17章 人の強さ、人の弱さ
『なんてことだ』
今の状況をしっかりと確認したあたしの、心の中の悲痛な叫び。
はっきりとは見えなかった。 でも薄っすら見えてしまった。 真っ赤な染み。 見たくない。 見たくない。 見たくない。 血だとは思いたくない。
でも現実は無慈悲なもの。 それはどう見ても血だった。 ケチャップってオチならどんなに救われたことか。
指示をもらって駆け付けたあたしと順ちゃんがまず見たもの。 服が血だらけで倒れてるタクヤ君。 その脇に座り込み、服の血の部分を両手で
押さえて俯いてるレイカちゃん。 そのレイカちゃんと一緒に来てる筈のマコトさんが、最初は何処にも見当たらなかった。
居場所を知ってたレイカちゃんに教えてもらい、すぐ傍の岩壁にぽっかりと開いてる洞穴を確認すると、中に入ってすぐの壁に寄り掛かって座り込む
マコトさんを発見した。 あたしが声をかけると、意識はあるみたいだけどこっちを見てもくれないで、真っ直ぐ宙を見ながら低い声で何かをボソボソと呟いてる。 心配になって、体を揺さぶりながら大きめの声で何度か呼び掛けてみると、やっと正気を取り戻したのかあたしの方を見て 「健さん!」
と叫んだ。 その声に驚いて思わず仰け反ってしまったあたしと順ちゃんの事を気にも留めず、その場で素早く立ち上がったマコトさんは外に走って
行ってしまった。 一体どうしたのかと不安になり、2人でその行方を見守っていると、マコトさんは外に倒れてる人を見つけてその脇に座り込んだ。
この場にいるのはあたしも含めて全部で7人。 そのうち、倒れて意識の無い人が3人。
1人は大怪我を負ったタクヤ君。 あと2人は・・・・・・・・・ヨシアキと健さん。 つまり、男はみんな倒れて気を失ってる。
何があったのか。
話は少しだけ溯る。
――――――――――
「邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
体の芯から震え上がりそうになる程の健さんの叫びを聞いたあたしは、とんでもない恐怖から、思わずそこへ行くのを躊躇った。 でも、ヨシアキは
更に加速して全力で走り続ける。 順ちゃんだって止まる気配は無い。 あたしだけ1人で逃げる訳にはいかない。 弱気の邪念を振り払い、地を
蹴る足に力を込め直す。
「順ちゃん! ハルちゃん! みんなを頼む!!」
あたし達を置き去りにしそうな速度で前を走るヨシアキが、こっちに向かって振り向きもせずにそう指示したのは 「健さんの事は自分に任せろ」 って
合図。 すぐにそれを理解したあたしは、順ちゃんと共に健さんを完全にスルーする事を決意をした。
槍を準備し、猛然と健さんに立ち向かうヨシアキ。
その槍でどうするつもりなの? まさか健さんにそれを向けるの? 今はそんな疑問をぶつける余裕も無い。
2人の衝突はもう免れない。
「おらぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
健さんの雄叫びに呼応するように、ヨシアキもその気迫を声にした。 そこであたしが気付いたのが、健さんも槍を構えていたということ。
(やめて! そんな物を人に向けないで!)
あたしのそんな想いも虚しく、衝突の瞬間は来た。
迫り来るヨシアキの体の中心目掛けて、健さんが槍を突き立てる。
カーンッ
木の棒と木の棒が激しくぶつかり合った聞き慣れない高音。
真っ向から突進したヨシアキは、突き立てられた槍を自分の槍で思い切り薙ぎ払った。 その一撃はヨシアキの思惑通りだったのか、余りの激しい衝撃から健さんは握っていた槍を簡単に手放してしまった。
「・・・・・くっ!」
弾かれた槍が宙を舞う。 全速力で駆けて来たヨシアキの勢いはまだ止まらない。 弾き飛ばすと同時に、自分の槍も投げ捨てていたヨシアキは、
その勢いをなるべく殺さないまま健さんに飛び付いた。
ズシャッ
飛び付かれた健さんは成す術も無く、そのまま地面に背中から叩き付けられた。 同時に、上に伸し掛かる事に成功したヨシアキは、その動きを
封じる為に両腕をしっかりと押さえ付けた。
でも決して健さんは焦らず、足でヨシアキの体を蹴り上げると、その隙に封じられた腕を動かし、逆に相手の腕を掴んでその体を横に振り払った。
ところが、払い除けようとしたその動作も、しぶとく腕を離さなかったヨシアキの粘りで、結果的に2人は腕を組み合ったまま何度も転がって上下を
入れ代わり、お互い必死に主導権を握ろうとしてる。
丁度そこに駆け付けたあたしと順ちゃんは、その2人の激しい争いを視線だけで追いながら予定通りにスルーして、すぐ傍に横たわるタクヤ君と、
そこに寄り添うレイカちゃんの姿を確認した。
!?
でも次の瞬間、2人に近付こうとしてあることに気付き、思わず全身が硬直した。 隣の順ちゃんも全く同じ反応をしてる。
血だ。 タクヤ君の服に大量の血が付いてる。 ゾッとして、しばらく身動き出来なかった。
その時、健さんの唸り声を聞いたあたしは自然とそっちに目をやった。
「ぅ・・・・・・く・・・・・そっ!」
何やら悔しがってる健さん。 争いの末に主導権を握っていたのはヨシアキの方だった。 仰向けに寝る健さんのお腹の上に跨がって、その身体を
完全に支配してる。 必死にもがく健さんだけど、流石にその状態では身動きが取れないようだ。
「健さん! いい加減に目を覚ませっ!!」
「へっ・・・・・・うるさいんだよお前はぁ!」
「一体どうしたんだよ! あんたはそんな人じゃないだろ!? 早く帰りたいだけなんだろ!?」
優勢を保つヨシアキは必死に健さんを説得し始めた。 あたしも順ちゃんもその光景にすっかり目を奪われてた。
「そうさ、早く帰りたいさ・・・・・・・・・・だからお前らといたんじゃ一生帰れないだろがぁっ!!」
劣勢を強いられてるにも関わらず、健さんの強気な態度は変わらない。 きっと分かってるんだと思う。 ヨシアキが自分に対して何も出来ないって
こと。 ここで幾ら押さえ込もうと、説得に来ただけに過ぎないあたし達が健さんを傷つけることなんて出来ない筈だって。 だから、こんな状況でも
平気で本音を言ってる。
「こんな健さんは・・・・・・」
それまでずっと睨み合ってた健さんへの視線を下に落としたヨシアキはそのまま俯いてしまった。
「あぁ? おい! いい加減にどけろ!」
「健さんは・・・・・・」
ヨシアキの声は何故か途切れそうな程か弱くなった。 でも、その力を緩めた訳じゃないみたい。 足掻き続ける健さんを決して逃がそうとはしない。
「どうせ何も出来ないんだろが!! どけろこらぁ!」
「健さんは・・・・・・・・」
薄暗くてはっきり見えないけど、あたしには分かった。 ヨシアキが小刻みに震えてるのが。
「・・・・・・!?」
その様子に逸早く気付いた健さんも、流石に黙り込んでヨシアキの表情を確認するように下から覗き込んだ。
!!
次の瞬間、ヨシアキは何かを堪え切れなくなったかの様に素早く顔を上げ、健さんを睨み付けた。
「健さんじゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!!!」
その声は夜空を突き抜けた。
周りの人間全ての耳を劈き、震え上がらせる程の叫びと共に、自らの頭を大きく引き戻して限界まで達した所で一瞬止めると、猛烈なスピードで
健さんの頭目掛けてその頭を振り下ろしたヨシアキ。 その瞳から大量の涙が飛び散っていたのは、あたしも含めて誰にも見える筈が無かった。
ゴッッ
その場にとんでもなく鈍い音が響き渡る。
ヨシアキの渾身の力を込めた頭突き。 それをまともに食らった健さんが只で済む訳が無い。 その余りに凄まじい衝撃は、痛みを感じさせる暇も
無かったかのように健さんの意識を途絶えさせた。
「ヨシ君っ!!」
迷わず駆け付ける順ちゃん。
瞬間的に目を伏せてしまってたあたしは、そのぶつけた音の凄さから、まるで自分にまで衝撃が伝わって来たみたいな錯覚に陥ってしまい、その
場からすぐに動く事が出来なかった。
気絶した健さんの上で俯きながら、しばらく頭をフラつかせていたヨシアキは、駆け寄った順ちゃんの方を見てニコッと笑った。
「みんなをたのむよ・・・・・・マコトさんもどこかに・・・・・・タクヤくんも・・・・・・・けんさんも・・・・・・・・みて・・・・・・・・・・あげて・・・・・・・・・」
自分は大丈夫って訴えるように、精一杯に笑顔を見せて喋るヨシアキの声にもう力は無かった。 順ちゃんはそれに答える前に、まずヨシアキの
体を支えようとその背中に手を掛けた。
その時。
順ちゃんに触れられて気が抜けたのか、ヨシアキは体をよろめかせると、全身の力が抜けたように前屈みになって、そのまま健さんの横に倒れて
しまった。
「ヨシ君!!」
慌てた順ちゃんは、透かさずヨシアキの体を仰向けにして上半身を抱き起こすと、その口元に耳を当てた。
「良かった・・・・・・息・・・・・・してる・・・・・・・」
それを聞いてあたしもホッと胸を撫で下ろした。 それと同時に、ヨシアキに言われた事を思い出した。
『みんなを頼む』
そうだ、ヨシアキは身を挺して健さんを止めてくれた。 それなのに、頼まれたあたしがここでボーっと突っ立っててどうするんだ。 前にも考えたこと
あるじゃないか。 『自分も何か役に立たないといけない』 って。 その時は、マコトさんの為にもって思って・・・・・・・・
「順ちゃん、あたしマコトさんを探してくる。 順ちゃんはタクヤ君の方を診てあげて。」
決して忘れてたわけじゃない、マコトさんのこと。 忘れてたのは、自分の役目。 頼まれた事ぐらいやり遂げないでどうするんだよ、遥。
「分かった、ごめんハルちゃん。 ヨシ君に言われたこと、守らないと。」
あたしが自分に鞭を入れたことで、順ちゃんにも同じような気持ちが芽生えたのかもしれない。 気絶したヨシアキを抱えて膝枕をしてあげていた
順ちゃんは、その頭を優しく地面に降ろして立ち上がった。
「タクヤは・・・・・・!!」
!?
レイカちゃんの声だ。 かなり久しぶりに聞いた気がするその声であたしは思わず動きを止めてしまう。 順ちゃんにとっては初めて聞く声だった筈で、
同じくその動きを止められてる。 これまでのやり取りを全てタクヤ君の傍らで見聞きしていたであろうレイカちゃんが、ここに来て初めて口を開いた。
「タクヤは私が診ます。 大丈夫、生きてます・・・・・・・・・・・それから、マコトって人はその中です。」
そう言ってレイカちゃんが血だらけの手で指差す方向に薄っすらと見えたのは、まず視界一面を遮られるようにそびえ立つ岩壁。 そして、その中にぽっかりと口を開いた穴。 間違いない、前に話で聞いた洞穴だ。 あそこにマコトさんがいるらしい。
「ありがと、レイカちゃん。 順ちゃん、一緒に行こ?」
「うん」
――――――――――
そして今。
2人で見に行くと、すぐに見つけたマコトさん。 怪我は無いみたいだけど、一体何があったのか、かなり様子が変だった。 呼び掛けたあたし達を
置き去りにして真っ先に駆け付けた先は健さんの元。 よほど健さんの事が心配だったんだね。
とりあえず、これでマコトさんの無事は確認できた。 となると、やっぱり心配になるのはタクヤ君のこと。 何があったのかはレイカちゃんに聞けば
分かるかもしれないけど、まず間違いないのはあの怪我が健さんに負わされたものだってこと。 ってことは、完全にあたし達がタクヤ君達2人を
巻き込んでしまった事になる。 健さんがやった事だとしても、それを止められなかったあたし達にも責任はある。
言葉に出来ない程の申し訳無さが込み上げて来たけど、謝るにしても、事情を聞くにしても、まず倒れてる人達をこのまま外に放置する訳には
いかない。 それならこの洞穴に・・・・・・
「ハルちゃん、とにかくみんなをここに運ぼ。」
同じタイミングで思ったのか一瞬早く、順ちゃんに言われてしまった。 ちょっぴり悔しいけど、今はあたしのそんなちっぽけな気持ちなんか本当に
どうでもいい。
「うん」
外へ出ると、2人で真っ先に向かったのはやっぱりタクヤ君の所。 まだ傷口も何も見てないけど、あの出血の量でいつまでも外に寝かせておくのは
どう考えてもマズい気がする。
「レイカちゃん」
ここはちゃんと面識があるあたしが声を掛けた。 この場所で最初に見た時から、ずっと変わらずタクヤ君に寄り添ってその傷口を両手で押さえ付けてるレイカちゃん。 俯く顔をたまに上げて、心配そうにタクヤ君の顔を見つめてる。
「タクヤ君を穴の中に運ぼう? あたし達も手伝うから。」
「・・・・・でも・・・・・・まだ血が止まらなくて・・・・・・」
そう言ってレイカちゃんは、手を少し退けて傷口をチラッと確認した。 それを覗き込んだあたしは、ぼんやりとだけど確かに見た。 広範囲に付いた
血で染まる横腹の中心から血がドクドクと垂れ流れる生々(なまなま)しい光景を。
(うっわ・・・・・・)
暗いおかげで真っ赤な筈のその色までちゃんと見えないのは救いだった。 そんなのまともに見たらあたしまで気を失っちゃいそうだ。
「本来なら動かさない方がいいけど仕方ないわ、運びましょ。」
突然、背後に感じた気配とその声。 少し驚いたけど、マコトさんだった。
「レイカちゃんは傷口をそのままギュッと押さえてて。 3人で慎重に運ぶから。」
さっきの様子とは一転して、いつも通りに淡々(たんたん)と喋るマコトさん。 どうやらもう冷静に戻ってくれたみたいで、あたしも順ちゃんも安心してその指示に
従うことに。
脇腹にある傷口への負担を最小限にして運ぶには、今の姿勢を崩さずにゆっくりと運ぶしかない。 レイカちゃんにはしっかりと傷口を押さえる事に専念してもらって、残りの3人でそれぞれ肩、胴体、脚をゆっくりと持ち上げてそのまま慎重に穴の中へ運ぶ。 女ばかりとはいえ、細身のタクヤ君に対し3人がかりとなると、意外にもあっさりと事が運んだ。
さっきマコトさんが座り込んでた位置よりまだ少し奥まで運ぶと、そこにタクヤ君をゆっくりと下ろした。
この時、脚の方を持っていたあたしは、持ち上げる瞬間から気付いていた 「あること」 で顔が青ざめていた。 なんと傷口から下半身の足首までと、傷口側の足に履いてる靴にまで血がベットリと染み付いてる。 これはつまりレイカちゃんが押さえる前から、もうかなりの量の血がずっと流れ続けてたっていう事を意味してる。 そう考えたあたしは、恐怖と動揺を隠し切れなくなっていた。
「マコトさんどうしよう!? 手当ても何も出来ないよ! このままじゃ・・・・・・」
「とにかく、このまま手で押さえて出血を止めるしかないわ。 ここにはガーゼも包帯もないんだもの・・・・・・」
マコトさんの言葉を聞いて、急に実感が湧いてきた。 そう、ここには何も無いんだ。 病院も無ければ医者も居ない。 少しでも医学の知識がある
人だって居ない。 消毒するとか、傷を縫うとか、そんな事すら何も出来ない。 もし、このまま血が止まらなかったらどうなるの? 止まったとしても、
既にこれだけ血が流れてて助かるの? 今はまだ意識が無いだけで呼吸はしてるけど、それが突然止まる事だって考えられる。
あたしはこの時、前に健さんに言われた事を思い出した。
『ケガしたってここじゃまともな手当てなんか出来ないんだ、気を付けろ。』
皮肉にも、怪我を負わせた張本人の健さんがあたしに向かって言ってくれたセリフ。
『気を付けろ』 って他人に言っておいて、自分が他人を傷つけるなんてあんまりだよ健さん・・・・・・
「少しだけ・・・・・・押さえるの代わってもらえますか?」
「私が代わるわ」
突然、誰に対してって訳でもなく頼んできたレイカちゃんに対して、即答したのはマコトさん。 傷口に当てられていたレイカちゃんの手は、素早く
マコトさんの手と置き換えられた。 単に手が疲れたから交代してもらったのかと、その時は誰もが思ってた。
でも、その予想はすぐに掻き消された。 何も言わずにいきなりTシャツを脱ぎ出すレイカちゃん。 血に染まったその手で汚れる事なんか全く気に
しない。 脱ぎ終わると今度はそれを丁寧に畳み始めた。 一体何をしてるのかと、呆然と見守る3人。
「ありがとうございました、代わります。」
「・・・・・え」
思いも寄らぬタイミングの申し出に、戸惑うマコトさんの手を少し強引に退けると、畳んだ服を使ってまた傷口を押さえ付けたレイカちゃん。
その行動を見て、あたしは瞬時に理解した。
『もうあたし達に出来る事なんか何も無い』
マコトさんも順ちゃんも、もしかしたら同じように感じたかもしれない。
「・・・・・レイカちゃん、お願いがあるの。 ヨシアキって子もここに運んでいいかしら。」
何故か神妙な態度でお願いしたマコトさん。 でも、少し間を置いてあたしは納得した。 ここはタクヤ君とレイカちゃんの家なんだ。 こんな状況
だからって、気にせずみんなを運び込もうとしてた自分が恥ずかしい。 健さんの、あたし達5人のせいでこんな状況になったのに、ヨシアキに
頼まれたとはいえ、許可も得ずに健さんまでもここに運び込もうかと考えてたなんて、とんでもない話だ。
「どうぞ」
静かに答えたレイカちゃん。
順ちゃんがどうとか言えないけど、少なくともあたしには冷静な判断が出来てない。 本当にダメだ、情けない。 ここは冷静に戻ってくれたマコト
さんの指示に素直に従っておくのが1番良い。
「どうもありがとう。 順ちゃん、ハルちゃん、ヨシを運びましょ。」
そう言って先に出たマコトさんの後に続き、あたしはそこを離れる前にレイカちゃんに深くお辞儀をした。 順ちゃんもその意味を理解したのか、
続けてお辞儀をしてくれた。
タクヤ君の事はレイカちゃんに任せて、外に出たあたし達はまずヨシアキを洞穴の中へ運んだ。 レイカちゃん達がいる場所の丁度反対側に
下ろすと、マコトさんに言われて、順ちゃんはそのままヨシアキに付き添った。
次にマコトさんは、レイカちゃんに対して深く謝罪をした。
「私達がこの近くに来たせいでこんな事になってしまって、本当にごめんなさい。」
色んな意味が深く込められてるその謝罪の言葉を聞いて、レイカちゃんは何も言わなかった。 もしかしたら、あたし達のことを怒ってるのかも
しれない。 大事な人をこんな目に会わされたんだから、それは当然の事だと思った。
あたしも順ちゃんも今更だとは思ったけど 「ごめんなさい」 と、改めて深く謝罪した。 それでもレイカちゃんが何も言ってくれない事に、謝った
3人の誰も、不愉快だとは思う筈も無い。
それから、ヨシアキに付き添う順ちゃんを残し、マコトさんと2人で外に出たあたしは、ここに来てから見た事を全て教えてほしいと頼まれ、見たまま
全てを話した。
話を聞いたマコトさんは、ポツリと一言だけあたしに漏らした。
「ヨシが目を覚ましたら、お礼を言わないと・・・・・・」
何のお礼を言うのか、なんてあたしは聞かない。 だって分かってるから。
もう説得も通用しないと判断したヨシアキは、危険な健さんに対して 『頭突き』 なんて無茶な手段で相打ちに持ち込んだ。 殺す気で槍を向けて
きた健さんに対して、決して血を流さないで済む方法で見事に止めた。
そんなヨシアキに感謝するマコトさんの気持ち、痛い程に伝わって来た。
「ハルちゃん、中に入ってていいわよ」
「・・・・・え?」
「もう遅いから、今夜はあの洞穴に泊まらせてもらいなさい。 でも、レイカちゃんに聞いてからね。」
「・・・・・マコトさんは?」
「私は・・・・・・・・ここに居るわ。 ごめんね、みんなの事お願い。」
健さんの方をジッと見たまま、最後にそう言ったマコトさん。 あたしはもう何も聞き返さなかった。
黙って穴の中へ戻る途中、1度だけマコトさんの方を振り向いた。 倒れてる健さんの傍らに腰を下ろすマコトさん。 それを見て、とっても切ない
気持ちになった。 もう、マコトさんの気持ちを自分の中で想像するのも失礼な気がした。
あたしはすぐに前を向き直すと、複雑な気持ちを抱えつつ、4人がいる洞穴の中へ戻った。
今夜はここで過ごさせてほしいってレイカちゃんにお願いすると、それには 「はい」 と一言だけ返事を返してくれた。
タクヤ君に付き添うレイカちゃん。 ヨシアキに付き添う順ちゃん。 外では、健さんに付き添うマコトさん。
あたしは何だか居場所が無かった。 自分は何故か1人ぼっちな気がする。
こんな状況で不謹慎なのは分かってるけど、込み上げてくる孤独感と戦ってる自分が心の中で呟いた一言。
(寂しい・・・・・・)
只のわがまま。
今はタクヤ君の命が危ない。 ヨシアキや健さんだって、あんなに強く頭を打って無事に済むのかまだ分からない。
それぞれの人を1番大事に想い、心配して付き添う人がいる。 それだけのこと。
あたしはその中に入ってない。 それだけのこと。
寂しいなんて思う暇があるなら、まず見習わなければ。
大事な人を守る為に、必死になれるこの尊敬すべき人達を。
そして。
あたしにとって、この島に来てから初めての 『眠れない夜』 がもう既に訪れてた。
夜は静かに更けていく。
この夜、本当の意味で 「眠れた」 人は、誰1人としていなかった。