第一章 第2部 西へ飛ぶ。
殺生石の外に出たのは、約900年ぶりだ。しかし、九子にはそれだけの時間が経っていることが全くわからない。
鉛の空間から放り出されて、しばらく地面に疼くまっていたが、ようやく視野が定まってきたので4本の脚でしっかりと立ってみる。
記憶がかなり曖昧になっていて、なぜ自分がここにいるのかが思い出せない。そもそも自分が何者であるかもわからない。
頭を振りながら今の状況を思い出そうと必死にもがく。
頭を振っているうちに近くにある黒い道が目に入った。
ヨタヨタとその道に近づいて見て驚いた。
その道は、固く、そして非常に滑らかに平らに慣らされている。何箇所か階段になりながら山を下って行けるようになっているようだ。
「平安京でもこんなに見事な道は見たことがない。・・・平安京!!」
そうだ、平安京に潜入してたんだ。
ふとしたことから一気に記憶が戻ってくる。
ここは、どこだ?平安京なのか?どれくらいの時間封印されていたんだ?上皇はぶじなのか?
一気に色々な疑問が頭をよぎる。
おそらくは、八意思兼大神様のお力添えで封印が解かれたのであろう。急いで平安京へ戻り上皇様にお話しせねば!
真夜中の為方向がわからない。どちらに向かって飛べばいいんだ?
焦っているところに八意思兼大神から書簡が届いた。
「九子にまず詫びなければならない。其方の動向に気づかず救出が遅れ、長きにわたって封印より救ってやることができなんだ。申し訳ない。実は、其方が封印されてからすでに900年の時が流れている。時代が全く変わり、今は割と平穏な時代を迎えている。其方の平安京での任務は解く。そこから西へ向かい、新潟市という街を目指せ。そこに七瀬がいる。詳しい話はそこで聞け。七瀬には、九子の気配を追うように指示しておく。現在の言語情報と地図情報を今のものに上書きしておくことを忘れるな。」
書簡を読み終えた九子もさすがの内容に腰が抜け、その場にへたり込んだ。
いや〜900年も寝ちゃったのか〜。寝溜めにも程がある。でも疲れてたんだな〜。あたしの妖気が外に漏れないなんて、よっぽど熟睡してたんだな。
・・・上皇様ごめんなさい。約束守れませんでした。今度お墓参りに行くからね。
さてと西へ向かって、「新潟市」という都に向かえばいいんだね。パーっと飛んでいこう!
あたしは、妖気を集中させるとふわっと宙を舞った。そして、少しずつ加速しながら西へと飛び立った。
その頃
小松基地では、那須上空に突然現れた謎の飛行物体にスクランブル発進がかけられていた。
米軍のオスプレイが夜間飛行訓練をしていることは把握していた。しからそのオスプレイが機体トラブルにより那須上空で引き返した。それだけなら大したことではないのだが、多少時間が空いた後にその地点から飛行物体が現れた為、基地は色めきたった。オスプレイを損傷させたのは、この飛行物体なのかもしれない。
基地指令は、ただちに最新鋭のF-35Aを2機スクランブル発進させた。
第六航空団の吉本2等空佐と横木2等空曹がF-35Aで小松基地より北東へむかって飛び立った。
「中部航空方面隊司令部より、第六航空団吉本2等空佐へ。那須近郊より現れた所属不明の飛行体は、現在西へ向かって移動中。発見次第、コンタクトをとり領空から排除せよ。なお目標のコールネームを『フォックス』と呼称する。オーバー」
「ウィザード1。ラジャー」
吉本2等空佐短く答えるとコンタクト予想地点と時刻を計算する。
「およそ11分後、阿賀町の山地上空にコンタクト予定。オーバー」
「ラジャー。街中に出る前に蹴りをつけろ。」
「ラジャー。」
「なんでフォックスなんでしょうか?」
横木2等空曹が聞いてきた。
「那須の湯元に九尾の狐が封印されているという伝説があるからだろ」
俺が那須を旅行した時のことを思い出しながら、横木に答える。
「そうなんですか〜。吉本2等空佐は、博識なんですね。」
横木が感心した様に答える。
「たまたま旅行でいったことがあるだけだ。むかし、アルバイトで貯めた金で旅行するのが趣味でな。」
「吉本2等空佐がアルバイトってなんか想像がつきませんね。ちょっと笑えます。何をなさっていたんですか?」
「アピタのレジ係だ」
「へ・・・本当ですか?」
「悪いか?」
「いえ、いやなんか、イメージと違ったもので、すいません。」
「これでも、あの頃に子供のファンもいたぐらいなんだぞ。」
「...冗談ですよね」
「そろそろコンタクトポイントだ。旋回するぞ。」
その頃
山肌沿いを西へ飛んでいた九子は、驚きながら空を駆けていた。
「どこもかしこも明るいな〜。平安京の夜もそこそこ明るかったけど、それどころじゃないなぁ。あちこちこの明るさじゃ、とてもじゃないけど街の上は飛べないな〜。これじゃ丸見えだよ。」
一応隠密行動が信条の九尾の狐としては、目立つことは厳禁なのである。そこでやむなく山肌沿いをコソコソ飛んでいるため、なかなか新潟市という街にたどり着けない。
900年という時間で世の中は、大きく変わっていた。その変わり具合におっかなびっくり西へと飛んでいると、背後からも飛んでくる物が
!
轟音を響かせて、謎の飛行物体が二体、背後から猛スピードで通り過ぎていった。
あたしは、目が点になっていた。
吉本2等空佐は、目が点になっていた。かろうじて、横木2等空曹に無線を送る。
「見たか?」
「・・・見ました・・・なんですかね・・・あれ?」
「九尾の狐だな・・・無線で交信をかけても無駄な訳だ・・・」
「本部にはなんて報告します?」
「正直に報告するしかあるまい。」
吉本2等空佐は、中部航空方面隊司令部に周波数を合わせて報告を始める。
「こちらウィザード1 こちらウィザード1 『フォックス』を視認。」
「ラジャー。『フォックス』は、なんだ?無人機か?」
「・・・無人でしょうね。おそらく・・・」
それはそうだ。狐が空を飛んでいるのだから・・・
「奥歯に挟まった様な報告はするな。ズバリ『フォックス』はなんだ?」
「狐です。」
「・・・お前・・・頭がおかしくなったのか?だれが訳せと言った?」
「本当に銀色の九尾の狐が空を飛んでいるんです。」
「・・・完全に狂ったのか?ウィザード2お前も見たのか?」
「こちらウィザード2・・・見ました。オーバー」
「・・・」
「こちらウィザード1。指示を求めます。オーバー」
「・・・」
「こちらウィザード1。繰り返します。指示を求めます。オーバー」
しばらく、空白の時間が過ぎた。司令部も混乱しているのであろう。
何今の?すごい速さで通り過ぎて行ったんだけど。さすがのあたしもあんなスピードでは、飛べないよ。通り過ぎてからまた、大きく旋回して後ろに来たけど何するのかしら、隠れた方がいいかな?
「こちら中部航空方面隊司令部。ウィザード1.2キル『フォックス』繰り返す、キル『フォックス』」
「こちらウィザード1繰り返すキル『フォックス』、繰り返すキル『フォックス』。」
「吉本2等空佐、いいんでしょうか?撃ち落として?」
「我々は、命令に従うだけだ。私情はすてろ。撃墜するぞ!」
F-35A、2機は九尾の狐の背後に付いて赤外線ロックをかけた・・・
続く