蓮上グループは金融業、貿易業、造船業、ホテル業、外食産業しいては医療に至るまで、幅広い分野で躍進を遂げている。
押しも押されぬ、大財閥である。
僕はそこの長男として、生まれた。
小さい頃から何をしても人並み以上に出来ていた。
むしろ周りの者が何でこんな簡単な事ができないのか不思議でならなかった。
何年も努力し続けて来た者が始めて間もない僕に敵わない。
勝手に絶望して、勝手に挫折して、転がり落ちていく。
そういえば、バイオリン7年やってた者が居たが、始めて2週間の僕に負けて、泣きながら飛び出して行った事もあったか。
周りの者達は、天才だの神童だの騒ぎ立てているが、僕には全く理解できない。
だって僕にとっては、それが当たり前なのだから。
こんな僕にも、1人の親友が居た。名を川原拓海という。
彼は小学校に入った時からの付き合いで、どんなことでも気兼ねなく離せる仲だった。
彼との時間はとても楽しく最高の友達だと思っていた...
そして、彼は事あるごとに、僕と競おうとしてきた。僕にはそれが嬉しくて堪らなかった。
今までに居なかったから...僕と付き合いを持った者は、その才能を知って離れていく。
その繰り返しだったから...
だが彼は、他の人達と違った。
例えテストの結果で負けようと、運動で僕に競り負けようと、ゲームで僕に負け続けていても諦める事はなかった。
何度も何度も挑み続けてくる。
僕は彼とのそんなやり取りが楽しかった。
そしてその日常がずっと続くと思っていた...
それは中学2年になって、拓海と一緒に帰っていた時のことだ。
「ふぅ~やっと学校終わったね!拓海」
「そうだな...」
「このあと、どうする?遊びにでも行こうか?」
「なあ...海、今回のテストどうだった?」
「テスト?うーんいつも通りかな。5教科で480点くらい」
「今回は、勉強したのか?」
「いや、授業聞いてれば、だいたい分かるし」
「そうか...悪い用事があったから俺、先帰るな」
「うん、またね」
最近は、拓海とはこんな感じだった。
まあ色々忙しいのだろうと僕はあまり気に留めなかった。
そして、それから2週間後に事件は起る。
手紙で女子に呼び出された。放課後、待ち合わせ場所に向かう。
僕は拓海との用事があったので、早く済ませようと。駆け足で向かった。
そこには、愛くるしい感じの女子が居た。
彼女の名前は斉藤美和、拓海が思い続けていた、思い人だった...
「ごめんね、いきなり呼び出しちゃって」
「気にしてないよ。それで僕に何か用かな?」
「うん...実は私、前から蓮上君の事好きだったんだ。私と付き合ってくれないかな?」
「ごめん、今は誰とも付き合う気はなくて」
「そっか、仕方ないね。わかったよ」
「ごめんね」
「ああ、気にしないで」
(ふっバカな男)
その時、後ろで物音がした。そこには拓海が立っていた。
拓海は必死に走り去って行く。僕も必死に追いかけて、腕を掴んだ。
「ま、待って!拓海」
「離せ!離せよ!!」
「僕、断ったから...だから...」
「うるせええええええええ はぁはぁ...お前いつもそうだよな...ろくに努力もせずに何でも手に入れて、俺の欲しかったゲームも必死にお金を貯めて買った釣竿やロードレーサーも何の苦労もなく手に入れた...だから俺は別の事でお前に勝とうとした...必死に勉強した、体を鍛えたり色々な運動を体験してみたり...何か1つで良かった...たった一つお前より優れているものさえあれば、それで良かったのに...でもお前は何一つとして与えてはくれないんだな...ずっと好きだった人まで...」
「拓海...ぼくは...」
「海、知ってるか?俺、最近は寝る間も惜しんで勉強してるんだぜ。それでもこの前のテスト450点だった...それが凡人の限界なんだ...わかってる、お前が何一つ悪くないってことは...だがお前が許せねぇんだ...憎いんだ...これは男の醜い嫉妬だろう...俺はもう...限界なんだ...」
「.........」
拓海は何とか搾り出すようにそう告げると、背中を向け歩いて行く...
僕には何も出来なかった...
彼に声を掛けることも...
追いかけることも...
彼が泣いていたから。彼の魂からの叫び、心からの嘆きだったから。
ダムに長年溜まり続けた水はいずれ決壊する。
彼の心に長年溜まり続けた不満もまた決壊したのだろう...
そしてその濁流により飲み込まれた僕は...思考も心もぐちゃぐちゃになるのだった...
それから拓海とは会っていない...
あの日から俺の中の何かが変わった。
所詮はどいつもこいつも同じって訳か。
人と人が本気で分かり合えることなんてありはしない。
だったら自分以外は全て敵。
散々利用して、使い潰してやれば良い。
蓮上グループの後継者、蓮上海としてな。
俺は夜遊びするようになり、悪い友達もたくさん出来た。
刹那的な欲求に身を任せ、好き勝手に振る舞い続ける。その毎日が楽しかった。
その時だけは、何も考えなくて済む。全てを忘れてハイになれる。
そんな毎日を繰り返すたびに海の性格は歪んでいった。
もう元には、戻れない。もう彼の中に善性は残されていないのだから。
中学3年になってからリオンと同じクラスになり、一緒に色々悪さをした。
そのあと里香やさつきとも仲良くなったんだよな。
まあ友達でも何でも無いけど。俺にそんな浮ついたものはいらない。
でもリオンの奴は手駒としては中々だな。バカな奴ほど扱いやすいとは良く言ったものだ。
そういえば、親父の奴が人を見抜く目を持てとか言ってたな。
あと優秀な人材を見つけたら、仲間に引き入れろとか人脈どうこうって事も...
喜べ親父!優秀な連中は集まっているぞ。
仲間じゃなくて手駒だけどな。中には一回きり、使い捨ての消耗品もあるぞ。
海は醜悪な顔でニヤリと笑う。
まあそう言ってもいつまでも親父に頼ってる訳にはいかねぇ。
俺は自分自身の力で成り上がってやる!それには圧倒的な力が必要だ!
1発で周りを黙らせる事のできる程の武力が...
そのためには、冒険者にならないとな。
きっと、俺には誰よりも才能があり、簡単にトップに立てるだろう。
そしていずれはあの野望を果たす。
海は夜の街を、歩きながら自分の未来に思いを馳せる。
(ダンジョンルーラーに俺はなる)
くしくも交錯する未来、何の因果か宿命か、海はまだ自分の前に立ち塞がる男の存在を知らない。




