15章 真実への序曲
「ハルちゃん!」
その声を聞いた時のあたしの反応は、異常なまでに早かったかもしれない。 波の音しか存在しない妙な静けさの中に1人で待たされ、感覚が
鋭くなってたせいもきっとある。 ヨシアキの呼び声を聞き、やっと戻って来た2人に早く今の状況を伝えようと透かさず駆け寄った。
「2人とも! 聞いて!」
迎えの挨拶も省き、すぐにも事情を話そうとしたあたしはどう考えても焦り過ぎだった。 そのせいで、自分の視界に入っている筈のものに一瞬、
気付く事が出来なかった。 ヨシアキと順ちゃん以外のもう1つの人影に。
「え・・・・・・」
間近で見て、それが誰だかすぐに分かったのは当然のこと。
「嘘!! なんでここに・・・・・・!?」
噂のタクヤ君だ、間違いない。 驚いて完全に硬直したまま目を丸くしてるあたし。
「あ、まず遅くなってごめん。 でさ、こっちでタクヤくんと会ったんだ、それで・・・・」
「行っちゃったよ・・・・・2人で行っちゃったよ!」
ヨシアキの説明もほぼ聞こうとせず、とにかく慌ててしまってるあたしからは意味不明の発言しか出てこない。
「ハルちゃん落ち着いて。 何があったの? マコトさんは?」
逆に冷静な順ちゃんのお言葉。 あたしは目の前のタクヤ君の存在が余りに予想外過ぎて、予め考えてた説明の順序が頭から完全に飛んで
しまってた。 とにかく、こっちの事を説明しなくては。
タクヤ君との自己紹介を早々(はやばや)と済ませると、全ての経緯を、言われた通り落ち着いて話し出した。 レイカちゃんとの出会い。 マコトさんがここに
いない理由。 レイカちゃんが無事だってこと。 健さんの行動の全て。
話を全て聞き終わらない内に、鋭い反応を示したのは当然タクヤ君だ。
「レイカは穴に戻ったのか!?」
今にも食らい付きそうな勢いであたしに攻め寄るタクヤ君。 この反応を予想できたから、なるべくレイカちゃん事を後回しにして話そうと努力して
たけど、話す内容の殆どに出てくる 「その事」 を上手く先送りに出来なかったのは、あたしの文章力の乏しさ故。
「・・・・・うん・・・・・・マコトって人と2人で・・・・」
「くそっ! モタモタしてる場合じゃなかった!」
返事を聞くや否や、突然その場から走り出そうとしたタクヤ君の肩をガッシリ押さえ、その行動を制止させたのはヨシアキ。 その反応の速さには、
あたしも順ちゃんも面食らった。
「待てって!」
「なんだ!」
「1人で行くなよ! オレ達も行く!」
「来たいなら勝手にしろ! 案内はしない!!」
「落ち着・・・」
もはや聞く耳待たず、肩に掛けられた手を力任せに振り払い、猛烈な勢いで加速したタクヤ君は森に向かって一直線に駆けて行った。
取り残された3人に考える余地は無かった。 マコトさんには 「待っていて」 と言われたけど、のんびり待っていられる状況じゃない。 一刻も
早くマコトさんに合流しなければ。
「タクヤを追いかけよう!」
ヨシアキの合図で全員が一斉に走り出した。 向かう先はマコトさん達が向かった洞穴。 でも、ここにいる3人は誰もその場所を知らない。
だからタクヤ君を見失ってはいけない。 彼について行くしかそこまで辿り着くことは出来ないのだから。
「ハルちゃん! さっきの続き・・・・・・全部話して! 息があがらない内に!」
かなり無理な注文を出してきたヨシアキ。 走りながら話せと? まぁこの状況じゃ仕方ない、とにかく言われた通りにするしかなかった。
月明かりの届かない森は、道標どころか足元の確認もままならない。 夜の森を進むとなれば、本来は松明を灯すのが当然だし、火熾しの
道具もヨシアキがちゃんと持ち歩いてる。
でも、夜とはいえ見通しが良かった浜辺では使わなかった事と、火を熾すには準備を含め時間が掛かる上に、今はこの足取りを緩めることも
許されないのだから、一切の明かりが無いこの森を、全力に近い速さで直走るしかなかった。
常に3人の位置が離れないよう注意しながら、先頭のヨシアキが、姿の見えないタクヤ君の足音と気配のみを頼りにひたすら追い続けてるけど、
果たしてあの勢いで走り去った相手に追い付けるだろうか。 でも、見失ってしまえば自分達は完全に取り残されてしまう。
これまでの事情に加えて、あたしの考えを聞いたヨシアキは、マコトさんの気持ちを知ってどう考えてるだろう。
同じく順ちゃんは何を想ってるだろう。
前を走るタクヤ君は、次に健さんを見つけたらどうするだろう。 あんな事をされて憎んでるだろうか。
レイカちゃんもあんな目に会わされて、健さんを憎んでるだろうか。
健さんは、まだ2人から話を聞く事を諦めてないんだろうか。
マコトさんは本当に、1人で健さんに会って説得するつもりだろうか。
少なくともあたしは、もう誰も傷つけ合わないでほしいって、それだけを願ってる。
未だ、この島の事は何も分かってない。 タクヤ君とレイカちゃんに至っては、ここが島ってことすら知らないと思う。
あたし達がどうやってここに来たのか。 ここから帰る事は出来るのか。 誰も知らない。 でも痛感してる、簡単には帰れない場所だってこと。
どうしてこの7人なのか。 他にまだ人がいるのか。 元々(もともと)は全員がお互いを知らない赤の他人なのか。 それとも全員に何かの繋がりがあるのか。 健さんの言ってた兄妹・姉弟説は本当なのか。
失った4人の記憶は戻るのか。 そもそもどうして失ったのか。 意図的に誰かに消されてしまったのか。 じゃあ誰がそんな事を出来るのか。
他人の気持ちも、この場所の事も、自分が置かれてる状況も、あたしにはまだ分からない事だらけ。
もし、健さんも洞穴へ向かっていれば、そこに全員が集まる。 それぞれの思惑を胸に。
あたしはそこで、どれだけの事を知ることになるんだろう。
そう考えた途端、あたしは妙な感覚に襲われた。 それはまるで、自分の中のもう1人の自分が囁いてきた言葉の様。
(いずれ全てを知ることになる)
何故、今の時点でそんな風に思ったのか分からない。
ただそれは 『限りなく直感に近い予感』 言ってみればそんな感覚。
なんて根拠のない予感だろう。 心の中で自分の考えを笑い飛ばしてた。
でも、もしその予感が当たっていたら? いずれっていつ? 全てを知った時、あたしはそれに納得できる? まず、納得できる答えなんてある?
あたしの物語は、あたしの気付かない内に大きな局面を迎える事を告げていた。
その予感をきっかけに。