終章 それぞれの答え
不思議な感覚。 いや、不思議というより妙に懐かしい気分。
そんな気分で私は目覚めた。
この感覚、ずっと昔にも感じた事がある様な気がする。
仰向け状態で最初に目に入るのは見慣れた天井。
別にいつもと変わらない天井。 でも何故か違和感を拭いきれない、そんな気分。
襲い来る僅かな頭痛と戦いつつ持ち前のデカ目をしっかりと開き、もう1度よく確認する。
真上を向いていても視界の隅に映った人影。 その人影の正体を私はよく知っている。
そこでやっと認識する。 自分は気を失っていたのだと。
「遥・・・・・・! 気が付いたか・・・・・・よかった・・・・・・」
「・・・・・洋太」
「急に倒れたから心配したぞ・・・・・・大丈夫か?」
ここは寝室。 傍らには付き添ってくれていた洋太の姿。
「うん平気・・・・・・私・・・・・・倒れる前に変じゃなかった?」
「・・・・・ん? オレが結論を言った直後に倒れたけど、かなり動揺してたな。」
「それだけ・・・・・・?」
「あぁ」
あの時から予想していた通りだった。
私と4人との会話の時間。 それは周りの人にとって、ほんの一瞬の出来事だった。
肉体が空気と化した様な感覚から解放された私と、動き始めた時間。
それは 「心の会話」 が終わった合図。
そして、次に私が2人の仲間に 「大切な想い」 を伝える為の合図。
「みんなは・・・・・・子供達は!?」
「隣にいるよ、みんな心配してるぞ。」
私は飛び起きた。 体には多少の頭痛が残るのみ、それ以外で特に異常は見当たらない。
洋太の心配を余所に、立ち上がった私は急いで隣のリビングへと向かった。
まず、子供達の姿を確認する為に。
カチャ
ドアを開けた私の目に飛び込んで来たのは、先程までと何も変わらない状況。
こちらから見て手前側のソファには順ちゃんが座っており、向かい側のソファには健さんが座っている。
「あ、ハルちゃん! 大丈夫なの!?」
「うん、ごめんね心配かけて。」
振り向いた順ちゃんの膝の上を覗き込むと、そこにはジッと私を見つめる絵里香がいた。
清久は健さんの足元に座り込み、同じくこちらをジッと見つめている。
「ママ~!!」
「おかあさんだいじょうぶ?」
そこにいてくれた事に、まずホッと胸を撫で下ろした。
普段と何も変わらない。 喋り方も、態度も、雰囲気も、私がよく知るいつもの子供達。
でも、私はもう理解してる。
清久とヨシアキは同一人物で、絵里香とレイカちゃんは同一人物。
それなら、本人達に自覚はあるのだろうか。
「ママは大丈夫よ、それより・・・・・・」
2人に確かめようとしたけれど、そんな行為はきっと無駄だと思い途中で言葉を止めた。
きっと、子供達は何も分かっていない。 私に心で語りかけてくれた事など知りはしない。
それよりも、私が今すべき事は他にある。
「健さん、順ちゃん、話さなきゃいけない事があるの。」
リビングにいる全員の注目を浴びる中、また順ちゃんの横に腰を下ろすと、透かさず私の膝の上に移動してきた絵里香。
後を追って寝室から出てきた洋太も、私に視線を送りつつ健さんの横に腰を下ろした。
「洋太も一緒に聞いて・・・・・・倒れる前に私が聞いた話」
「聞いた?」
「友香もいて・・・・・・豊もいて・・・・・・4人が語りかけてくれた想い」
「・・・・・15年前みたいに聞こえたんだな?」
「うん」
驚く表情を見せつつ、余計な詮索は一切してこない洋太。
それはもう状況を理解し、冷静に私の話を聞く態勢になったという証拠。
謎を解き明かしてからずっと何を想っているのか、健さんも順ちゃんも完全に無口になり、神妙な面持ちで私が口を開くのを待っている。
私は全員に向けて話した。
15年前の真実を。 4人の残した最後の言葉を。 伝えるべき大切な想いを。
――――――――――
あの世界は私が作り出したモノ。
まだ自分が大嫌いだった頃の少女の私が、自分自身で作り出した逃げ場所に過ぎなかった。
もしあのままだったら、私はどうなっていたのか分からない。
自分が作り出した幻想の世界に迷い込んだまま、永遠に抜け出せずに彷徨っていたかもしれない。
でも、私の子供達が助けに来てくれた。
今から何年後の姿なのかは分からないけど、成長した姿になって会いに来てくれた。
私の作り上げた幻想の世界を使って、生きる事の全てを教えてくれた。
そして、あらゆる意味で私を救ってくれた。
そこまでは全て理解出来た。
だけど、私の頭の中にはまだ数知れない程の謎が残っている。
(でも・・・・・・どうやって過去に来れたの!? )
『・・・・・・』
(私を助けたいって思ってくれたのは・・・・・・今の子供達なの!?)
『・・・・・・』
(未来の姿になんて・・・・・・どうやってなれたの!?)
『・・・・・・』
(誰か答えて・・・・・・全然分からないよ・・・・・・分からない事だらけで・・・・・・)
『オレ達にも分からないんだ』
(ヨシアキ!!)
『その名前はもう違うよ。 オレの名前は清久だから。』
(清久・・・・・・)
『全ての事に理由があるとは限らないのと同じで、全ての事が説明できるとは限らないの。』
(レイカちゃん!!)
『違うよお母さん、私の名前は絵里香。』
(絵里香・・・・・・)
『お母さんを助けたいって想ったらね、みんなあの姿になって記憶も無くなっちゃったの。』
(マコトさん!!)
『私の本当の名前は友香よ?』
(・・・・・友香!!)
『お母さんが付けてくれた名前でしょ?』
(そんな・・・・・・どうして・・・・・・)
『どうして。 どうやって。 幾ら聞かれても、オレ達みんな答えられないんだよ。』
(タクヤ君!!)
『それは仮の名前。 母さんに付けてもらった本当の名前は豊。』
(・・・・・豊!!)
『頑張って産んでもらったのに、少ししか生きられなくてごめんね。』
(・・・・・友香!! イヤッ!! 謝らないで!!)
『せっかく作ってもらった命なのに、生まれて来れなくてごめん。』
(豊!! 謝らなくていいの!! あなたが悪いんじゃない!! )
『成長できずに死んでしまったのは私の運命』
『生まれる前に死んでしまったのはオレの運命』
『『変えられない運命』』
(そんな・・・・・・)
『どうか自分を責めないで、お母さん。』
(友香・・・・・・)
『心だけでも会えて幸せだったよ、母さん。』
(豊・・・・・・)
『お母さん。 健さんと順ちゃんに伝えて。 巻き込んでしまってごめんなさいって。』
(え・・・・・・待って友香! どうゆう事!?)
『2人は全く無関係。 お母さんが作り上げた世界に偶然にも迷い込んでしまっただけ。』
(そんな・・・・・・)
『健さん・・・・・・本当に辛い目に会わせてしまった・・・・・・』
(友・・・・・・マコトさん・・・・・・・)
『お母さん、友香はまだ9歳なのに恋しちゃったんだよ・・・・・・えへへ』
(・・・・・うん・・・・・・うん・・・・・・)
『叶わなかったけど、素敵な想いなんだね・・・・・・恋って・・・・・・』
(そうだね・・・・・・そうだね・・・・・・)
『・・・・・私を死なせてしまったこと、健さんは責任を感じてる。』
(うん・・・・・・)
『どうか伝えて・・・・・・私を死なせたのは健さんじゃない、運命なの。』
(・・・・・うん)
『友香は・・・・・・マコトは生きられない運命だったんだって。 お願い伝えて、お母さん。』
(・・・・・うん、分かった)
『それともう1つ・・・・・・もう自分を責めるのはやめて、どうか幸せになってほしい・・・・・・』
(分かった!! 必ず伝えるからね!!!)
『ありがとう・・・・・・お母さん・・・・・・』
(私こそ・・・・・・ありがとう・・・・・・友香・・・・・・)
私は感じ取った。 友香の声が小さくなって消えていくのを。
結局、もう何度呼び掛けても友香の声は聞こえなかった。
これで友香と話すのは最後なんだと理解すると、涙を流すことも出来ない今の自分が憎らしかった。
私は只、心の中が悲しみで埋め尽くされて行くのを感じ取る事しか出来なかった。
最後の言葉が 「愛した人への思いやり」
本当にマコトさんらしい言葉だった。
『オレからも・・・・・・伝えてほしい』
(タク・・・・・・豊!!)
『あの世界で脚本なんて無かった、でも・・・・・・』
(・・・・・・)
『結果的には、あの人が悪者になる脚本になってしまった・・・・・・』
(健さん・・・・・・)
『オレが死んでしまったのも運命だから、あの人に罪は無いんだ。』
(うん・・・・・・)
『もしかしたら、自分が傷つけたせいで、オレが生まれて来れなかったと勘違いするかもしれない。』
(あ・・・・・・)
『母さん、違うからね。 逆なんだ。』
(・・・・・・)
『生まれて来れない運命があったから、あの人に傷つけられてしまった。』
(・・・・・・うん)
『どうか伝えてほしい。 あなたは何も悪くないって。』
(うん・・・・・・)
『運命のイタズラなのか、悪者の役をさせてしまってごめんなさい。 どうか強く生きてほしい。』
(分かった・・・・・・伝えるね・・・・・・)
『ありがとう・・・・・・母さん・・・・・・』
(あ・・・・・・待って・・・・・・豊・・・・・・ありがとう!)
それは先程と同じ感覚だった。 小さくなった豊の声は消えていく。
何度呼び掛けようと、その声はもう聞こえなくなってしまった。
またしても悲しみが膨れ上がるばかりで、動けずに喋れない私には涙を流すことも許されない。
最後の言葉が 「傷つけられた相手の心配」
本当にタクヤ君らしい言葉だった。
『運命の流れはいつも1つ』
(ヨシ・・・・・・清久!!)
『1度始まったその流れは誰にも変えられない』
(・・・・・・)
『でも、どう流れるかを最初に決めたのは母さん自身。』
(・・・・・・)
『2人が生きられなかった事、もう悔まないで。』
(・・・・・・)
『また思い出した時は、さっきみたいな悲しい顔しないで笑ってあげてよ。』
(うん・・・・・・)
『泣いたりしたら、またオレ達が心配しちゃうぞ。』
(清久・・・・・・)
『それから、順ちゃんに伝えてほしい事があるんだ。』
(え・・・・・・)
『まだ言葉に出来ない子供だからさ、オレ。』
(うん・・・・・・)
『・・・・・順ちゃんのこと、今でも大好きだ。』
(・・・・・・)
『長い時間、待たせてしまって本当に申し訳無いと思ってる。』
(・・・・・・)
『どうか・・・・・・ちゃんと幸せになってほしい・・・・・・』
(・・・・・・)
『いつまでも1人でいないで・・・・・・良い人を見つけ・・・・・・』
(・・・・・・?)
『いや・・・・・・もし・・・・・・もしまだ想ってくれてるなら・・・・・・・』
(・・・・・・)
『こ、これからも・・・・・・何度でも会いたい・・・・・・』
(うん・・・・・・)
『つ、伝えてくれる・・・・・・?』
(うん、分かった!!)
『ありがとう・・・・・・母さん・・・・・・』
(ありがとう・・・・・・またね・・・・・・清久・・・・・・)
小さくなって消えて行く清久の声。
今度は呼び掛ける事はしない。 またすぐに会えるのだから。
悲しみも寂しさも感じない。 むしろ、どこか温かい気持ちになれた私の心は癒された。
最後の言葉が 「大好きな人への告白」
本当にヨシアキらしい言葉だった。
『最後は私だね、お母さん。』
(絵里香・・・・・・!!)
『色々と悩ませたり、困らせたりしてごめんなさい。』
(ううん・・・・・・気にしなくていいのよ・・・・・・?)
『私・・・・・・何も知らずに、お兄ちゃんに恋しちゃったの。』
(そう・・・・・・タクヤ君のこと、大好きだったのね・・・・・・)
『うん、でもお兄ちゃんに会えてよかった。』
(・・・・・・)
『生まれて来れなかったけど、お兄ちゃんは私に元気をいっぱいくれたの。』
(そう・・・・・・・)
『お兄ちゃんはね、お母さんのお腹の中で私にありったけの栄養をくれたの。』
(あ・・・・・・)
『だから私は元気に生まれて来れたの』
(そっか・・・・・・そうだね・・・・・・)
『これからも、いつも傍で見守ってるからね。』
(うん・・・・・・ありがとね・・・・・・)
『私の台詞、先に言われちゃったね。』
(あ・・・・・・うん・・・・・・)
『ありがとう・・・・・・お母さん・・・・・・』
(こちらこそ・・・・・・ありがとう・・・・・・またね・・・・・・)
『またね・・・・・・ユタカお兄ちゃん・・・・・・ありがとう・・・・・・』
(絵里香・・・・・・)
消えて行った絵里香の声。
今度も呼び掛ける事はしない。 いつも傍にいてくれるのだから。
大好きだった人が、死んだお兄ちゃんだったと分かった少し残念な気持ち。
でも、自分に生きる力を分け与えてくれた人が、大好きなその人だったという喜び。
私には絵里香の、どこか切ない気持ちが伝わって来た。
最後の言葉が 「大切な人への感謝の気持ち」
本当にレイカちゃんらしい言葉だった。
私の意味の無い質問に 「答え」 ではなく 「想い」 で返してくれた4人の子供達。
そして、伝えるべき人に、伝えたい最後のメッセージを残してくれた。
どうしてあんな事が出来たのか、多くの謎は残るけれど、私はそれを知る必要のない事だと悟った。
全ての 「想い」 を受け止めたその時。
私はそれまでの肉体が無いかのような不思議な感覚から解放された。
同時に、猛烈な疲労感に襲われた私は完全に意識を失い、リビング中央のカーペット上に倒れ込んでしまった。
――――――――――
全てを伝えるべき私の役目は終わった。
話を聞いている間、その場の誰もが一言も口を挟まなかった。
清久や絵里香ですらそれは変わらない。
私の口から自分達の想いが伝えられている事を、なんとも不思議そうな顔で聞き入るばかり。
やはり、今の2人の子供達にはまだ自覚が無いようだ。
「オレのせいじゃなかった・・・・・・オレが・・・・・・殺したんじゃなかった・・・・・・・」
体を震わせながら俯き、その表情が見えない健さんの顔からカーペットに落ちる数滴の雫。
15年前に自分が傷つけた2人。
幼くして命を落とした私の子供達。
その2人がどちらも同一人物だった事を知り、案の定それらを結びつけ、全てが自分の責任だと思い込んでいた健さん。
私から4人の想いを聞いた事で、15年間も抱き続けてきた償いの気持ちから解放された安堵感。
それがきっと、健さんの涙の理由。
「ヨシ君・・・・・・まだ・・・・・・私のこと・・・・・・」
崩れた顔を隠すようにしながら、向かいのソファーに向かって両手を差し伸べる順ちゃん。
待ち続けた答え。
愛し続けた人の今も変わらない気持ち。
そして、子供の姿となって今もすぐ傍にいてくれた相手の存在。
差し伸べられた両手が 「自分を呼んでいる」 と理解したのか、順ちゃんの膝の上に飛び乗り、その位置を陣取った清久。
その小さな背中を後ろから強く抱きしめる順ちゃん。
会いたくて会いたくて堪らなかった人の温もりを、今こうして肌で感じられる幸せ。
それがきっと、順ちゃんの涙の理由。
17才の私が出会った不思議な体験。
様々な想いが込められていた物語。
予想だにしていなかった真実。
悲しみを乗り越えて辿り着いた答え。
その答えから導き出すべき次の答え。
各々が受け取ったメッセージ。
それをどう受け止め、これからどう生きるのか。
全てに最初から最後まで関わり、見守る事となった私。
その私を途中からとはいえ、ずっと支え続けてくれた洋太。
泣き崩れる2人を見て、その先に待っている筈の 「幸せな人生」 を心から願う私達夫婦。
どうして健さんや順ちゃんが、私の作り出した世界に迷い込んでしまったのか。
今となっては何も分からない。 それは知る必要の無い事なのかもしれない。
人の 「想いの力」 は計り知れないもの。
それは時に、信じられないような奇跡を起こしてしまう。
想いが生み出した奇跡の謎を解き明かす事なんて、出来なくて当たり前なのかもしれない。
人はみんな1人じゃ生きられない。
だから、人を大切にしよう。 人の想いを大切にしよう。 人との繋がりを大切にしよう。
愛する人をもっと大切にしてあげよう。
そして、自分の選んだ運命に決して負けないこと。
どんなに辛い事があっても、どんなに悲しい事があっても、それは自分が選んだ道。
運命は決して変えられない。
でも、運命の分岐点は幾らでも作り出せる。
悲しい運命を背負っているなら、勇気を振り絞って1歩踏み出し、その分岐点を作ってやろう。
たった1つしかない自分の大事な人生。
力強く生きて、最後の最後に笑ってこう言ってやろう。
『本当にいい人生だった』
そう思える今の自分。
変わる事が出来た自分。
私、今の自分が好き。
長ったるくて下手クソな文章をここまで読んで頂きありがとうございました。
私の 「人生」 で初めて最後まで書き上げた小説です。
尚、プロローグを作り忘れておきながら、エピローグ的なものだけ付け足そうと思ってます。
なので、まだ完結にはしてません。 どうかご了承ください。