21章 4つのメッセージ
今日この日、遥は生まれて初めて経験する 「人の死」 に2度も触れることになってしまった。
結果的に消えてしまった1人の女性と、見下ろせば直ぐ傍に横たわる1人の青年。
ここまでの人生の中で言えば、出会ってほんの僅かの人達ばかり。 そんな人達の死が何故これ程に悲しいのか、遥には全く理解出来ぬまま、
悲しみという感情が恨めしく思える程に涙を流した。 まるで、川の小さな流れが激流によって掻き消される様に、それまで頭に蓄積された数々の
感情が、この場に広がる絶大な悲しみの渦の中に飲み込まれる様に消えてしまう。 そんな不思議な感覚に襲われた時、遥はこの島に来てから
今までの出来事の全てを思い出していた。
始まりは今から5日前。
見知らぬ場所で目覚めた遥が、困惑しつつも出会った4人の男女。
自分と同じ境遇だと言う彼らの言葉を信じ、共に行動を始めた矢先、状況は一変する。
手掛かりを求め本格的に動き出した5人が何の謎も解けぬまま、新たに出会った2人の男女。
そこから、怒涛の如く巻き起こった出来事。
独り歩きした疑惑。
2人の衝突。
仲間との別離。
自責の涙。
最大の激励。
4人での再出発。
2つの路。
予想外の再会。
過る不安。
決起した仲間。
悪夢の再会。
決死の対峙。
救助組の役割。
2人の激突。
終戦の合図。
1人目の消失者。
悲恋の涙。
命と交換の説得。
2人目の消失者。
追悼の涙。
暴走の終結。
隠された遺言。
最後の涙。
最後だと信じたかった。 もうこんな悲劇はこれで最後だと信じたかった。 遥にとってはこれまでの17年間の人生よりも学んだこの5日間。 人の
醜さ。 人の想いの強さ。 人の脆さ。 人の儚さ。 命の尊さ。 自分の弱さ。 無知さ。 そして、涙は簡単には涸れないということ。
どれ位の時間が経っただろうか。
外の景色の明るさが増している。 それは木々(きぎ)の高さを超えた太陽の光が、洞穴内から見える景色に次々と照り付けているという証拠。 早朝の
肌寒さはもう何処かへ消えてしまった。
漸く泣き叫ぶ事を止めたレイカが今度は啜り泣きを始め、もう冷たくなったタクヤの片腕を少し曲げると、その掌と甲を包むように自らの両手で
強く握り締めた。
「タクヤ・・・・・・」
相手を心から労り、思い遣り、慈しむ声。
握っていた手をゆっくりと下ろし、穏やかな表情で眠るタクヤの髪を優しく撫でたレイカは次に、タクヤの顔に自分の顔をゆっくりと近付けた。 その
直後に何が起こるのか、レイカが何をしようとしているのか、傍らで見ていた2人にも安易に想像が出来てしまい、このまま見ているのも失礼だと
気を遣って目を伏せようとした。
だが、その直後。
2人の予想は見事に外れる。
タクヤに息が届く程の距離に近寄ったレイカの口からは、意外な言葉が発せられた。
「大好きだよ お兄ちゃん 今までありがとう」
それは妙に落ち着いた声。 どこか透き通った声。
そして、聞き終わった瞬間。 2人は見覚えのある光景を三度見る事になってしまう。
『またっ!?』
ほぼ同じタイミングで、同じ声を上げる遥と順子。 またしても同じ現象。 これでもう3度目とはいえ、慣れる訳が無い。
レイカの全身から白い光が発せられている。
最初はそう見えた。 だが違う。 レイカだけではない。 よく見ればタクヤの体にも同じ事が起こっている。
(2人とも消えちゃう!!)
瞬時にそう理解した遥は、これまでの様に呆然と立ち尽くしたまま見届けるだけでは済まさなかった。 最後に何か声を掛けたいと、必死に頭の
中で言葉を作り出す。 何故、人がこんな白い光を発して消えるのかは未だに分からない。 だが、単に 「消える」 のではない。 2人は自分の
帰るべき場所に 「帰る」 んだと、確実に理解していたから。
「また・・・・・・会えるよね!!?」
跪き、タクヤに身を寄せながらも振り返ったレイカは、遥に対し何も言わず優しく笑い掛けた。 その様子はまるで、全てを悟った上でこれから
消える事を受け入れているかの様。 そして、それはヨシアキの時と全く同じ様子。
消える瞬間、本人がまるで驚かないのは何かを思い出したから。 それは奇しくもヨシアキが自ら言っていた事。
つまり、レイカも 「何か大切な事を伝える為に来た」 という事。 そして自分が誰なのかも、今それを全て思い出したという事。
2人から同時に発せられた眩し過ぎる光がその全身を覆い隠した時、遥は確かに感じた。
胸に響き渡るレイカの声を。
『親友 恋人 両親 姉弟 みんな大切な人
かけがえのない存在だから 優しくしてあげて 大事にしてあげて
思いやる心は いつか自分にも 帰って来るから
辛い時 悲しい時 必ず支えてくれるから』
間違いなく自分に向けられた言葉だと確信し、真摯に受け止めた遥。
やはり不思議な事に、耳で聞いた訳でないにも関わらず、それがレイカの声だとはっきり理解できた。 そして、予想通りの結果が待っている。
一層激しく輝いた2人の体は次の瞬間、その姿を消し去ってしまう。
正に同時。
2人の姿はもう跡形も無い。
唯一、その場に残っているのは地面に付いたタクヤの血痕のみ。
それを見て、遥は何も気付かない。 只、レイカの残した言葉の意味を噛み締めながら、その余韻に浸るだけ。 だが、順子は何かに気付く。
先程の経験から考えると、非常に不可思議な出来事。
「・・・・・なんか変だよ」
驚くほど冷静にゆっくりと歩き出し、2人の消えた場所まで行くとその場にしゃがみ込む順子。
「血が・・・・・・残ってる」
「・・・・・?」
「マコトさんが消えた後は、血も消えてたでしょ!?」
「・・・・・・あっ!」
この短期間で悲しみを味わい過ぎた順子はそれを乗り越え、落ち着き、むしろ以前よりも冷静になっている自分が信じられなかった。 僅か
10日程のここでの生活で、貴重な体験をした。 人の死に触れ、恋もした。 本人の知らぬ間に、その経験は順子を成長させていた。
「何故か分からないけど、タクヤ君はまだ此処にいる気がする。」
「まだ・・・・・・いる・・・・・・」
気味の悪い事を言われ、遥は若干の寒気を感じたが、持ち前の度胸からすぐに感覚を研ぎ澄ませる行動に出た。 消えてしまった人が、もう
存在しない筈の人が、そこにいる気配を感じ取る為に。
結果は 「言われてみれば感じる気がする」 程度のもの。
流石にもう泣き疲れた2人は、暫くその場で考える事にした。 何故なら、皆が消えたこの場所から当分は動きたくなかったから。 そして、此処に
残る以上は、考える以外に出来る事が残されていなかったから。 この場にはもう自分達しかいない。
健一は何処かへ去った。
ヨシアキは消えた。
マコトも消えた。
タクヤとレイカも消えた。
消えた4人。 その中で既に亡くなっていた2人。 残された3人。 その中で立ち去った1人。
2人の頭を過る考え。 『自分達もそのうち消えてしまうのだろうか』
深まる謎。 何1つ解き明かせない謎。
「あたし、もう何が起こっても驚かない気がするよ順ちゃん・・・・・・」
「・・・・・私も」
「でね、気付いたの。 あたしも1つ。」
「何?」
「健さんはどうなったのか分かんないけど、此処で消えたのはみんな記憶が無かった人だ。」
「あ・・・・・・ほんとだ」
さほど驚かない。 不思議な謎を新たに1つ加えた上で、また思考を活動させる2人。
根本的な謎。 この 「島」 は何処なのか。 まさか本当に 「神隠し」 というのを自分達が体験しているのか。 だとしても、記憶の有る無いは
どう言った違いなのか。 7人の関係性は何だったのか。
レイカが消える直前に言っていた 「お兄ちゃん」 という言葉。 本当だとすれば、2人は兄妹だと言った健一の予想は当たっていた事になる。
だが、それを知った所で今となっては何の意味も無い。
考えれば考える程に湧き出す謎。 余りにも解けない謎が多過ぎて完全に煮詰まる2人。
「順ちゃん、やっぱ健さんを追い掛けた方がいいのかな・・・・・・」
「きっと、もう追い付けないよ。 探すの大変そう。」
「だよね・・・・・・」
途方に暮れる。
如何に冷静になったとはいえ、少女2人の頭脳で事足りる訳が無い謎の数々。 健一との合流を断念し、この場に残る事を決めた2人はまず、
ある事への追求1つに論点を絞る事にした。
「ヨシ君の言ってた 『大切な事を伝える為に来た』 って、どうゆう事だろ? もう伝えたって言ってた・・・・・・」
「あ! 順ちゃんそれ!」
「へ?」
遥の反応に驚き、少々間の抜けた声を出してしまった順子。
恥じらう順子の初な仕草に微笑み掛けつつ遥は説明する。 皆が消える寸前に聞いた、あの自分だけに対して語りかけられた様なメッセージの
事を。 それが自分にとって必要で、励みになる言葉だった事を。 そして、確認する。 周りの人にはあれが聞こえなかったのかどうかを。
「分かんない・・・・・・少なくとも私は、そんな声は聞いてないよ。」
「んとね、聞こえたって言うか、こう・・・・・・心に直接語りかけてくる感じ?」
「・・・・・それって声なの?」
「う・・・・・・うーん・・・・・・・」
『時が来たよ』
「あ、そうそうそんな感じ!」
「え・・・・・・何?」
「あれ・・・・・・今・・・・・・聞こえた」
「え?」
遥は確かに聞いた。 正にその心に語りかけてくる声を。 だが、何処から聞こえたのか分からない。 そして、それは順子の声ではなかった。
更に、それはどこか聞き覚えのある声。
咄嗟に周りを確認する遥。 誰も居ない。 この場に居るのは遥と順子の2人だけ。
「今ね・・・・・・確かにあの声が・・・・・・」
疑い深く周囲を見渡す遥の目に止まったもの。
タクヤの血痕。
「・・・・・まさか」
視線を止め、言葉を発した正にその時だった。
何かを感じた。 今も生々(なまなま)しく残る血痕の辺りに、確かに何かを感じ取った。 その瞬間、順子に言われた言葉を思い出す。
『タクヤ君はまだ此処にいる気がする』
感じた 「何か」 の正体、それは紛れも無く 「気配」 だった。
「え・・・・・・タクヤく・・・・・・」
それが遥の 「此処」 での最後の言葉となる。 視線を外せないまま立ち尽くしていると、その血痕からあの白い光が発せられた。
瞬間、視界が真っ白に染まる。
何も見えない。
眩しい。
真っ白な景色。
一面に広がる白い世界。
(なに・・・・・・これ)
真っ白な何も無い空間。
何も出来ない。
声も出せない。
立っている筈が、歩く事も出来ない。
それ以前に、自分の姿も確認できない。
(あたしも・・・・・・白い光に包まれて消えたのかも・・・・・・)
唯一出来る事は、考える事のみ。
走ろうとしても、足掻こうとしても、出来ない。
それはまるで、夢の中で何かを追っているつもりの自分が、その 「想い」 のみで追えていない様な感覚。
その時、何かを感じ取る。
『存在に 気付いてくれて ありがとう』
耳で聞いたのではない。
もはや声とも言えない。
1つだけはっきりと理解出来たこと。
それがタクヤだということ。
『・・・・・!』
言葉を返せない。
声が出せない。
『聞いて これが 最後の言葉』
声ではない筈が、何故かタクヤの声だと分かってしまう。
不思議な感覚。
そして、懐かしい感覚。
状況は違えど、消えた3人から聞いたものと同じ感覚。
『素直に本音をぶつけるのは 悪いことじゃない
でもね 誰だって 1人じゃ生きられない
自分を信じて 相手を信じて 勇気を持って 優しさを持って 人にぶつかってごらん
甘えていいよ 頼っていいよ 人の関係はそうやって築くもの
信頼し合えた時 人はもっと強くなれるから』
確かに感じ取る。
その言葉の意味を。
胸に刻み込む。
そして、確信する。
これまで感じた4人からのメッセージは自分に送られたものだと。
(ありがとう・・・・・・がんばる)
心で返す感謝の言葉。
それを最後に、自分を包み込む白い空間が消えていくのを感じ取る。
同時に、意識も薄れていく。
消えゆく思い出。
必死に探る記憶の断片。
大切な言葉。
4人からもらった言葉。
自分に足りないこと。
自分に必要なこと。
勇気と行動力。
憎むより許すこと。
慈愛の心。
信頼し合うこと。
ヨシアキ。
マコトさん。
レイカちゃん。
タクヤ君。
順ちゃん。
健さん。
(また・・・・・・会えるよね?)
そこで遥の意識は途切れた。
同時に、遥にとって 「僅か5日間の漂流生活」 はここに幕を閉じた。
終わりじゃないですヨ。 終盤のスタートですからね。
ちょっと今までと比べると今回は展開があっさりし過ぎてた気がします・・・・・反省。
でも、サクサク進む方がいい事を学びました。
次に書く予定のファンタジーはサクサク展開を心掛けます(キリッ