9969日:漫才において重要なのはツッコミのタイミングであると頭では理解している
この物語は実在の人物や国家、宗教とは無関係です。
翌日、庁舎の部署で僕は3人から問い詰められることになった。
「買ったぁ!? 買ったって、何をだよ!?」
「ミナの残り時間を」
「それって、ミナさんと……結婚したってことですか?」
「違う。恋愛感情由来の契約じゃない」
「言い方は悪いが奴隷契約のものか? この国では一応……」
「合法ではあるし、一番近いかもしれないが、そのつもりはない」
3人のそれぞれのため息が聞こえるようだった。ともあれ、ミナが今日からここに出勤すること。それと、ルリムを交えて、僕がミナの残り寿命が見えること。ミナはそれを理解していることを語った。
「嘘だろ……?」
「信じられません……」
「あぁ、おそらく全員同じことを考えておると思うのじゃが……あの時の魔王城狙撃が全力ではなかったとはのぅ……」
いや、そこなんですか? とツッコミを入れようとしたが、他の2人が頷いてしまったので、タイミングを逃してしまう。つくづく漫才において難易度が高いのはツッコミであり、そのタイミングなのだと思い知る。閑話休題。話が一段落したところで、部屋のドアが叩かれる。
「失礼します」
そこには、ロングのメイド服に身を整えたミナの姿があった。持ち前の長髪はポニーテールにまとめられており「仕事の上で清潔感を出すために当然では」と言わんばかりであったが、おそらくツッコミどころはそこではない。ツッコミはタイミング。先程の叡智を活かすのは今をおいて他にない。
「いや、僕はご主人さまになったつもりはないよ?」
「これは趣味の仕事着だけど」
やってしまった。一瞬部屋の空気が凍るが、それを壊してくれたのがルリムだった。
「ミナさん!」
ルリムがその小さな体でミナの体に飛び込んだ。ミナは当然とばかりにを受け止め、そのまま抱きしめた。
「心配したんですよ!? どっかに行っちゃって……もう会えないかもしれないって……!」
「ごめんね。でも大丈夫。帰ってきたし、もうどこにも行かないから」
「もう勝手にいなくなったりしませんか!?」
「しないよ。約束する」
子どものように泣きじゃくるルリムの言葉に即答した。だからこそ。
「勝手に魔法も使いませんか!?」
その回答に一瞬の間が開いたことで、僕は改めてタイミングというものを理解する。助け船を入れるならここだ。
「あぁ、ミナの時間は僕が買った。ミナの時間は僕の物だ。魔法を使うことは、時間を使うこと。僕の持ち物を使うことに当たる。僕はそれを認めないし、もし使わせるとしても、熟考の上で僕が正しく判断する」
ミナはこくりと頷いて。
「そうなります。ご主人さまのおっしゃる通りです」
と、リルムの肩をつかんで体から離し、目を見て笑顔を向けた。僕がツッコミのタイミングを逃したことに気付くのは、その後、再びドアがノックされた後だった。
「勇者様! 火急のご報告が!」
どうにも言葉から切迫感を感じた僕は、即座の頭を切り替えて見せる。
「同盟国である耶麻が、海を挟んだ大陸、アリカに宣戦布告と同時に奇襲攻撃を行ったとのことです!」
ぴくりと眉が動く。可能性は考えられた。しかし、早い。
「どういうことだ!? 突拍子もなさすぎてわけがわからねぇぞ! 詳しい報告をしてくれ!」
「は、はい! その……どこから説明したものか……」
「カロル、説明は僕がする。君、もしも僕の説明に何か間違いがあったらツッコミを入れてくれ」
「は……ツッコミ、ですか?」
良いツッコミだった。
「失礼。気にしないでくれ」
ここから僕は説明をはじめることになる。まず、僕らの国の名はリース。大陸の東の果てに位置している。魔王城があったのは、大陸の西の果てであり、距離が離れていたことがこの王都ソルが魔王軍の被害を受けていなかったことの理由になるのだが、それはさておき。僕らの国と同盟を結んでいたのが、海を挟んだ場所にある島国、耶麻だった。その耶麻から、さらに遥か海を超えた先にある大陸。その大陸をすべて支配する世界最大の大国。それがアリカだった。
魔王軍の影響を全く受けていなかったアリカの国土は肥沃だったが、魔王という敵が存在しないということは、すなわち、戦うことに意味がないという意味であり、冒険者たちの練度は低かった。これは、もしも戦争になってしまった時、アリカにはそれに対抗する力が「今は」ないということだった。同時にちらりと報告に来た彼の目を見たが、意図を理解したのか頷いてくれた。優秀な伝令が来てくれたようだ。
しかし、アリカの国土が肥沃であることは事実だった。特に、リースや耶麻でほとんど産出されない魔法資源であるクリスタルの鉱脈が広がることは、魔王なき世界を最終的に掌握するのはアリカになるという理由とも言えた。耶麻は今ならばアリカの大地を掌握し、豊富な資源を勝ち取ることができた。だからこそ、アリカはそれを回避すべく、耶麻への交易を絞っていた。
「だから最近お野菜が高かったんですね……」
リルムが納得したように頷く。思わぬところから入った相槌に頷きつつ、話を続ける。さて。どちらの国にとっても目の上のたんこぶとなっていたのが魔王の存在だった。魔王が無尽蔵に魔物を呼び出す中で人間同士で争うことはできなかったのだ。
「できなかった。過去形じゃな」
そう、魔王は既に僕らが倒してしまったのだ。そうなると耶麻としても、交易を絞られじわじわと追い詰められるよりかは、逆転の手として宣戦布告を行うのは政治的に自然であると言えた。しかし、これには大きな問題があった。
「人間同士で戦うなんて愚かだって考えないのかねぇ」
「考えない。ここにおける耶麻にとっての問題は、勝てるか、勝てないかでしかない」
カロルの的のずれた答えをミナが即座に訂正した。そう、勝てるかどうかだ。僕は勝てないのではないかと考えるが、少なくとも耶麻は勝てると判断したらしい。こつこつとギルドで練度をあげた冒険者達を、魔物を倒すためではなく、人を殺すために使う。宣戦布告と同時に奇襲ともなれば、おそらくまともな抵抗もできなかったのだろう。そんな中で、魔物でなく、人間を殺す。言うならば、己等が魔物となる。その悪行を担う覚悟があれば、勝てると。それが今回の奇襲なのだろう。
ここまでを話して、僕ははじめて伝令の目を見て問いかける。
「それで、勇者の力をどう使えと?」
伝令の目が、泳いだ。
「勇者の力。それは大きく分けて2つある。1つに、戦力だね。これに関しては実は大きなものではない。僕が持つ勇者の剣は、魔王を滅ぼすことができるというその特殊な力を除けば、ただの切れ味の良い剣でしかない。カロルの戦闘力とリルムの治癒能力も数に勝るものではない。ケニスは当然、龍神として人間同士の争いに手を貸さないから最初からカウントできない。そして、ミナは……」
「私は人間に魔法を向けるなんて嫌。他人を殺すくらいなら自分が死んだ方がマシって思うくらい」
「そう言うだろうね。ということで、実のところ、公務員の仕事として使える戦力としての勇者の力はまるで大きくない。だからこそ、今回君がうちに来た目的はこっちじゃない。一応ミナがその戦略規模とも言える魔法を使ってくれるかの確認があったのかもしれないけど、それはさておき。君が求めていたのはもう1つの勇者の力……象徴としての政治力だね」
伝令はもはや目を合わしてくれない。
「勇者として、戦争を応援する。そう表明すれば、各ギルドは協力を惜しまないだろうし、まして、魔王軍に虐げられていた人々の協力はそれこそ熱意も伴って圧倒的なものになるだろう。自分で言うのもなんだけど、僕の名声はアリカにも届いているはずだ。ならば、僕の声はアリカの人々の戦力消失にも繋がる。あえて戦場に出る必要もない。この市庁舎から出て民衆の前で、勇者ノルの名をもって『耶麻を応援します』と言えばいい。それを、やってくれと?」
「……その」
「お断りだ」
僕の言葉にうつむいていた伝令は、ぐらりと体をよろけさせ。かと思えば、足を踏み込み。
「ならば!」
短剣を手に僕に向かう。それを読めなかった僕ではない。腰元の勇者の剣は既に引き抜ける状態にあった。だから言ったのだ。ツッコミはタイミングだと。僕はこのタイミングを逃
「……え?」
してしまったらしい。剣を引き抜き迎え撃とうとした時、そこに伝令、もとい、耶麻の間者の体はなく。あったのはごとりと床に落ちた間者の上半身と、一瞬で灰塵を通り越して燃焼し、床に焼け付く形となっていた下半身だった炭素だった。
「傷口、しっかり『適温』で焼いてあるから死なないと思うよ。少し、お話聞いてもいい?」
「ミナ」
いつものテンション。いつもの口調。自分を残忍だとも思ってもいない様子。それはいい。だが僕は彼女に言うべきことがある。
「どうしてそんなことしようとしたのかな。お兄さん、どこの部署の人?」
「ミナ!」
僕の言葉を無視し、尋問を行うとする彼女に、僕は僕にしては珍しく、怒りという感情をあらわにしてみる。
「人に魔法を向けたこと? それなら、ノルが言ったよね。人を殺そうとするなら、それはもう魔物と同じだって。だから私は魔物に魔法を向けた」
「そうじゃない!」
ここでようやく状況を理解した間者が悲鳴を上げる。同時にリルムが治療に走る。その背後で僕は、ミナの頬を叩いた。
「その時間は僕が買ったものだ。人の物を勝手に使わないでくれ」
ピンポイントでの物体の超高熱化。それは、ミナの残り日数を10日短縮していた。僕は、減った時間を見て首を振り、リルムは、治癒ができないレベルまで灰となっていた下半身を見て首を振った。
――彼女が死ぬまであと9969日
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