第一章第一部 殺生石が割れた
平安京で陰陽師に封印された九尾の狐、九子!
彼女は救出されるのか?
九子は気がつくと薄い光の中に包まれていた。
身体はある程度動くようだが、非常に身体が重い。まるで鉛の海の中を漂っているようだ。
なぜここにいるのか?
ここはどこなのか?
うまく記憶が繋がらない・・・
身体は、本来の姿に戻っているようだ。
疲れのせいか、この環境のせいなのか異常な眠さに襲われる。
そうだ・・・今は眠ってしまおう。
ここのところ働きすぎだよ
・・・
そうだ・・・眠ろう
ゆっくりと、、、
その頃外の世界は、大変なことになっていた。
上皇の寵愛を受けていた玉藻前が妖狐であり陰陽師により封印されたという噂が都を駆け巡っていた。
噂を耳にした鎌辰は、すぐに雪に連絡を取り、御所に行きことの真偽を調査をするよう言った。
すぐさま御所へ化粧売りとして、女官達の噂話を次々と聞き出してきた。
噂には尾鰭がつくものであるが、上皇を誘惑し御所の宝を奪おうとしたとか、上皇を殺そうとしたところを寸前のところを陰陽師の活躍で封印されただの正しい情報が届いてこない。
しかし、ひとつだけわかったことは封印された石は密かに運び出され移送されたということだけだった。
雪は玉藻前を御所に推薦する形で噂を流した張本人である。今後玉藻前の御所に入った経緯を調べられるとやっかいだ。特に深く関わっていた鎌辰と雪と山太は、やむ終えず都を離れる事にした。追手の届かない場所を探して、北へと逃れて行った。
玉藻前の封じられた後、助言を得られなくなった鳥羽上皇の政治は乱れ、失意の中崩御する。
その後皇位継承問題や摂関家の内紛により、保元の乱がおこり、時代は武家社会へと変わっていき、ますます混乱をきたしていくのである。
鳥羽上皇は最後まで、玉藻前が戻ってくることを信じていたそうである・・・
そして、時代は流れていく。戦乱の時代を超え、太平の世を迎え、世界大戦を終え、うわべだけは平和な時代になった令和四年。
あの殺生石封印のときから、約900年の時が流れた。
………
神の世界において、八意思兼大神は、頭を抱えていた。
ずり下がったメガネを押し上げながら、人間界の様子を見てみるが一向に政治の腐敗はなくならない。今まで多くの妖狐の部下達を送り込み、政治改革を導きながらようやく、担当であるアジア圏での平和を取り戻した。戦国時代に、世界大戦・・・。多くの犠牲を払った戦乱は、ようやく息をひそめた。しかし、平和な時代になるとますます、政治がますます腐敗することを今までの経験で学んでいる。まだまだ仕事はありそうだ・・・
しかし、このひとときの平和は、八意思兼大神の僅かながらの休息の時間になりそうだ。
さて送り込んだ部下達の様子を確認するか。
そう思い、一華、二葉、三樹、四乃、五菜、六美、七瀬、八子、九子、十子・・・
あきらかに名前が八匹目から面倒くさくなってるな。自分で苦笑いをする。
彼女達は、優秀な九尾の狐達である。
男社会が中心だった今までは、色香を使い政治の中枢に潜り込んで政治のコントロールを行なってきた。
最近は男性による独裁政治はアジア圏ではほとんどなくなった。それにより色香で政治がコントロールできるほど単純ではなくなってきた。民主化が進み、女性も政治進出する様になり九尾の狐達の潜入方法も大きく変わってきた。
一華は、現在優秀な政治家の秘書として日本の国会議員に雇われている。五菜も同じく秘書扱いだが、中国の大物共産党員に雇われている。
現在は、有能な人材として近づき色香も少し使いながら潜入するのが最も有効な手段となっている。
何百年ぶりのやや平穏な時代に部下達の現状を振り返って、ふと気が付いた。
九子は、どこだ・・・
だいぶ前に大和国の平安京に潜らせたところまでは覚えているがその後の報告が途絶えている。
さっと血の気がひく…しまった…何かあったか…
忙しかったとはいえ、900年近くも報告が途絶えていることに気がつかないとは…うかつ…やはり、助手がほしいなぁ〜…しかし、今はウクライナの問題でアジア支部からもかなりの人数がヨーロッパ支部に出向してるからな〜…期待薄だな。
まずは、九子を捜索せねば。情報収集室に行ってみるか。
過去のありとあらゆるデータを収集しているまさに歴史の全てが詰まっている部署である。
「あら〜、ココロちゃん!久しぶりじゃない。312年10か月と4日ぶりくらい?どうしたのよ?」
さすが過去を司る神ウルズさんである。前に会った時からの正確な日数を言ってくる。しかもココロちゃんって…彼女は私の長い名前を面倒くさがってココロちゃんと呼んでくる。
「ウルズさんにおねがいがあります。」
「相変わらず硬い喋り方ね〜。もっとフランクに行きましょ〜よ」
「いや、仕事中ですので…実は900年ほど前に平安京に潜入させた工作員の九尾の狐が行方不明になっており、どうなったか教えていただきたい。」
「あらあら、大変ね〜。900年も気がつかないほど忙しいなんて相変わらずのブラック企業ぶりね〜。まあいいわ。やってあげる。」
彼女は、部屋の奥から大きな壺を持ってくると
両手を合わせて呪文を唱えるとたちまち壺にいっぱいの水が沸いてきた。引き続き呪文を唱え続けると水の表面に映像が浮かんでくる。
そこには九尾の狐の姿の九子が、大きな石に封印されて、現在の那須に運ばれていく一部始終か映し出されていた。
「那須の殺生石ね〜。有名な観光地よ〜。3年6か月と3日前に日本観光でみてきたわよ。本当に九尾の狐が封じられてたのね。きゃはは〜おもしろ〜い」
全然面白くな〜い!
部下が900年も封印されていることに気づかないばかりか、伝説となって観光地化されてるなど私にとっては恥でしかない。
「ありがとう。助かった。」
「いつでもどうぞ〜」
ウルズに礼を言い、自分の部屋に戻る。
早速、能力を使って那須の殺生石を見てみる。
確かに観光地化されている。那須の湯元をめぐるコースの途中に観光客向けの看板まで立てられてすっかり観光地化している。
さて救出作戦を考えねば…日中は観光客がいる可能性が高いので救出は無理だ。やるなら夜だな。
誰かを送り込むか…しかし、近隣で手の開きそうな妖狐がいないな…どうするか…
物理的な衝撃で割れないか?上から大きな石でも転がして割ってしまうか?いやいや、土砂崩れのようになったら、那須の観光課の人たちに申し訳ない。殺生石だけをスパッと割る方法はないかな?
ふと殺生石のはるか上空を見ると、一機の旅客機が飛んでいた。この高さから部品を落として直撃させれば割れないかな?
早速、夜間に上空を飛ぶ飛行機を探してみる。すると、うってつけの機体があった。
2022年3月4日の深夜、米軍のオスプレイが夜間飛行訓練を行う様子だ。
上空7000メートルから小さな部品でも落として直撃させれば充分割れるだろう。
頭の中でシミュレーションをかけてみる。
よし!いける!
明日の深夜、神の能力を使って殺生石を割って九子を救出だ!
2022年3月4日の午前1時那須上空。
夜間飛行訓練中のオスプレイが殺生石の上空に近づいた。
風もなく楽な訓練のはずだった。
しかし、操縦中のパイロットは、背後で異常な音を聞いた。何かボディの欠損するような音だった。
「異常発生だ。基地にすぐ連絡だ。引き返すぞ。」
機長は、すぐに言うと旋回を始めた。
「ったく、ウィドウメーカーめ!」
と吐き出すように言って慎重に基地へと帰っていった。
ボディから欠損した部品は、空気抵抗でいくつかに分解し、なかでも最も空気抵抗を受けにくい玉状の部品が真っ直ぐに殺生石目掛けて落下していった。オスプレイから外れてから約45秒後…殺生石に小さな鉄の部品が直撃した。
高速で直撃した部品はコナゴナになった。
そして、殺生石は真っ二つに割れた…
第一部 了
殺生石が遂に割れた。
九子は、生きているのか?
それとも…