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漂流少女  作者: 真心
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19章 死を超えた愛

現在の科学では解明できない出来事。 それを超常現象ちょうじょうげんしょうというのなら、ここで3人が遭遇そうぐうした出来事はまさにそれに当てはまる事になる。

だが、本来ここが現実世界などではなく、幻想げんそう世界のたぐいだとすれば、どんなに不可思議ふかしぎな現象も 「有り得る」 と納得せざるを得ない。

では、幻想世界なるものが本当に存在するのか。


ただ一つ、間違いなく言える事はここが夢の世界ではないということ。 誰にとっても 「夢」 ではない 「現実」 


そして、現実にここに存在したヨシアキという人間は、確かに消えてもう何処どこにも存在しない。


「きっと・・・・・・帰ったんだと思います。」


悲しみを乗り越え、思考しこうをフル回転させていた遥が考えもしなかった結論を出してくれたのはレイカだった。


まず 「帰った」 という考えに何故なぜ辿たどり着かなかったのか。 その現象げんしょうの余りの不可思議さにとらわれ、ひかって消えた事を安易あんいにそのままとらえて

しまっていたのは、遥の冷静さが戻っていない事のあかしなのかもしれない。


「・・・・・かえっ・・・・・・た・・・・・・!?」


「だって・・・・・・・きっとまた会える・・・・・・って言ったから。 だから、自分のいるべき場所に帰ったんだと思います。」


悲しみに暮れる順子が敏感びんかんに反応し、確認するように聞き返すと、レイカはもう1度分かりやすく言い直した。 この場で今、1番冷静に物事ものごとを考えて

いたのはレイカだったのかもしれない。


それを聞くと順子は少し落ち着きを取り戻したのか、それまで気にもしていなかったみずからの涙をぬぐい、1人で何か物思ものおもいにふけり始めた。 消えて

しまったヨシアキがもし無事に帰ったというのなら、それはむしろ喜ぶべき事だと自分の中で割り切ろうとしているのかもしれない。


順子の気持ちをそうさっした遥だったが、自分はむしろその事よりも、ヨシアキの言っていた事の方が気になっていた。


ヨシアキは 「全て思い出した」 と言っていた。 自分が誰なのかも、ここに来た理由も思い出したのだと。 そして 「大切な事を伝える為に来た」 と、間違いなく言っていた。


遥からしてみれば、その 「大切な事」 というのが自分に言われたあの言葉であるとしか思えなかった。 消えたヨシアキも不思議だが、心に語り

かけられた声も不思議でならない。 そして、あの言葉は自分にとってこれ以上ない程のはげみになる言葉だった。


ということは、ヨシアキは自分の為に来たとでも言うのか。 そもそも、ヨシアキは一体誰なのか。 それに関しては何も分からないまま。


いくら考えようと、遥の疑問は増えるばかり。


「おい!」


一瞬、誰もが耳をうたがった。


入口側からはっせられたその声は、聞いた者の体を麻痺まひさせる。


声のした方を誰も見ない。 まず頭で想像する。 だが、想像するまでもないその姿。 忘れていたあの恐怖を呼び覚まされる。


遥とレイカは、まるでしめし合わせた様にゆっくりと、ほぼ同時に声のぬしへと視線を向ける。 一方いっぽう、順子はその声に気付いていながら決してそちらを

見ない。 何故なぜなら、思考しこうの整理を邪魔されたくはないから。


恐々(こわごわ)と見た2人のその目にうつったもの。


こちらをジッとにらみ付ける健一の姿。


そしてもう1人、すぐわきに立っているマコトの姿。 何やら様子がおかしい。 


よく見ると、マコトの首には健一の腕が巻き付いていた。 立っているというより、無理矢理むりやり引っ張って来られた様に見える。 さらに、健一のもう

片方かたほうの腕には昨夜さくや使っていたと思われる槍がにぎられていた。 


「どうゆう事だ! 何があった! ヨシは何処どこへ行った!」


遥は咄嗟とっさに立ち上がり身構えた。 レイカは座ったまま、横たわるタクヤにおおかぶさる様に姿勢を低くした。 2人の予想通り、相手の態度からは

とてもおだやかに話が進みそうな雰囲気ふんいきが全く感じられない。


「健さん・・・・・・! 落ち着いてっ!」


あらぶる健一をおさえようと、腕の中のマコトも声を荒立あらだてる。 


「黙ってろ! おいお前ら! 何があったか説明しろ!」


健一の様子は昨夜さくやまでと全く変わらない。 ヨシアキが 「目を覚ましてほしい」 という想いを込めて必死に呼び掛け、その暴挙ぼうきょを止める為の最終

手段として、気絶させる程の頭突きを食らわせたにも関わらず、一晩って目を覚ました健一には反省の色も無ければ、自粛じしゅくすることも頭に無い。


「ヨシアキは・・・・・・」


「ハルちゃん! 言わなくていい!」


相変わらずの剣幕けんまくで問い詰められ、恐々(こわごわ)と遥が説明しようとしたその時、透かさずマコトが言葉を制止した。


「あぁ!? お前は黙ってろって言っただろがぁ!」


次の瞬間、驚くことに健一は、持っていた槍のっ先をマコトの首元くびもとに向けた。 見ると先端せんたんにはすでに赤いものが付着ふちゃくしている。 それはまぎれもない、

タクヤを攻撃した時に付いた血だろうと遥は即座そくざに読み取った。


「このままこいつを突き刺してもいいんだぞ!? どうした! 早く言え!」


「・・・・・・!」


その行動の余りの唐突とうとつさに、震え上がった遥は何も言葉を発する事が出来ない。


「・・・・・殺しなさいよっ!!!」


その叫びには健一だけでなく、遥にレイカ、そして順子までが敏感びんかんに反応した。 しばしの静寂せいじゃくが辺りを包む。 り詰めた空気の中で、マコトは自分の

斜め上にある健一の顔をなおもジッとにらみ付けている。 


「もうあきれるわ・・・・・・あなた、どこまでバカなの・・・・・・・」


「な、なんだと・・・・・・!?」


「ああもうっ!! バカって言ってんのよっ!! 何度でも言ってあげるわよ!! バカ! バカ! このバカヒゲおとこっ!!」


マコトは自分の喉元のどもとに槍を突き立てられている事など気にもめず、ひたすら健一を罵倒ばとうし続けた。 その光景をはたから見ていた3人は、ただ圧倒

されるばかり。 とうの健一はこれまで見た事もない程に動揺どうようしている。


「コ・・・・・ノヤロッ・・・・・・! 本当に刺してや・・・」


「だから殺しなさいってば!!」


「・・・・・・くっ!」


マコトの目は本気だった。 それは本気で健一を説得する為の最終手段なのかもしれない。 遥と順子の2人は、どちらもマコトの狙いを読んでいた。 だが、それは余りにも危険過ぎる作戦。 あおったすえに、何かとっておきの秘策ひさくでもない限り、健一がそのまま大人しくなるとは思えない。


「女は刺せないっていうの!? タクヤ君は刺したのに!? 私にはいざとなったら怖気おじけづくの!? 情けない男!!」


尚も続くマコトのあおり。 健一は歯を食いしばりながら、突き付けた槍を持つ手を小刻こきざみに震わせている。


「・・・・・あぁ殺してやる・・・・・・出来ないと思ってんのか!!」


マコトの首をさらに強く締め付ける健一。 そして、槍を持つ手を勢いよく引き戻す。 流石さすがにもう危険だと、誰もがそう思った。 もはや引っ込みが

付かなくなっている。 当初は3人に喋らせる為のおどしの道具として、人質に使うだけのつもりだったのかもしれないが、今は完全にマコトの

ままにき立てられている。


「はぁ・・・・・・・・もう殺しなさいよ・・・・・・・・・・あなたに殺されるなら・・・・・・・・本望ほんもうだわ・・・・・・・・・」


急に健一から視線を外し、うつむいたマコトはなんとも力無い声で言った。 これがマコトの狙いなのかと、固唾かたずを飲んで見守る遥と順子。 


「な、何言ってんだ!? お前・・・・・・頭おかしいんじゃねぇのか・・・・・・!?」


「そうね・・・・・・・そうかも。 でも、それなら健さんと同じでしょ?」


今度は冷静になり、日常的に受け答えするマコト。 その様子の変化の余りの激しさに、これまで動揺こそしたものの、ここに来て初めてうろたえて

いる健一は、もう完全にマコトのペースに飲まれていた。 こまてた健一は何も言わず、次に取るべき行動を必死に考えていた。


「さぁ・・・・・・殺して、それで気が済むならね。 その代わり・・・・・」


そこでマコトは言葉を止め、大きく息を吸い込んだ。


「私を殺してもっ!!! またみんなをおどしたりしたら許さないわよっ!!! このバカ健一!!!!」


凄まじい怒号どごう。 あのマコトの声とは思えない。 数メートル離れた3人でさえ耳をふさぎたくなるその声は、耳元で聞いた健一の鼓膜こまくやぶったのでは

ないかと思わせる程の声量。


「・・・・・っるせぇ・・・・・・くっそっ! へっ・・・・・・バカはお前だろ? 死んだら許すもくそも無いだろがぁ!」


大人しくなったかと思われた健一も、マコトのさけびに対抗たいこうするかのようにその威勢いせいを取り戻してしまった。 誰も考えたくは無かったが、マコトのたましいの叫びは全くの逆効果になってしまったのかもしれない。


あっさりと言い返されてしまった屁理屈へりくつとも取れる健一の言葉で、ついにマコトはうつむいたまま何も言わなくなってしまった。


「・・・・・・・・からず・・・・・・・や・・・・・・・」


もう言葉を出しくし、説得をあきらめたのかと思われていたマコトが何かをつぶやいた。 それは密着みっちゃくしている健一にしか聞きとれない程の小声。


「あ・・・・・・!?」


顔をしかめた健一は、うつむくマコトの顔をのぞき込む。 この時、健一はマコトの体がはげしくふるえているのを感じずにはいられなかった。


そして、覗き込んだ健一がもう1つ確かに感じ取ったもの。


覚悟した者の気迫きはく


「この分からず屋ぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


次の瞬間、マコトは信じられない行動に出た。


ズッ 


耳に残るなんともいやな音。


とがった棒はやわらかい皮膚ひふを簡単に突きやぶる』  それは世の中での当然の道理どうり。 


マコトは突き付けられていた槍をつかみ取り、自らの手で自分の喉元のどもとに突き刺した。


いきおいよく吹き出す真っ赤な血。


無数のつぶとなり、花火のごと拡散かくさんする真っ赤な血。


健一の顔や、手、体にまで飛び散る真っ赤な血。


壮絶そうぜつな光景。 この場の誰もが初めて見る。 誰もが信じられない。 信じたくはない。 信じられる訳がない。


「・・・・・・!!!」


驚きの余り声も出ない健一。


何が起こったのか、誰がやったのか、何が飛び散ってきたのか、ここまでの数秒間で全てを理解するのは不可能だった。


手は震え、筋肉は硬直し、刺さったままの槍を握り締めるこの手を離すことが出来ない。 ななめに刺さった槍の切っ先をつたい、を伝い、マコトの

手を伝い、また柄を伝い、そして自分の手にまで流れてくる真っ赤な血。


マコトの首に巻き付けているもう片方の腕も、傷口から1番近くに位置していた為に、たっぷりと付着ふちゃくした血が手のこうからしたたり落ちている。


その血のあたたかさをみずからの両手でしっかりと感じ取った健一は、そこで初めて何が起こったのかを全て把握はあくする。


健一を説得する為の 「本当の意味でのマコトの最終手段」   それが 「自らの死を間近まぢかで見せること」


「・・・・・かっ・・・・・・はっ・・・・・・・」


激痛げきつうと共に全身から力が抜けていく。 曲がるひざ。 かたむく体。 にぎる力を失って槍から離す手。 地面にくずれ落ちる勢いから傷口をえぐり、抜けて

しまう槍。 うつろになる意識の中で 「死」 を受け入れたマコト。


ドサッ


倒れる直前、マコトの体はささえられた。


異物いぶつが出たことで、更に血を吹き出す傷口を、強く押さえる大きな手。 咄嗟とっさにその場で尻餅しりもちを付き、マコトの体を背後から全身で抱きめたのは、

他ならぬ健一だった。


「お、おい・・・・・・マコト・・・・・・マコト!!」


健一はマコトの顔を後ろからのぞき込み、その名を必死に呼び掛けた。


「・・・・・け・・・・・・んさ・・・・・・・」


「しっかりしろっ! マコト!!」


まだ息はある。 だが、マコトのその傷はどう見ても致命傷ちめいしょうだった。


「これで・・・・・・きが・・・・・・す・・・・・んだ・・・・・・? これ・・・・・・で・・・・・み・・・・・んなを・・・・・・・」


息は乱れ、かすれた声で、マコトは力を振りしぼって何かを伝えようとしている。


「もう喋るなっ! 分かった! オレが悪かったっ!! もう誰にも何もしないっ! だから死ぬなっ!!」


傷口を押さえる手に力を込め直す健一。 それでも大量の出血は止まらない。 もう片方の腕はマコトの腰をしっかりとかかえている。


「・・・・・よか・・・・・った・・・・・・・・・・・う・・・・・・・れしい・・・・・・・・・あり・・・・・・・がとう・・・・・・・」


血だらけの顔で微笑むマコトの表情を、その場にいる全員が確かに見た。 


あふれ出る涙を感じながら、遥と順子は理解していた。 マコトは、健一のこの言葉を待っていたのだと。 ずっと待ちがれていたのだと。 例え、

死を選んででも 「以前の健さん」 に戻ってほしかったのだと。


「分かった! すまなかった!! もう分かったから・・・・・・・死ぬなっ!! 生きろマコトッ!!」


「さ・・・・・いごの・・・・・・・お・・・・・・・・ねが・・・・・・・い・・・・・・・・・き・・・・・・・いて・・・・・・・」


うつろな目でくうを見つめていたマコトは、ゆっくりと健一の顔に視線を動かした。


「・・・・・・な、なんだ!?」


本当は否定ひていしたかった。 怒鳴どなりつけたかった。 「最後なんて言うな」 と。 だが、健一には分かっていた。 もうマコトが助からない事を。

そして、今の自分に出来る事は、マコトの最後の願いを聞き入れる事だと。


その命がきる前に。


「・・・・・・キ・・・・・・・ス・・・・・・・・・・・・・し・・・・・・・・・て・・・・・・・・・」


「・・・・・!!」


確かに聞き取れた言葉。 全く予想だにしなかった言葉。 驚かされるというレベルを完全に超越ちょうえつした言葉。 その言葉を聞いてから次の行動を

起こすまでの一瞬のあいだに、健一はマコトに出会ってからこの瞬間にいたるまでの全てを思い出していた。


今まで全く気付かなかった。 マコトの気持ちに。 自分に対する想いに。


そして。


自分がした事のおろかさに。 やっと気付いた。 今頃になって気付いた。


自分は本物の馬鹿だ。


体中が血に染まり、青ざめながら苦悶くもんの表情を浮かべているマコト。


(マコト・・・・・・!!!)


健一は顔を近付け、マコトのくちびるに自分の唇をそっと重ね合わせた。


時間が止まる。


それは、ほんの数秒間の出来事。 だが、本人達にも、見守る3人にとっても、途方もなく長い時間に感じられた。


生気せいきうすれた冷たい唇にれ、その温度差を実感していた健一。 それとは裏腹うらはらに、心にみ渡ってくる温もりのようなものを感じ取り、そのまま

優しい気持ちで満たされていく自分の胸の中の変化も実感していた。


動き出す時間。


ゆっくりと唇を離した健一は、その顔を間近まぢかに残したままマコトの目をジッと見つめる。


閉じていた目をかすかに開いたマコトは、我慢していた呼吸こきゅうき出すと同時にき込んだ後、見つめる健一に対して優しいみを浮かべた。


「あり・・・・・・・・が・・・・・・・と・・・・・・・・・・・・・・け・・・・・ん・・・・・・・さ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


そこで声が途絶とだえた。


終わる呼吸。


閉ざされた瞳。


む胸の鼓動こどう


もう決して動かない身体からだ


命の終わる瞬間はおどろくほど静かに訪れた。


だが、その表情にはまだかすかな笑みが残っている様に見えた。


「マコト・・・・・・!!」


もう無意味になってしまった、傷口へ押し当てていた手も使い、自分の胸の中で息絶いきたえたマコトを両手で強く抱きめた健一。


ここでもまた、時間は止まったかのようだった。


マコトを抱いたまま、その顔から目をらす事ない健一のほほから、光るものが流れ落ちる。


この場にいた誰もが、素直な涙を延々(えんえん)と流し続けていた。 レイカですらそれは例外れいがいではない。 1度は会って言葉をわし、ここまで一緒に来た

優しい女性が死んでしまったのだから。


親しい人の死を間近まぢかで味わった深い悲しみ。 それがどれ程つらいものなのか、ここで全員が身をもって知ることになった。


どれくらいの時間がっただろうか。


全員が悲しみに暮れるだけの全く変化の無いこの状況で、泣き崩れていた遥が最初に動きを見せた。 その場で立ち上がり、真っ赤に充血じゅうけつした

目で健一をにらみ付ける。 その心の中では、すでに抑え切れない程の想いをたぎらせていた。


遥は想う。


『これでこのけんは解決したっていうの? 冗談じゃない!!


マコトさんがその命と引き換えにあの男を説得したなんてこと、どうやって納得しろっていうの?


これであの男が元に戻ったからなんだって言うの?  マコトさんはもう戻って来ないんだよ?


そもそも、あの男の身勝手な暴走ぼうそうから始まったことでしょ? それを止められなかったマコトさんが、1人で責任を感じてこんな結果になって・・・・・・


このままあの男が大人しくなって、それで済むはずなんてないじゃない!!!


マコトさんを殺したのはあの男だ。


順ちゃんやレイカちゃんがどう思っていようが関係ない。


あたしは許さない。 絶対に許さない。


あんな男・・・・・・殺してやる!!!』


ふるい立たせる決意。 き出しにしたにくしみ。 揺るぎない心。 復讐ふくしゅうという名の狂気きょうきむしばまれた目。


遥は今の自分が 「あの時の健一」 よりも恐ろしい形相ぎょうそうをしている事も気付かずに、健一への距離を1歩、また1歩とちぢめ始めた。


その時だった。


健一の腕に包まれたマコトの体にある変化が現れた。


「・・・・・・!」


真っ先に気付いた健一は驚きを隠せない様子。 しかし、健一以外の3人はその変化に見覚えがあった。


白い光。


もう身動き1つしない死人しにんであるマコトの全身から、真っ白な光が発せられている。


「また・・・・・・!!」


思わず声を上げたのは遥。 順子は驚くより前に、まだ真新まあたらしい記憶の中にあるヨシアキの姿を思い出していた。 レイカは、再び起こったあの

不可解ふかかいな現象に目を丸くしている。


徐々に激しさを増していくその光は、ヨシアキの時と同じ様にマコトの体を包み隠そうとしている。 ともに光の中におおわれてしまった健一は、驚愕きょうがくする

と同時に、その光から何かの危険を察知さっちしたのか、マコトの体をそれまでより強く抱き締めた。 決して離すまいと。


マコトも消えてしまう。 ヨシアキの時と同じように。 健一以外の誰もがそう確信していた。


またしても信じられない光景が、目の前で現実に起こっている。


そして、遥にとっては更に信じられない出来事が待っていた。


マコトの声。


心に直接語りかけてくる様なあの声を、遥は再び聞くことになる。



『人はみんな弱いの   だから   何かを守る為に   必死になるの


心が不安になると   大事なものを   見失う人もいる


目的の為に   他人ひとを傷つける人もいる   


でも   誤解しないで   みんな臆病おくびょうなだけ   


にくむより   許すこと   それが自分を   成長させるの


どうか自分を   見失わないで』



遥はしっかりとその言葉を胸にきざみ込んだ。 驚くより前に、それが自分にとって神のおげにも等しい程に、大切な言葉だと感じ取ったから。


ヨシアキの時と全く変わらない。 口は動いていないはずが、聞こえてきたまぎれもない本人の声。 そして、周りの反応を見る限り、やはり自分に

しか聞こえていなかった様子。 しかし、今度は大きく違う点が1つある。 声のぬしであるマコトはもうすでき人であるということ。


このなぞいくら考えようと、納得できる答えが全く見つからない。 だが、きっと考えても何も分からない。 大事なのは、何故なぜ2人の声が自分に

だけ聞こえたのかという事よりも、その内容が今の自分にけている事だということ。 もう2度目になる不思議な体験をの当たりにして、遥は

余計な詮索せんさくをしても意味がないと、自分でも驚くほど冷静に判断した。 この島に来てから今までの様々(さまざま)な経験が、知らぬ間に遥を成長させて

いたのかもしれない。    


更に激しくなったまばゆい程の白い光は、マコトに加えて健一の体まで完全に見えなくしてしまっている。


そして、ついにその時は来た。


ヨシアキが消えた瞬間と同様どうよう、もしくはそれ以上のかがやきを放った光は音も無く、一瞬にして消え去ってしまった。


最後の瞬間で目を閉じてしまった遥。 同じく、目を閉じていた順子とレイカ。 3人が次に目を開けた時に見たもの、それは。


座り込んだままの健一、ただ1人。


その両腕でしっかりと抱きめていたはずのマコトが消えてしまった事に、健一はまだ気付いていない。 顔をせたままで、光が消えた事にも

気付かずにその場でかたまっている。


最後にマコトの声が自分に残してくれた言葉を思い出していた遥は、一先ひとまず怒りやにくしみの気持ちをしずめ、動かない健一に声を掛けた。


「健さん、マコトさんはもう・・・・・・」


その声が聞こえたのか聞こえていないのか、ゆっくりと顔を上げた健一は自らの手元てもと念入ねんいりに確認している。 全く驚く様子も見せずに、その腕の

中にいたマコトの面影おもかげを追い続けるように探し続けている。


「・・・・・消えた」


独り言のようにつぶやく健一。


「マコトさんも・・・・・・帰ったのかな・・・・・・」


遥に問いかけるように順子が言う。


「帰った・・・・・・・のか・・・・・・・」


視線も体もこちらに向けない健一は、手元を見たまま呟く。


「ヨシアキも同じでした。 生きてた・・・・・・けど・・・・・・」


言い出して、途中で後悔こうかいした遥。 ヨシアキは生きたまま消えて、無事に帰れたのかもしれない。 だが、死んでしまったマコトは消えてどうなったのか。 いまだに謎だらけのこの状況で、まず何から考えればいいというのか。


「・・・・・・見てくれ」


ようやく立ち上がってこちらを向いた健一。 そのまま黙って2人の反応を待つ健一に対し、遥も順子も何を見せられているのか分からない。


「血も・・・・・・消えたんだ」


「・・・・・・!!」


「あ・・・・・ほんとだ!」


健一が見せたかったのは、自分の腕や体に付いていたはずのマコトの血だった。 だが、もう何も無い。 何も残っていない。 あの大量に付いていた

真っ赤な血が、今は一滴いってきたりとも見当たらない。


「信じられないが・・・・・・・あるんだな、こんな事が・・・・・・・」


どこか寂しげに言う健一の表情には、あの凶暴な時の面影おもかげはもう全く無かった。 顔のけんは取れ、遥が最初に出会った時よりもむしろおだやかな

表情になっていた。


この時、遥はあらためて思った。 マコトの願いはかなったのだと。 その想いは通じたのだと。 出来る事なら、今の健一の隣にマコトもいてほしいと。

そして、みにく復讐心ふくしゅうしんられて、自分がもし健一を殺していれば、マコトの気持ちも行動も、全て踏みにじる事になってしまっただろうと。 


光に包まれ消えてしまった2人の事を、今ここにいる人間でいくら話しても、きっと何も分からない。 そう考えていたのは遥だけではなかった。 同じ

考えを持っていた 「元通もとどおり冷静な健一」 は必要以上に何も語らず、何も聞かず、まずこの場で自分のするべき事をしっかりと理解していた。


「まず2人に謝っておく・・・・・・本当にすまなかった」


遥と順子、2人の正面に立った健一はその姿勢しせいただし、深々(ふかぶか)と頭を下げた。


順子は、その姿を見る前からもうすでに許していた。


遥は、マコトの最後の言葉をもう1度思い出していた。 そして、人生で初めて 「許す」 ことの大切さを学んだ。



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