9980日:この日売春宿で勃起しなかったことが幸か不幸か僕はその後の人生で頭を悩ませることになる
この物語は実在の人物や国家、宗教とは無関係です。
王都ソルで僕らを待っていたのは、壮大なパレードと、公務員の地位だった。失踪したミナが気が気でならないことは事実だったのだが、ケニスの「祝われることは勇者最後の仕事じゃ」という言葉に、今すぐにでも彼女を探し走り回りたい気持ちを隠して、馬に引かれた車の上からまわりを取り囲む人々に手を振ってみせた。それから陛下と大統領の2人との会食があり、僕はソル公務局特務課課長としての地位を与えられた。
「魔王がなければ勇者も人の子。世のため人のために人として仕事をしてくださいということじゃの」
ぽりぽりと芋で出来た菓子を食べつつ、ケニスが茶化しを入れてきた。聞こえはいいが、ようは何でも屋を任された形だ。これから起きるかもしれない魔王軍の残党対策から、ご近所の猫探しまで。そのために与えられたのは、お世辞にも多額とは言えない予算と、ソル市庁舎のどうみても元倉庫である一室だった。
「そんなことよりも、早くミナさんを探しに行きましょうよ!」
ずっとミナの心配をしていたリルムが、僕らを叱咤する。しかし。
「あぁ。しかし、ミナを探すとしたら、この場所と地位は案外都合がいい」
形式に取られてやりにくいけどね、と一言付け加えて、僕は書き上げたばかりの人探しの予算を申請する書類をリルムに見せた。申請はすぐに通り、翌日からはカロルをリーダーとする20人による捜索がはじまった。捜索にはリルムも加わり、一方で僕は勝手に溜まっていくあまり意味があるとは思えない書類仕事をし、ケニスはその隣でお菓子を食べ惰眠をむさぼるという日々が数日続いた、ある日のことだった。
「リルムの嬢ちゃんには伝えてない。発見したやつにも口止めをして、待機を指示してある。お前が行け」
そういってカロルが渡してきた地図に、僕は顔をしかめた。
「これは正しい情報なのか?」
「残念ながらな」
地図はソルのダウンタウンの色街を示していた。僕はそんなところに行ったことなかったし、正直良い思いを抱いてなかった。それこそカロルが行って欲しい。それは事実なのだったが、彼はそれを受け入れるような気配をしていなかった。ため息をひとつ入れ、「ならこのくらいは頼むぞ」と残った書類をカロルに押し付け、市庁舎を1人出てダウンタウンに向かう。
王都ソルは魔王軍の襲撃から無縁で、大陸でも比較的高度な文明都市が築かれていた。しかし、それも王城と大統領府の周辺だけで、少し離れればそこには貧しい人々が劣悪な生活を送っている。物乞いの言葉を無視し、スリの気配に注意を配りながら僕は地図の場所を目指す。きっと彼らは僕が勇者と呼ばれた人間であることはおろか、この街の外に魔王軍に脅かされていた村々があったことも知らないのだろう。彼らにとって僕は、身なりのいい男性であり、言うならば歩いている財布以上の意味を持っていないのかもしれない。
「すまない、こういう店ははじめてなのだが」
そう切り出した僕を、老婆がにやにやとした笑みで相手する。「ミナという子はいないか」と聞いてみようとしたが、流石に本名は使っていないだろう。むしろ警戒されたら困る。人相書きから選ぶことはできるかと問うことにした僕の前に数枚の絵が出され、そこからミナによく似ている絵を選んだ。言い値でお金を払った後、少し嫌な匂いのする個室に案内された僕はベッドに腰を下ろす。ベッドが軋む音は、隣の部屋から聞こえる嬌声にかき消された。
「失礼します」
数刻を置いて入ってきたミナは、僕の顔を見て驚く素振りも見せず、そのままベッドの隣に腰を下ろした。
「する?」
「御冗談」
「そう」
そのまま無言のまま、僕らは隣の部屋からの嬌声を聞くことになる。安心するべきなのか、それとも悔しいのかわからないが、僕のモノは少しも反応しなかった。
「売春って、未来がない行為だと思わない? 売る体はもって生まれたもので、歳と共にその価値は失われていく。一時のお金は稼げるけど、それだけ。ただ失われていくのを見るだけ」
「まるで売春婦に慣れたようなことを言うね」
「同じようなことはしていたから」
「それは、命を消費して魔法を使うってこと?」
沈黙は肯定なのだろう。数秒か、あるいは数十分の間を置いて、ミナが続ける。
「気付かれたくなかったな。どうして気付いたのか知らないけど」
「どうして見えるようになったのかは僕が聞きたいくらい。それで、君はずっとこれが見えていたのかい?」
「物心ついた時からずっと。その時はたしか、今の倍以上はあった。1日に1数が減ることには気付いたから、算数を覚えてまずやったのは、自分があと何年生きられるかの計算だった。68歳を迎えてすぐ。それが私の寿命だとわかった時、少し怖くなった」
淡々と語るが、それはきっと、僕の想像を絶する幼少期なのだろう。「それで」と続きを促した。
「魔法を覚えたのは12歳の時だった。周りの子が小さな火しか起こせない時に、私はもう、巨大な魔物を3秒かからず消し炭にできた。その力の代償が命の数字だと気付いた時、私はうれしくなった」
思ってもいない言葉に僕は思わず「うれしく?」と聞き返す。
「だってそうでしょ。それまで私は、自分が死ぬ日は決まっていて、変えることができない運命だと思っていた。でも違った。私は私が死ぬ日を、自分で決められる。自分の人生を、自分で決められるんだって」
それが彼女の。天才魔道士ミナがそれまでに育てた精神性なのだろう。
「あなたといっしょに魔王を倒す旅に出てから使ったのは8451日」
「しっかり覚えているんだね。チベラの渓谷で魔物を吹き飛ばした時と、魔王城を狙撃した時、それぞれ何日使ったかは覚えてる?」
「チベラの時が1072日。しないと後がない、みんな死ぬと思ってたから、ほとんど全力だった。魔王城の時は手加減したから、318日」
いろいろな意味で驚いたが、それはどうにか隠して。
「数字を回復させる方法は」
「ない」
即答される。
「探したの?」
「探した。でも、ないから」
「本当に無いの?」
「それって、悪魔の証明ってやつ?」
それもそうだとため息をつく。話したいことは山ほどあったけど。
「いくらだっけ」
「お金はおばあちゃんに渡したでしょ。それとも、延長の話? するの?」
「延長……そうだね。延長」
「ふーん。何分?」
そう聞かれたので僕は、一呼吸をおいて答える。
「9980日」
――彼女が死ぬまであと9980日
よろしければ、ブックマーク・評価お願い致します。励みになります。本小説のつづきは、毎週火曜日以外の週6日に常時更新され、1日に6~7話程度ずつ、1万字くらいを目安に執筆されています。