2章 訪問
ありえないって!
もうね、ほんっとにそれしか言えない。 自分の部屋で寝た筈なのに、次に起きてみれば見知らぬ森の中。
そこで出会った若い男にいろいろ聞くと・・・・・・・・・・
どこか分からないけど、ここは島。 あたし以外に、彼を除いて他にも人がいる。 簡単には帰れそうにない。
これ、どこまで信じられるっての? なんかさ、こんなファンタジー映画なかったっけ?
ちなみに、出会った彼の名前は 『ヨシアキ』
「苗字は?」 って聞くと 「分からない」 だって。
はぁ!? ですよ、まったく・・・・・・・・・・・
聞くと 『ヨシアキ』 の漢字もどう書くか分からないとか。 名前だけじゃなく、歳も、ここに来る前の記憶もないんだって!! それ聞いた時はあたしも本当にビックリした。
記憶喪失の人とか、ドラマとか映画でしか見たことないし。 でも、とても信じらんない。
だって、自分の下の名前だけ覚えてるとかさぁ・・・・・・・・・・
つまり、彼に会って、分かったことは4つだけ。
ここは何処かの島。
彼の名は 『ヨシアキ』
ヨシアキには3人の仲間がいる。
その3人の中にも記憶喪失の人がいる。
うわあああああ! わけ分かんないって!!!
まぁそんなわけで、あたしは混乱しまくりながらとりあえず言われた通りついて来てる。 こいつの話が全部ウソで、もしあたしに何かしようっていうなら・・・・・・・・・
あんたに貰ったこの棒で思いっきり殴ってやるんだから!!
目を覚ましてから、空は相変わらずいいお天気。 彼と出会ってから、既に10分以上は歩いてるけど、景色は変わらない。
さて、この先どうなることやら―――――
「あのさ、本当にこんなとこに家なんてあるの?」
ヨシアキはどう見てもあたしより年上。 でも、あたしは基本的に敬語は苦手。 相手が年上でも、その人の雰囲気次第ではタメ口を使っちゃう。
「もう少しだよ、あ・・・・・・・・・・そこ足元、気をつけて。」
カッコ良く宣言した通り、彼は本当にあたしの方を全く振り向かずに話してくれてる。 いろいろ気遣ってくれるし、悪い人じゃないってのは分かる。 だからあたしもこうしてついて来てる。
あたしの名前も聞かれたから、まぁいいかって感じで教えた。 でも、警戒心はまだ消えない。
立ち位置はずっと、彼の斜め後ろ2メートルぐらい。
「中山さんってさ、気が強いよね。」
振り返らずに、視線だけ送るヨシアキの横顔は少し笑ってる。
「これ、生まれつきなんで。」
イヤになる程よく言われるよそのセリフ。
「あのさ、みんなと会ってもらったら君の覚えてること聞かせてもらいたい。」
また急に真面目になるヨシアキ。
「それって、あたしに記憶があるから?」
「うん。」
「別にあたしの事なんか聞いても仕方ないと思うけど・・・・・・」
「言っただろ? ここに来る前の記憶があるのは中山さんとあと2人だけ。」
「うん、聞いた。」
「オレ達みんな、当然この島から出たいんだ。」
「・・・・・・」
「何か手掛かりがあるかもしれない、ここから帰るための。」
言いたい事は分かる。 今まで聞いた事が全部本当の話だとすれば、ここにどうやって来たのか、それが分かればきっと帰れる。
「でも、あたしほんとに気が付いたらここにいたよ?」
「うん。」
「どうやって来たとか、ほんとに分かんない。」
うん、ほんとに分かんない。 今でもほんとに不思議だ。
「でも他のこと覚えてるんなら、何か思い出すかもよ?」
まぁ確かに、そりゃそうかもしれないけどさ。 こんな状況、とりあえずついて行くしかない。 しばらく歩いてると、ずっと変わらなかった景色が急に一変した。
『原っぱ』 っていうのかな、短い草しか生えてない。 森の中にポッカリと空いた木の無い空間がそこに広がってる。
「よ〜し着いた。」
そこでようやく振り向いたヨシアキ、あたしを見ながらその先を指差す。
「あそこだよ。」
「あれって・・・・・・?」
まだちょっと離れてるけど確かにそれは見えた。 例えるなら、ちょっと作りが荒いロッジ風の建物。
「ここに住んでる仲間と建てたんだ。」
「建てた!?」
それこそ信じらんない、職人さんじゃあるまいし。
でも、もう少し近付いてみるとその真相が判明。
本物のロッジさんに謝ります・・・・・・・・・・・ここのは隙間だらけのボロ小屋。
屋根に使われてる鮮やかな黄緑色の草、あれのせいで遠目に見るとちょっとオシャレに見えてしまう。
「見た目は悪いけど、中はわりと居心地いいんだ。」
マジですか。 なんか小屋の周りにはいろんな物が置いてある。 木の枝を合わせて作った桶みたいなやつ。どう見ても使えそうにない。
あまりにも無骨過ぎる木製のイス、テーブル・・・・・・・・・これまさか使ってんですか?
小屋の壁には長い木の棒が2本立てかけてある。 なんていうか、ここには原始的な生活感みたいなのを感じる。
「ヨシ」
!
めっちゃ低い男の声にビックリ。
小屋のすぐ傍まで来てたあたしには見えない位置に、誰か別の人がいるみたい。
「あ、健さん。」
小屋の裏から姿を現したのは背が高くてごつい男。
「新しいやつ見つけたか。」
ちょっ! 何この人、怖すぎ!
ヨシアキと違って髪は乱れてて、口周りの濃いヒゲはかなり伸びてる。 若いのか、おじさんなのかよく分かんない。 着てる服だってかなり汚れてる。
ホームレス!?
「さっき丘への道で会ったんだ、記憶もあるって!」
「そりゃよかった、よろしく。」
なんだかもうめっちゃ無愛想な男はあたしをチラッと見た。
一応、会釈はしといた。 でも怖い怖い怖い。
目つきわるぅ・・・・・・・・・・
「健さん、他の2人は?」
「中にいる筈だ。」
「よし、じゃあ中へどうぞ。」
「え・・・・・・・・・」
小屋の入口へあたしを招くヨシアキ。 さすがにちょっと躊躇ってしまう。
「中の2人は女の子だし、安心して。」
こりゃもう逆らわず中に入るしかない雰囲気・・・・・・・・・・・
ええぃ! 女は度胸! と握り締めてた棒を地面に置き、仕方なく入る事に。
まずヨシアキが中へ。 それにあたしが続くと、ごつい男も後ろから・・・・・・・・・・
ほんとこの人めっちゃ怖い(泣)
「ただいま〜」
爽やかな挨拶が小屋の中に響く。 そして、内装を見てのあたしの第1印象。
え、広っ!
外から見たのと全然違う、あたしの部屋の2倍以上あるんじゃ・・・・・・・・・・・・
それに手作りの小屋にはマジで見えない。 家具とかそんなのは無いけど、窓もあるし夏とかは快適そう。
「あ、おかえり。」
おおおおおおおお女の人が!!
次にあたしの目に飛び込んできたのは2人の女性。 1人は髪を後ろで束ねた、あたしより少し年上? っぽい人。 もう1人は、これが超美人・・・・・・・・・・・かなり年上っぽい。
髪は腰ぐらいまであって、真っ直ぐだしサラサラ。 あたしも髪には自信あるけどさすがに負けてるかも。
「え、ちょっとその子は!?」
その美人さんはあたしのこと見て立ち上がった。 背も高くてスタイルもめっちゃ良い。
「また見つけたよ〜新しい仲間!」
透かさずヨシアキはあたしを登場させた。
「うわ〜また可愛い女の子〜!初めまして!!」
ほんっとにこの人キレイ、笑顔とかヤバいくらい魅力的。
「あ、初めまして・・・・・・」
駆け寄って来たお姉さんに強引に握手を求められた。 その時、奥にいたもう1人の女の人は軽く会釈をしてくれた。
「とりあえず座って話そうか。」
うわビビる、後ろにいたごつい人の低い声。 このお姉さんとのギャップがまた凄い。
ともかく、ヨシアキに連れて来られたこのボロ小屋。 中が予想外に快適だったから、ボロ小屋と言ってしまった事は取り消してあげましょう。
聞いてた通り、本当に3人の仲間がいた。 女性もいたからとりあえず一安心。
どうやら自己紹介が始まるみたい。
5人が輪になって座ってるけど、それとなく女性2人の間に位置取った。
「まず、オレは栗原 健一。」
相変わらず無愛想で低い声だし顔も怖い。
「私はマコト、よろしくね。」
つい見とれてしまうぐらい綺麗なお姉さん。
「さっき言ったけどヨシアキだよ、よろしく〜」
軽いノリの爽やか青年。
「・・・・・・・・・・・・・安田 順子です。」
会釈してくれた女の人。 この人は無口なのかな?
お、あたしの番か。
「えっと、中山 遥です。」
なんかこうゆうのって緊張する。
「名前を全部覚えてるってことは、記憶あるの?」
「あー・・・・・・・・はい」
マコトさんに質問されて緊張気味。
「ヨシ、ある程度話したか?」
この健さんって人はどう見ても最年長だよな。
「んとね、ここが島で記憶のある人、無い人がいるって事だけ。」
「なら全部話しておく。」
どうやら語ってくれるみたいだ、こわ〜い健さんが。
「まだ信じられんと思うが、ここは島。 陸では何処とも繋がっていない。」
いきなりショック・・・・・・・・・・・やっぱ本気なのね。
「ここにいる4人は全員がある日突然ここにいた。何故かその理由が全く分からない。共通してるのはそれだけだ。」
みんなあたしと同じなのかぁ
「共通してないのは、ヨシとマコトの2人だけ記憶が全くない。記憶喪失ってやつだ。」
あ、マコトさんもなんだ・・・・・・・・・・
「それに不思議な話だが、2人ともなぜか下の名前だけは覚えてる。」
「あ、でもね。」
割って入ったのはマコトさん、何か言いたそう。
「本当にこの名前以外は何も思い出せないけど、唯一分かるこの名前が自分の名前なのかどうか分からないのよ。 ただ最初に頭に浮かんだのがこの名前。」
そんな事ってあんのかな。
「それ、オレも同じだよ。」
ヨシアキも全く同じとのこと。
「まぁ、2人とも全く同じ状態って事だ。 オレも未だに信じられん。」
あたしも未だに信じらんないですよマジで。
「ちなみに、オレが最初にここにいた。」
ん?
「訳も分からずここを彷徨ってたオレが最初に見つけた人間がマコトだ。」
そうなんだ。
「その後も自己紹介の順番だな、見つけていった。」
へ〜・・・・・なるほどね。
「健さんは28才なんだよ、これでも。」
ええええええ20代!? ここまでの話でこれに1番驚いたよ。
「ヨシ、どういう意味だ。」
ムッとしてる健さんをマコトさんがニヤついて見てる。
「いや〜意味は特に無いよ。」
「ケンカならいつでも買うぞ?」
わわわわわわわ・・・・・・・健さん怖すぎるって! 本気? 本気なの!?
「まぁまぁ健さん。 ヨシ、あんた最後の一言が余計なのよ。」
マコトさんの仲裁で健さんもやれやれって感じ。
「それより記憶がある人の話をしましょ、せっかく遥ちゃんが来たんだし。」
さすがマコトさん、大人の対応だなぁ
「ふむ・・・・・・・・・ちなみにオレはここに来て3ヶ月程になる。」
落ち着いて言う健さん、だけどあたしにはかなり衝撃的。
マジで! そりゃこんなに汚くっ・・・・・・・・・もなるよね。
「都内で1人暮らし、仕事のことが気になる。まぁ、クビだろうが。」
ただでさえ険しい表情なのに、更に少し顔をしかめる健さん。
「まぁここが 『夢の世界』 や 『異世界』 とかメルヘンなお話でもない限り、クビよね。」
なんか真顔で凄いこと言ってますマコトお姉さん。
「あ、順ちゃんは大学生なのよね?」
マコトさんに聞かれると、順子さんは黙って頷いた。
「私が代わりに紹介しとこっか?」
「・・・・・・・・・でしゃばり」
ボソッと呟いたのはヨシアキ。
「ちょっと、聞こえてるわよ。」
睨みつけるマコトさんの顔もかなり怖い。 健さんとある意味いい勝負。
「・・・・・・アハハ」
ヤバ、笑っちゃった。
「ちょ、遥ちゃん! 笑わないでよ〜」
「いや、すいません・・・・・・・・・・・・つい」
でも、さっきからいちいちやりとりが面白い。 この人達、みんな悪い人じゃなさそう。 なんか少しホッとできたけど、それと同時に不安にもなってきた。
みんな嘘とか言ってないなら、マジでヤバい状況なんじゃ・・・・・・・・・・・・
「順ちゃんは5日前に私が見つけたの、最初は凄く怯えてて・・・・・・・・・・ね?」
順子さんの顔を覗き込んでニコっと笑うマコトさん。
「・・・・・・・・はい」
そりゃ怖いよね、あたしだって最初はビビったもん。
「少し落ち着いてからここの事を話したら、名前とかいろいろ教えてくれたの。」
ふむふむ。
「来る前のことは覚えてるんだけど、どうやってここに来たのかが、ねぇ。」
言葉に詰まってちょっと俯いちゃったマコトさん。
「オレも同じ、自分の部屋で寝た筈が目が覚めてこんな場所だ。」
健さんも順子さんもあたしと同じ・・・・・・・・・・
「同じですよ、私も。」
そろそろあたしも喋んなきゃ。
「そうだ! 遥ちゃんのこと教えて?」
ちょっと沈んだ空気を変えようとテンションアップのマコトさん。
「ある程度でいい、話してくれるか。」
そう言う健さんの目つきは相変わらず怖い。 でも、この状況じゃもう、逃げるなんて発想はさすがにないよあたしも。
「あたしは―――――」
自分のこと、話した。 どこの県に住んでるか。 普通の高校に通ってる普通の高校生だってこと。 部屋でいつも通り寝たのにここで目覚めたこと。 ここがどこかも全然知らないこと。
最近までいた彼氏に浮気されて振ってやったこと。
これは言う必要なかったけど(笑)
ついね、つい。
一通り自分のこと話し終えると、健さんやマコトさんがここでの生活のこと教えてくれた。 ここがほんとに 「島」 で、何もない無人島かもしれないって事も。
未だに半信半疑な部分もある。
でも、色々聞いてる内にどんどん実感が湧いてきたんだ。
あぁ・・・・・・・・・・あたし何だかとんでもない所に来ちゃったんだな、って。
この先自分がどうなるのか、ちゃんと家に帰れるのか。 全然分かんない。
少なくとも、この人達と当分はここで生活する事になったのは分かった。 学校とか家族のこと気になるけど、意外と楽しそうだしまぁいっかって気分。
でも、あたしはまだ知らない。
ここで自分が何を体験するのか。
この先、どんな事に巻き込まれていくのか。
どんなに恐ろしい目に会うのか。 まだ知らない。
能天気な今のあたしにはまだ想像もできなかった。