24章 かぞく、ともだち、おもいびと
予想外にまったりとした章になってしまったので、まったりとした気分で読んで下さい。
待ち侘びた土曜日の朝。
たった2日後だというのに、会う約束をしてからというもの私の頭はその事だけで埋め尽くされていた。
約束の時間は昼食を済ませた上での午後1時。 待ち合わせ場所は私の家から車で15分程の場所にある喫茶店。
それは土曜日が休日だと言った私に、順ちゃんの方が提案してくれて即決したもの。
学校が休みの為、当然休日である私は朝からそわそわしていた。
早く起き過ぎてしまい、どうにも落ち着かずに1人でリビングにいると、ベッドから消えている私の身を案じてか洋太が起きて来た。
「おはよう、ちょっと気が早過ぎないか?」
「あ、おはよ。 そうなんだけど、目が覚めちゃって・・・・・・」
「今日さ、安田さんに会って何か分かったら俺にも教えてくれるか?」
「うん」
洋太はもうすっかり興味津々といった感じで、当事者の1人の様に真相を知りたがっていた。
まるで 「異世界」 での出来事としか思えない私の体験談を聞いた洋太の意見は、馬鹿にする訳でもなく実に冷静なものだった。
順ちゃんが実在するのなら他の人も何処かに存在するだとか、記憶のあった3人が最後まで残ったのは何か意味がありそうだとか、私にだけ
言葉を残して消えた4人は私と何か繋がりがあるのかもしれないとか、その推理力を働かせて謎の究明に一役買ってくれそうな勢いだ。
私にとっては信じて貰えた事が嬉しい上に、心強い事この上ない気分だけれど、納得のいく答えがあるのかどうかは別だと感じていた。
そもそも、あの出来事には謎が多過ぎる。
現実には部屋で一晩寝ていただけの私が、違う服を着て見知らぬ森で目覚めるという、事の発端から謎に包まれた展開。
考えてみれば、あれで剣と魔法の世界にでも辿り着き、異界からの迷い人として冒険するなんていう、よくある漫画や小説の様な幻想的な展開に
なっていてもおかしくなかったのかもしれない。
でも、私が辿り着いた先に待っていたのは全く同じ境遇を持つ現実世界の人ばかりだった。
物語として見れば、主人公が私1人ではない以上、結局はあれが夢か幻だったと済ませるしか無くなってしまう。
理論的に考えてくれている洋太には悪いけど、私には 「全てが繋がる謎の答え」 なんてものがあるとは思えなかった。
ともあれ、洋太に全ての事情を話した私には、順ちゃんと会って分かった事の全てを伝える義務が出来た。
午後12時半。
家族4人揃っての昼食を済ませた私は、本来ならば午後から遊んであげられる子供達の事を洋太に任せ、外出の準備に取り掛かっていた。
着替えを済ませ、洗面所で髪を整えていた私に廊下をパタパタと走る小刻みな足音が聞こえて来た。
「ママ〜おともだちとあそぶの?」
「あら絵里香〜そうなの。 ごめんね、暗くなるまでには帰るからね。」
「うん、かえったらエリカともあそんでね〜」
「もちろんよ〜待っててね」
「うんっ!」
折角の休日の午後に1人で外出というのは、まだ幼い娘がいる私には後ろ髪を引かれる想いだったけど、今日ばかりは仕方がない。
たった数日を共に過ごした相手とはいえ、私にとって順ちゃんとまた会える事は親友との再会以上に価値のあるもの。
あの時の話を色々聞きたいのは当然あるけれど、それよりも順ちゃんが今も元気にこの世界で暮らしているその姿を見て安心したかったし、
再会できる事の喜びをしっかりと噛み締めたかった。
わざわざ駐車場まで降りて来てくれた洋太と2人の子供達に見送られ、私が家を出たのは午後12時35分。
約束の時間より少し早めに着く事になるけれど、一刻も早く順ちゃんに会いたい私には関係ない。
待ち合わせ場所の喫茶店は1度も行った事が無い場所だけど、何度も通った事のある道路の脇に目立つ看板が出ていたのでよく知っている。
土曜日のお昼時という事もあって少々道が混んではいたものの、特に遅れる事もなく目的の店に到着。
車10台以上は停められるスペースの駐車場にはあと3台分程の空きがあり、私は迷う事なく手前側に愛車を停める。
敷地の広さと店舗の大きさから考えて、喫茶店というよりレストランに近い。 でも看板には 「喫茶」 の文字。
洋風の綺麗な飾りにあしらわれた入口の扉を開け中に入ると、クラシック音楽の流れる物静かな店内の奥から透かさずウェイターが歩み寄る。
「いらっしゃいませ、お1人様でしょうか?」
「あ、人と待ち合わせです。」
「畏まりました、お連れ様はまだお越しでは?」
愛想の良いウェイターにそう言われ、店に入る前に順ちゃんに電話で確認しておくべきだったと後悔した。
店内を軽く見渡してみるけれど、実に15年振りに会うのだから外見ですぐに分かるという自信は余り無い。
とりあえず、ここで電話を掛けてみる事にする。
「多分まだ・・・・・・すいません、ちょっと確認します。」
「畏まりました、お越しでなければお席の方にご案内致しますので。」
余り畏まられても困ってしまう丁寧な対応。 これじゃもう喫茶店とは呼べないですよ店長さん。
少し離れた場所で案内を待ってもらっている重圧の中、入口の脇で私が携帯電話を取り出した次の瞬間。
「ハルちゃんこっち!」
入口から比較的近い窓際の席にいる女性が身を乗り出して私を呼んでいる。
名前で呼ばれたのだから、もうそれが順ちゃんに間違いない。 早めに来たつもりが、先に来て待っていてくれたようだ。
それを見ていた先程のウェイターさんに軽く会釈をし、呼ばれた席の方に向かう。
「え、順ちゃんなの!?」
「うん、久しぶりだね!」
近くまで行って相手の姿を見た私はまず驚いた。
確かに順ちゃんの面影はあるけれど、細身の体からスラリと伸びた首の上は薄化粧にも関わらずかなりの美人。
あの時の順ちゃんがすっぴんだった事を省いても、本当に綺麗な女性へと変貌を遂げていた。
「うわ〜! スッゴイ綺麗になってたからすぐに分からなかったよ!」
「そんなことないよ、でもハルちゃんは良い意味で変わってないね〜すぐに分かったよ!」
「え〜変わったよ〜すっかりおばちゃんになっちゃったも〜ん!」
年甲斐もなく騒ぎつつ席に着いた私は、テーブルの上に残った幾つかの食器を見て、順ちゃんがここで食事を取った上で待っていてくれた事を
理解した。 早めに家を出たのは正解だったのかもしれない。
水とお絞りを持って来たウェイターにコーヒーを注文すると同時に、順ちゃんへ食後のコーヒーをプレゼントする。
私達はお互いに、すっかりあの頃に戻った様な気分になっていた。
私がもう32歳なら順ちゃんはもう34歳。 だけど、最初の数分間の2人の会話はまるで少女の様な無邪気なものだった。
再会の喜びを私と同じく素直に表現してくれた順ちゃんだったけれど、暫しその余韻を味わった後、急に態度を改めて話し出した。
「ちゃんとハルちゃんがこの世界の人だって分かって、こうして会えたのは本当に嬉しい。」
「私もそうだよ? 未だに信じられないけど、ホントに嬉しい。」
「うん、でも・・・・・・・ごめんなさい」
「え?」
突然、他人行儀な言葉で謝罪するその意味が私には全く分からなかった。
続きを聞いてみると、私の住所を勝手に調べ上げ、家に電話まで掛けてしまった事を心から申し訳なく思っていたのだという。
順ちゃんが私を探り当てた方法は、ネットで見つけた興信所のホームページ。 いわゆる 「探偵」 という者を使って私を見つけ出したらしい。
確かに普通なら余り良い気分にはならない話だけど、生き別れた家族を探すのにも使う手段なのだから、私からすれば全く気にならない。
そして、2日前の順ちゃんが電話で多くを語らなかった理由もここで明らかになった。
なんと順ちゃんはこの美貌を持ちながらまだ独身だという。
仕事に生きる女性も多いこの時代、それは大して驚く事じゃなかったけれど、その本当の理由を後で聞いて私は驚くことになる。
自分は未だ独り身で、好きな時に好きな行動を好きなだけ取れるけれど、私には夫もいて子供もいて大事な家庭がある。 そんな私の幸せな
生活を邪魔したくはなかったらしい。
更に、電話を受けた洋太から 「妻は仕事に出ている」 という事を聞いて、忙しいところを余計な事に時間を割かせたくなかったのだという。
私の住んでいる場所から県を1つ挟んだ場所に住んでいた順ちゃんは、電話を掛けて来た2日前にもこの近所まで来ていたらしい。
実は当初、直接私の家を訪ねようとしたらしいけど、自分の事を覚えてもらっているか分からない不安と、もしそうだった時に家族にまで混乱を
招く事になってはいけないという気持ちから、最後の踏ん切りが付かず、已むなく電話という手段に切り替えたという。
「私にだって旧友が訪ねて来る事もあるんだし、そんなに気を遣うこと無いんだよ?」
「でも・・・・・・私は普通の友達とは違うし、あの時の事を覚えてたら混乱させるかなって・・・・・・」
「そりゃ最初はちょっとだけ混乱したけど、今はホントに嬉しい! うちの家族にも紹介したいくらい!」
「よかった・・・・・・やっぱりハルちゃん、昔のまんまだね。」
現在は地方の大病院で事務の仕事をしているという順ちゃん。
すぐに 「ハルちゃんは?」 と聞き返され、小学校の先生をしている事を言ったらそりゃもう驚いて 「凄い!」 って言ってくれた。
当時、順ちゃんや他のみんなにも話してなかったけど、先生になるのが小さい頃からの夢だった事も話すと、更に感心して褒めてくれた。
この歳になっても、人に褒められる事はやっぱり嬉しいものだとしみじみ思った瞬間だった。
旧友に再会した喜びからの自然な流れでお互いの身の上話をした後、次に順ちゃんが当時の事を語ってくれた。
まず順ちゃんが 「あの世界」 で経験した記憶は私と全く同じもの。 思い出さずとも色濃く頭に焼き付いているという。
あの後、私も他の皆と同じように消えたのだと解釈していたけど、実は少し違っていたようだ。
私がタクヤ君の血痕を凝視しながらあの白い空間に包まれた瞬間、順ちゃんも同じく白い空間に包まれ、気が付くと自分の部屋のベッドで
朝を迎えていたという。 1つ私と違う点は、やはり順ちゃんはあの不思議な声を何も聞いていないという事。
それからは私と全く同じ。
一瞬の激しい頭痛と共にはっきりと確認した記憶の有無。 あの島での出来事を全て覚えていた。
決して夢とは思えない気持ちを残しつつ、あの不思議な経験をずっと誰にも言えず、それを確認する術も無い日々。
でも順ちゃんは、急に元の日常に戻された余りの虚しさから、すぐにその現実を受け入れる事が出来なかった。
私は確かに存在する。
それなら、他のみんなもきっと存在する。
ヨシ君にまた会いたい。
ハルちゃんにまた会いたい。
マコトさんにまた会いたい。
自分が無事に戻って来れたのなら、死んだ筈の2人も無事に戻っていてほしい。
平凡な大学生活を送りつつ、順ちゃんの心からそれらの気持ちが消える事は決して無かった。
考えてみれば、私と違って消えた人達から大切なメッセージを貰った訳でもなく、出会って数日にも関わらずヨシアキに深い恋愛感情を抱いて
しまった順ちゃんが、そう簡単に気持ちの切り替えを出来る訳が無かった。
元々、描いた夢があった訳でも無く、大学でそれを見つけるつもりだったという順ちゃんは、空虚の時間を過ごしたままその大学生活を終えた。
卒業後、流れのままに学校が用意してくれた企業にあっさりと就職した順ちゃん。 でも、それを2年程で自主退職し、それから幾つかの仕事を
転々とした末に今の仕事で落ち着いているらしい。
何事にも真面目に取り組むその態度から、どの職場でも最初は好感を持たれるけれど、人付き合いの悪さと、その内面に秘めた無気力な
部分を徐々に覗かせてしまう事で、上司からも同僚からも距離を置かれてしまうんだとか。
そこまで聞いて、私はあの出来事が順ちゃんの人生を狂わせてしまったのかもしれないと、少し切ない気持ちになった。
更に、順ちゃんがヨシアキの事を話した時の僅かな表情の変化を、私は見落とさなかった。
順ちゃんはきっと、まだ想い続けているのかもしれない。 彼の事を。
「ハルちゃん、実はね・・・・・・」
そう言い掛け、順ちゃんはまだ1度しか口を付けていない冷めかけのコーヒーに手を掛けると、それを一気に飲み干してしまった。
「今頃になってハルちゃんを探そうと思ったのには理由があるの」
「・・・・・会いたいからじゃなくて?」
「それもあるよ、でもね・・・・・・」
「・・・・・?」
何故か黙り込んでしまった順ちゃん。 ここまで話してくれて、他にまだ何か言い辛い事があるなんて私には想像もつかなかった。
「ハルちゃんより先に見つけちゃったの」
「・・・・・何を?」
「健さん」
「えっ!!」
順ちゃんがいて、私がいるなら、それは想像がついた筈の事なのに、私は完全に度肝を抜かれてしまった。
「見つけたって、何処で!?」
「あれは・・・・・・」
――――――――――
あれは今から2ヶ月程前。
病院でいつもの様に受付をしていた私は、診察を希望してきた1人の患者さんの顔を見て、どうも見覚えがあるって感じた。
いつ何処で見たのか思い出せないまま、その人から保険証を預かった私はその氏名欄を見てハッとした。
『栗原 健一』
間違いない、あの 「健さん」 だって思った。
保険証を返すと同時に、もう1度その人の顔を見てやっぱりそうだって確信した。
15年もの歳月が経っているのに、少々の無精髭を蓄えたその顔つきがあの頃の面影をそのまま残していた。
余りに突然の再会に驚愕し、恐怖まで感じてしまったけど、仕事中だという事もあって表情には決して出さず業務を果たした。
当然、その時に業務外の質問を投げ掛ける事なんて出来なかった。 待合室へ歩いて行くその人の背中を呆然と見送るだけ。
でもそこで、私は1つの確信に辿り着いた。
――他のみんなも現実世界の何処かで生活してるんだ
そう考えた時にまず頭に浮かんだのはヨシ君のこと。 ヨシ君も何処かにいるなら会いたい。 だから即座に探そうって考えた。
でも 「ヨシアキ」 っていう名前しか手掛かりの無い人を探せる訳が無い。 かと言って、待合室にいる健さんに声を掛けるなんて私には出来ない。
それならまず、苗字も知ってるハルちゃんを探そう。 見つけられるかもしれない。 きっと何処かにいる。
――――――――――
「それで、ハルちゃんを見つけて会いに来たの。」
「なるほど・・・・・・健さんは順ちゃんに気付いてなかったのかな?」
「だと思う。 職場では今より少し厚化粧だし、まず向こうは私の顔なんか殆ど見てなかったと思うから。」
「うーん・・・・・・でもやっぱり、健さんもいたんだ・・・・・・」
そこまで話すと、私は2人分のコーヒーのおかわりを注文しようとして思い留まった。 ある事を思い付いたから。
「ねぇ順ちゃん、一昨日も今日も仕事はお休みだったの?」
「えっと、一昨日は元々休みで、今日は休暇を貰ったの。」
「あ・・・・・・ごめん! 私の都合に合わせてくれたんだね・・・・・・」
「ううん、気にしないで。 そろそろ何処かで休暇取ろうと思ってたから。」
「・・・・・じゃあ明日は?」
「明日は日曜で病院ごと休みだよ、救急以外。」
「あ、そっか。」
私がすぐに納得してしまうのも無理はない。 この近辺でも日曜は休診日の病院ばかりなのだから。
「順ちゃん、もし今日は他にもう予定が無いなら、今から家においでよ。」
「え・・・・・・!?」
それが私の思い付いた事。 突然の誘いに予想通り戸惑う順ちゃん。
ずっとお店にいるより私の家でもっとゆっくり話したかったし、せっかく再会できたのだから家族にも会わせたいって思った。
独身で今もヨシアキを想い続けてる順ちゃんに対して、幸せを見せ付けるだとか、家族を見せ付けるだとか、そんな気は毛頭ない。
だけど、そう受け取られても仕方が無いと思いつつ私は強く誘ってみた。
それに対する順ちゃんの言い分。
「この後の予定なんか別に無いけど、お宅にお邪魔するなんて図々(ずうずう)しいし、家族に迷惑が・・・・・・・―以下省略―」
(フッ、そんな言い分なら私には通用しないわよ順ちゃん。)
またしても予想通りの反応を見せた順ちゃん。 それが本心からの断る理由なら、私が誘うのを止める理由はどこにも無い。
「・・・・・・・・だからやっぱり家に行くなんて旦那さんにも悪いし・・・」
「こらっ! そこの順ちゃん! ちょっと聞きなさい!」
「へ・・・・・・?」
「遠慮するのは知り合い、遠慮しないのが友達。」
「え・・・・・・」
「で、私と順ちゃんは15年前から今も変わらず友達、だと私は勝手に思ってる。」
「・・・・・うん」
「はい、じゃあそれを踏まえてもう1度。」
「・・・・・・」
「予定無いなら今から家においでよ、順ちゃん。」
「・・・・・・・・じゃあ、お邪魔しちゃおっかな。」
かなり強引に決定した私達の次の予定。 これで良かったと私は思ってる。
実は順ちゃんを我が家に招待するのは、洋太に直接会って話して欲しいのというのが大きな理由。
健さんを見つけた事も話した上で、もし順ちゃんがまだヨシアキと会いたいって気持ちを強く持っているなら、私よりずっと頭の良い洋太が何か
力になってくれそうな気がしたから。
席を立った私達は手早く支払いを済ませ、このレストランの様な喫茶店を後にした。
念の為、店を出た所で私は洋太に連絡を入れておくことにする。
順ちゃんを家に招く事を話すと 「大歓迎だよ、お茶と何か茶菓子でも用意しとく。」 と快く受け入れてくれ、これはまぁ予想通りの反応。
店を出て初めて知ったのは、順ちゃんも車で来ていたという事。 意外にも、後部座席の無い2人乗りスポーツカーが愛車だった。
私より背も高くスタイルの良い順ちゃんには似合っているかもしれない。
「運転は好きなの。 いつも1人だけど、ドライブしてると気が休まるから。」
「順ちゃんってカッコ良い・・・・・・・これで首都高とかを突っ走るんだね〜」
「・・・・・有り得ないってば、別に走り屋じゃないもん。」
冗談半分で言ってみると、苦笑いを浮かべつつ完全否定されてしまった。
ここに1台を停めておく訳にもいかず、それぞれの車に乗り込むと自宅までの道のりを私が前を走って案内する。
途中、バックミラーに映る順ちゃんの車を何度か確認していると、まるで暴走族に煽られている様な気分になってしまう。
見失ってしまう不安からなのか、ミラーに映る車の大きさを見ているとかなり距離が近い。
(順ちゃん・・・・・・車間距離もうちょっと空けて・・・・・・なんか怖い)
そんな気持ちを味わいつつ、10分ちょっとで自宅に到着。
行きより帰りの方が早く着いたのは、誰かさんのせいで私が速度上昇気味になった為。
残念ながらマンションの駐車場は1台分のスペースしか確保していない為、順ちゃんの車をそこに停めさせ、私は近所の公園前に路上駐車。
「ごめんね、そんな所に停めて大丈夫?」
「ぜーんぜん問題無し、ここ駐禁じゃないしイタズラとかもされないから。」
心配して駆け寄って来た順ちゃんを促し、マンションの玄関口を入るとエレベーターへと案内する。
5階で降りると、普段はエレベーター前から部屋の前に置いてある三輪車や植木が一直線に見通せるのだけど、今日はそこにいつもとは
違うものが目に入った。
「あ、絵里香〜! 待っててくれたの〜?」
「ママだ〜おかえりなさぁい」
タッタッタッタッタッ
扉を開け放ったまま玄関前で待っていてくれた絵里香は、私を見て勢いよく駆けて来る。
可愛らしいフリル付きスカートをなびかせて一生懸命に走るその姿が愛らし過ぎて、メロメロになってしまう母親がここに1人。
「ん〜ただいま! もう、走らなくていいのに〜転んじゃうでしょ〜?」
「だって〜」
全力疾走で飛び付いて来た絵里香を抱きかかえ、頬を擦り付けながらニヤける姿を順ちゃんに思い切り見られてしまい、私は少し赤面する。
そんな親子の対面を、順ちゃんは微笑ましく見守ってくれていた。
「絵里香、この人がママのお友達。 順ちゃんって言うの。」
「・・・・・じゅんちゃんせんせぇ?」
両親以外の大人の名前に全て 「先生」 を付けてしまうこの癖は、絶対に保育園で身に付いたものだと私は確信している。
私の体から飛び降りた絵里香は、順ちゃんの正面に立って礼儀正しくお辞儀をしながら、親の教育の成果を見せ付けてくれた。
「はじめましてこんにちわ」
「うわ〜! ちゃんと挨拶できるなんて偉いのね〜初めまして、こんにちは!」
「ママがいつもおせわになってますっ」
そう言って改めてお辞儀をした絵里香を見て、順ちゃんの性格が一変してしまう。
「いやぁぁぁ可愛いぃぃぃっ! ねぇハルちゃん!」
「え?」
「絵里香ちゃん抱っこしてあげていい!?」
「・・・・・あはは! どうぞ、してあげて。」
我が娘ながら確かに可愛いんだけど、まさか順ちゃんがここまで子供好きとは意外だった。
人懐っこい絵里香も喜んで順ちゃんに身を任せ、そのまま玄関まで到着。 先に私が靴を脱いでいると、そこに洋太と清久もやって来た。
玄関先で一通りの挨拶を済ませると、いつもお客様を通すリビングへ全員が集合。
揃ってニコやかに出迎える私の家族を見て、順ちゃんの心はすっかり癒された様子だった。
美人で優しく、笑顔も素敵なお客様に子供達もすっかり懐いてしまい、その遊び相手を喜んで引き受けてくれた順ちゃん。
結局、日が暮れるまで順ちゃんと落ち着いて話す事が出来なかった私は、洋太とも相談して今日は家に泊まって行ってもらおうという事に。
私がそれを伝えると、順ちゃんはやっぱり戸惑っていたけれど、聞いた子供達はもう大喜び。
洋太からも 「遠慮なんか要りませんよ」 と言われ、遂に順ちゃんは我が家で一泊する事を決断してくれた。
「今日はママご馳走作るから、順ちゃんと待っててね。 あんまり迷惑かけちゃパパに怒られるわよ。」
「わかった! おかあさん! ぼくハンバーグがいい!」
「ママ〜! エリカおむらいす〜!」
「よし、じゃあ今日は特別にどっちも作ってあげる!」
「やったぁ!!」
「わ〜いおむらいす〜!!」
子供達の大好物に必要な材料を揃える為、私は1人で近くのスーパーへと足を運ぶ。
その間に、もしかしたら洋太が順ちゃんに何かを言うかもしれない。
私がそう思う根拠は次の通り。
泊まってもらうかを洋太と相談した際に、順ちゃんが私を訪ねてきた理由と経緯、そして順ちゃんがヨシアキをずっと想い続けているかも
しれないという事を、私は一通り伝えておいた。
順ちゃんに許可も得ず、勝手に全てを洋太に話してしまったのは悪い事かも知れない。
でも、15年振りに会った順ちゃんの切ない想いを知った私は、何か少しでも力になりたいと思った。
同じ体験をした私はこんなに幸せな生活を送っているのに、順ちゃんの人生はあの体験から全てが狂ってしまった様に見える。
事情を全て知った上で洋太には 「順ちゃんに何か言葉を掛けてあげて」 と頼んでおいた。
そして 「私達で何か力になってあげよう?」 と言っておいた。
――知識豊富な洋太なら、ヨシアキを見つける何か良い手段を思い付いてくれるかもしれない。
そう考えた私の勝手な判断で、あの件には全く関わりの無い洋太を、あえて信じて頼ってみる事にした。
「2人とも、あんまりお姉ちゃんを疲れさせちゃダメだぞ。」
「うん」
「は〜い」
「それと清久、今日はお父さん仕事部屋で1人で寝るから、布団敷くの手伝ってくれるか?」
「あっ! ぼくやる! 1人でできる!」
「そうか、よし任せた!」
「うん!」
「絵里香、パパのお膝においで。」
「わぁい! パパのおひざ〜!」
「ちょっと静かにしてるんだよ。 パパ、お姉さんとお話があるから。」
「はぁい」
「安田さん」
「・・・・・はい?」
「遥から全部聞きました。 15年前の事も、訪ねて来られた理由も。」
「え・・・・・・!?」
「勝手に僕に話した遥を責めないでやって下さい」
「責めるなんて・・・・・・そんな・・・・・・」
「何か力になりたいと遥は言っていたけど、あなたが1番望んでる事は?」
「・・・・・・」
「ヨシアキという人に会いたい、ですよね?」
「!!」
「本当に、勝手に事情を聞いた上に、勝手に詮索してしまって申し訳ありません。」
「いえ・・・・・・」
「僕が思うに、必ず何処かにいますよ。」
「私もそう思うんですが・・・・・・・探すにも手掛かりが無くて・・・・・・」
「時に目的を果たす為に遠回りもせよ」
「え?」
「昔の偉人が残した言葉で、僕が好きな言葉です。」
「遠回り・・・・・・」
「手掛かり、あるじゃないですか。」
「・・・・・・?」
「まず、健さんって人に会うべきです。 身近にいるかもしれないんでしょう?」
「あ・・・・・・はい」
「その人に会えば、思わぬ道が開けるかもしれませんよ。」
「・・・・・そうですね」
「まぁ、これからどうするかは遥もいる時にまた話しましょう。」
「はい・・・・・・」
「出しゃばった真似をして、本当にすいませんでした。」
「いえ・・・・・・! わざわざ考えて頂いてありがとうございました。」
「早く会えるといいですね」
「はい・・・・・・なんて言うか、ちょっと前向きになれた気がします。」
「それは良かった」
『ただいま〜!』
「お、帰ってきた。 じゃあこの話はこの辺で。」
「はい」
私が帰ると最初に出迎えてくれたのは洋太だった。
絵里香と遊んでる順ちゃんの方を振り返りつつ、こちらに寄って来た洋太は私の目の前まで来ると、ニッコリ微笑み頷いた。
それを見た私は何となくその意味を理解し、ニッコリと微笑み返した。
今夜の我が家は、まるで家族が1人加わった様に賑やかな空気でその1日を終えた。
注:この作品はサクサク進みません というか進められません(汗)