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漂流少女  作者: 真心
17/31

16章 刹那の攻防

少しお待たせしてすいませんでした。

今回、各章の中で1番長いです。

盛り上がりどころではあるのですが、若干グロテスクな表現があるかもしれません。

そう感じる方もおられるかも知れませんので、この場を借りてお詫びしておきます。

切り立ったがけごとく立ちふさがる岩壁いわかべに、ぽっかりと口を広げたその洞穴は、まるでスプーンですくい取ったかの様ななめらかさがある。 


最初にこんな場所を見つける事が出来ていれば、苦労くろうして材料ざいりょうを集め、何日もかけて家を建てる必要もなかっただろうと、目の前の光景に

見入みいっていたマコトはしみじみと感じていた。 同時に、どこか周りの景色けしき馴染なじんでいないその姿に、違和感いわかんの様なものも感じ取っていた。


はるかを残した2人で森に入り、木々(きぎ)の隙間すきまから月明つきあかりだけを頼りに進むと、奇跡的きせきてきにレイカの知る目印めじるしのある場所に出ることが出来た。

そこからはレイカの案内でスムーズにこの洞穴まで辿たどり着いた。


「タクヤ!」


洞穴の外観がいかんに目をうばわれていたわずかな時間。 そのすきに、となりにいたはずのレイカの姿を見失ってしまったと思い込んでいたマコトは、穴の内部ないぶから

聞こえた彼女の声を聞いて安堵あんどの息をらした。


「レイカちゃん! 気を付けて!」


普段ふだんからここに住んでいるのだかられているとはいえ、何の躊躇ためらいも無く1人で奥へと進んで行ったレイカに感心しつつ、あとを追って中に入って

みると、そこは外に比べて完全なやみに包まれ、その閉鎖的へいさてきな空間にはひんやりとした空気がただよっていた。

 

さらにその空気の流れが止まっている事から、ここが天然のトンネルなどでは無く、一方いっぽうふさがれている空間だという事が分かる。 こういった穴には

くまはまずなくとも、一部のとらやコウモリが住むことをマコトは知識ちしきとして知っていた。


「タクヤ! いないの!?」


反響はんきょうして距離感きょりかんつかめないレイカの呼びけに対し、返ってくる声は無い。


「レイカちゃん! どこ?」


奥に向かって一体どこまで続いているのか分からない上に、やみに目がれなければ足元さえもどうなっているか確認出来ないこの場所で、マコトが

レイカの位置を知るすべは、呼びける事だけだった。


ゆっくりと、だが確実に1歩づつめるその足運びで、マコトは奥へと進んで行った。 人が普段から住んでいるのだから動物のたぐいが出てくる

事は無いにしても、霊的れいてきな物の一切いっさいを苦手とするマコトにとって、この場所の雰囲気自体ふんいきじたいすでに震え上がる程の恐怖をき上がらせるのに充分じゅうぶん

ものだった。


「レイカちゃん!?」


「ここです」


「わっ・・・・・!」


マコトが驚くのも無理はない。 いつの間にかすぐ近くにいたレイカは、もう奥から引き返して来ていた様だ。


「・・・・・いないみたいです」


「そう・・・・・・まだレイカちゃんを探し回ってるのかしら」


誰もいないと分かれば、こんな不気味な場所に用は無い。 レイカをうながし、早々(はやばや)と穴の入口へ引き返したマコトはこれからするべき行動を

考えていた。


レイカとともにここで待っていれば、タクヤが近々(ちかぢか)ここに戻る可能性は充分じゅうぶんにある。 しかし、同時に健一と出会う可能性もある。 


自分の目的をあらためて考え直すと、レイカと一緒にいたのではまた危険な目に会わせてしまうかもしれない。 時間的に考えて健一はもうすでに、

再度さいどここに様子を見に来た後かもしれないが、定期的にここを探しに来るとすれば、まだ会える可能性は充分にある。


なんとかその時までにレイカを引き離し、自分1人になる必要がある。


誰にも邪魔されず、健一が他の誰にも気を取られず、自分の想いをこうから伝える為に。 そして、今度こそ元に戻った健一を仲間の元へ

連れ帰る為に。


「レイカちゃん」


「・・・・・はい」


考えた末、マコトは即席そくせきあんを持ち出すことにした。


「ここで2人で待つより、レイカちゃんは道が分かる場所だけでも探して来たら?」


「え・・・・・・?」


「健さんとまた会ったら厄介やっかいでしょ? もし、その間にタクヤ君がここに戻っても、私だけでもいればすれちがわせないから。」


われながら無茶むちゃな案だと、流石さすがにこの時ばかりは自分でも痛感つうかんしていたマコト。


健一がレイカを逃がしてから再度ここを訪れているとしたら、この周辺の何処どこにまだひそんでいるかも分からない。 そんな中に、わざわざ1人で

探しに行かせるという行為こういは余りにも無鉄砲むてっぽうではないか。 だが、ここで待たせてまた健一に会うのも厄介には違いない。 かといって、マコト

自身はこの場所からはなれる訳にはいかなかった。


「ここで待つより会う確率は少ないかもですね・・・・・・あの人に」


言ってから少し後悔こうかいしていたマコトだが、聞いたレイカは意外にもすんなりと受け入れてくれた様子。


「でも、戻らなくていいんですか? 他の人の所に・・・・・・」


「・・・・・え」


何気なにげなくレイカに言われ、はるかと別れる直前に自分が言った事をよく思い出してみた。 


『タクヤ君がいなかったらすぐみんなの所に行くから』


「あ!」


マコトは完全に忘れていた。 最大限に頭を働かせ、ここに来るタイミングと口実こうじつ見出みいだした自分が、いかにあせっていたとはいえ、確かに

そう言った事を他人に言われるまで思い出せなかった。


「まぁ・・・・・事情は伝わってるはずだから心配するでしょうけど、健さんを探すのが目的だし・・・・・・」


そう言いつつも、マコトの脳裏のうりには浜辺に置き去りにしてきた遥の事がよぎっていた。 タクヤの身の危険をあんじたのも嘘ではないにしろ、本心を

隠し、自分勝手な行動で仲間を1人にして来てしまった。


ヨシアキ達とはちゃんと合流できただろうか。 もし、向こうの2人にトラブルでもあって、まだ戻っていないとしたら、遥はいまだに合流場所で1人

待ち続けているかもしれない。 今更いまさら考えても仕方のない事だが、もしも遥の身に何かあったら自分の責任だ。


何かに必死になると後先あとさき考えなくなってしまう、そんな自分をマコトはのろいたくなった。


「じゃあ、私その辺を少し探してきま・・・」


「なんでお前までいるんだ」


(!!)


うつむ加減かげんのマコトがみょうに考え込む姿に、しばし目をうばわれていたレイカがその場を立ち去ろうとしたまさにその時だった。


2人は声だけでそれが健一の声だと瞬時しゅんじ理解りかいできた。


その場に立ちくし声のぬしを見つめるレイカ。 顔を上げ、声のした方向に視線を移すマコト。


「け、健さん!」


まるで何日かりに会うようななつかしい気持ちで、健一に視線しせんうばわれていたマコトは微動びどうだに出来なかった。 別の意味で視線を奪われて

いたレイカは、その恐怖からへびにらまれたかえるのように固まってしまっていた。


足音も気配も殺して来たのであろうか、声を掛けられるまで2人はその存在に全く気付けなかった。


「偶然会って助けでも求められたか、マコト。」


そう言いながらこちらに近付いて来る健一の顔がようやくはっきりと見えた瞬間、マコトは背筋せすじこおりついた。


まるで別人の形相ぎょうそう


何があればこれだけ変われるのかというほどの顔つきの変化に加え、よく見るとひたいにはっすらと血のようなものが見えた。 それがまだ新しい

傷なのか、もうかたまった血のあとなのかは暗くて判別はんべつ出来ない。


マコトがそれに見入っている間に、健一はもう目の前まで来ていた。


ただし、マコトの前にではなく、レイカの前に。


「また戻って来るとはな。 お前のせいで頭をぶつけちまった、どうしてくれる。」


決して荒々(あらあら)しく言う訳ではなく、むしろおだやかにしゃべるそんな健一を前にしても、レイカは余りの恐怖きょうふからかその場にひざを付いてしまった。


この場にいるはずのないマコトに対してほとん興味きょうみいだかず、目潰めつぶしを食らったレイカに対する怒りを静かに燃やしている様子の健一が、どう見ても

危険だという事は誰の目に見ても明らかだった。


「健さん! いい加減にして! こわがってるでしょ!」


レイカの身の危険を真っ先に考えたマコトは、みずからの胸に芽生めばえ始めた恐怖を必死に押さえ込み、健一に対して先手せんてを打つかの様な毅然きぜんとした

態度たいどのぞんだ。


「は? 何をいい加減にするんだ? まだ何もしてないぞ?」


全くひるむ様子も無く、攻撃的な切り返し方をしてきた健一に、マコトは少なからず苛立いらだちを覚えた。


「さっきした事と、これからしようとしてる事よ! 頭をぶつけたのだって、もとはと言えば健さんのせいでしょ!」


つい感情がたかぶり、必要以上にはげしい口調くちょうになってしまった事をマコトは言い終わってからひど後悔こうかいしたが、もうその時にはすでに遅かった。 


マコトの言葉は健一の怒りを買う事になってしまった。


「・・・・・なんだと? オレが何をしたって!?」


レイカの前にいた健一はその向きを変え、マコトの元へと早足で歩み寄るとその胸倉むなぐらに勢いよくつかかり、その体を思い切り引き上げた。


「あぁ!? 言ってみろ! オレが何をしたっ!」


「・・・・・け・・・・・ん・・・・・・・・・さ・・・・・・」


のどを押さえられた訳ではなく、首元くびもとめ付けられた訳でもない。 半分、爪先立つまさきだちの状態にされてはいるものの、喋ろうと思えば喋る事は出来る。 だが、ずっとしたっていた人の余りの豹変具合ひょうへんぐあいと、それによる衝撃しょうげきで、マコトはまともに言葉を発することが出来なくなってしまった。


「やめて・・・・・・やめて下さい!!」


完全に足がすくんでしまい、健一を止める事など出来ようはずも無い。 それならばせめて自分の方に気を向けようと、レイカは必死で声を上げた。


「うるさい! お前は後だ! 先にこの口の減らない女からだ!」


当初とうしょの恐怖を凌駕りょうがしてしまう程のショックを感じながら健一の言葉をはだで感じていたマコトは、さらに自分の言われようを聞いて、もはや呆然自失ぼうぜんじしつ

なってしまっていた。 自分はそんな風に思われていたのかと、健一と過ごしたこれまでの約2ヶ月半を、うすれかけた意識いしきの中で思い返していた。


健一にはもはや理性りせいが働いていなかったのかもしれない。


『帰りたい』 という強い想いだけが、彼の判断はんだんと行動を突き動かしていたかの様だった。


「おい! 聞いてんのか! 大体だいたいお前は何も覚えてない役立たずのくせに、口ばかり達者たっしゃ生意気なまいきなんだよ!」


つかんだ胸元をさぶりながら、これ以上ない程の暴言ぼうげんを浴びせかけてくる健一の顔を、ぼんやりと見つめるマコトの目にはっすらと光るモノが

浮かび上がっていた。


何をされるかも分からないこんな状況だけど、もう関係ない。


このまま、今のこの人を見てるのは辛過つらすぎる。


ゆっくりと目を閉じた。


過去を何も思い出せないアタマの中で、真新まあたらしい記憶だけが色鮮いろあざやかによみがる。



――――――――――



ここに来て初めて出会った人。


健さん。


栗原くりはら・・・・・だっけ?   健一だっけ?


ううん、私にとっては  「健さん」


最初っから無口むくちで、ほんとになんにもしゃべってくれない人だった。


感情も全然、表に出してくれない。


出会いの日、とにかく怖かったのを覚えてる。 とてもこの人を信じられなかった。 初日から不安だらけだった。


最低限さいていげんの事だけ説明して 「死にたくなけりゃついて来い」 たったそれだけ。 何か質問しても、まともに答えてすらくれない。


私は言った。  「記憶が無い」  「何も思い出せない」   それを聞くと、ほんの少しだけ優しくしてくれた。


いつもどこか不機嫌ふきげんに見えた。 とにかく無愛想ぶあいそうだった。 人の話題わだいを一言で終わらせる天才だった。


何も思い出せなくて、不安だらけで、泣いちゃいそうな時も何度かあった。 そんな時に、かけてくれた言葉。


「泣くなら全力で泣け、スッキリするぞ」


はげますのが下手なのか、思いやりのつもりで言ったのか、ほんとに不器用な人だと思った。


私は言われた通り、本当に 「役立たず」 だった。 最初からずっと。


泳ぎが苦手な私は魚もろくにれない、今だってずっと。


運動神経もにぶく、手先てさきがこれと言って器用でもなく、何をやっても下手な私に文句1つ言わず、出来る仕事だけを与え続けてくれた。


あの 『家』 だってそう。 


女にいつまでも野宿のじゅくはキツいだろうって、例え粗末そまつでも家を建てる事を考えてくれた健さん。


ヨシが初めて来た頃に、やっと半分程度しか完成してなかった。 健さんはヨシに 「2人でここまで建てた」 と言ってくれた。


でも違う。 2人で建てたなんて、とんでもない。 私は材料を集めただけ。 直接は何もしていない。


今でこそ頼れる女を上手うまよそおってるけど、なんの事は無い。 健さんがいなければ何も出来ない。


どれだけ表に出さなくても、心にめたその優しさに私は気付いてた。


信頼しんらい。 尊敬そんけい。 そこから始まった私の想いが、自然に 『愛』 へと変わるのに時間はかからなかった。


健さん・・・・・・



――――――――――



つかみ上げた相手に全てのにくしみをぶつけるかの様に見据みすえる健一のひとみには、目の前に見えているはずのものが何も映っていなかった。

マコトのほほを伝う涙が。 その想いの深さが。


健一はなおも力をゆるめない。


「フンッ・・・・・・なんだこいつ、意識いしきあんのか?」


もはや何も耳に届いていない様子の相手を見限みかぎった健一は、その手をはなし、つかんでいたマコトをその場へ投げ捨てた。 次の目標は当然、

視界のすみたたずむ1人の傍観者ぼうかんしゃ


「おい、お前! 今度こそ逃がさんぞ! 知ってる事を全部話してもらうからな!」


すでに足がすくんでしまい、立ち上がって逃げる事は出来ない。 それが出来たとしても、一緒に来た女性を置いて行く訳にもいかない。 レイカは

覚悟を決め、敵意をあらわにしたその目で近付いて来る健一の方に視線をさだめた。


目の前までせまった健一の片腕かたうでが何かの準備に入ったのをその目で確認したレイカは次の瞬間、首を鷲掴わしづかみにされ、そのまま無理矢理立たされると、

マコトの時と同じ体勢たいせいをとらされた。


「んぐ・・・・・っぐぅ・・・・・・んっぐ・・・・・・」


だが、今度は違う。 首を直接ちょくせつ掴まれてしまっている。 小柄なその体は、地面に付くか付かないかギリギリのところまで持ち上げられている為、

レイカはまともに息をする事も許されない。


「ほら、どうした? しゃべってみろ!」


健一は自分で言いながら分かっていた。 それが無理な要求であることを。


「何とか言ってみろ!」


目潰めつぶしを食らい、視界を奪われた事で頭を強く打ったのを根に持っていた健一は、そのはらいせの為だけに何度もそんな言葉を投げかけた。


その時だった。 苦しみ、もがき続けるレイカを持て遊ぶように攻め立てる健一は、背後に何かの気配を感じ取った。


「ぐっ・・・・・!!」


瞬間、何が起きたのか理解できぬまま脇腹わきばらに強い衝撃しょうげきを受けた健一は、掴んでいた手をはなしてしまい、激痛げきつうと共にその場にくずれ落ちた。


一方いっぽう、苦痛の束縛そくばくから解放されたレイカは、意識朦朧いしきもうろうとしながら地面に倒れ込む直前に、何者かの手によってめられた。


「レイカ! 大丈夫か!?」


聞き慣れた声。 呼ばれた名前。 支えられた手のぬくもり。 苦しさでうつろだった目をしっかりと見開いたレイカは、はっきりとその顔を確認した。


「ゴホッ・・・・・タク・・・・・・コホッゴホッ・・・・・・」


「分かった、もう喋らなくていい!」


のどめ付けられていたレイカの声はもはや声になっていなかった。 その言葉を制止せいしすると、タクヤは両手でしっかりとレイカの体をかかえて

立ち上がり、かたわらにうずくまっている健一から少しでも遠ざけようと洞穴ほらあなの中へ運んだ。


入口から少し入った所にレイカを下ろすと、岩壁いわかべからせたその体をいたわるように、ソッと頭をでた。 時折ときおり、低くうなり声をあげながら

苦しんでいる健一の方へ目をやったタクヤはかさず立ち上がり、あらためてにくしみを込めたその目でにらみ付けた。


レイカをいため付けられる場面を目撃もくげきしたことで、元々(もともと)許すつもりも無かったタクヤの怒りは完全に頂点ちょうてんにまでたっしていた。


『こんな程度では済まさない』


だが、初手しょて不意打ふいうちは確実にいていた。 如何いかに相手が大男おおおとこだろうと、防御ぼうぎょ意識いしきしていた訳でもない脇腹わきばらに、全力を込めたりを食らっては一溜ひとたまりも無い。 当たり所が悪ければ肋骨ろっこつが折れている可能性もある。


健一に接近せっきんしながら次の攻撃方法を考えていたタクヤは、ある事に気付いた。 にくき男から少し離れた場所にもう1人の人間が倒れている。


(・・・・・まさか)


急いでそこまでけ寄ったタクヤは、目が半開はんびらきで、意識いしき有無うむも分からないその女が誰かを認識にんしきした上で、ねんためいきがある事を確認すると、

レイカの時と同じくかかえ上げ、洞穴の中まで運ぶことにした。


運んだ女をレイカのとなりに並べる様にして寝かせたタクヤは、しぼり出した様なか細い声を聞いた。


「タクヤ・・・・・逃げよ・・・・・・」


まだのどの調子が戻らないのと、恐怖からきた興奮こうふんが合わさってか、レイカの言葉には全く力が無い。


「大丈夫だ、ここでしばらく休んでろ、な?」


「・・・・・・う、うん。」


タクヤが無事だった事に安心したのか、その心強い言葉で安心したのか、微笑ほほえみを浮かべたレイカはそのままソッとまぶたを閉じた。 よほどの心配を

かけた上に、疲れていたのか、目を閉じたまま静かに寝息ねいきを立て始めた。


再びレイカの頭をでたタクヤは、その場でしばらく考えていた。 あの健一という男をどうしてやろうかと。


このまま逃がせば必ずまたやって来る。 かと言って、中途半端ちゅうとはんぱに痛めつけても同じこと。 怒りを買って、後々(のちのち)余計な事になるだけだ。 和解わかいという選択肢せんたくしはまずありない。 では、一体どうするべきか。


タクヤはずっと考えていた結論けつろんを出そうとして、思いとどまった。


(まさか、本当に殺す訳にもいかないよな・・・・・・)


こんな場所でも、たとえそれがどんな相手であろうと、自分が人殺しになるのは後味あとあじ悪過わるすぎる。 それ以前に、人をあやめるという行為こういを自分が実行

できるとは思えない。 ならば一層いっその事、気絶きぜつだけでもさせておいて、ヨシアキ達に引き渡すのが最善さいぜんなのか。


考えがまとまらないまま、洞穴の入口で立ち尽くしていたタクヤは何気なく健一の方を見た。


「・・・・・!!」


自分の目をうたがった。 いない。 そこにうずくまっているはずの男がない。 すぐさま辺りを見渡したが、その姿は何処どこにも見当たらない。


(何処にいった!?)


確かにいた筈のその場所まで思わず走った。 そこからもう1度、周辺全てに目をやったが、やはり何処にも居ない。


(逃げたのか・・・・・・)


逃げたのだとすれば、くやしい気持ちがある半面、少しホッとしたような気持ちもある、そんな複雑ふくざつ心境しんきょうられたタクヤはとりあえず、レイカと

もう1人の女の状態を確認する為に、2人のいる穴の入口へと引き返した。


ここで安易に 「逃げた」 と判断し、更なる周囲の捜索そうさくおこたったのは、その若さゆえの甘さなのか、ただの油断なのか、それは本人にも分からない。

だが、この事をタクヤは文字通り 『あと』 で 『』 やむ事になる。


「!!」


ズシャッ


「・・・・・うっ」


これまでに聞いたことも無い音がした。 それと同時に感じた痛みと、全身に伝わって来た衝撃しょうげきが何を意味するのか、タクヤは瞬間的しゅんかんてきに理解した。


(刺された・・・・・・!?)


背後からの気配とも殺気とも言える何かを感じ取り、咄嗟とっさ上体じょうたいひねってその身をらしたタクヤだったが、完全に 「それ」 を回避するにはいた

なかった。


「ぐっ・・・・・・!」


ドサッ


激痛げきつうと共に、全身から力が抜けたタクヤはそのまま地面に倒れ込んでしまった。 痛みにえながらも確認した自分の体の異変いへんは、どうやら脇腹わきばら

あったようだ。 。 それもかなりの量。


地にした状態のまま冷静に分析ぶんせきする。 咄嗟とっさの判断で動いたおかげか、さほど深い傷ではない。 刺されたというよりは、かすった刃物で切られた

感じだ。 もう見当けんとうはついているが、加害者かがいしゃの方に目を移してみる。 あの男だ。 その手には以前にも見た槍らしき物を持っている。 どうやらあれで

攻撃こうげきされたようだ。


「フンッ、はらのどん中を突き刺してやろうと思ったが・・・・・・丁度ちょうどいい、さっきオレがられた場所だなぁ!」


恐ろしい言葉を口にした健一は横たわるタクヤに対し、まだその槍を向けてかまえている。 明らかに第2げきを加えようとする意志いしが見て取れた。 その

姿を見たタクヤは傷口きずぐちを片手で押さえながらあわてて立ち上がったが、痛みと出血のせいで足元がフラつくのを隠す事が出来なかった。


「お、お前・・・・・・イカれてんのか!?」


声をふるわせるタクヤはかつてない程の恐怖心におそわれていた。 とても正気しょうき沙汰さたとは思えない。 健一は間違いなく本気だった。 本気で自分を

殺すつもりで攻撃してきたのだ。


「そっちから仕掛しかけて来たんだろがぁ!! 今度こそ突き刺すっ!」


「くっ・・・・・・」


その荒々(あらあら)しさとは裏腹うらはらに、ととのった姿勢しせいでしっかりと両手に持つ槍の構えは、素人とは思えない雰囲気をかもし出している。 まさかとは思ったが、この

男は槍術そうじゅつ心得こころえているのかもしれない。 これは危険だと察知さっちしたタクヤは、傷口を押さえながらも目をらさずに身構みがまえた。


次の瞬間、健一は両手で握ったその槍を、いきおいよくタクヤの顔面目掛めがけて突き出して来た。


「うわっ!」


これを紙一重かみひとえでかわしたタクヤは、さらに続けて繰り出される攻撃に、体勢をくずしながらも必死で対応たいおうし続けた。 そうあさくもない傷口からの出血は

そのかんも止まらない。 出血箇所しゅっけつかしょを押さえながらの回避かいひには想像以上の集中力をようした。


(殺される・・・・・・!)


この状況で、命の危険はとうにさっしていたタクヤだったが、決してその場から逃げ出そうとはしなかった。 あの2人を置いて行く訳にはいかない。

自分が逃げればレイカ達に危険がおよぶ。 そして、自分も殺される訳にはいかない。 恐ろしい程の殺意さついを込めて槍を突き出してくるこの男には今更いまさら謝罪しゃざいや説得といったたぐいのものも通用しないだろう。


全ての攻撃をギリギリでかわし続けるタクヤの回避力は、もはや神業かみわざと呼べるものだったのかもしれない。 それも全ては心の底からき上がる

「大事な人を守りたい」 という強い意志がなせる奇跡的きせきてきな技。


だが、その限界げんかいが来るのも時間の問題。 いくら体力に自信があっても、この傷と出血ではそれも全く関係ない。


限界げんかいが近い』


そう判断したタクヤは戦うことを決意した。


しぶとくけ続けるタクヤに苛立いらだちを隠せない健一は、何発かに一発、必要以上に大きな動作どうさで突いてくる事があった。 時折ときおり、出血のため意識いしき

うすれる瞬間もあるタクヤだったが、その大きな突きの寸前すんぜんに生じるわずかなすきを決して見逃みのがさなかった。


「・・・・・くっそっ!」


丁度ちょうどその時、苛立ちが限界げんかいに達してきたのか、健一は掛け声とも取れるその声をらしてくれた。 そしてその直後、予想通り健一は他の突き

よりも腕を引き戻し、大きなめを作って強力な一撃いちげきり出そうとかまえた。


(今だ!)


ヒュッ


健一の全力を込めた突きは一直線いっちょくせんくうを切った。 一呼吸ひとこきゅう早く対応していたタクヤは、その槍が最高到達点さいこうとうたつてんに達する頃には相手の間合まあいの

内側、視界しかいの外側にまで回り込み、槍を握っているその両腕りょううでを、自分の両手でそれぞれにつかみ取った。


「くっ・・・・・・!」


よもやの展開に動揺どうようした健一はそれを必死でほどこうとするが、そうはさせまいと、タクヤも必死に食らい付いてはなさない。


だが、タクヤにとっての誤算ごさんがそこにまず1つあった。


なんとか相手を押さえ込もうと両手を使ってしまった事で、脇腹わきばらの出血を押さえるすべを失ってしまった。 それに加え、力を入れることで余計に多くの

血を流す羽目はめになってしまう。


『頭がはたらかない』


タクヤにとって、圧倒的あっとうてき不利ふり力比ちからくらべが始まった。


出血がひどい。 何度も力が抜けそうになり、気を失いそうになるが、この手をはなわけにはいかない。 今ここで手を離せば、今度こそ攻撃こうげきを食らって

しまう。 それはつまり、みずからの死を意味する。


もはや力比べではなく、根比こんくらべの勝負しょうぶ


だが、それはタクヤにとってだけの話で、健一にとっては違う。 まず、2人の力が互角ごかくはずが無い。 まだ若く、身体からだも完全に出来上がっていない成長期せいちょうきのタクヤに対し、大柄おおがら体格たいかくもいい大人の健一の腕力わんりょくの方が、圧倒的あっとうてきまさっているのは誰の目にも明らかだった。


健一にとってはあくまで力比べ、それも圧倒的に有利な。


これがタクヤにとっての2つ目の誤算。


しかし、健一にも1つぐらいの誤算はあった。 タクヤから受けた不意打ふいうちによるダメージと、体力だけは全盛期ぜんせいきである若者との長期戦ちょうきせんでの疲労ひろう

これにより、意外にも2人のり合いは膠着こうちゃく状態が続いた。 


両者は一歩もゆずらない。


だが、その拮抗きっこうもタクヤの3つ目の誤算によって、もろくもくずれ去る事になる。


血を流している者とそうでない者の、頭の回転の速さの違い。


力ずくでり払うのは無理だと判断した健一は、みずからの両腕の力をわざとゆるめ、相手の反応を見る作戦をとった。 その緩みを感じ取ったタクヤも

決して油断ゆだんしていたわけではなかったが、その痛みと出血の為に自分も一瞬だけ力を緩めてしまう。 その一瞬を健一は見逃みのがさなかった。


再び腕に力を込め、自分の方へ思い切り引き寄せると、それによって体勢たいせいくずしたタクヤの腹部ふくぶ強烈きょうれつ膝蹴ひざげりを御見舞おみまいした。


「ッグォッ・・・・・!!」


思いも寄らぬ一撃いちげき。 脇腹わきばらから吹き出た大量の血。 傷口から全身をけずり回る激痛げきつう


勝負はついた。


ついにその手を離してしまったタクヤは大地にひざを付き、重力に逆らう事も出来ず、そのまま地面に倒れてしまった。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・油断したな・・・・・・」


返事は無い。 もはやタクヤの意識いしき途絶とだえてしまっている。


「突き刺してやる・・・・・・!」


足元に横たわり、もう微動びどうだにしないタクヤの真上からやりを向けた健一は、真上まうえから思い切り串刺くしざしにしようとでもいうのか、あえてその腕を

自分の頭上よりも高くに構えた。 その行動からは情けも容赦ようしゃも全く感じられない。


「やめてっ!!!」


ドンッ


ズサァッ


とどめをす為に両手をかかげて無防備むぼうびになっていた健一は、背中に受けた強い衝撃しょうげきで目の前に横たわるタクヤを飛び越えるいきおいでうつせに

倒されると、持っていた槍もその手から離してしまった。


同じくその勢いからタクヤを飛び越え、健一の横に転がるようにして倒れたのはレイカ。 無茶むちゃな体当たりのせいで着地ちゃくちさい身体からだ数箇所すうかしょ打ち

付けたが、そんな痛みは気にもめず、ひざを付いたまま急いでタクヤの元へとり寄った。


「タクヤ・・・・・・タクヤ・・・・・・!」


意識いしきうしなっているタクヤは当然返事をしない。 だが、レイカには最初からそれが分かっている。 何も呼び起こそうとしている訳ではない。 ただ、

遅過おそすぎた自分の行動を謝罪しゃざいしたかった。


「ごめんね・・・・・・タクヤ」


レイカはずっと見ていた。 今までこの場所で起こっていたあらそいのほとんどの光景を。


健一の怒号どごうで目を覚ましていたレイカは、タクヤが傷をう事になった瞬間を見てはいなかったが、遠目とおめからでもっすらと確認できたその服の

みを見て、只事ただごとではないという事は理解していた。


だが、動けなかった。 体が動いてくれなかった。


『早く助けにいかないと』


その気持ちと裏腹に、どうしても体が言う事を聞かない。


足がすくみ、ふるえが止まらない自分は、タクヤが殺されたりしない事をただ祈るのみ。 そんな自分にいい加減、嫌気いやけが差した。 自分をのろった。

そんな時に、とうとうタクヤが倒れてしまった。


自分に問いかけた。


『今行かないで、タクヤを好きでいる資格しかくなんてある?』


ある訳が無い。


答えが出た時、レイカの中から 「恐怖きょうふ」 という言葉は完全に消え去った。


『絶対にタクヤを守って見せる』


その 「信念しんねん」 は考えるより早く、冷静れいせいな人間よりも的確てきかくに、レイカの体を突き動かしていた。


「くっ・・・・・・てめぇ・・・・・・!」


かなりの勢いで地面に顔と体を打ち付けた健一だったが、小柄こがらな少女の体当たりがそこまで効果的こうかてきな訳も無い。 それでも痛みが走るあご

ながらゆっくりと立ち上がった健一に、第2の衝撃しょうげきおそってきた。


ズンッ


「うぉ・・・・・!?」


健一がおどろくのも無理はない。 立ち上がった所にまたしても体当たりが来たと思いきや、今度はね飛ばされる程の勢いでもなく、その代わり

自分の身体からだに何かがまとわり付いている。 それは他でもない、レイカだった。


背中に飛び付かれ、リュックサックでも背負っている様な形になった健一は、首にまわされた両腕りょううでと腰にからみ付く両足を、必死に体をじらせて振り

ほどこうとするが、レイカの信念しんねんが決してそれを許さない。


「ぐっ・・・・・はなでろ・・・・・・! ごのっ!」


健一はなおもレイカの腕を引き離そうとするが、物凄ものすごい力で喉元のどもとめ付けられているその両腕は、如何いか力自慢ちからじまんであろうとそう易々(やすやす)とほどけるもの

ではない。 さらに、強い信念のみで動いている今のレイカの力は並大抵なみたいていのものではなかった。


タッタッタッタッタッタッ


「・・・・・・!?」


「・・・・・・!」


奇妙きみょう攻防こうぼうを続けていた健一とレイカは、その速いテンポの足音を同時に聞いた。


「健さん!・・・・・・レイカちゃん!?」


誰かの声。


健一にとっては聞きれた声。 レイカにとっては何処どこかで聞いた事のある程度の声。 だが、直感ちょっかんでそれが味方だと瞬時しゅんじさとったレイカの力は

安堵あんどの為か一気に抜け、め付けていた腕をほどいてしまうと、そのまま背中から地面に落下してしまった。


呪縛じゅばくから解放されたかのような健一は、落ちたレイカにも倒れているタクヤにも見向みむきもせず、近くに落とした槍を素早く拾い上げると、向かって

来るヨシアキに対して身構えた。


「邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


辺りにひびき渡る健一の激しい怒号どごうがこちらに向けられている事を確認したヨシアキは、自分の今とるべき行動を瞬時しゅんじに理解し、その速度を全速力に切り換えた。


「順ちゃん! ハルちゃん! みんなを頼むっ!!」


加速かそくした事で、少し後ろを走る2人との距離をさらに離すと、それでも声が届く程のさけびで自らの意思いししめしたヨシアキ。 接近せっきんして、健一が槍を構えて

いる事に気付くと、かさず背中にしていた槍を抜いて自分も構えた。 あくまでも、相手の攻撃をふせためだけに。


猛然もうぜんけ寄るヨシアキ。 待ち構える健一。 目前に迫った衝突しょうとつの瞬間。


2人の目はぐに相手を見据みすえていた。


かたや 『めようとする目』     片や 『あやめようとする目』


しかし、どちらにも共通している事があった。


両者りょうしゃともに 『本気』 だということ。



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