8890日:深淵を覗く時同時に深淵に覗かれているとしたらマウントを取れるのはより深い方であると言える
この物語は実在の人物や国家、宗教とは無関係です。
天才魔道士、ミナの精神性は異常であると言えた。いや、わかってはいたつもりではあるのだけど、ここまで異常であることを示されてしまうと、僕も少し対応に困ってしまう。常識が通用しないからだ。普通の人間は、死を恐れる。少なくとも僕はそうだ。もしも僕がミナと同じように、魔法を使うことで寿命が減ることを理解したら、僕はいかに魔法を使わずに生きることができるかを考えるだろう。使うとしたら「どうしても」のケースだけに留める。自分が生き残るため。自分の大切なものを守るため。しかし、ミナがそうではないことは先の一件で明確なものとなった。
共に魔王を倒す旅路を歩んだことは、僕の中で少なからずミナに人間的な好意を持つに十分な理由だった。魔王の死に際の呪いなのかどうかは結局不明でこそあるが、ミナから異性として求愛されていることも、困惑する気持ちはあれども、正直うれしいと言えばうれしい。そんな彼女が「時間切れ」によって死ぬところは、僕は見たくない。
時間を伸ばすこと。それがもしも不可能だとしても、最低限、無駄な消費を抑えること。それは彼女の残り時間を買った僕の命題であるといえた。そうするために、僕は彼女のことを、もっと理解する必要があると感じた。
「ミナ、デートをしないか」
「いいよ」
僕としてはだいぶ突拍子もない提案だったのだが、それを気にする天才様でもなかった。とはいえデートなんてものを生まれてこの方したことがない身。カロルに聞くかと悩んだものの、こういう時なんとなく自分でやろうと思ってしまうのが、負けず嫌いとも言える僕の性格だった。
後日、ソルの広場の前で待ち合わせた僕らは、とりあえずメインストリートのウィンドウショッピングからはじめることにした。
「欲しいもの、あったりするかい?」
「特にない」
「食べたいものとかは?」
「特にない」
難攻不落だ。しかし、そんなミナの視線を観察すると、案外店先の商品を見ていたりする。僕はその視線が、アイスクリームの屋台にしばらく向けられていることに気付き、「食べるか?」と提案すると案外素直に「食べたい」と帰ってきたので、2つ買って僕らは公園で並んでスイーツタイムを楽しむことになる。
「アイス、好きなのか?」
「別に。でも今は食べたかった」
「欲しいものがないと言ったが、もしも興味を持てそうなかわいい服があったら買う?」
「買う」
僕はなるほどと頷いてから持論を展開する。
「ようはその時その時が大事なんだな」
「そうかも」
つまるところ、この天才様には「計画性」という概念がないのだ。それは天才であるが故に、欲しいものはすぐに手に入って、やりたいことはなんでも出来たからによるものなのだろう。だから、自分の命も衝動で使う。そしてなにより、縛られることを良しとしない。思い出すのは、魔法の使用によって命が減ると気付いたことを「うれしい」と言った瞬間だった。今まで、自分の寿命は定められていると思っていた。しかし、そうではなかった。自分で決めることが出来た。それがうれしいと言った彼女の精神性は、まさに縛られることを拒絶する絶対的自由主義とも言うべきものなのだろう。
「私さ、夢がないんだ」
アイスを食べ終えたミナがふと語り始める。僕はそれに耳を傾けることにした。
「子どもの頃、将来の夢を考えろって言われた。みんな、お花屋さんとか、ケーキ屋さんとか、お嫁さんとか、それぞれ自由な夢を発想した。でも、私の将来は決まっていた。68歳を迎えてすぐに死ぬ。その『終わり』は確実なものとして決まっている。だから、私に夢はない。想像できない。終わりが決まっていること。それは、未来がないことだから」
「明日は未来なんじゃないのかい?」
「明日は途中かな。未来ってさ、それより先がわからないから想像できるもの、夢が描けるものだと思う。私にはね、ノル。『わからないそれより先』がないんだよ」
「だから君にとって、あと8890日の時間は、未来ではなく、途中だというのか」
「そう。それが4千しかなくても、2万あっても関係ない。私にとってこの数はね、『あるかないか』でしかない。お金と同じかな。お金はいくら持ってるかじゃない。ないか、あるか。その二元論でしかない」
「そして君は、やりたいこと、欲しい物があれば、すぐに動き、手にすることができる」
「うん。ずっと不思議に思っていたんだ。みんなさ、欲しいものがあった時に、『欲しい』とは言うけど、それを手にするための行動はしない。いつか、誰かが、それをプレゼントしてくれる。そんな不確定な未来を信じて、なんとなく『欲しい』と口にするだけ。ねぇ、ノル。ノルは私が魔法を使うと、無駄って思う時があるよね。愚かだ、理解できない。そう思っているかもしれない。でもねノル。私は逆に、普通の人が理解できないの。欲しいと口にすること、無駄だよね。極論さ。夢って、無駄だと思うんだ」
「そこに行き着くのか」
「うん。だから私に夢はない。『なれたらいいな』などという願いはない。私はただ『なる』から『そのために行動する』だけだよ」
現実主義なんだ。この天才は。それは極まってこそいるけれど、ある意味で、僕の思想の延長線上にあるように感じた。
「すまない、嫌な思いにさせるかもしれないから先に謝る」
「うん」
「死ぬのは怖い?」
「怖い」
「死にたくない?」
「死にたくない」
「なら、どうして魔法を使うのをやめない?」
その言葉に彼女は少し悩んで。
「魔法を使うと、寿命が縮むのって、私だけなのかな」
そう語り始めた。
「人間は誰もがいつか死ぬ。もしかしたら今まさに、空から隕石が振ってきて、私達は死ぬかもしれない。行動は常にリスクを伴い、同時に、命を縮めていく。それって誰でも同じだよ。私はただ魔法を使えば寿命が縮むことが数値化されているだけ。でも、ノルだって、そうやってアイスを食べて、歩いているだけで、寿命を縮めてるんじゃないかな。人間の体は、命は、どうあがいたって消耗品でしょ。それが嫌だ。老いたくない。死にたくない。そんな不老不死の願いってのは、いつの時代も荒唐無稽。それこそただの夢。不老不死になりたいと願うことは無駄。もしも不老不死に繋がる理論にいとぐちが見えているなら、それに向かって走ればいい。でも私は見えない。だから走らない。この数字が増えるかもしれない、減らないかもしれない、そんな可能性は私には見えてない。だから私は、そんな夢も見ない」
言ってしまえば、その通りであり、僕は反論する術を持たなかった。しかし。
「それでも希望にすがる弱い生き物が、人間なんじゃないかな」
「そうだね」
「感情に突き動かされて、無意味なことをしてしまうのが、人間なんじゃないかな」
「そうだね」
「それなら、君は……」
「人間じゃないのかもね。『お互い』に。人間じゃないなら、なんだろう。魔物かな。ううん、私もノルも、きっとそんな『事象』には収まらない。むしろ私たちは、事象を支配できる。だとしたら私達ってさ」
「……やめろ」
僕は明確に不快感を示す。しかしそれで彼女は止まらない。
「ううん、やめない。最後まで言うよ」
「……僕は勇者だ!」
「違うよ。ノルはね」
「嫌だ!」
逃げるような叫びだった。しかし、逃げられないのだろう。なにせ、僕も彼女も。
「魔王なんだよ」
――彼女が死ぬまであと8890日
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