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9932日:僧侶に大切なことは信仰心を伴う誠実さであるならば回復力と誠実さは比例して当然

この物語は実在の人物や国家、宗教とは無関係です。

 数日後、僕らはリューカの反政府ゲリラ組織、もといギルドを訪れた。自慢げに武器庫へと案内された僕らは、目の前に広がる光景に驚くことになる。


「この魔杖、今年の春に理論段階で完成したばっかりのだ」


 秘密のチートがあるとは言え、ミナのジョブは魔道士だ。故に、そこに並ぶ数百本の魔杖の力と価値は、彼女が知るところによる専売特許というやつだった。曰く、まだ耶麻での生産がはじまったばかりで、リースにはまだ数本しかないはずのもの。それ故に価値がつけられないのだが、もしもつけるとしたら、それこそ1本で一生遊んで暮らせるだけの額になるということだった。9980日に、僕の今の薄給9ヶ月分しか要求しなかった彼女の言う「一生遊んで暮らせる額」は、僕の想像する額よりも小さいのかもしれないが、少なくとも、一般人の目が飛び出る価格であることは事実なのだろう。さらに。


「それでいったらなんだこの剣! この軽さありえねぇ、逆に振りにくいだろって振ってみたらどうだ。振る瞬間だけ重くなりやがる! これがエンチャントってやつか。はじめて見たがすげぇな! うぉっ! 物を斬ると刀身が熱と電撃を発しやがる! 見ろよこの巻藁!」


 興奮するカロルが持つそれも、同じだけの価値があることは想像に容易かった。その魔法の剣が、同じく数百本。


「冒険者の練度など、これだけの高額な装備を前にすれば関係なさそうじゃな」


「見習いでもこんなの持たされたら、そこそこのレベルのやつとタメ張れちゃうのは事実でしょうね。あんまりいい気分はしませんけどね、ケニス師匠」


 それはある種、戦士として体を鍛えた身であるからこそ、プライドが揺らぐ瞬間だったのだろう。


「だ、だけど! やっぱり武器は使う人が大事ですよね! ですよね!?」


「ルリムは優しいな~。ま、その通り。練兵場とかあったら見せてもらえたり?」


 もちろん、と案内されたそこは、武器庫で感じた驚きはどこへやら。感じたのは落胆だけだった。まるでお遊戯会だ。そんな感想を自信満々のリューカの前で言うこともできず。カロルも作り笑いが精一杯のようだ。所詮は戦闘経験のないインテリ。才女は才女でしかないというところなのだろう。


「どう? 勇者の名、貸してくれる気になったかしら?」


「うーん、いや、はは。そうだねぇ」


 結論から言うとそもそも最初からない。今日ここに来たのは、公務員としての反政府ゲリラ組織の調査を堂々と行うためだった。まずいのはやはりあの武器庫だ。金に物を言わせて揃えたのならまだかわいかった。問題は、金を出しても手に入るはずがないものが並んでいたこと。これは背後関係を洗うのが大変そうだ。ともあれ、ここはなぁなぁの回答を返してリューカとのラインを切らないこと。それが重要だと考えた。の、だが。


「リューカって言ったっけ。もしかしてバカ?」


「は?」


 天才は生まれてこの方、腹芸などしたことがないのだろう。慌ててカロルが止めに入るが、僕はここまで来たらもう無駄であろうことを察してさじを投げた。落ちる肩を、ぽんぽんとケニスが励ますように叩いてくれた。


「武器はすごかったね。武器だけは。でも、兵の練度はがっかり。お遊戯会じゃない。カロルの作り笑い気付いてない? 所詮は戦闘経験のないインテリ。才女は才女でしかないってところかな」


 人の心の代弁はやめて欲しい。


「れ、練度に関してはこれから……!」


「そうね、これから。でもさ、私が言いたいのは、レベルの低さじゃない。戦おうって気持ちの低さ、もとい、無さの問題。お遊戯会ってのはそういう意味。あの人達さ、実際に戦場に出たらどうなると思う? 逃げるよ。まず最初に。それで終わり。武器を使う機会もない。どうせみんなあなたと同じインテリの人なんでしょ?」


「でも、勇者の口添えがあれば、これから入ってくれる人は……!」


「あのさ。リューカ。バカを通り越してかわいそうになるんだけど、ノルにその気が最初からないってわかってる? 今日ここに来たのは、仕事。反政府ゲリラ組織の調査を堂々と行うため。きっと武器庫に問題を感じてるんだろうね。金に物を言わせて揃えたのならまだかわいい。問題は、金を出しても手に入るはずがないものが並んでいたこと。これは背後関係を洗うのが大変そうだ。ともあれ、ここはなぁなぁの回答を返してリューカとのラインを切らないでおこう。なんてことを考えてるよ」


 心が読めるならせめて協力の姿勢を見せてほしかった。


「好き放題言ってくれるわね」


「事実の指摘。インテリが好きそうなことかなって思ったけど。さ、かえろっか。もうここに来ることはない。反政府組織だなんだってレッテルを貼りつけてひどい目にあわせるようなことはさせないように私が見ておくからさ。もう、私達に関わらないでくれる?」


 僕は深くため息をついて。


「それが狙いか。正直一本取られた思いでいっぱいだよ」


「この人達は楽しく遊んで生きてる。それを邪魔するのは、あんまり好きじゃないし、ノルにもしてほしくない。ごめんね、放っておくとしそうだったから」


「僕のことをよく理解できてらっしゃる。ま、そういうことだ。すまないね。玩具を持っていくことはしないと約束するよ。勇者ノルと、天才魔道士ミナの名前に誓ってね。それじゃ、ごめんね」


 そう帰ろうとした時。あまり見たくないものが目に入ったので、僕はそれを無視したのだが、結果としてギルドハウスを出てすぐにカロルに指摘されることになる。


「言い過ぎだ。リューカ、泣いてたぞ」


「気付かないふりでいたかったんだけどなぁ」


 やれやれと首を振る僕に、さらに続ける。


「元彼氏として気分が悪くてな。すまん。八つ当たりだ」


「理解はしているつもりさ」


「なぁ、ノル。リューカのこと、助けてはやれないのか?」


「……それはどういう意味で?」


 カロルの言う「助ける」とはすなわち、僕が勇者の名前を貸し、彼女のギルドを彼女が望む理想に近づけ、おそらく来てしまうだろう本土での戦争に備えることだった。実直で裏読みの苦手なカロルらしい。


「その形なら助けない」


 そう言って話を打ち切る。別の形なら助けることもありえたのだろうが、今はまだそれは余計なお世話と言われるだろう。もし、僕が真に己の発言に責任を持つと約束するのなら、リューカとのエピソードはここで終わるか、このままリューカを助けることが出来ずに終わったのだろう。だが、こういう所で僕は「卑怯者」だった。これから先の行動は、ミナには知られたくないと純粋に思った。実際のところ、神(龍神ではないだろう)はその願いを聞き入れてくれたらしいが、別のところで僕に試練を与えてくる。


「なんでここに居るのかなぁ」


「ほえ、す、すみません! ちょっとお外であった人に頼まれごとをしちゃって! で、でも、ノル様こそどうして議事堂なんかへ?」


 見られてしまったからには仕方ない。僕はリルムをつれて、「仕事」をすることにした。ちょっとした意識調査みたいなものだ。ただ、知るだけ。勇者ノルと、天才魔道士ミナの名に誓ったのは介入をしないこと。知ることまでは誓っていない。そんな詭弁をミナは許しはしないだろうが。


「私だって許さないですよ! 不誠実です!」


「ですよね」


 それはリルムも同じだったようで。もとい、よくよく考えればリルムの方が彼女よりも何倍も真面目なわけで。しかし、これをリューカを「助ける」ためだとしたら。僕は会得した調査結果を元に、リルムに口止め目的の説明をすることにした。


「僕らがあのギルドハウスで見たものは、耶麻軍の横流し品だ。リューカは今、耶麻とリース。それと、アリカの3国の役人からいいように扱われている」


 しばらくの間。僕はリルムの頭に浮かぶ三点クォーターと?マークが見えるようだった。きょとんと首を傾けるモーションまで追加されたので、続きを語ることにした。


「まず、リースに仲介を行う役人がいる。もちろん『仲介手数料』をもらった上でだ。次に耶麻に武器の横流しをしている役人がいる。当然右から左に流すだけじゃない。懐に少なからずの金が入っている。そしてこの金がどこから出ているかというと、アリカの政府高官から出ている。目的は本来耶麻軍に流れるはずの武器を流出させることでの、耶麻軍の弱体化。この3者の私利私欲、あぁ、おや、アリカの高官だけは仕事かな。ともあれ、それにリューカは巻き込まれている。その上で、だ」


 僕はここに来る前、市庁舎の前でデモを行っていた青年と「お話」をした会話の入った録音石を再生しつつ語る。


「リューカのギルドは明日、クーデターの片棒を担がされる」


 リルムの顔から血の気が引いていた。しかし、すまないがもう少し説明しなければならない。


「クーデターが成功しても失敗しても、リューカは責任を背負わされて処刑だ。その後で武器がどう流れるのかの方が僕は気になるが、リルムにはおそらく興味がない話だろう。……わかるかい? リルム。僕は知ってしまった。知ってしまった以上、僕はリューカを助けないといけない。あれでも、大学のクラスメイトで、親友の元彼女なんだ。僕の不誠実を、許してくれるかな」


「許しません!」


 即答。悩む余地もなかった。これは予想外だ。僕はリルムの言葉に耳を傾ける。


「ノル様は、勇者ノルと、天才魔道士ミナの名に誓いました! それがたとえリューカさんを助けるためであっても、名誉ある名前に誓った言葉を翻すことを私は認めません! だから」


 僕はくら、っと頭にもやがかかるのを感じた。まずい。


「私がリューカさんを助けます! ノル様はここでおやすみください!」


 かくして、僕の意識は催眠魔法の霧に包まれた。


――彼女が死ぬまであと9932日

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