22章 日常
なんて暖かい朝。
不思議と、こんな感覚はすっごい久しぶりな気がする。
でも、暖かいっていうか柔らかいって感じもする。
そうだ、背中の下がゴツゴツしない。
懐かしい様な、新鮮な様な、よく分かんない。
それと、何かちょっと騒がしい。
「ぬぅ・・・・・・」
通勤時間かなんか知んないけど、家の前をブンブン通ってく喧しい車の排気音。
もういい加減にしてほしい。 完全無音のエコカー時代、早く来てお願いカミサマ。
「・・・・・む」
不思議な感覚。 いや不思議っていうか、妙に懐かしい気分。
そんな気分で目が覚めた。
仰向け状態で最初に目に入るのはとーぜん天井。
別にいつもと変わらない天井、なのにどーしてか違和感ありありな気分。
なんでだろ、数ヵ月ぶりな気もするけど、つい昨日見た気もする。
襲いくる眠気と勝負し、見事に勝ったあたしは持ち前のデカ目をパッチリ開いて薄目からの機能変更に成功。
「・・・・・・」
自分の部屋じゃないですか。 いや、うん、それが普通だって。 でも、なんか変だよ。
こうゆう感覚はあれだ、きっと変な夢を見てたんだ。 うん、そうに違いない。
えーと今日はどんな夢を見てたんだっけ、と考えてみる。
あれま、思い出せない。
こうゆう時は大抵、変な夢見ててまだ寝惚けてるパターンの筈なんだけど。
「ぅーん・・・・・・」
とりあえず、まだフワフワした気分のまま周りを確認。
まだ体は起こさない、だって気だるいもん。 首だけキョロキョロ動かす。
あたしの愛するふかふかベッド。 そのベッドのある窓際から垂れ下がるピンク一色の(友達曰く)悪趣味カーテン。
読みかけの漫画とか雑誌とか、ジュースのコップとかで散らかったままのミニテーブル。
対照的に、整然とした勉強机。←使わないから
未だ棚の上に並んでる元カレから貰ったカワユイ人形の数々。 フンッ、次のゴミの日に捨ててやるんだから。
見慣れた光景。 毎日見てる光景。 なのに、この違和感ナニ?
(思い出せ・・・・・・思い出せ・・・・・・思い出せ・・・・・・なんか忘れてるぞアタシ)
夢じゃないとしたら何だろ。 あたし昨日寝る前に何してたっけ。
CD聞きながらそこに座って漫画読んでて、美加からケータイ掛かってきて1時間ぐらい喋って、それからもう寝たっけ。
あれ、でもどっか行った様な気もする。 コンビニ? いやいや、夜中は流石に怖くて行かないって。
「・・・・・ん」
誰かと喋ってたんだ。 しかもついさっきまで。 そんな感覚。 でも誰と? やっぱ夢なの?
そう考えようとした時、あたしは一瞬の激しい頭痛に襲われた。
「っ痛ぁ・・・・・・・・・・あ・・・・・・・あ・・・・・・・あ・・・・・・・・・あーーーーーっ!!!」
慌てて飛び起きた。
思い出した。 全部思い出してしまった。 違和感あって当たり前じゃん。
この感触はベッド。 ここは自分の部屋。 でも、さっきまで誰かと喋ってた。 そうだ、それは順ちゃんだ。
ドンドンドンドンッ
激しく部屋のドアを叩く音。 これをやるのは亮介しかいない。
「おいハルカうるさい! 寝惚けてんじゃねぇよ〜メシ出来たってよ〜早く起きろ〜」
相変わらず憎たらしい弟。 でも懐かしい。 信じられない。 あたし戻って来たんだ。 改めて実感した。
「すぐ行くわよバカッ」
まだ半信半疑のまま、とりあえず窓のカーテンを開く。
シャッ
眩しい。 目を細めてからその風景をしっかり目に焼き付ける。
見慣れた風景。 そこで現実をしっかり理解する。
視線を部屋に戻し、時計を見る。 [7:21] いつもなら、着替えてから洗面所にいる時間。
全部覚えてる、あの島のこと、みんなのこと。
だから腑に落ちない。 いきなり帰って来たとか意味が分かんない。
でも、とりあえず行動しないと遅刻する。 それが現実。
ハンガーに掛かった制服を手に取りベッドに投げ付けると、急いでパジャマを脱ぐ。
ここでも1つ腑に落ちない。 あたしパジャマ着てた。 島で着てた私服を探すと、いつもの場所に畳んで置いてある。
何日か前に着た後に自分で置いたそのままだ。 どうゆう事かさっぱり分かんない。
早々と着替えを済ませケータイと鞄を手に取ると、ボサボサ頭を直す為に洗面所へ直行。
素早く洗顔後、歯を磨く。 普通の事なのに、懐かしい感覚。
ドライヤーとクシがあれば素直に纏まるあたしの髪。 僅か1分ほどでセット完了。
これはちょっと嬉しい懐かしさ。
平日のお化粧は家でしない。 通学途中の電車の中があたしのメイク室。
廊下を抜けてダイニングへ向かいつつも必死に考える。
ケータイで今日の日付けを確認してみると 前に学校へ行った日は間違いなく昨日。
つまり、1日しか経ってなくて、あたしは一晩寝て起きただけ。
(やっぱ夢だった・・・・・・?)
あの場所の景色、空気、人の存在感、会話、気持ち、過ごした時間、全てが現実的だった。
あんなに喜怒哀楽の詰まった夢なんて見たこと無い。 「人の死」 だってこの目ではっきりと見た。 それに、確かに5日間は過ごした。
平凡で退屈なこの生活から考えれば、あの暮らしの方が刺激があったし、楽しかったかもしれない。
でも色々と不便だし、悲しい事も多かったし、また行きたいとは思わない。
消えた4人。 それに、順ちゃんと健さんはあれからどうなったんだろう。
健さんはともかく、順ちゃんにはまた会いたい。 せっかく良い友達になれそうだったのに。
そもそも、みんな実在する人だったの? こんなこと誰にも聞けないし、誰にも言えない。 言ってもどうせ夢としか思ってもらえない。
「おはよう」
懐かしい気分になる家族への挨拶。
既に食卓に着いてるのはお父さんと弟の亮介。 お母さんは台所で背を向けて立ってる。
「おはよう、早く食べろよ。」
「おはよ寝坊助、どうせまた遅くまで電話してたんだろ。」
相変わらず無愛想なお父さんと生意気な亮介。 まぁこれはいつものこと。
「そんな遅くないわよ、1時ぐらいには寝たし。」
「遅いわよ、12時には寝なさいっていつも言ってるでしょ。」
素っ気なく言い返して席に着くあたしに、振り向いたお母さんが透かさず毒づいてくる。
なんて日常そのものなんだろ。 もしかして、これこそ夢なんじゃないの? って疑ってしまう。
でも一応、有り得ないとは思いながらも自分の部屋を出て階段を下りて来る時に頬っぺた抓ってみたら痛かった。
余りにも古典的な確かめ方だけど、これが夢じゃないのは確信した。
「そんな遅くまで誰と話してるんだ?」
「ぜってぇ彼氏だって」
「・・・・・そうなのか?」
「だってこの前もメロメロで電話してたじゃ・・・」
「あーうるさいっ! 昨日の電話は美加っ! あんな彼氏もう別れたっ!」
ヤッバ・・・・・・家族全員の前で言っちゃった。
お父さんが変なトコ追求するもんだから、亮介がいらん事を言うんだよ全く。
この後、あたしが両親から共同戦線で 『彼氏について』 を口うるさく言われて・・・・・以下省略。 亮介め、タダじゃおかない。
「ほんとにもう・・・・・・早く食べなさい、電車に遅れるわよ。」
お母さんのこの一言で食卓はやっと落ち着く。
朝の会話は大体いつもこんな感じ。
あたしか亮介が何か言い出して、両親もちゃっかり加わってきて、最後にはお母さんの 「早く食べなさい」 で静かになる。
2人の彼氏談義から解放され朝食を済ませると、忘れ物チェックして素早く家を出た。
いつもの電車の時間に遅れると1人寂しい通学をする事になるから、あたしは90%遅刻しない。 残りの10%は・・・・・・これも以下省略。
ちなみに、1コ下の亮介とは別の高校で、家を出る時間もバラバラ。
普段は勿論それでいいんだけど、仕返しを考えてる今日みたいな日は一緒に家を出たくなる。
「すぅーーーーーーーはぁーーーーーーー」
玄関を出て門を開け、気持ちよく晴れ渡った空の下で深呼吸する。
外の景色は窓から見た時点で新鮮だったけど、外の空気もやっぱり新鮮だ。
いつものリズムで、いつもの生活をスタートする。 紛れもなく、これがあたしの日常。
家のすぐ前を通る国道。 この時間だともうけっこう混んでて、大型トラックも増えてくる。
後ろに排気ガスを吹き出すトラックはまだ許せるんだけど、たまーに真横に吹き出すトラックって無い? あれ、かなりムカつくんだけど。
道路脇の歩道。 毎朝見る 「犬の散歩おばちゃん」 が時間の目安になる。 おばちゃんの現在地からして、今日はちょっと急がないと。
いつもの通学路を足早に進み、いつもの最寄り駅へと向かう。
駅では別方向から歩いて来るいつもの友達に会い、いつもの時間の電車に乗ると、既に乗ってるいつもの友達にも会える。
いつもと大して変わらないお喋り。 みんなの様子もいつもと変わらない。 ちなみに、一緒に通学する2人は美加とは別の友達。
起きてから通学まで、全てが 「いつも通り」
ただ1つ違うのは、あたしの頭の中。
いつもとは考えてる事が全然違う。
あの 「島」 での出来事は、今でも現実だったと思ってる。
みんなと過ごしたあの5日間も、あたしにとっては 「日常」 だった。
もしかしたら、あたしは 「別の世界」 に飛ばされたのかもしれない。 そう考えてみたりもする。
だとしても、どうやってあんな場所に行ったのか、どうやって帰って来たのか、この世界との時間のズレはどう説明するのか。
他の消えたみんなはどうなってるのか、死んだマコトさんやタクヤ君もどうなってるのか、分かんない事だらけ。
考えても意味ないかもしんない。 これは最後に順ちゃんと一緒に考えた時と同じ状況。
でも確かに覚えてる以上、決して忘れられない思い出。
それから、4つのメッセージ。 これもはっきりと覚えてる。
偶然なのか、みんな記憶が無かった人ばかり。 その4人が消える直前に残してくれた大切な言葉。
流石に一言一句までは覚えてないけど、意味は全部ちゃんと理解してる。
普通に誰かに言われても、説教臭くて聞き流すだけで終わるけど、あんな状況で聞き取った言葉を無視する気にはなれない。
っていうか、心の底にまで染み渡ってきたんだから、言われた通りに生きて行こうって素直に、真面目にそう思えた。
そういえばヨシアキが 「言葉を伝える為に来た」 って言ってた。
その理屈から考えると、他の3人も 「あたしに言葉を伝える為に来た」 って事になるんじゃない?
だとしたら、あの島は4人があたしに言葉を伝える為に作った仮想空間とか? まさか超能力者?
なんてバカげた発想だよアタシ。 それなら本人達が記憶を失くしてる意味が分かんないじゃん。
「ハル〜? ボーっとしちゃって、どしたぁ?」
「・・・・・あ、いやいや別に。」
「なーにぃ? 恋の悩み〜?」
「それもう終わった。 しばらく誰も好きになんないから、ご心配なく。」
入口のドアに寄り掛かって電車に揺られてたあたしは、友達2人の会話に加わるのも忘れて、外の風景を見ながら考え込んでしまってた。
島で目覚めた時からそうだったけど、やっぱ幾ら考えても答えなんて出ないや。
あたしの性格上なのか、別に何か損した訳じゃないし、良い経験が出来たんだからそれでいいかって感じですぐに割り切れそう。
どうせ誰かに話しても・・・・・・以下省略。
それより、大事なのはこれから自分が変わること。
4人が言葉を残してくれたのは、あたしにそれだけダメな部分があるってことだ。 きっとそう。
それなら、変わらないと。 命の重みを知ったら、これまでみたいに適当に生きて来た自分が恥ずかしくなった。
なんて言うか、みんなが身を持って教えてくれた言葉だもん。 ちゃんとそれに答えないと。
「ねぇねぇ、2人ともさ、この前あたしが大ゲンカした子って覚えてる?」
「え〜? んーっと誰だっけぇ?」
「あぁ、3組の佐倉さんでしょ? 態度がムカつくって言ってハルがいきなり怒鳴り付けたやつ。」
――あたしは、ずっと前から自分が嫌いだった。 素直じゃなくて、気が強いからすぐ人と対立して、特定の人以外を信じない自分。
「そうそう、今度あの子カラオケに誘ってみようかなって思ってさ。 決まったら2人とも来ない?」
「え〜急にどしたのぉ? あんなに嫌ってたのにぃ〜言い返された復讐とかぁ?」
「ハル、なんか企んでるんじゃない・・・・・・?」
――だから、みんなと出会えて、色んな事を経験して、色んな事を学んで、自分の悪い所を改めて思い知らされた。
「あんた達ねぇ・・・・・・人聞きの悪い・・・・・・・ほら、意外とイイ子かも知んないしさ。」
「ほぇ〜なんかあったぁ? まぁ行くなら一緒に行くけど〜」
「私も行くよ。 でも、向こうはまだ怒ってんじゃない?」
――ずっと、変わりたいって思ってた。 でも今までは結局、何も変われなかった。
「そりゃね、あたしがいきなりケンカ売った訳だし・・・・・・まぁ、謝ってみようかと。」
「うぇぇぇ!? ハル、一体どうしちゃったのぉ?」
「不気味だね・・・・・・どうゆう風の吹き回し?」
――今度こそ、変わりたい。 別に良い子になるとかじゃなくて、まず素直になりたい。
「いや・・・・・・なんて言うか、どんな子かちゃんと知らないで怒鳴り付けるのもどうかって思ってさ。」
「ふ〜ん、珍しいねぇハルが反省してるよ〜」
「誰かに説教でもされたとか?」
――もっと勇気を持って、優しくなって、人を大切にして、信頼して、そうやって人にぶつかりたい。
「うーん・・・・・・説教じゃないけど、ある人達にイイ言葉を貰ったかな。」
「はぁ? 言葉ぁ? 人達って誰ぇ〜?」
「意味深な言い方するわね。 まぁどうせ聞いても教えないって感じでしょ?」
――小さな事からでもいい。 少しづつでもいい。 自分を変えて行きたい。 仮にも学校の先生を目指すのに、このままじゃダメだ。
「うん、秘密! あたし、これから生まれ変わるかもよ。」
「ほぇぇぇ!? 何ぃ! ハル覚醒フラグ〜!?」
「あはははっ! 変わるのはいいけど、お淑やかなハルにだけは変わらないでよね。」
――きっと、変われる。 それで、いつかまたみんなと会いたい。 あの6人とはきっとまた会える。 そんな予感がするから。
「おぉ! お淑やかってイイ響きだねー! これからはお嬢様キャラでいこっかなぁ。」
「げっ!!」
「うっ!」
――『きっとまた会えるよね?』 って言った時、レイカちゃんは無言だったけど笑ってくれた。 あれがまた会えるって思った大きな理由。
「な、なによ?」
「やめてぇ・・・・・・そんなハルはイヤだぁぁぁぁぁグロいぃぃぃ」
「うん、イヤだ。 ってかキモい。 ぜっっったい無理っ。」
――いつになるか分かんない。 遠い将来かもしれない。 でも、みんなと会えたら最初に言いたい事はもう決まってる。
「ちょっ! あんた達それめっちゃ失礼! グロとかキモとか酷過ぎでしょ!」
「だってぇ、ハルは爆発キャラで固定だしぃ〜」
「だね。 キャラ変更だけは私が許さないわよ、ハル。」
――ヨシアキ。 マコトさん。 順ちゃん。 タクヤ君。 レイカちゃん。 健さんも。 みんなには、多かれ少なかれ感謝してる。
「ば、爆発キャラってどんなキャラ!? 」
「う〜ん、爆弾って感じぃ?」
「その名の通りよ、いつ爆発するか分かんないし、危なっかしくてほっとけないキャラ。」
――だから、もし会えたら必ず言いたい。
「うっわ・・・・・・いい事ナシじゃん・・・・・・」
「ほっとけない〜ほっとけない〜」
「まぁたまに爆炎に巻き込まれるけど、そのスリルがたまんないのよ。」
――『ありがとう』 って。
「と、とにかく変わるから見てなさいよあんた達っ!」
「りょうかぁい! 核爆弾に変わらないように見張っとくねぇ。」
「核・・・・・・ぶっ・・・・・・あははは! 了解、見てるわ。 核爆発でも起こされたら困るし。」
――変わる。 先生って夢も叶えてみんなに堂々と会える様に、変わってみせる。
「だぁかぁらぁぁぁぁぁ!! 悪く変わるんじゃなくてぇぇぇぇぇ!!!」
「てぇぇぇぇぇ! きゃははっ!」
「ちょっ・・・・・! ハルうるさい・・・・・! ここ電車・・・・・! みんな見てる・・・・・!」
――また、会えるよね? みんな。
「す、すいません」
「・・・・・スミマセン」
「ごめんなさい・・・・・・」
――あの言葉を胸に、あたし頑張るから。
「ふぅ・・・・・・反省」
「お〜また反省してるぅ、変わってきてるぅ〜?」
「恥ずかしいわ、全くもう・・・・・・」
――変わるから、待っててね。
「・・・・・変わるから、待っててね。」
「ほ〜い」
「了 ・ 解」
この章、久しぶりに楽しく書けました♪
ちなみに、くどい様ですがまだ完結じゃありません。
ずっと読んで下さってる方、続きをお楽しみに。