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漂流少女  作者: 真心
24/31

23章 土曜日の約束

更新が少し遅れてしまいました。

遂に 「漂流」 でも 「少女」 でも無くなってしまった・・・・・アハハハ

朝7時。

とある賃貸ちんたいマンションの一室。

なるべく物音を立てない様に扉を開け、部屋を出る。

ここは5階。 エレベーターで1階まで降り玄関口から外へ出ると、すぐ横に面した駐車場へ向かう。

愛車である軽自動車のめてある場所まで行くと、ロックを開け透かさず乗り込む。

エンジンをかけ、迷いも無く発車させた車の行き先はいつもと同じ場所。


目的地までの所要時間はおよそ25分。

途中の信号待ちが来る度に、助手席に置いてあるかばんからあらかじめ出しておいた書類に目を通す。

忙しい営業マンじゃあるまいし、いつもは決してしない行動。 でも、今日は特別。

その際、1度だけ青信号に気付かず後ろの車に警笛クラクションを鳴らされてしまう。


到着し、門を入ると広い駐車場の中央付近に車を停める。 他の車はまだまばら。

ちなみに、自分の停める場所がこの場所と決まっている訳じゃなく、基本的に何処でも構わない。 早い者順で好きな場所に停められる。


車から降りると駐車場を少し歩き、職員専用入口へと向かう。

通る際には事務じむ室と守衛しゅえい室からガラス越しに丸見えの玄関。 顔見知りの守衛さんに会釈えしゃくして通過する。  

くつから愛用の上履うわばきへとき替えると、突き当たって左右に伸びる長い廊下ろうかを右に進む。

この時間はまだひっそりと静まり返っている廊下。 静寂せいじゃくの中では自分のペタペタという足音が妙にひびき渡る。

目的の部屋は玄関からすぐ目と鼻の先にある。

独特どくとくの重い引きをゆっくりとける瞬間、中に人がいるかを確認する事なく声をって挨拶するのは、他の人が決して真似まねしない点。


「おはようございまーす!」


言い終わってから中を見ると、既に数名来ている事を確認する。


「あら、おはようございます。」

「おや、早いですね。 おはようございます。」

「おはようございます。 相変わらず元気ですね〜」


少々遅れてバラバラに返ってくる挨拶には、移動しながら個々(ここ)に返す。

自分の席に到着するとまずかばんからあの書類を出し、必要な枚数を確保する為に印刷機へと移動。

どうしても午前中から使う物で、それなりに大量に必要なので少し時間が掛かる。

それが今日に限っていつもより早く出勤した大きな理由。


「田村先生」


印刷機の前に立って枚数設定の確認をしていると、同僚どうりょうの寺井さんが声を掛けてきた。


「出来はどうです? 張り切ってましたもんね〜!」

「自分で言うのもアレですけど、中々(なかなか)の出来栄できばえですよ。」


寺井さんは先輩だけど少し年下の男性職員。 赴任ふにん当初から色々と親切にしてくれる。

以前に、冗談なのか本気なのか 「僕のタイプです」 なんて言われてしまった。 全く興味ないけれど。


「そうですか〜僕が受けたらひどい結果になりそうだ」

「またそんな御冗談ごじょうだんを(笑)」


頭をいて首をかしげる寺井さんに愛想あいそ笑いを返しておく。

これから3種類の原稿をそれぞれ40枚づつ印刷しなければならない。

新型のコピー機を使わず、あえて旧型で不具合も多い印刷機の方を使う理由は、30枚以上になるとコピーを使わないというルールがある為。

寺井さんとの会話を程々に済ませ、機械に作業を任せると、コーヒーを入れて自分の席に戻り、ここでやっと少し落ち着く。

原稿の差し替えも兼ねて何度か印刷の状況を確認に行くと、今日は何事も無く進んでいた。


全ての作業と準備を終える頃には他の職員もほとんそろい、朝礼の時間もせまる。

朝礼と言っても、毎日行われる5分程度の顔合わせタイム。 重要な連絡事項があればここで確認できる。

今日も何事も無く、5分程で終了。


(さぁて・・・・・・最初は2組からね)


業務開始の時間が迫ると、必要な教材と準備済みの書類のたばを持って席を立つ。

同時に、同僚達も半数近くが席を立つ。 残りの職員はその場に残って事務作業。


例の重い引き戸を開け、再び自分の足音を聞きながら、長い廊下を階段へと向けて歩き出す。 目的の部屋は2階にあるからだ。

階段付近まで来ると、わずかに子供達の笑い声が聞こえてくる。 それを聞くといつもようやく1日の始まりを感じられる。

ゆるやかなその階段を2階まで全てのぼり切ると、更に廊下を突き進み目的の部屋に到着する。

にぎやかな笑い声が漏れて来るその部屋の引き戸を開け、こちらから元気な第一声を掛ける。


「はい、おはよー! 席に戻って〜」


『 おはよーございまーす! 』


まだ声変わりもしていない、少年少女の入り混じった元気な挨拶。

そのさわやかな声を聞きながら、こちらは教壇きょうだんに上がる。

動き回っていた子供達が一斉に自分の席に戻ると同時に、その中の1人が威勢いせいよく号令ごうれいを掛ける。


「きりーつ!」


急いで席に戻った子達はそのままで、座っていた子達が一斉に立ち上がる。


「れーいっ!」


かなりのバラつき具合で全員がお辞儀じぎをする。 このそろわなさがなんとも可愛らしい。

その光景を微笑ましく見守りつつ、こちらもお辞儀を返す。


「ちゃくせーき!」


お辞儀の時とは打って変わって、何故かこの座る時だけは皆いつも非常に息が合っている。

全員の視線が真っ直ぐこちらに向けられる瞬間。


「はい、みんな〜今日は何をするか覚えてる〜?」


「テスト〜」

「しょうてすと〜?」

「え〜! うそ〜!」

「テスト! テスト!」

「・・・・・勉強した? した?」

「・・・・・漢字だけ〜」


「そうで〜す! 忘れてた人も何人かいるみたいだけど、今日は漢字と文法の小テストの日ですよ〜!」


こちらの言葉に対し様々な声が飛び交う。

騒がしい事この上ないけれど、実はこの瞬間が以外と好きだった。

このざわつく雰囲気の中にいると、まるで自分まで子供に戻った様な気分になれるからだ。


小学校教諭きょうゆ。 この職業は昔からの夢だった。

途中、諦めかけた事も何度かあったけれど、最終的にその夢を叶える事が出来た。

でもそれも、実は比較的最近の話。


私の名前は田村 遥。 今年でもう32歳。

大学卒業後すぐに、当時付き合っていた恋人の田村 洋太ようたと結婚した。

大学では教育学部に在籍ざいせきし、4年間の学生生活の中で幾度いくどかの教育実習にも参加しつつ、卒業までに教員免許を取得する事が出来た。

当然その頃には昔から憧れていた 「先生」 になれる事の喜びをめ、今後の生活に意欲いよくかせていた。 

それが何故、卒業後すぐに結婚という道を選んだのか。


同じ大学で文学部に在籍していた1つ年上の洋太は、その頃から作家を目指していた。

2年半もの交際をて、一足早く卒業した洋太が私の卒業間近に言ってくれたプロポーズの言葉。


『遥と早く家族を作りたい。 少し遅くなるけど、子供が育つのと一緒に2人で夢を叶えないか?』


最初にそれを聞いた時は正直あきれた。

子育てしながら共働ともばたらきなんて現実的に考えて大変だし、ただの理想論だって思った。

でも洋太の 「早く家族を作りたい」 っていう想いは嬉しかったし、何より私も同感だった。

私が卒業するまでの間、洋太がバイトを2つ掛け持ちして貯め続けた貯金の事もそこで初めて知らされた。

じっくり考えた末、私は決断した。


自分の夢は急がずとも叶う。 まず、大好きな洋太と家族を作ろう。


そして、大学を卒業した私はすぐに結婚した。

今では子供も2人いる。 6歳の男の子と4歳の女の子。

自分の決断には後悔していない。 むしろ、それで良かったと思っている。


夫の洋太は結婚後1年足らずで学生時代からの夢だった作家に見事デビューを果たし、今もバリバリ働いている。

最近では小説だけでなく舞台の脚本なんかも手掛ける、いわゆる売れっ子作家。 才能があったのか、努力の結果なのか、どちらにせよ

私には嬉しい驚きだった。


子供もまだ手の掛かる年頃だけれど、上の子が小学校に入るのをきっかけに私の主婦生活は一変いっぺんした。


『色々あって遅れたけど、そろそろ遥も夢に専念したらどうだ?』


子育てに専念していたのと、それに満足してしまっていた私をその言葉で奮い立たせてくれたのは他でもない洋太。

その洋太が想像以上に子育てに協力してくれるおかげで、私は今年からこうして小学4年生の国語を教える先生になっている。

ある事情でもうこれ以上子供を作る気も無く、2人の子もこれから徐々に手が掛からなくなれば、私はこれから教師を気兼きがねなく続けられる。

夢を叶えるのが少々遅くなったとはいえ、私の決断は間違っていなかったと今はっきり思える。


この年でまだ新米教師だけれど、子供と馴染みやすい私の性格ゆえなのか、それなりにいい先生だと自負じふしている。

ただ、普段から家を出るのが1番早い分、自分の子供との時間も大切にしたいとクラブ活動等の顧問こもんはお断りしている。


これまでの自分の人生には悲しい事も多々(たた)あったけれど、何一つ後悔はしていない。

それでも、人生でいまだに分からない謎が1つだけある。


高校2年の秋に起こった、あの不思議な出来事。


「はーいみんな静かに〜! これから問題用紙を配るので、筆箱ふでばこ以外の物は机の中にしまって〜!」


下敷したじきは〜?」

「ボクも筆箱じゃないから机の中入りたい〜」

「入んないだろ〜逃げんなよ〜」


「下敷きもダメ〜我慢してね〜! はいそこっ! 机の中に逃げようとしないのっ!」


騒ぎ立てる子供達をしずめ、窓際の前列の席から順にテスト用紙を配っていく。

このテスト用紙、実は私が全て1人で作り上げたもの。

不定期の小テストという事で、校長から直々(じきじき)に 「全てお任せします」 とのお言葉を頂き、私は張り切って作ったという訳。


「後ろの人までまわっても先生の合図があるまで裏向けたままよ〜! いい〜?」


先程までとは打って変わって静まり返る中で教壇の中央に立つと、改めて児童達の顔を見渡した。

真剣な眼差しながらも可愛らしい瞳が、見事に全て自分に向けられている。 この緊張感がたまらない。


「よーーーーーい・・・・・・始めっ!!」


私の合図でクラス全員が一斉にテストと向き合う。 前半は漢字の読み書き問題になっている。

開始早々に頭をかかえる子。 ける問題に出会うたびにニコッと笑う子。 無表情でスラスラと書き込んでいく子。 変顔へんがおをして首をかしげている子。

こうして教壇から見ていると実にみんな個性があるのがよく分かる。 これも教師になってから知った喜びの1つ。


「先生言い忘れたけど、名前はちゃんと書いておいてね〜!」


一生懸命な子供達。 やっぱり私は子供が大好きだ。

現在は国語教師として4年生の3クラスを受け持っているだけに過ぎないけれど、いずれは何処かの担任を受け持つのが今の目標でもある。

でもその前に、3、4年生6クラスの国語を1人で全て受け持つ事になるかもしれない。 それが本来の体制なのだから。


最初のテストも無事に終わり、私はホッと胸を撫で下ろした。

この日、3クラスとも私の授業は午前中に入っており、昼までにテストを全て終わらせ、今日中にまとめて採点が出来る。

その為、昼食を終えてからの午後の時間を、私は職員室でゆったりと過ごす事になった。

採点という名のデスクワークにはげもうと席に着いた直後、教頭先生が私に声を掛けて来た。


「田村先生、テストお疲れ様です。」

「あ、どうも。」

「いや〜本当に良い出来だったので、次の機会も是非お願いしたいですよ。」

「それはもう喜んで! そうおっしゃって頂いて光栄です。」

「今日はその採点が終わり次第あがって下さって結構ですよ。 職員会議も無いですし。」


教頭の何ともがたいお言葉。

この分だと、今日は子供達より早く家に帰ることが出来るかもしれない。 この状況に私の心はついはずんでしまう。

だからと言って、急いで済ませてしまおうと思える訳も無く、採点ミスの無いよう慎重に答え合わせをしていく。


何事も無く過ぎて行く、私の平和な教師生活の1日。


きっちりと仕事を済ませ、帰り支度を整えたのは午後3時過ぎ。 

思いのほか早く終われた事で弾む気持ちを抑えつつ、会う人全員に 「お先に失礼します」 と声を掛け職場を後にする。

駐車場に停めてある車の前まで来た私は、乗り込む前にかばんから携帯電話を取り出し、発信履歴から素早く電話を掛ける。


プップップップッ   トゥルルルルルルルル   トゥルルルルルルルル   トゥルル


「もしもし」

「あ、洋太。 子供達もう帰ってる?」

「なんだよ唐突とうとつに、何かあったのか?」

「ううん、今日は早く終われたの。 だから2人より先に帰れるかなって。」

「あぁ、なるほど。 ついさっきバスが来て絵里香えりかは帰って来たよ。」


近くの保育園に送迎そうげいバスで通わせている4歳の娘の絵里香。 見送り、出迎え共に洋太が毎日行ってくれているので本当に助かる。


「そっかぁ、やっぱりそっちの方が早いよね。 清久きよひさは?」

「そろそろ帰ると思うよ、いつもそれぐらいだし。」


清久は今年、小学生に上がったばかりの我が家の長男。 少々元気過ぎる子だけど、妹の面倒をよく見る優しいお兄ちゃんに育ってくれた。


「分かった、じゃあ今から帰るね。 『お母さんもうすぐ帰るよ』 って、絵里香に伝えておいて。」

「あぁ言っとくよ、帰り気を付けてな。」

「うん、ありがと。 じゃあね。」

「あ、そうだ・・・」

「え?」


私が電話を切ろうとした時、洋太が何かを言いかけて突然黙り込んだ。


「洋太? どうしたの?」

「ちょっと待って、メモメモ・・・・・・・・・いてっ」


携帯電話を持ったままウロウロと何かを探している洋太の姿を想い浮かべた。 最後の声はおそらく、足を何処かに打ち付けたのだろう。

洋太のたまに見せるちょっとドジな一面に私はよく笑わされる。


「あったあった。 今日な、家に電話があったんだ。 安田っていう女の人から。」

「安田・・・・・・知らないけど、私への電話?」

「なんでも 『中山 遥さん』 を探してるんだってさ。 遥の旧姓きゅうせいと同じだな。」

「まぁよく居そうな名前だけど・・・・・・・なに人探し・・・・・・?」

「そうみたいだな。 フルネームは安田 順子って人。」

「順・・・・・・って!!」


全身に電気が走った。

苗字みょうじだけ聞いた時点では全く分からなかった。 でも、下の名前を聞くと苗字もすぐに思い出した。

急にあの頃の思い出がよみがえる。 まさか同姓同名の人が私を探している? いや間違いない、あの 「順ちゃん」 だ。


「どうした? 知り合いか?」

「あ、うん! 多分その人だと思う!」

「・・・・・そっか、ご丁寧ていねいに携帯の番号教えてくれたから、心当たりがあるなら教えるよ。」


信じられなかった。 まさか本当に現実世界でつながる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。

当時の私は信じてまなかった。 順ちゃんだけでなく、他の人もちゃんとこの世界に実在する人で、またいつか会えるって本気で思ってた。


でも、あれからもう15年。

私は名前だけを頼りに皆を探そうなんて1度も考えなかったし、何時いつしかあれは夢だったと思い直し、頭の中の色褪いろあせた記憶としてのみ存在

するだけだった。


「携帯番号なんていきなり教えてくれたの?」

「あぁ、 『確かに遥の旧姓は中山です』 って言ったら向こうからね。 もし思い出したら連絡ほしいってさ。」

「そう・・・・・・教えてくれる!?」


本人とまだ決まった訳じゃない。 でも、限りなく本人に間違いないと断言出来る自信があった。

安田という名の知り合いは私の長い人生の中でまだ1人もらず、しかも 「中山 遥」 を求めて人探しというなら、もう疑う余地も無い。

洋太から相手の番号を教えてもらい電話を切ると、まだ学校の敷地しきち内にいる事も気にめず、この場で電話を掛けてみる事にした。

一刻いっこくも早く、本当に 「順ちゃん」 だという事が確認したかった為に。


プップップップップッ   トゥルルルルルルルル   トゥルルル


「はい」

「・・・・・あ、もしもし」


意外にも相手はすぐに出た。

聞き覚えの無い声。 でもそれは当然の事。 相手が本当に順ちゃんだとしても、声なんて全く覚えていない。


「あの・・・・・・主人から聞きました、家に電話を頂いたそうで。」

「・・・・・・」


返事が無い。 こちらの言葉を聞き取れなかったのだろうか。 電波が悪いのだろうか。

そう思ってもう1度同じ事を言おうとした次の瞬間。


「ハルちゃんっ!?」


驚いた。 本当に驚いた。 心の中で 「的中ビンゴ!」 と叫んでしまった程。

その呼び方をされた事で、私の記憶はあの頃の光景を更に鮮明に蘇らせる。


「順ちゃんなの!?」

「うん!」

「本当に!? あの順ちゃん!?」

「うんうん!!」

「嘘じゃないよね!? 信じられないよ! だって・・・・・・!」

「ヨシ君、マコトさん、健さん。 ほら、これでも!?」


確信した。 もう間違いない。 電話越しに話している相手は紛れも無く順ちゃんだ。

私は今までに感じた事の無い様な気持ちに心を全て支配されてしまった。

嬉しさ。 懐かしさ。 不思議さ。 未知の体験をしたあの時にすら感じられなかった心の高揚こうよう

余りの興奮で震える手から落としてしまいそうになった携帯電話への力を込め直し、私は落ち着いて話を続けた。

それでも体は正直なもの。 胸の高鳴りは全くおさまらない。


「あの後どうしたの? 私もみんなと同じように消えちゃったの? 順ちゃんはどうやって・・・」

「んっとね、ハルちゃん。 できれば会って話せないかな?」

「え?」


確かにもっと落ち着いて色々話したい事が山ほどあるけれど、何故か順ちゃんは急に神妙しんみょう口振くちぶりで申し出てきた。

当然それを断る理由も無い私は、今日が木曜日だという事を即座に確認し、2日後の土曜日にならゆっくり会えると申し出てみる。

こころよくそれを承諾しょうだくしてくれた順ちゃんは、私にも生活があるとの心遣こころづかいからか決して多くを語らず、その日の電話は待ち合わせ場所と

時間を決めるだけで終わった。


電話を切った後、一瞬あの胸の高鳴りは何処へ行ったのかと思う程の激しいむなしさに襲われた。

あれ以来初めて話せた。 この世界で。 なのに、順ちゃんは急に口を閉ざしてしまった。

何か理由があるのだろうか。 とにかく、明後日あさってにはゆっくりと会って話せる。


宙に浮いていた心を現実に引き戻すと、私は車に乗り、家路いえじを急いだ。

その帰り道、運転しながらようやく気付いた事だけど、私は順ちゃんの住所を聞いていなかった。

待ち合わせ場所を決める時も、順ちゃんが私の家の近くをわざわざ指示してくれた事ですんなりと決まった。

家に電話を掛けてきたのだから住所も当然分かっているのだろうけど、相手が何処に住んでいるのかも確認しないまま、この近辺きんぺんまで来て

もらっていいものだろうか。

信じられない電話の相手に興奮していたとはいえ、いい大人のくせに私は迂闊うかつだった。


ともあれ、私にとっての待ち遠しい土曜日。

それはまるで、彼との初デートを待ちがれる少女の様な気分。

この日、家に帰り着いた私は洋太に一言 「安田さんって古い友達?」 と聞かれた。


そこで私は決心した。

今まで誰にも話した事の無い 『あの出来事』 を洋太になら話してもいいんじゃないかって。

信じてもらえるか分からない。 洋太は空想小説家でもなければ、超常現象のたぐいを信じる人でもない。 言ってみれば現実的な人。

でも、私が決して嘘を言わない人間だと1番理解してくれているのは洋太だ。

夢じゃないのかと言われようと、順ちゃんの存在がそうでない事の確かな証明になる。


洋太の質問に、その場では 「うん」 とだけ答えておいて、2人の子供を寝かし付けた後にゆっくりと話す事にした。

高校2年の秋に起こった、あの不思議な出来事を。



全てを語るには余りにも長い話。 そして、非現実的な話。

それを真剣に語る私に一切の口をはさまず最後まで聞き続けてくれた洋太。

私が空想でそんな作り話をするとは思えなかったのか、その内容の濃さから 「夢だろう?」 なんて一言で片づけられないと判断したのか、

少し間を置いて洋太はこう漏らした。


「実に興味深い話だね、まるで小説だ。 でも信じるよ。」


その夜、私が久しぶりに安眠できたのは洋太のおかげかもしれない。

その夜、私が久しぶりに夢を見る事が出来たのは順ちゃんのお陰かもしれない



たぶん、次回が急展開です。 あくまで、たぶんですけど。

・・・・・って書いてましたがそうもならなかったです。

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