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漂流少女  作者: 真心
28/31

27章 秘められた過去

少し更新が遅くなってしまって申し訳ありません。

次回は早めに更新しますネ。


日曜日。

休日だというのに、早朝からあわただしいムードで始まった我が家の1日。


気持ちがたかぶっていたのか無意味に早く目覚めてしまった私が、夜中の内にベッドにもぐり込んでいた絵里香に気付かず、その頭に肘鉄ひじてつ

食らわせてしまった事がそもそもの原因。

余りの痛さに目を覚まして泣きわめく絵里香。

その頭をでつつ 「ごめんね! ごめんね!」 と必死に謝る私。

隣で寝ていた洋太が、その騒がしさで起きない筈も無い。

何事かと問う洋太に事情を説明すると 「気付かないお前が悪い」 とあきれつつ、一緒に絵里香の頭を撫でてくれる。


しばらくして泣きんだ絵里香はすっかり目を覚ましてしまい、 「テレビみる~」 と言って子供部屋を経由し、リビングへ行ってしまう。

子供部屋に寄ったのは、一緒にテレビを見ようとお兄ちゃんを起こしに行ったに違いない。

眠気も吹き飛ぶ事件ハプニングに直面し、 「もう起きるよ」 と言った洋太と共にリビングへ向かうと、兄妹仲良くソファに座ってアニメ番組を見ていた。


結局、日曜日だというのに家族全員を午前7時過ぎに起こしてしまったのは全て私の責任。


「ホントごめん・・・・・・コーヒー入れるね」

「ありがと。 気にするなって、子供達はアニメが見れて喜んでるぞ。」


洋太に励まされつつキッチンへ向かうと4人分のカップを用意し、小さいカップ2つには牛乳を注ぎ入れてレンジで温める。

そこに砂糖1杯の甘みを加えたホットミルクは、絵里香に対する私なりのお詫びの気持ち。

朝食を作るにもまだ少し早いと思った私は、子供達の横に座って一緒にテレビを見る。 一方の洋太は食卓で朝刊に目を通している。


平和に過ぎゆく我が家の朝。

けれど、あと数時間後にはこの場所に2人の 「お客様」 が加わる事になる。

私は未だに迷っていた。

おそらく後から訪れるであろう来客に、果たして子供達を会わせてしまっていいものか。



私の独断で決定した健さんとの急激な和解案。

昨日の電話の後、健さんに住所を教えた私に 「本当に信用出来るのか?」 としつこく食い下がってきた洋太。

時に思いも寄らない発想とその意外性で私を驚かせる洋太だけど、この時ばかりは子を持つ親として当然の反応を示してくれた。

それでも 「私を信じて」 と強く主張し続けた事でようやく引き下がってくれた洋太。

決め手になったのは 「これでも男を見る目はあるつもり、だから洋太と付き合ったんだもん。」 という台詞セリフだろう。


その後は当然、順ちゃんに報告の電話を入れておいた。

まず健さんからの連絡があったこと。 全てを覚えていた健さんの本当の想い。 その健さんが 「つぐないの15年間」 を生きて来たこと。 

そして、私の勝手な判断で健さんを我が家に招待したこと。


『えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 明日来るのぉぉぉぉぉぉぉ!!?』


順ちゃんの口から聞いた事の無い様な奇声が発せられたのは、まさに最後の報告をした時。

余りの急展開に驚くのも無理はないのかもしれない。 電話の向こうで慌てふためく順ちゃんが、現実を受け入れて冷静になるまでおよそ3分。

健さんが、 「午前10時に来てほしい」 とお願いした私に一言 「分かった」 とだけ言ってくれた事も伝える。

それを聞いて、自分は9時半頃には着くよう家を出ると言ってくれた順ちゃん。



そして今日、私の家にあの時の3人が揃う事になる。

集まった所で次に何をすべきかもまだ考えていないけど、そこに洋太も加わって何か力になってくれるとの事。

私としては、あとの4人を探す為の何か良い方法が見つかれば、すぐさま行動に移すつもりでいた。


8時半には朝食を済ませ、することが無くなってしまった私はどうにも落ち着かず、軽くリビングの掃除をする事にした。 

うわさの健さんがもうすぐここに来るとあって、流石さすがの洋太も少し落ち着きが無くなってきたのか時計をチラチラと気にしている。

子供達には前もって 「順ちゃんと、もう1人お友達が来るからね。」 とだけ言っておいた。

男の人だという事も何も言っていないので、絵里香の方は健さんを見て怖がってしまうかもしれない。

とりあえず挨拶だけさせて、怖がる様なら2人とも子供部屋に入れておくのが良いのかもしれない。


午前9時を回ると、もうすぐ順ちゃんが来る事を知っている子供達が騒ぎ出した。

絵里香が他人にあそこまで懐くのも意外だったけど、もっと意外だったのは、清久がやたらと順ちゃんにくっついて離れなかった事。

小学校に入り、そろそろ男の子としての自覚が芽生めばえてきた清久。 最近は母親の私にも甘えなくなっていたので、順ちゃんに対するあの反応はかなりの驚きだった。

順ちゃんには、よほど子供に好かれる資質ししつでもあるのかもしれないと、この時の私は安易にそう思っていた。


ピーンポーン


色んな意味で全員が落ち着かない我が家のインターホンが鳴ったのは午前9時24分。


「はーい!」


まずは会いたかった友達の訪問。 私は玄関まで駆け寄ると躊躇ためらいう事なくドアを開けた。


「おはよう、ちょっと早かったかな?」

「いらっしゃい! ぜーんぜん早くない、みんな待ちびてたところ。」

「私の車だけど、前にハルちゃんが停めてた公園の前に置いたよ?」

「あ、車の事すっかり忘れてた・・・・・・ごめん」


順ちゃんに言われて更に思い出したのが、健さんがここまで何を使って来るのか全く聞いていなかった事。

ともあれお客様を家の中へ通すと、真っ先に飛び付いて行ったのは絵里香。 それを待って少し遠慮がちに駆け寄って行く清久。

洋太も相変わらず良い笑顔で出迎えてくれる。

友達の家に遊びに行って家族全員からこんなに歓迎されたら、私だって毎週行きたくなりそうだ。

でも案の定、順ちゃんは子供達の遊び相手になってしまい、お茶を入れて戻った私はただその光景を見守るだけだった。


順ちゃんの再来で和やかなムードを満喫まんきつしていると、あっという間に時間はってしまい、時計を見ると次の約束の時間は目前に。

絵里香をひざの上に乗せた状態のまま、隣に座る清久に手を引っ張られている順ちゃん。


「次のお客さん来ちゃうわよ~そろそろ落ち着きなさ~い」


私がそう言っても絵里香はすっかりその場所が気に入ってる様子で決して離れようとはしない。

清久も体ごと寄り掛かり、順ちゃんの片腕を支配したまま握り締めて離そうとしない。


「もう・・・・・・ごめんね〜順ちゃん、子供の相手しに来たみたいになってるね。」

「全然いいよ~楽しいし可愛いから。」


順ちゃんがそう言うので洋太と相談し、健さんが来てもこのままリビングに通す事に決めた。

子供達がどういった反応をするのか、少々の不安を残しつつも自分が呼んでしまったので誰にも文句は言えない。


ピーンポーン


10時を少し過ぎた頃、2度目のインターホンが鳴り響く。


(来た!)


体ごと敏感に反応した私と同じく、洋太と順ちゃんも同じ様な反応を示していた。

何も知らない子供達は大して気にもしていない。 けれど、大人3人にとっては胸が高鳴るこの瞬間。


「はーい・・・・・・!」


緊張しまくりの私は玄関へ駆け寄ると、ドアの覗き穴から1度外を確認してみることに。


(む・・・・・・誰!?)


覗き見た限り、その 「男性」 は健さんに見えなかった。 かと言って、他に誰も考えられない。 勿論もちろん、宅急便のお兄さんでもない。

見覚えの無い人物がドアの外に立っていると分かっていながら、返事をしてしまった以上は開けない訳にもいかない。


カチャ


念の為に掛けておいた鍵を開けると、高鳴る鼓動を感じつつゆっくりとドアを開いて確認した。


「え・・・・・・」

「ここで合ってたか、名前が違うから間違ったかと思ったぞ。」

「・・・・・健・・・・・・さん?」

「あぁ」

 

よく見れば面影おもかげは確かにある。 でも、声と喋り方でその人が健さんだと分かったに過ぎない。

『目玉が飛び出る程に驚いた』 という表現は正にこうゆう場面で使うのかもしれない。

美容室にでも行ったのか、スッキリと整った髪型。 綺麗にり落としたあの無精ぶしょうヒゲ。 そして何よりこの服装。

ビシッと着こなせば何処かのパーティーにでも行けそうな薄いグレーのスーツ。 その上着を肌蹴はだけて黒のカッタ―シャツを覗かせ、ノーネクタイで

洒落しゃれに決めた長身ちょうしんの健さんは一言で表現すると 「紳士しんし


「何を見てる・・・・・・?」

「い、いや! 健さんってそうゆう感じだったのかと・・・・・・」

「人の家を初めて訪ねるなら、こんなものじゃないのか?」

「なんて言うか・・・・・・イメージがですね、ほら・・・・・・」

「こんな服を着るのは15年振りかもな、捨てずに残しておいて正解だった。」


つまり本来はこうゆうタイプの人だったのかと思うと、健さんの見方が一気に変わった。

そして、人は変われば変わるものだと改めて実感した瞬間。


玄関先でいつまでも驚いている場合じゃない。

電車でここまで来てくれたという健さんを家の中へ通すと、まず廊下で出迎えたのが洋太。

その姿を見て目を丸くしていた洋太だったけど、ここでも私が驚かされたのは健さんの丁寧な挨拶。

リビングまで通すと余りに見違えた健さんを見て、順ちゃんも驚きを隠せない様子。

子供達は最初、予想外な 「ママのお友達」 を見て言葉を失くしていたけれど、すぐに挨拶をすると逃げる事も無く定位置ジュンちゃんのトコロに戻った。


順ちゃんと対面する位置のソファに健さんを案内すると、清久がその横に移動して2人目の来客の顔をまじまじと見つめ出した。

洋太が 「こら、ジロジロ見るんじゃない。」 と言って清久を抱き上げようとすると、健さんが 「構いませんよ」 と言って笑顔を見せた。


そんな光景を横目で見ながらキッチンへ向かった私は、全員分の飲み物と、あらかじめ買っておいた6個のケーキを用意する。


その際、トイレに行く振りをして私の元に来た順ちゃんがささやいた一言。

「健さん、変わり過ぎててビックリした・・・・・・ダンディーなおじさまって感じだね・・・・・・」


続いて現れた洋太も私に耳打ちしてきた。

「なんか聞いてた人と随分ずいぶんイメージ違うな・・・・・・」


本当に驚かされた健さんの良い意味での変貌へんぼうぶりに、私はとりあえずホッとしていた。

これからリビングで、一体どんな会話が始まるのか全く予想が出来ない。

でも、健さんともちゃんと話せば分かり合える筈だと信じた、私の判断は間違っていなかったのかもしれない。


大型トレーで両手のふさがった私が戻ると、リビングでは予想だにしていなかった光景が目に飛び込んで来た。

健さんの横に洋太が座り、なんとも楽しげに会話をしている。 その洋太のひざの上には清久がいて、健さんの大きな手を掴んでもてあそんでいた。

最初に目が合った順ちゃんと視線で会話しつつテーブルにケーキを置くと、完全に落ち着いていた絵里香が真っ先に反応する。


「ケーキ!」


順ちゃんの膝の上から飛び降りた絵里香は、自分の分を取るのかと思いきや、2人のお客様の前に 「どーぞ!」 と言って差し出す。


「ありがと~本当に賢いのね~」

「どうもありがとう」


順ちゃんも健さんも、絵里香の行動には流石さすがに驚いていた。 教育した母親としては優越感にひたれる瞬間。


結局、この場にすっかり馴染なじんでしまった健さん。 2人の子供達も立ち去る様子は全く無い。

大人だけの大事な話をするには少し躊躇ためらってしまう状況ながら、最初に話を切り出してくれたのは洋太だった。


「改めて自己紹介しますと、遥の夫で田村 洋太と言います。」

「栗原 健一です」

「・・・・・安田 順子です」


思わず 「そこからなの!?」 と突っ込みたくなる様なおかたい自己紹介タイム。

私も言うべきかとあせってしまったけれど、立場上は言う必要が無いと判断して冷静に会話を見守る。


「15年前の事は全て聞きましたが、僕は信じています。 それと、お二人とも会いたいかたがおられるとか。」

「・・・・・えぇ」

「はい・・・・・・」


子供達も聞いているこの状況で、よく進行役を買って出てくれたものだと、洋太に感心しながら私は黙って続きを聞くことにする。


「不思議な事に、他の4人の方は当時記憶が無かったにも関わらず、揃って下の名前だけは覚えていたとか。」

「その通りです」

「はい」


本当に不思議な光景。 私の家で、私の夫が、子供達もいる前で、健さんと順ちゃんに尋問じんもんしている。


「僕が思うに4人の方は、再会できた3人とはまた別の、特殊な存在かもしれませんね。」

「特殊・・・・・・と言うと?」


ここからは順ちゃんも会話に加わらず、洋太の話に興味深く耳を傾けている。


「栗原さんはまだご存じ無いかもしれませんが、4人の方達が消える時に、遥がそれぞれの声を聞きました。」

「声・・・・・・?」

「えぇ、心に直接語りかけて来るようなメッセージだったとか。」

「・・・・・メッセージ?」


洋太には私が経験したあの時の全てを話しておいた。

このまま進行役を任せておいても、私が言葉を付け加える必要は無いかもしれない。


「その内容というのが、遥を励ますようなものばかりで、それは安田さんも聞いていないとか。」

「ふむ・・・・・・」

「となると、その4人は遥に関わりのある人達だという可能性が非常に高いと思います。」

「確かに」


作家をしているだけあって、洋太の話の盛り上げ方には私も興味をそそられる。

順ちゃんの膝の上の絵里香はケーキに夢中で話を聞いていない様だけど、洋太の膝の上の清久はキョトンとしながらも話を聞いていた。


「しかし、遥には見覚えの無い人ばかりで、その所在は未だに全く分かりません。」

奇怪きっかいな話ですな・・・・・・」

「それでも、僕も聞いてしまった以上は4人を見つけて真相を暴きたいと思っています。」

「ふむ・・・・・・」

「失礼な話ですが、お二人がそれぞれ再会したい人と、その理由も薄っすらと知っています。」


洋太がそこまで話すと、健さんも順ちゃんも少し俯いて黙り込んでしまった。

確かに無関係の洋太がそこまで知っているとなると、下手をすればプライバシーの侵害しんがいとも言われねない。

けれど、洋太はそれも理解した上で話を続けた。


「部外者のくせにそこまで立ち入ってしまって、本当に申し訳無いです。」

「いえ、お気になさらず。 協力して頂けるなら有りがたい。」

「あ、私も気にしてませんので・・・・・・」


健さんも順ちゃんも、特に怒る様子は見受けられない。

でも、2人が秘めた想いの深さを知っている私には、両者の顔がどこか悲しげな表情に見えた。


「お二人の為にも必ず見つけたいと思っています。 だから一緒に方法を考えましょう。」

「えぇ」

「はい」


とは言ったものの、そこから先は洋太も言葉を用意していなかった様で、リビングには暫しの沈黙が訪れた。


探す方法と言っても、現実的に考えれば簡単に見つけ出せる訳が無い。

知識も経験も豊富な大人4人が揃って考えを巡らせても、決して名案を思い付く事は無かった。

それでも洋太は、健さんから何か他の手掛かりを得られないかと記憶を辿たどってもらい、消えた4人との会話などを聞き出している。

私も順ちゃんと記憶の確認をしながら、何か4人に関する情報で有力なものは無いかと話し合った。


ケーキを食べ終わった絵里香はその雰囲気を読み取っているのか、騒ぐことも無く順ちゃんの膝の上で落ち着いている。

清久も空気を読んでいるのか、退屈たいくつな表情を浮かべながらも騒ぐことは決してしない。


大人しくしている絵里香の頭を撫でながら、順ちゃんの隣に座って会話をしていた私。

その順ちゃんの視線が私を通り過ぎ、背後にある棚の上に何度となく移っているのを確認した。


「どしたの?」

「あ、前から気になってたんだけど、あの写真って絵里香ちゃん? 清久くん?」


そう言って順ちゃんが指差したのは、棚の上に飾ってある生後2週間程の赤ん坊の写真。


「えっと、あれはね・・・・・・」


私にとって、それは決して簡単に答えられる質問では無かった。 出来る事ならば思い出したくはない、辛い思い出の写真だったから。

順ちゃんの質問を聞いていた洋太が助け船を出してくれるまで、私は何も答える事が出来なかった。


「安田さん、あれは最初に生まれた子なんです。」

「え、じゃあ・・・・・・清久くん?」

「いえ、清久は2番目の子供です。」

「あ・・・・・・」


聞いてはいけない事を聞いてしまったと、順ちゃんは口籠くちごもってしまった。

私は普段からそれを他人に話す事が怖かった。 説明したくないと言うより、説明出来なかった。

今は2人の子供にめぐまれて幸せな生活を送っている。 でも、そこにいたるまでの過去を思い出すと今でも泣いてしまう程に辛い。


「ごめんなさい! ハルちゃんも・・・・・・ごめんね!」

「いいの、気にしないで。 赤ん坊の写真なんて飾ってたら聞かれても仕方ないし。」


逆に順ちゃんに変な気を遣わせてしまったと私が謝りたい気持ちだったのに、言葉でも態度でもそれを示す事が出来ない自分に腹が立った。

洋太も聞かれたからにはちゃんと答えたい気持ちもあるだろうけど、私の心境を考えてか、はっきりと説明出来ずにいた。


夫婦揃って微妙な空気になってしまう中、戸惑う順ちゃんを余所よそに、次の質問をしてきたのは健さんだった。


「ご病気か何かで・・・・・・?」


完全に話を変えるよりはその方が良いと判断したのか、健さんは優しく問い掛けてくれた。


「遥、お二人に話してもいいかな?」

「うん、ごめん・・・・・・大丈夫。」


洋太の確認に対し、私は否定しない。

もう過去は乗り越えたのだから、子供達もいる前で弱々しくみっともない母親でいる訳にはいかない。


洋太は静かに語り出した。

清久が生まれる更に3年前、私達の間にさずかった最初の子供がいた事を。

そして、未熟児として生まれ 「友香ともか」 と名付けたその女の子が、生後3週間という幼さで細気管支炎さいきかんしえんわずらって死んでしまった事を。


悲しい事実を知った順ちゃんは、泣き出しそうな顔で俯いてしまう。 一方の健さんは身動き一つせず、私の過去を受け止めてくれていた。

まだ幼いという理由から、今まで教えずにいて今日初めて聞く事になった絵里香も、以前に1度聞かせた事のある清久も、どこか神妙しんみょう

顔つきでその事実に聞き入っていた。


「友香の事を話すと、もう1人の事も思い出してしまうから余計に辛かったの・・・・・・」

「・・・・・もう1人?」


生きていればもう9歳になっている筈の友香を失った経験は、私にとって 「最初」 の辛い思い出に過ぎない。

順ちゃんに聞き返された私は、洋太の 「いいのか?」 という言葉にうなずきつつ、もう1つの悲劇をこの機会に思い返す事にした。

そして、絵里香にもいずれ聞かせる事になるその事実を、この場を借りて全て打ち明ける事に決めた。


「絵里香にはね、お姉ちゃんだけじゃなくて、本当はもう1人お兄ちゃんもいたの。」

「おにーちゃん?」

「ハルちゃん、それって・・・・・・」


全てを知っている洋太。 1度話した事のある清久。 黙って聞き入る健さん。 驚く順ちゃん。

それぞれの反応を示す中で、私はあえてまだ理解してもらえるかも分からない絵里香に向けて話し続けた。


「まだ絵里香がママのおなかの中にいる時にね、一緒に入ってたお兄ちゃんがいたの。」

「・・・・・・?」


それは4歳の子供には理解出来る事では無いのかもしれない。

しかも、ここで健さんや順ちゃんに話すべき事でもないと分かっていながら、私の 「話したい」 という衝動はもう止まらない。


「一緒に生まれて来る予定だったのに、ママの力が足りなかったせいで絵里香しか生まれて来れなかったの。」

「・・・・・どーして?」

「遥! お前のせいじゃないだろ!」


洋太に制止されてしまったけれど、思い出せば思い出す程に私の罪悪感はよみがえってくる。


「ううん、私の体がもっと強ければ、2人とも元気に生まれて来れたの・・・・・・だから・・・・・・」

「もういい遥! お前が悪い訳じゃない! 分かってるだろう!」


あの頃の様に、自分を責め始めた私に対して洋太も激しく怒鳴り付ける。

自分でも分かっていた。 産婦人科の先生にも言われた通り、双子の妊娠では比較的よくある事。

早期に発見された片方の子供の臓器消失により、体内での成長は一定までしか見込めなく、中期にはその命も危険にさらされるとまで言われてしまった。

そんな専門医師の言葉も私は信じられなかった。 いや、信じたくなかった。

多少の危険があろうと、私の体がどうなろうと、必ず2人とも無事に産みたいと泣いて頼んだものの、内臓の一部と数本の血管が足りない状態では処置の仕様が無いと言われてしまう。


結果、生まれる事なく命を失った私の子は、子宮内容物として、はたまた健康体で育った絵里香へのわずかな栄養分として吸収され、出産時にはその欠片かけらも残さず私の心にだけ深く刻み込まれた。


「無事に生まれるって信じたかったから、名前だって付けたのよ・・・・・・・『ゆたか』 って・・・・・・」

「分かったから・・・・・・もう自分を責めるな」


ひざの上の清久を下ろし、歩み寄って来てくれた洋太に寄り掛かった私はお客様の前だという事も忘れ、その胸に顔をうずめて泣き崩れてしまった。

全てを理解できたとは思えない絵里香も、母親の泣いている姿を見て何かを感じ取ったのか、これまで見せた事の無い悲しげな表情を浮かべていた。

その絵里香を膝に抱えた順ちゃんも、私に呼応こおうするかの様に泣き出してしまった。

呆然ぼうぜんとしていた清久は、泣いている順ちゃんの元へ駆け寄ってその頭を撫で始めた。


この日、私は未だ乗り越えられない自分の辛い過去を、健さんや順ちゃんにまで打ち明けてしまった。

私だけが幸せな15年を送っていたとは思われたくない。 だからと言って、別にそれを分かってもらいたかった訳でもない。

ただ、いつかは絵里香にも教えるべき事実を、この場で流れのままに言ってしまっただけの事。

後悔はしていない。 まだ理解出来ていないなら、いつかまた話せばいいだけの事。

でも、今日この場で話すべき内容と全く関係の無い話をしてしまい、2人の客人にどう思われてしまったのかは不安でならなかった。


私はまだ知らない。

ここで私が全てを打ち明けた事。

意外にもそれが 「真実へと導く最後のカギ」 になっていた事を。



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