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漂流少女  作者: 真心
18/31

17章 人の強さ、人の弱さ

『なんてことだ』


今の状況をしっかりと確認したあたしの、心の中の悲痛ひつうさけび。


はっきりとは見えなかった。 でも薄っすら見えてしまった。 真っ赤なみ。 見たくない。 見たくない。 見たくない。 だとは思いたくない。


でも現実は無慈悲むじひなもの。 それはどう見ても血だった。 ケチャップってオチならどんなにすくわれたことか。


指示をもらってけ付けたあたしと順ちゃんがまず見たもの。 服が血だらけで倒れてるタクヤ君。 そのわきに座り込み、服の血の部分を両手で

押さえてうつむいてるレイカちゃん。 そのレイカちゃんと一緒に来てるはずのマコトさんが、最初は何処どこにも見当たらなかった。


居場所を知ってたレイカちゃんに教えてもらい、すぐそば岩壁いわかべにぽっかりといてる洞穴ほらあなを確認すると、中に入ってすぐの壁にかって座り込む

マコトさんを発見した。 あたしが声をかけると、意識いしきはあるみたいだけどこっちを見てもくれないで、ちゅうを見ながら低い声で何かをボソボソとつぶやいてる。 心配になって、体をさぶりながら大きめの声で何度か呼び掛けてみると、やっと正気しょうきを取り戻したのかあたしの方を見て 「健さん!」

さけんだ。 その声におどろいて思わずってしまったあたしと順ちゃんの事を気にもめず、その場で素早く立ち上がったマコトさんは外に走って

行ってしまった。 一体どうしたのかと不安になり、2人でその行方ゆくえを見守っていると、マコトさんは外に倒れてる人を見つけてそのわきに座り込んだ。


この場にいるのはあたしもふくめて全部で7人。 そのうち、倒れて意識の無い人が3人。


1人は大怪我おおけがったタクヤ君。 あと2人は・・・・・・・・・ヨシアキと健さん。 つまり、男はみんな倒れて気をうしなってる。


何があったのか。 


話は少しだけさかのぼる。



――――――――――



「邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


体のしんから震え上がりそうになる程の健さんの叫びを聞いたあたしは、とんでもない恐怖から、思わずそこへ行くのを躊躇ためらった。 でも、ヨシアキは

さらに加速して全力で走り続ける。 順ちゃんだって止まる気配は無い。 あたしだけ1人で逃げる訳にはいかない。 弱気よわき邪念じゃねんを振り払い、地を

る足に力を込め直す。


「順ちゃん! ハルちゃん! みんなを頼む!!」


あたし達を置き去りにしそうな速度で前を走るヨシアキが、こっちに向かって振り向きもせずにそう指示しじしたのは 「健さんの事は自分に任せろ」 って

合図。 すぐにそれを理解したあたしは、順ちゃんと共に健さんを完全にスルーする事を決意をした。


槍を準備し、猛然もうぜんと健さんに立ち向かうヨシアキ。


その槍でどうするつもりなの? まさか健さんにそれを向けるの? 今はそんな疑問をぶつける余裕も無い。


2人の衝突はもうまぬがれない。


「おらぁぁぁぁぁぁっ!!」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


健さんの雄叫おたけびに呼応こおうするように、ヨシアキもその気迫きはくを声にした。 そこであたしが気付いたのが、健さんも槍をかまえていたということ。


(やめて! そんな物を人に向けないで!)


あたしのそんな想いもむなしく、衝突の瞬間は来た。


せまり来るヨシアキの体の中心目掛めがけて、健さんが槍を突き立てる。


カーンッ


木の棒と木の棒がはげしくぶつかり合った聞きれない高音こうおん


真っ向から突進したヨシアキは、突き立てられた槍を自分の槍で思い切りぎ払った。 その一撃いちげきはヨシアキの思惑おもわく通りだったのか、余りのはげしい衝撃しょうげきから健さんは握っていた槍を簡単に手放てばなしてしまった。


「・・・・・くっ!」


はじかれた槍が宙を舞う。 全速力でけて来たヨシアキの勢いはまだ止まらない。 弾き飛ばすと同時に、自分の槍も投げ捨てていたヨシアキは、

その勢いをなるべく殺さないまま健さんに飛び付いた。


ズシャッ


飛び付かれた健さんはすべも無く、そのまま地面に背中からたたき付けられた。 同時に、上にかる事に成功したヨシアキは、その動きを

封じる為に両腕をしっかりと押さえ付けた。


でも決して健さんは焦らず、足でヨシアキの体を蹴り上げると、そのすきに封じられた腕を動かし、逆に相手の腕をつかんでその体を横にり払った。

ところが、はらけようとしたその動作どうさも、しぶとく腕を離さなかったヨシアキのねばりで、結果的に2人は腕を組み合ったまま何度も転がって上下を

入れ代わり、お互い必死に主導権しゅどうけんにぎろうとしてる。


丁度ちょうどそこに駆け付けたあたしと順ちゃんは、その2人のはげしい争いを視線だけで追いながら予定通りにスルーして、すぐそばに横たわるタクヤ君と、

そこに寄りうレイカちゃんの姿を確認した。


!?


でも次の瞬間、2人に近付こうとしてあることに気付き、思わず全身が硬直こうちょくした。 となりの順ちゃんも全く同じ反応をしてる。


血だ。 タクヤ君の服に大量の血が付いてる。 ゾッとして、しばらく身動き出来なかった。


その時、健さんのうなり声を聞いたあたしは自然とそっちに目をやった。


「ぅ・・・・・・く・・・・・そっ!」


何やらくやしがってる健さん。 争いの末に主導権を握っていたのはヨシアキの方だった。 仰向あおむけに寝る健さんのおなかの上にまたがって、その身体からだ

完全に支配してる。 必死にもがく健さんだけど、流石さすがにその状態では身動きが取れないようだ。


「健さん! いい加減に目を覚ませっ!!」


「へっ・・・・・・うるさいんだよお前はぁ!」


「一体どうしたんだよ! あんたはそんな人じゃないだろ!? 早く帰りたいだけなんだろ!?」


優勢ゆうせいたもつヨシアキは必死に健さんを説得し始めた。 あたしも順ちゃんもその光景にすっかり目を奪われてた。


「そうさ、早く帰りたいさ・・・・・・・・・・だからお前らといたんじゃ一生帰れないだろがぁっ!!」


劣勢れっせいいられてるにも関わらず、健さんの強気つよきな態度は変わらない。 きっと分かってるんだと思う。 ヨシアキが自分に対して何も出来ないって

こと。 ここでいくら押さえ込もうと、説得に来ただけに過ぎないあたし達が健さんを傷つけることなんて出来ないはずだって。 だから、こんな状況でも

平気で本音を言ってる。


「こんな健さんは・・・・・・」


それまでずっとにらみ合ってた健さんへの視線を下に落としたヨシアキはそのままうつむいてしまった。


「あぁ? おい! いい加減にどけろ!」


「健さんは・・・・・・」


ヨシアキの声は何故なぜか途切れそうなほどよわくなった。 でも、その力をゆるめた訳じゃないみたい。 足掻あがき続ける健さんを決して逃がそうとはしない。


「どうせ何も出来ないんだろが!! どけろこらぁ!」


「健さんは・・・・・・・・」


薄暗うすぐらくてはっきり見えないけど、あたしには分かった。 ヨシアキが小刻こきざみにふるえてるのが。


「・・・・・・!?」


その様子に逸早いちはやく気付いた健さんも、流石さすがに黙り込んでヨシアキの表情を確認するように下からのぞき込んだ。


!!


次の瞬間、ヨシアキは何かをこらえ切れなくなったかの様に素早く顔を上げ、健さんをにらみ付けた。


「健さんじゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!!!」


その声は夜空を突き抜けた。


周りの人間全ての耳をつんざき、震え上がらせる程の叫びとともに、みずからの頭を大きく引き戻して限界まで達した所で一瞬止めると、猛烈もうれつなスピードで

健さんの頭目掛めがけてその頭を振り下ろしたヨシアキ。 そのひとみから大量の涙が飛び散っていたのは、あたしも含めて誰にも見えるはずが無かった。


ゴッッ 


その場にとんでもなくにぶい音がひびき渡る。


ヨシアキの渾身こんしんの力を込めた頭突ずつき。 それをまともに食らった健さんがただで済む訳が無い。 その余りにすさまじい衝撃しょうげきは、痛みを感じさせる暇も

無かったかのように健さんの意識を途絶とだえさせた。


「ヨシ君っ!!」


迷わずけ付ける順ちゃん。


瞬間的に目をせてしまってたあたしは、そのぶつけた音のすごさから、まるで自分にまで衝撃が伝わって来たみたいな錯覚さっかくおちいってしまい、その

場からすぐに動く事が出来なかった。


気絶した健さんの上でうつむきながら、しばらく頭をフラつかせていたヨシアキは、駆け寄った順ちゃんの方を見てニコッと笑った。


「みんなをたのむよ・・・・・・マコトさんもどこかに・・・・・・タクヤくんも・・・・・・・けんさんも・・・・・・・・みて・・・・・・・・・・あげて・・・・・・・・・」


自分は大丈夫ってうったえるように、精一杯に笑顔を見せてしゃべるヨシアキの声にもう力は無かった。 順ちゃんはそれに答える前に、まずヨシアキの

体を支えようとその背中に手を掛けた。


その時。


順ちゃんにれられて気が抜けたのか、ヨシアキは体をよろめかせると、全身の力が抜けたように前屈まえかがみになって、そのまま健さんの横に倒れて

しまった。


「ヨシ君!!」


慌てた順ちゃんは、かさずヨシアキの体を仰向あおむけにして上半身を抱き起こすと、その口元に耳を当てた。


「良かった・・・・・・いき・・・・・・してる・・・・・・・」


それを聞いてあたしもホッと胸をろした。 それと同時に、ヨシアキに言われた事を思い出した。


『みんなを頼む』


そうだ、ヨシアキは身をていして健さんを止めてくれた。 それなのに、頼まれたあたしがここでボーっとっ立っててどうするんだ。 前にも考えたこと

あるじゃないか。 『自分も何か役に立たないといけない』 って。 その時は、マコトさんの為にもって思って・・・・・・・・


「順ちゃん、あたしマコトさんを探してくる。 順ちゃんはタクヤ君の方をてあげて。」


決して忘れてたわけじゃない、マコトさんのこと。 忘れてたのは、自分の役目やくめ。 頼まれた事ぐらいやりげないでどうするんだよ、あたし


「分かった、ごめんハルちゃん。 ヨシ君に言われたこと、守らないと。」


あたしが自分にむちを入れたことで、順ちゃんにも同じような気持ちが芽生めばえたのかもしれない。 気絶きぜつしたヨシアキをかかえて膝枕ひざまくらをしてあげていた

順ちゃんは、その頭を優しく地面に降ろして立ち上がった。


「タクヤは・・・・・・!!」


!?


レイカちゃんの声だ。 かなり久しぶりに聞いた気がするその声であたしは思わず動きを止めてしまう。 順ちゃんにとっては初めて聞く声だったはずで、

同じくその動きを止められてる。 これまでのやり取りを全てタクヤ君のかたわらで見聞きしていたであろうレイカちゃんが、ここに来て初めて口を開いた。


「タクヤは私がます。 大丈夫、生きてます・・・・・・・・・・・それから、マコトって人はその中です。」


そう言ってレイカちゃんが血だらけの手で指差す方向にっすらと見えたのは、まず視界一面をさえぎられるようにそびえ立つ岩壁いわかべ。 そして、その中にぽっかりと口をひらいた穴。 間違いない、前に話で聞いた洞穴ほらあなだ。 あそこにマコトさんがいるらしい。


「ありがと、レイカちゃん。 順ちゃん、一緒に行こ?」


「うん」



――――――――――



そして今。


2人で見に行くと、すぐに見つけたマコトさん。 怪我けがは無いみたいだけど、一体何があったのか、かなり様子が変だった。 呼び掛けたあたし達を

置き去りにして真っ先に駆け付けた先は健さんのもと。 よほど健さんの事が心配だったんだね。


とりあえず、これでマコトさんの無事は確認できた。 となると、やっぱり心配になるのはタクヤ君のこと。 何があったのかはレイカちゃんに聞けば

分かるかもしれないけど、まず間違いないのはあの怪我けがが健さんに負わされたものだってこと。 ってことは、完全にあたし達がタクヤ君達2人を

巻き込んでしまった事になる。 健さんがやった事だとしても、それを止められなかったあたし達にも責任はある。


言葉に出来ない程の申し訳無さが込み上げて来たけど、謝るにしても、事情を聞くにしても、まず倒れてる人達をこのまま外に放置ほうちする訳には

いかない。 それならこの洞穴に・・・・・・


「ハルちゃん、とにかくみんなをここに運ぼ。」


同じタイミングで思ったのか一瞬早く、順ちゃんに言われてしまった。 ちょっぴりくやしいけど、今はあたしのそんなちっぽけな気持ちなんか本当に

どうでもいい。


「うん」


外へ出ると、2人で真っ先に向かったのはやっぱりタクヤ君の所。 まだ傷口も何も見てないけど、あの出血の量でいつまでも外に寝かせておくのは

どう考えてもマズい気がする。


「レイカちゃん」


ここはちゃんと面識めんしきがあるあたしが声を掛けた。 この場所で最初に見た時から、ずっと変わらずタクヤ君に寄り添ってその傷口を両手で押さえ付けてるレイカちゃん。 うつむく顔をたまに上げて、心配そうにタクヤ君の顔を見つめてる。


「タクヤ君を穴の中に運ぼう? あたし達も手伝うから。」


「・・・・・でも・・・・・・まだ血が止まらなくて・・・・・・」


そう言ってレイカちゃんは、手を少し退けて傷口をチラッと確認した。 それをのぞき込んだあたしは、ぼんやりとだけど確かに見た。 広範囲こうはんいに付いた

血で染まる横腹よこばらの中心から血がドクドクとれ流れる生々(なまなま)しい光景を。


(うっわ・・・・・・)


暗いおかげで真っ赤なはずのその色までちゃんと見えないのは救いだった。 そんなのまともに見たらあたしまで気を失っちゃいそうだ。


「本来なら動かさない方がいいけど仕方ないわ、運びましょ。」


突然、背後に感じた気配とその声。 少し驚いたけど、マコトさんだった。


「レイカちゃんは傷口をそのままギュッと押さえてて。 3人で慎重しんちょうに運ぶから。」


さっきの様子とは一転いってんして、いつも通りに淡々(たんたん)と喋るマコトさん。 どうやらもう冷静に戻ってくれたみたいで、あたしも順ちゃんも安心してその指示に

したがううことに。


脇腹わきばらにある傷口への負担ふたんを最小限にして運ぶには、今の姿勢しせいくずさずにゆっくりと運ぶしかない。 レイカちゃんにはしっかりと傷口を押さえる事に専念せんねんしてもらって、残りの3人でそれぞれかた胴体どうたいあしをゆっくりと持ち上げてそのまま慎重に穴の中へ運ぶ。 女ばかりとはいえ、細身ほそみのタクヤ君に対し3人がかりとなると、意外にもあっさりと事が運んだ。


さっきマコトさんが座り込んでた位置よりまだ少し奥まで運ぶと、そこにタクヤ君をゆっくりと下ろした。


この時、脚の方を持っていたあたしは、持ち上げる瞬間から気付いていた 「あること」 で顔が青ざめていた。 なんと傷口から下半身パンツの足首までと、傷口側の足にいてるくつにまで血がベットリとみ付いてる。 これはつまりレイカちゃんが押さえる前から、もうかなりの量の血がずっと流れ続けてたっていう事を意味してる。 そう考えたあたしは、恐怖きょうふ動揺どうようを隠し切れなくなっていた。


「マコトさんどうしよう!? 手当ても何も出来ないよ! このままじゃ・・・・・・」


「とにかく、このまま手で押さえて出血を止めるしかないわ。 ここにはガーゼも包帯ほうたいもないんだもの・・・・・・」


マコトさんの言葉を聞いて、急に実感がいてきた。 そう、ここには何も無いんだ。 病院も無ければ医者もない。 少しでも医学の知識ちしきがある

人だって居ない。 消毒しょうどくするとか、傷をうとか、そんな事すら何も出来ない。 もし、このまま血が止まらなかったらどうなるの? 止まったとしても、

すでにこれだけ血が流れてて助かるの? 今はまだ意識いしきが無いだけで呼吸はしてるけど、それが突然止まる事だって考えられる。


あたしはこの時、前に健さんに言われた事を思い出した。   


『ケガしたってここじゃまともな手当てなんか出来ないんだ、気を付けろ。』


皮肉ひにくにも、怪我けがを負わせた張本人ちょうほんにんの健さんがあたしに向かって言ってくれたセリフ。


『気を付けろ』 って他人ひとに言っておいて、自分が他人ひとを傷つけるなんてあんまりだよ健さん・・・・・・


「少しだけ・・・・・・押さえるのわってもらえますか?」


「私が代わるわ」


突然とつぜん、誰に対してって訳でもなく頼んできたレイカちゃんに対して、即答そくとうしたのはマコトさん。 傷口に当てられていたレイカちゃんの手は、素早く

マコトさんの手と置きえられた。 たんに手が疲れたから交代こうたいしてもらったのかと、その時は誰もが思ってた。


でも、その予想はすぐにき消された。 何も言わずにいきなりTシャツを脱ぎ出すレイカちゃん。 血に染まったその手で汚れる事なんか全く気に

しない。 脱ぎ終わると今度はそれを丁寧ていねいたたみ始めた。 一体何をしてるのかと、呆然ぼうぜんと見守る3人。


「ありがとうございました、代わります。」


「・・・・・え」


思いも寄らぬタイミングの申し出に、戸惑とまどうマコトさんの手を少し強引に退けると、たたんだ服を使ってまた傷口を押さえ付けたレイカちゃん。


その行動を見て、あたしは瞬時しゅんじに理解した。


『もうあたし達に出来る事なんか何も無い』


マコトさんも順ちゃんも、もしかしたら同じように感じたかもしれない。


「・・・・・レイカちゃん、お願いがあるの。 ヨシアキって子もここに運んでいいかしら。」


何故なぜ神妙しんみょうな態度でお願いしたマコトさん。 でも、少し間を置いてあたしは納得した。 ここはタクヤ君とレイカちゃんの家なんだ。 こんな状況

だからって、気にせずみんなを運び込もうとしてた自分が恥ずかしい。 健さんの、あたし達5人のせいでこんな状況になったのに、ヨシアキに

頼まれたとはいえ、許可きょかずに健さんまでもここに運び込もうかと考えてたなんて、とんでもない話だ。


「どうぞ」


静かに答えたレイカちゃん。


順ちゃんがどうとか言えないけど、少なくともあたしには冷静れいせい判断はんだんが出来てない。 本当にダメだ、情けない。 ここは冷静に戻ってくれたマコト

さんの指示に素直にしたがっておくのが1番良い。 


「どうもありがとう。 順ちゃん、ハルちゃん、ヨシを運びましょ。」


そう言って先に出たマコトさんの後に続き、あたしはそこを離れる前にレイカちゃんに深くお辞儀じぎをした。 順ちゃんもその意味を理解したのか、

続けてお辞儀をしてくれた。


タクヤ君の事はレイカちゃんに任せて、外に出たあたし達はまずヨシアキを洞穴の中へ運んだ。 レイカちゃん達がいる場所の丁度ちょうど反対側に

下ろすと、マコトさんに言われて、順ちゃんはそのままヨシアキに付きった。


次にマコトさんは、レイカちゃんに対して深く謝罪しゃざいをした。


「私達がこの近くに来たせいでこんな事になってしまって、本当にごめんなさい。」


色んな意味が深く込められてるその謝罪の言葉を聞いて、レイカちゃんは何も言わなかった。 もしかしたら、あたし達のことをおこってるのかも

しれない。 大事な人をこんな目に会わされたんだから、それは当然の事だと思った。


あたしも順ちゃんも今更いまさらだとは思ったけど 「ごめんなさい」 と、改めて深く謝罪した。 それでもレイカちゃんが何も言ってくれない事に、謝った

3人の誰も、不愉快ふゆかいだとは思うはずも無い。


それから、ヨシアキに付き添う順ちゃんを残し、マコトさんと2人で外に出たあたしは、ここに来てから見た事を全て教えてほしいと頼まれ、見たまま

全てを話した。


話を聞いたマコトさんは、ポツリと一言だけあたしにらした。


「ヨシが目を覚ましたら、お礼を言わないと・・・・・・」


なんのお礼を言うのか、なんてあたしは聞かない。 だって分かってるから。


もう説得も通用しないと判断したヨシアキは、危険な健さんに対して 『頭突ずつき』 なんて無茶な手段しゅだん相打あいうちに持ち込んだ。 殺す気で槍を向けて

きた健さんに対して、決して血を流さないで済む方法で見事に止めた。


そんなヨシアキに感謝するマコトさんの気持ち、痛い程に伝わって来た。


「ハルちゃん、中に入ってていいわよ」


「・・・・・え?」


「もう遅いから、今夜はあの洞穴に泊まらせてもらいなさい。 でも、レイカちゃんに聞いてからね。」


「・・・・・マコトさんは?」


「私は・・・・・・・・ここにるわ。 ごめんね、みんなの事お願い。」


健さんの方をジッと見たまま、最後にそう言ったマコトさん。 あたしはもう何も聞き返さなかった。


黙って穴の中へ戻る途中、1度だけマコトさんの方を振り向いた。 倒れてる健さんのかたわらに腰を下ろすマコトさん。 それを見て、とってもせつない

気持ちになった。 もう、マコトさんの気持ちを自分の中で想像するのも失礼な気がした。


あたしはすぐに前を向き直すと、複雑ふくざつな気持ちを抱えつつ、4人がいる洞穴の中へ戻った。


今夜はここで過ごさせてほしいってレイカちゃんにお願いすると、それには 「はい」 と一言だけ返事を返してくれた。


タクヤ君に付き添うレイカちゃん。 ヨシアキに付き添う順ちゃん。 外では、健さんに付き添うマコトさん。


あたしはなんだか居場所が無かった。 自分は何故なぜか1人ぼっちな気がする。


こんな状況で不謹慎ふきんしんなのは分かってるけど、込み上げてくる孤独感こどくかんと戦ってる自分が心の中でつぶいた一言。


(寂しい・・・・・・)


ただのわがまま。


今はタクヤ君の命が危ない。 ヨシアキや健さんだって、あんなに強く頭を打って無事に済むのかまだ分からない。


それぞれの人を1番大事に想い、心配して付き添う人がいる。 それだけのこと。


あたしはその中に入ってない。 それだけのこと。


寂しいなんて思う暇があるなら、まず見習わなければ。


大事な人を守る為に、必死になれるこの尊敬そんけいすべき人達を。


そして。


あたしにとって、この島に来てから初めての 『眠れない夜』 がもうすでに訪れてた。


夜は静かにけていく。


この夜、本当の意味で 「眠れた」 人は、誰1人としていなかった。 



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