12章 奇抜すぎるアイデア
サビの無い歌。 色の付いた所が無いカステラ。 カラメルソースの無いプリン。 説明書が無い難解ゲームソフト。 1ピース足りないパズル。
そして、健さんが抜けた探索チーム。
何か物足りない。 肝心なものが抜けてる。
あたしにとってはそんな感じ。
健さんが去った後、しばらくはその場を動かなかったあたし達4人。
ヨシアキのナイスな働きで、立ち直ってくれたマコトさんを含めた全員で改めて話し合った結果、やっぱり健さんをまず追って、なんとか
説得しようということに決定。
もちろん、健さんの暴走を止めたいって気持ちもみんなあったけど、その前にタクヤって人と女の子のことも気掛かりだった。
今の健さんがあの2人に会ったら、一体どうするんだろう?
記憶があるにしろ、無いにしろ、何か知ってることを全部聞き出すつもりみたいだ。 でも、2人とも何も知らなかったら? 知ってても、
何も言わなかったら? 無理矢理にでも聞き出そうとするんだろうか? それを想像すると恐ろしくなった。
「今の健さんは危険だ。 何をするか分からない目をしてた。」 とヨシアキが漏らしてたけど、それには他の3人も迷わず頷いた。
そんな健さんを放っておくわけにはいかない。 止められるとしたら、あたし達しかいない。 じゃあ、迷うこともない。
追いかけて説得しようって事に。 全員が 「異議なーし」
何だか立場が対等になった様に見えるマコトさんとヨシアキが前に立って、健さんの去って行った方に向けて歩き出す。
大事なナビゲーターに加えて地図も持って行かれちゃったもんだから、考え無しに進むのも危険だってことで、前の2人が相談して
慎重に進んでいく。 健さんの向かった方向は大体分かっても、実際、目的地が何処にあるのか分かんないから、さぁ大変。
(こんな時に警察犬でもいてくれたら匂いを辿って追えるのになぁ・・・・・・)
後ろを歩いてたあたしがふと思ったこと。 でも数秒後、何かを思い出す。
(っていたじゃん最初に・・・・・・いや・・・・・・待て待て)
あれは只のドーベルマン、に似た野犬だったのかもしれない。 初めて出会った動物に頭が混乱して、トラウマだった犬に見えた
だけかもしれない。 仮にこの島にいるのがドーベルマンだとしても、それが警察犬なわきゃない。
(ってか、あんな凶暴な野獣に頼るぐらいならあたしが匂い辿るし! 無理だけど!)
「ハルちゃん、どうかした?」
!
「あ・・・・・ううん、別に・・・・・・ちょっと考えごと」
知らぬ間に変な顔してたんだろうか、順ちゃんに気付かれてしまった。
その順ちゃんだけど、ここ数日で急に大人っぽくなったというか、雰囲気が変わった様に見えるのは、あたしだけだろうか。
ヨシアキとの仲はもう明らかだけど、まぁ別に何かムフフな進展があったってわけでもないと思う。 まだそんな暇も無いし。 ってかもう順ちゃんに
何か手を出してたら、あたしがヨシアキ許さないんだけど。 だって早過ぎるでしょ。 高校生のあたしが口を挿む事でもないんだけど、順ちゃんの
友達としては黙ってらんない。
でも、マコトさんにハグしてアタマ撫で撫でしてるヨシアキを見て、嫉妬するどころか温かい目で見守ってた順ちゃん。 あたしなら無理かも。
だって、あんな美人と彼氏が抱き合ってるのは我慢できない。 幾ら姉弟かもしれないって言ってもさ。
「大丈夫かな・・・・・・」
前方から聞こえてきた不安げなマコトさんの声。
「ま、幾らなんでも乱暴な事はしないって。 健さんだって大人だしさ。 意外と、もう考え直してこっちに向かって来てるかもよ?
『すまなかったな』 とか言ってひょっこり現れたりして。」
明らかにマコトさんを元気づける為だけの超前向き発言。 ヨシアキも大人になったもんです。
「そうね・・・・・・意外とそうかもね」
健さんが抜けちゃったこと、マコトさんの思わぬ弱い面を見てしまった事をきっかけに、ヨシアキにはそれから、自分がしっかりしなければ
いけないという責任感のようなものが芽生え始めているのかもしれない。
「ヨシアキ、なんか変わったね」
「・・・・・え? そう?」
「あたしまだ会って4日目だけど、最初と印象ガラッと変わっちゃったよ。」
ちょっと言ってみたくなった。
「うん、何だか前より逞しく見えるね。」
ノッてくれる順ちゃん。 いや、ノリってゆうか只の本音かな。
「うぇぇ? なんか、照れるって。」
そりゃ愛しい愛しい順ちゃんにそう言われたら照れるでしょうよ、この色男め! 冷静を装ってるようで、少し妙な反応と動きをしてるヨシアキ。
「私も少し賛成・・・・・・何だか男に見えるわ」
ちょっと元気が出てきたマコトさん。 でも、真顔で言ってます。
「な、何それ? 今までは何に見えてたの?」
「・・・・・・子供」
やっぱり真顔で答えました。 こうゆうとこ、マコトさんって感じがしてGoodです。
「こっ!! こども・・・・・・ま、まぁ確かにそうだったかも・・・・・・うん、オレ子供だったよ、うん。」
! ! !
彼のその反応には女3人揃ってみんな目を丸くした。 あのヨシアキが言い返さないなんて。 素直に受け止めるなんて。 あり得ない。
絶対に信じられない。 っていうか、めっちゃキモい。
「もう1度雨が降るわね・・・・・・」
空を見上げるマコトさん。
「いや〜雪が降るかも」
思わずテンポよく言っちゃうあたし。
「ヨシ君、本物?」
じゅ、順ちゃん・・・・・・1番酷いこと言ってるし。
「あのさ、オレも生まれ変わったわけで、もう子供じゃないんだから・・・・・・・あーだこーだ・・・・・」
そこからヨシアキが少しダラダラと喋り出したので、割愛させて頂きまふ(ペコリ)
「って・・・・・ちょ! さっき順ちゃん酷いこと言わなかった!?」
『おそっ!』
あたしとマコトさんのダブルツッコミ炸裂。 今頃気付くってどんだけ反応鈍いんですか。
すると、順ちゃんはヨシアキの方に近寄りながら 「冗談だよ」 と微笑みつつ、その耳元まで顔を近付けて、何か小声で囁いた。
「惚れ直しちゃったよ」
あたしには聞こえなかったけど、口の動きからそう言ったように見えた。 多分ね。 う〜ん青春だ。
その後、ヨシアキが無言のまま1人で先を急ぎ出したことで、マコトさんも何気に理解したのか、黙って後に続いてった。 順ちゃんは
またヒョコヒョコっとあたしの横に戻って来た。
何となくまた和んだ雰囲気の中、前の2人の記憶と勘を頼りに進んだけど、まさか戻る事になるとは考えもしてないから目印も何も無く、同じような
景色が延々(えんえん)と続くこの森で、健さん1人を探すのは想像以上に大変な事だった。
あのタクヤって人達も何処かに家でも建ててるんだろうか。 健さんはもう2人に追いついて接触したんだろうか。 のんびりしてる場合
じゃないんだろうけど、居場所が分からないんだから急いでも仕方ない。
健さんの追跡はとりあえず、日が落ちるまでは諦めず続けることになった。
用意してた食料は確実に減ってきてるけど、まだ数日は持ちそう。 水もかなり減ってきてたけど、さっき雨水を補充済みなので問題なし。
でも、やっぱ健さんの事もあったせいか、体力的にも精神的にも更にグッタリきてる。
1つの場所に落ち着かないで歩く旅を続けることが、こんなにも疲労感が溜まるとは全く、恐れ入りました。 このままじゃ、この中で
1番若いあたしが最初に参りそうだ・・・・・・
時は過ぎ―――――
依然として健さんを見つけることが出来ないまま、ついに日暮れの時刻は迫って来ていた。 マコトさんもヨシアキも、今いる場所が1度通った
場所なのかどうか、もうそれすら分からないとか言い出した。
これはマジでヤバい予感。 地図も健さんも無いと、やっぱ迷子の運命を辿りそうだ。 っていうか、既に迷子なんじゃ・・・・・
「マズいな、すぐに暗くなってくる。 このまま迷ってたら健さん見つける前に真っ暗だ。 どこか落ち着ける場所を早く探さないとな。」
そうは言いつつ焦ってる様子は全然なくて、意外と落ち着いてるヨシアキの 「頼れる男っぷり」 に少し感心したあたしだけど、その気持ちは
次のマコトさんの一言で脆くも崩れ去った。
「なに健さんの口真似してんのよ、実はけっこう焦ってるくせに。」
「・・・・・まぁそうなんだけどさ。 とにかく今日は見つけるの無理かもね。」
そうなのかよ! 真似とかやめんかい! まったくもう。
「下手にウロウロするより、このまま真っ直ぐ進んでみるのが1番いいかもしれないわ。」
「かもね、じゃあオレはまた健さんのデカい足跡探しながら行くよ。」
少し不安ながらも前の2人に頼るしかなく、進路のことはもう任せて、あたしも順ちゃんもひたすら黙ってついて行く。
薄暗い森は相変わらず何処までも続く。 この数日間、ずっと森で過ごしてるおかげか、あたしは暗い森も怖いと思う事がなくなってる。
野生に目覚めてきたのかな。 でも、それに体力が追い付かないのが非常にもどかしい。
周りに注意しつつ、人の気配を探して進む内に森はどんどん暗くなる。 太陽はもう見えないけど、確実に沈み始めてるのが分かる。
それと共にあたし達の不安も増していく。 このまま森の中で夜を迎えるのは怖過ぎるもん。
どれくらい歩いたんだろう。
突然のヨシアキの一声で状況は一変した。
「みんな! 森を抜けた!」
待ってました! と言わんばかりにみんな前方を見据える。
「あれ・・・・・・もしかして海じゃない?」
他の3人よりずっと遠くを見てたマコトさんが、それを確かめる為に更に前に出た。
「あ、ほんとだ!」
急いで確認した順ちゃんに続き、あたしも見える位置まで急いだ。
本当に海だ。 もうすっかり暗くなっちゃったけど、果てまで続く一色に染まったこの景色、間違いない。 ホッと胸を撫で下ろす
想いってのはこうゆう事だよ、ほんと。
「お〜! ってことは、とりあえずちゃんと戻って来れたってこと?」
「・・・・・多分ね、とりあえず浜辺まで行きましょ。」
ちょっと目が悪いのか、目を細めながら首を捻るヨシアキ。 その肩をポンと叩き、すぐさま歩き出すマコトさん。
あたしと順ちゃんの2人は、また出会えた海に興奮して、既に小走りで浜辺へ直行中。 今朝、通って来てイヤってほど
海は見てたのに、こうやってまた戻って来れるとやっぱ嬉しい。
夜の海はまた違った雰囲気があって好き。 同じ大きさの筈なのに、昼間より周りが静かで、大きくはっきりと聞こえてくる波の音。
同じ広さなのに、昼間より少し控え目に、でも雄大に広がるもう1つの顔。
みんなで健さんを追って来てみたけど、結局、追い付けずに迷いながら辿り着いたこの海岸沿い。 その寸前に日が暮れて
しまったから、これ以上は下手に動く事も出来ず、今夜はこの浜辺で一夜を過ごすことになると思ったんだけど、それにはまだ
早いと、ある提案を持ち出したのはマコトさん。
「ここを拠点にして、海岸沿いだけでも見て回りましょ。」
その提案には即答でみんなが賛成。 あたしも順ちゃんも疲れてたけど、心情的に賛成だった。
これから夜を迎えるのに、また森に入ったら間違いなくまた全員で迷子。 かと言って、何もせずに朝までここで過ごすなんて時間が勿体無い。
健さんの事を考えるだけで胸が痛くなるマコトさんにとっては、待つのも辛い。 だから何かしたい、動いていたい。 そんなマコトさんの気持ちが
痛いほど伝わってきた。
まさか健さんが海沿いにいるとは思えないし、タクヤって人達もこんな場所に住んでるわけないんだけど、出来る事はやらないと。
ほんの小さな可能性でも確実に潰していかないと。 あたし達だって、健さんの事は気掛かりだし、あの2人の事も心配だしね。
ってわけで、休憩がてらにまず食事を取り、それから2手に分かれて海岸沿いを見て回ろうということに。
そこで問題になったのが、左右に分かれて一体何処まで見て来るかって言うこと。 もちろん時計なんか無く、時間は分からない。
今夜は晴れた夜で月が出てるけど、月の位置なんか時間の目安に出来ない。 かと言って、海岸が終わる所まで行って戻って来るってなると、
どっちかはすぐに戻って来ることになるかもしれないし、どっちかはめっちゃ遠くまで行くことになるかもしれない。
お互いに、大体同じ距離を見て戻って来るにはどうしたらいいか。
4人でかなり悩んだこの問題に、意外な名案を出してきたのはヨシアキだった。
「髪の長さが同じぐらいなら、乾くまでの時間もまぁ同じだよね?」
この発言に一瞬、何を訳の分かんない事を言ってんだこの人は、と思った。 でもすぐにピキーンと閃いた。
なるほど、奇抜過ぎるけど名案かもしれない。 つまり、双方の1人の髪を濡らして出発して、それが乾いた頃に引き返して来るってこと。
まぁ、実際には歩く速度も微妙に違うし、吹く風の具合でも乾き方は違ってくるけど、大体同じ時間で戻るには悪くないアイデアだって、あたしは
感心したよ。 順ちゃんも、その発想の余りの意外さに感心してた。 けど、マコトさんはそれを聞いて思わず笑いが込み上げてきた様子。
「よく思いついたわね、そんなこと(笑)」
一見バカにしてる言い方だったけど、どうやらその独創性を認めたみたいで、結果、その案が採用された。
誰が髪を濡らすかは、それはもうあっさりと決まった。
腰まで伸びるサラサラ髪のマコトさん。 耳が少し被る程度の短髪青年ヨシアキ。
はい、却下。
髪を一つ括りにしてた順ちゃんがそれを解くと、なんと都合のいい事にあたしと丁度同じぐらいの長さだと判明。
はい、決定。 セミロング万歳! トホホ・・・・・
「冷えるかもしれないのに、2人ともごめんね・・・・・・」
マコトさんの気遣いと、女心を察したその心遣いに、あたしも順ちゃんも快くこれを引き受けた。
「あ、あたし髪の量多いから、あたしと組む人は戻るの遅くなるかも・・・・・・」
一応、言っておいたけど、みんなこれには笑って 「気にしないで〜」 って言ってくれた。
誰と組むかは、これまたあっさり決まった。 いや、もう無理矢理決めたって言った方が正しい。
「ヨシ、順ちゃんを頼むわよ」 「ヨシアキ、順ちゃんをお願いねっ」
照れてるのか焦ってるのか動揺してるのか、よく分かんない2人を尻目に、あたしは決めた通りに髪を全体に濡らして、準備オッケー。
慌てながらも決して嫌がらない、ヨシ&順ちゃんペアも急いで準備。
「じゃあ行きましょ、2人とも気を付けてね。」
「そっちもね、ハルちゃんのこと頼んだよマコトさん。」
月の明かりに助けられ、それぞれの目指す先は遥か向こうまでぼんやりと見渡せる。 夜の森なんかより危険は少なくとも、 やっぱ怖いことに
変わりは無い。 でもそんなこと言ってらんない。 あたし達は早く健さんを見つけて、この問題を一区切りさせなきゃいけない。
合流地点のこの場所に、目印になるよう突き立てた順ちゃんの手槍。 何かあったらヨシアキに守ってもらうから必要ないとの事らしい。
おアツイことで、結構なことです、お2人さん。
反対に向かう2人に手を振り、あたしはマコトさんと共に、いざ、出発。
波の音に誘われ、すぐ隣の頼れる存在に見守られ、濡れた髪をなびかせて、ひたすら進む砂の夜道。 考えてみたら、これって丸っきり肝試し
みたいじゃん。 海辺ってのが、かなりの救いだけど。
しばらくは波の音に耳を澄ませ、月光に照らされながら黙って歩き続ける美女2人。 そんな中、最初に声を発したのはマコトさん。
「あの2人、改めて見るとお似合いかもね」
「ですよね〜もう完全にラブモード入ってますしね」
あの2人を見てると、ほのぼのした気分になれるのはきっと、2人とも純粋に見えるから。 こんな場所にいるから余計にそう見えるのかも
しれないけど、少なくとも普段から学校で見てるそこらのカップル達とは全然違う。 なんかこう、とにかく応援したくなる2人。
「あの2人には、ここから帰っても一緒にいてほしいなぁ・・・・・・」
これは本音だ、あたしの。
「ヨシの記憶が戻っても、2人は仲良くいられそうだしね。」
いつになく、優しく見守るモードのマコトさん。 やっぱそう思うよね。
もし、ちゃんとこの島から出られたらどうなるんだろう?
やっぱみんなバラバラになっちゃうのかな。 そりゃそうだよね、もともと赤の他人だもん。 せめて、マコトさんとヨシアキが実は姉弟でしたって
事になればいいのにって思う。
最初に聞いた、健さんと順ちゃんの住んでる所は、あたしの家とは全然違う場所。 でも、3人は帰る場所があるし、その場所も分かってる。
例えここが日本じゃなく、海外だとしても時間をかければいつかは帰れる。
じゃあ、記憶が戻らないままの2人がこの島から出られたら、その後はどうなるの? 警察に保護されて身元調査とかされる? もし、それでも
分からなかったら? 実はこれがニュースとかで大きく取り上げられてて、それを見た家族が引き取りに来る? それでも身元が分からず、記憶も
ずっと戻らなかったら? 何処かの病院とかに入れられちゃう?
そんなのイヤだ。
みんな揃ってちゃんと自分の帰るべき場所に帰りたい。 タクヤって人も、あの女の子も、みんなちゃんと帰ってほしい。
これが何者かによる誘拐事件なのか、不可解な集団失踪事件なのか、昔聞いたことがある神隠しってやつなのか、一体何事か分かんないけど、
とにかくみんなで無事に帰りたい。
もう他人じゃないから。 知り合ってしまったから。 自分だけが助かればいいとか、そんな風には思えない。
「・・・・・ルちゃん?」
「!?」
「ハルちゃん?」
「あ、はいはい!」
「どうしたの? 考え事?」
「あ〜ちょっと・・・・・よくあるんです、ごめんなさい」
あたしってば、またボーっとしてたみたいだ。
「ううん、全然いいけど。 歩きながらは危ないわよ。」
それはごもっともです・・・・・・ってか歩いてることすら忘れてボーっとしてたあたしって意外に器用? それとも、ただの変人?
「砂浜じゃなかったら、確実にどっかにぶつかってました・・・・・・」
「あははは! ほんとね。 気を付けて、ここでも転んだらケガしちゃう。」
ドジっ子全開のあたしに対し、いつも優しいマコトさんはやっぱお姉ちゃんみたいな存在。
ここで出会えた人は健さんも含めてみんな、いい人揃いだと思う。 今までに会ったこともないような人ばかり。 いろんな意味で、あたしはスゴく
影響された気がする。
学校でも家でも、友達や家族に囲まれて人並みに幸せな生活を送ってたと思うけど、それに対してムカつく人も沢山いた。
教え方が下手で、喋り方も気に入らない化学と英語の教師。 授業がひたすらつまんない地理の教師。 授業中に寝てたらチョークを全力で頭に
ヒットさせてくる数学のハゲ教師 ←テレビの見過ぎ。 いつも自分の彼氏を自慢してくる隣のクラスのブリっ子女。 あたしが彼氏と別れたって
知った途端、毎日カラオケに誘ってくる同じクラスのウザ男。 あたしの買っといたお菓子を勝手に食べる弟。 ご飯の時、クチャクチャ音を立てる
お父さん。 それに、浮気した元カレ。
こんな性格上、敵も多いあたしだけど、単にムカつく奴なら他にも沢山いる。
でも、ここに来てそんな人達と会わなくて済む上に、新しく出会えた友達、仲間。 順ちゃんは年上だけど本当に1番の親友にだってなれそう。
マコトさんは連れて帰ってお姉ちゃんにしたいぐらい。 ヨシアキはいい男友達でいてくれそう。 健さんは怖いけど頼りになる、歳の離れた
お兄ちゃんでもアリかなって思える。
こんな場所に来て、そんなみんなに出会えて、自分が以前と少し変わった気がするのは気のせいだろうか。 でも考え方とか、少し変わった
気がする、いい方に。 あたしもちょっとは成長したのかもしれない。
「こんな場所にいること自体が悩みだけど、他に何か悩みがあったら言ってね、私で良かったら聞くから。」
またボーっとしかけてたあたしに更なる優しい言葉が。 お姉ちゃん万歳だ。
「・・・・・・はい、ありがとうございます。」
「あのさ、またずっと言おうと思ってたんだけど、敬語はやめてってば。」
「え・・・・・・だ、だって・・・・・憧れてる人だし。」
「・・・・・・はぁ!? 憧れって、私になんか憧れたらハルちゃんもっと気が強くなっちゃうじゃない。」
「ちょっ! マコトさん! 前言撤回しちゃいますってその発言!」
「ムフフ・・・・・それが狙いよ」
「・・・・・・」
そんな平和な会話の中で、マコトさんが辛さを紛らわそうと、ちょっと無理して明るく振舞ってるのがあたしには何となく分かった。 もちろん、
気付いても口には出さない。 今はただ、健さんを早く見つけて戻って来てもらうこと。 それがマコトさんの為にも、みんなの為にもなる。
だったら、自分も何か役に立たないといけない。
こんな風に思える自分を改めて見て、やっぱりちょっと以前と変わったんだなって確信できた。
2人を見守るようにざわめく波打ち際。 尚も変わらない砂と海だけの景色。 静かに優しく頬を撫でる浜風。 仄かな潮の香りに包まれた
浜辺を、少し控え目に照らし続ける月夜。
あたしの髪は、まだ乾かない。