10章 突然の別れ
こんな風になること、あるんだね。
あたしは、最初にヨシアキに会って、本当の事を聞かされて、不安や疑いの気持ちをいっぱい持ってた。 でも信じた。 そして、みんなに出会った。
でも、それはきっと1人だったから。 あたしが最初に1人ぼっちだったから。 他のみんなもそう。 きっと同じだったんだ。
人は、みんな不安に陥ると安心を求める。 そうやって集まったあたし達には、予想もしてなかった意外な罠。
あのタクヤって人も、一緒にいた女の子も、あたし達に出会うもっと前に、まずお互いが出会ったんだ。 それがあの2人にとっての安心だったんだ。
ただの推測だけど、あたしはそう思ってる。
島の探索に行く事になって、いざ出発してからまだ1日半。 初めての森で、意外な雨のあとの意外な出会い。 でも、その出会いは分かり合えないものだった。
「ここから立ち去れ、2度とここに踏み入るな。」 とまで言われてしまった苦い出会い。
2人の男女に見送られて、何も話を聞く事が出来ないまま、あの場を立ち去った。
いつの間にかすっかり晴れた空の下、健さんの後ろをただ黙々(もくもく)とついて来ていたあたし達に、思わぬ争いが起こることになった。
「あいつ、ムカついた。」
健さんのすぐ後ろにマコトさん。 更にその後ろを歩くヨシアキが、誰に向かってという訳でもなく愚痴ってる。
そのヨシアキの更に後ろを、一緒に並んで歩いてるのが順ちゃんとあたし。
「そんな風に言うのはやめなさい、あの子たちは干渉されたくないのよ。」
振り返りもせず、ヨシアキに対していつもより素っ気ないマコトさん。
マコトさんも気付いてるみたいだけど、実はあたしも順ちゃんにコッソリ聞いて分かってた。 タクヤって人が、敢えてあたし達を遠ざけたってこと。 態度や言葉遣いの悪さはきっと、たった1人であの女の子を守ろうとしてた意志の強さの表れだろうって。
それを聞いたあたしは、めっちゃ納得できた。
だって、2人っきりでずっと生活してたんだとしたら、突然現れた5人の人間に、警戒しない方がおかしい。 しかも、5人もいる中で最初に話した相手が、あの強面の健さんじゃ・・・・・・・・・・・・・・そりゃ弱みなんか見せられないし、強がるのも分かる。
「・・・・・・・・・・ねぇ順ちゃん、それヨシアキや健さんにもちゃんと教えてあげない?」
そっと順ちゃんに耳打ちしてみた。
「そうだね・・・・・・・・・・・・でも・・・・・・・・」
言いかけてチラッと健さんの方を見た順ちゃん。 そっか、健さんに言うのはちょっと怖いよね。 だから、あたしにまずコッソリ教えてくれたわけだし。
「よし・・・・・・・・・・じゃあ、あたしに任せて・・・・・・・・・・」
とは言ったものの、この空気の中で発言するのはさすがにちょっと・・・・・・・・・・・・
そういえば、健さんはあれ以来、全く喋らない。 次に行くのがこっちの方向でいいのかも指示してくれないままだ。 だから、みんなでとりあえず後ろをついて行ってる。 やっぱ、さっきの相手の態度にムカついてんのかな(汗)
よし・・・・・・・・ここはまず、マコトさんを後ろに呼んで、話してもらうように頼んでみるか・・・・・・・・・・・・・・・
そう考えて、あたしが行動に出ようとした、その時だった。
「あの2人、似てただろう。」
おおっと! ようやく口を開いた健さん。 って、このタイミング!? そうですか。 あぁ出遅れた・・・・・・・・・・・・・
「あ、そういえば似てたわよね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうだっけ?」
健さんの質問に同意するマコトさん、それに対し、全く気付いちゃいなかった様子のヨシアキ。
そう、思い出したけどあの2人は似てた。 日焼けして顔が黒かったし、男女で髪型も違うから分かりにくかったけど、よく見ると
顔の造りがそっくりだった。
「あたしはそっくりでビックリしました。 順ちゃんは?」
「うん、兄妹かなって思った。」
健さんがそこで反応した。 順ちゃんの言ったその言葉が、まさに健さんの言いたかった事らしい。
「そう、兄妹。 もしかしたら双子の可能性もある。 どっちにしろ、あの2人が他人じゃない事は間違いない。 問題は、それをあの2人がお互いに知ってるかどうかだが・・・・・・・・・・・・」
健さんがこんな風に話し出すと、いつもみんな黙って、興味深く聞き入ってしまう。
「何とかこれだけ聞き出せたが、オレが自己紹介するとあいつはタクヤと名乗った。 まずそれを聞いてピンときた。 マコトとヨシと同じように、記憶が無いのだろうと。 相手がフルネームで名乗ってるのに、あえて下の名前だけで名乗る奴なんか、いるとしたら他にホストぐらいだ。」
「じゃあ、あの子ホストだったのかも。 わりと綺麗な顔してたし。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんな子供のホストがいてたまるか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、そうよね」
マコトさんのナイスなツッコミで、久しぶりにちょっとだけ場が和んだ。
「もう1人の少女。 あの子に記憶があるなら兄妹と認識して一緒にいるだろうが、どっちも記憶が無いなら、他人として一緒にいるかもしれん。 だが、問題はそこじゃない。 あの2人が兄妹なら、同じ家族の2人が一緒に来たってことだ。 これは大きな手がかりになるんじゃないか?」
「おお、ほんとだ! それって何かありそう!」
激しく同意してるヨシアキと同じく、あたし達もそれには興味を引かれた。
「・・・・・・・・・続けるが、家族2人がここに来てるなら、他にも家族がいるかもしれん。 それに、オレ達もその家族に何か関わりがあってここに来てしまったのかもしれん。 とにかく、兄妹なら同じ家に住んでた可能性は限りなく高い。 ここに来る直前の出来事や行動で、共通の事が何かあったかもしれない。」
こうゆう話になると、誰よりも1番よく喋るんだよね、健さんって。
この喋りで雑談にも加わってくれたら、愚痴とかも聞けるし、イライラさせないんだけどなぁ。 ま、こんな低いテンションで加わられても、ちっとも盛り上がらないんだけどね(汗)
「でもさ、もし2人とも記憶が無かったら意味ないよ。」
「あるかもしれない、何か知ってるかもしれない。」
ヨシアキの意見をすぐに掻き消した健さんは更に続けた。
「それと、記憶があるオレら3人に共通点は無い。 記憶が無いマコトとヨシにも共通点は無かったが、あの2人がもし両方記憶が無ければ、兄妹という共通点がある。 となると、お前らも実は姉弟だったとかじゃないのか? よく思い出してみろ。」
健さんがちょっと強引な要求を突き付けた相手は、マコトさんとヨシアキ。 しっかし、いろいろ思い付くよな、健さんって・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・それはあり得ないわ、健さん。」
「思い出せないし、オレもあり得ないと思う。」
否定する2人に対し、あたしは充分にあり得ると思った。 いつもは仲悪いけど、いざとなったら助け合う、みたいなのは姉弟によくあるもん。
「あたしから見るとけっこうアリです、2人が姉弟って説。」
久々(ひさびさ)の発言。 だって言われてみると、この2人はかなりそれっぽい。
「え〜! こいつが私の弟なわけないわ、ハルちゃん。」
「いや、こっちこそごめんだよ、こんな姉ちゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
―――――――ただいま2人が罵り合っております、どうかご了承ください―――――――
「そういえば、弟がいたんだったな。」
思い出したように、健さんはあたしに聞いてきた。
「はい、生意気な弟でいつもケンカばっかしてます。 だからこうやって見てると、2人もそんな風に見えたりして・・・・・・・・・・・」
『ちょ、ちょっと!』
「ふむ、考えてみたら2人は雰囲気も似てるな。 こんな感じでいつもケンカばかりしてやがる。」
『に、似てないって〜!』
「はい。 でもいざとなると、仲が良いって言うか、いろいろ助け合ったり。」
『助け合ってない! 全然! これっぽっちも!』
「ますますそれっぽいな。」
『っぽくないって健さん!』
「っぽいですね。」
『っぽくないわよハルちゃん!』
「よし、とりあえずこいつら1発殴って、思い出させてみるか・・・・・・・・・・・・」
『え・・・・・・・・・・・!!!』 『ちょ・・・・・・・・・・・・・・!!!』
「おい、そこのお前ら。 そろそろ静かにせんと本当に殴るぞ。」
まだ罵り合ってた2人は健さんの脅しで大人しくなった。 コントみたいだったけど、初めて健さんと2人だけでまともに会話したよ、あたし。
脅されてシュンとなってる2人を見て、クスクス笑ってる順ちゃん。 この島に来てまだ数日だけど、このメンバーのこんなやり取りをもう何回も見てる。 でも、こうゆう雰囲気もめっちゃ久しぶりな気がする。 2人には悪いけど、見てる方は楽しいからずっとこんなだったらいいのに。
でも、こんな光景を見るのもこれが最後になるなんて、この時のあたしはまだ知らない。
「ともかく、あの2人にもう1度会って、色々と確かめる必要がありそうだ。」
ちょっと聞き捨てならないセリフが健さんから出てきた。
「え、でもあの子に警告されちゃったし、今回は諦めた方がいいんじゃ・・・・・・・・・・」
立ち直ったマコトさんもこれは聞き捨てならないと、即座に反論してくれた。
「警告? そんなもん関係あるか。」
全くお構いなしって感じの健さん、これって、なんとなくイヤな予感がするのはあたしだけでしょうか・・・・・・・・・・・・
「やっとまた見つけた、貴重な 『人』 だぞ? オレ達に合流する気がないとしても、協力してもらうのは当然だろう。」
こんな場所だから、健さんの言う事もよく分かるけど、さすがにこの意見には賛成できない。 きっと他のみんなもそうだと思う。
「でもさ、あの感じじゃ協力してもらうとか無理だし、もう何も教えてくれないって絶対。 好きにさせとけばいいじゃん。」
まだ怒ってるヨシアキ。 やっぱ、まだあの人が気に入らないって感じなんだね。 でも、彼にもちゃんと理由があってあんな態度を
とったんだって事、説明しないとマズいかも・・・・・・・・・・・・
「貴重な手掛かりかもしれんのに、素通りする気か? それじゃあ探索に来た意味がないだろうが。 この先に進む前に、戻ってあの2人に話を聞きに行くのは必須。 全員で戻るぞ。」
これは本当にマズい・・・・・・・・・・・・健さんがもう完全に次の行動を決定してる。 何とか説得しないと。
「あの、健さん、とヨシアキも聞いてほしいんだけど・・・・・・・・・・・」
あたしは思う事を全部話した。 突然、大人数で現れた人間をいきなり信用するのは無理だって事。 タクヤって人が、あの女の子を守る為に、不審者を遠ざけようとしただけなんじゃないかって事。 あの態度の悪さは、弱みを見せて自分達、もしくは女の子に危険が及ぶのを恐れたんじゃないかって事。 そっとしておいてあげた方がいいんじゃないかって事。 とにかく思う限り話した。 熱意も込めて。
マコトさんは言い終わったあたしに向かってニコっと微笑んでくれた。 「ナイス、ハルちゃん。」 とでも伝えたかったのかな。
ヨシアキは納得してくれた。 凄く気持ちは分かるって。 自分がその立場なら同じようにするかもしれないって、言ってくれた。 たぶん、あの女の子と順ちゃんとを重ねて想像したのかもしれない。
でも、健さんは違った。
「それなら、不審者とかいう誤解を解けばいいだろう。 それに、同じ境遇の人間なら、ここから帰りたいと思わない筈がない。
すぐに協力する気になるさ。」
健さんの言う事はいつも正論なだけに、困る。 でも、今回ばっかりは優しさが無い。 それに、そう簡単に誤解が解けるとは思えない。
って言うか・・・・・・・・・・・・みんな挨拶も出来ないまま、1番怪しい風貌のあなたが1人で色々と聞くからでしょうに!!
って言いたかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・けど、無理。 さすがのあたしも、健さんには怒鳴れない。 だって怖いもん。
「とにかく戻るぞ。 あいつら島に来てから長そうだ。 あの周辺の何処かに住んでるのは間違いない。」
あうううううううううううううううううう・・・・・・・・・・・・・・・・どうしよう・・・・・・・・・・・・・・・・・・止められない(超涙)
「健さん、私も反対よ。 ハルちゃんと同じ理由。」
うああああああ! マコトさん! 感謝します! どうか止めてください健さんを!!
「オレも反対。 健さん、そりゃちょっと無神経だよ。」
ヨシアキいいいいいいいいいいいいいいいい!! ありがとう! ありがとう!! Thank You!! Nice Guy!!
「・・・・・・・・・・・・私も、そっとしておいてあげる方がいいと思います。」
順ちゃあああああああああああああああああああん!!! ありがと! ありがとね! My Sweet Angel!!
本当に良かった。 3人とも味方だ。 これで健さんも考え直してくれるはず。 なんたって4人が反対してるんだもん。
「お前ら本気か? ここから帰りたくないのか?」
健さんのその質問には誰も答えない。
帰りたくない訳ないじゃん。 みんな帰りたいし、2人の記憶も戻ればいいと思ってる。 だからみんな健さんについて来た。 でも、みんなの言ってるのはそうゆう事じゃない。 健さんには伝わらないのかな・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・そうか、分かった。」
そう言ってしばらく黙り込んだ健さん。 分かってくれたのかもしれない! みんなもそう期待してたと思う。 でも、そうじゃなかったらしい。
「オレは戻ってあいつらに会いに行く。 早く帰りたいんでな。 来たくない奴は好きにしろ、1人でもオレは行く。」
!!!
先頭にいた健さんは、呆然と立ち尽くすあたし達の前を素通りして、来た道を引き返すため歩き出した。
信じられない。 健さんからとんでもない言葉が出てしまった。 1人で行くとか。 どうすればいいのか分からない。
本当に1人でも行く気みたいだ。 なんでそこまで・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、健さんの気持ちも分かってる。
でも・・・・・・・・・・・・・・でも・・・・・・・・・・・・・・・・
「健さん! いい加減にしなよ!」
激しい怒号を上げたヨシアキが、まだすぐそこを歩いてる健さんの所まで駆け出すと、その腕を掴み、全力で引き止めようとした。
「離せ、ヨシ」
「離さない」
「聞こえないか? 離せと言ってる。」
「考え直してくれるなら離すよ。」
「しつこいぞ、お前。」
「そっちが頑固なだけじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・・力ずくでも振り払うぞ。」
「健さん!! いつもみたいに冷静になってよ! 優しくなってよ! 今日の健さん変だよ! そんなに焦らなくても・・・・・・・・・・・・!」
「お前に何が分かる!!!」
ヨシアキの叫びを遥かに上回る健さんの叫び。 その余りの気迫に、離れた場所にいるあたし達3人も全身が震え上がった。 それを目の前で聞いたヨシアキなんか、どれだけ怖かっただろう。
「オレがここに来て3ヶ月! どれだけ帰りたかったか分かるか! うるさいお前らでも役に立つから我慢してれば、肝心な時にこれか! お前らガキのママゴトに付き合わされて、いい加減うんざりだ!」
信じられない。 信じたくない。 誰もが間違いなくそう思ってる。
これが、あの健さんの言葉? これが健さんの本音??
あたしのイヤな予感、当たっちゃったんだ・・・・・・・・・・・・・・・
「どけ!!」
「わっ・・・・・・・・・・・!」
ドサ
掴んでた腕を全力で振り払われたヨシアキは、その余りの勢いに突き飛ばされ、雨でまだ濡れてる地面に思いっきり尻餅をついてしまった。
「っ痛・・・・・・・・・」
「ヨシ君!!」 「ヨシ!」 「ヨシアキ!」
座り込むヨシアキの元に、真っ先に駆け寄ったのは順ちゃん。 あたしとマコトさんも迷わず駆け寄る。
「誰かついて来るなら今のうちだ、来る気が無いなら消えろ。」
そこに、いつもの健さんはもういない。
ヨシアキを囲んでしゃがみ込む3人を見下ろす健さんの表情は、もはやあたし達を蔑むような冷たいものでしかなかった。
恐怖感はみんなあったと思う。 でもそれ以上に、健さんに対して芽生えた強い敵意から、鋭い視線を送り返したのはあたしと順ちゃん。
マコトさんは俯いたままだ。
「ふん・・・・・・・・・・・・・そうか。 勝手にしろ、だがオレの邪魔だけはするな。 地図もオレの物だ、渡さん。」
最後まで冷たい言葉を吐き捨てた健さんは、あたし達に背を向けると、別れの言葉も告げずに立ち去って行った。
誰もが、その姿を黙って見送るしかなかった。
健さんが行ってしまった。
もう戻って来ないかもしれない。 このままじゃ2度と会えないかもしれない。 でも、ここで追いかけて健さんを止めるのは
もう無理だって、誰もが痛感してた。
5人の中では、間違いなく1番年上で、頼りになる人。 リーダー的な存在。 外見も喋り方も怖いけど、どこかいつも優しくて、少なくともあたしにとっては、ここでのお父さんみたいな存在だった。 最初は好きになれなかったけど、みんなに信頼されてる健さんを見てる内に、少しづつ好きになってた。
そんな健さんにあたし達は見捨てられてしまった。
あたし達が悪かったの? 間違ってたの?
「ヨシ君、大丈夫?」
順ちゃんがヨシアキの背中を支えて引き寄せると、小さく 「うん、ありがと」 と言ったヨシアキ。 しばらく空を見つめたまま、黙り込んでしまった。
しばらく誰もその場から動けなかった。 いや、動く気力が湧かなかった、って言った方が正しいのかもしれない。
ヨシアキに寄り添ったまま、その横顔を見つめて何も言わない順ちゃん。
その隣に、力なげに座り込んで、俯いたままのマコトさん。
そんな3人を見ながら、もう溜息しか出てこないあたし。
「・・・・・・・・・みんな・・・・・・・・・・・・・・・めん」
沈黙が続く中に、驚くほど 「か細い」 その声は、音として響いたんじゃない。 きっと、心に大きく響いてきたんだ。
「・・・・・・・・・・・・マコトさん?」
その言葉の意味を知りたくて、真っ先に聞き直したのは他の誰でもない、あたしだった。
「・・・・・・・・・ごめん・・・・・・・・・・・・・ご・・・・・・・・・・・めんね」
泣いてる。 マコトさんが泣いてる。
「ヒッ、ク・・・・・・・・・・・・・ごめん・・・・・・・・・・ごめん、ごめん、ごめんね、ごめんなさい!!」
その只ならぬ雰囲気に、もう誰も言葉を返せなくなっていた。 涙を呑んだマコトさんは、もっと何か言いたそうだった。
「私のせいなの。 1番長く一緒にいたのに、1番理解してたつもりなのに、止められなかった。 私がもっとちゃんと、不満とか不安とか全部聞いてあげるべきだった。 普段からもっと、ちゃんと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私が健さんをあんな風にした。 私が全部悪いの!!」
両手で抱え込んだ頭を地面にへばり付けたマコトさんは、その場で丸くなったまま、小声で何度も何度も呟いてる。
「ごめん」 「ごめん」 「ごめん」 「ごめん」 って何度も何度も何度も。
痛いほど伝わってきた。 自分を責めたくなるマコトさんの気持ち。
「泣かないで、マコトさん・・・・・・・・・・・・・・・マコトさんのせいじゃないよ」
もっと他に言葉が見つからない自分に、無性に腹が立った。 地面に頭を擦りつけて 「ごめん」 って言い続けてるマコトさんに、寄り添ったあたしは、その肩に手をかけ、顔を上げてもらおうと優しく力を入れた。
「マコトさんは何も悪くない。 自分を責めちゃダメです。」
順ちゃんも横に来て、あたしを手伝ってくれてる。 呆然とその様子を見てるヨシアキは何も言わない。 座り込んだまま、身動き一つしない。
そんなヨシアキに少し腹が立ったあたしは 「何か言ってあげてよ」 ってメッセージを込めた目でサインを送った。 それを見てた筈のヨシアキは、何故か溜め息を1つ漏らした。
「バカだなマコトさんは。」
!?
信じらんない。
今 「バカ」 って言った? こいつバカって言った? マコトさんに向かって、バカって言った!?
「ちょっとヨシアキ!!! ふざけんじゃないわよ!!」
もう感情のままにヨシアキを怒鳴りつけた。 こいつ最っ低だ。
順ちゃんはヨシアキのこと黙ってジッと見てる。 順ちゃんからも何か言ってやってよ!! って感じ。
「本当にバカだよ。」
んっもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! なんなのこいつ!!! マジで最悪!! 許せない!!
殺してやりたいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!
「あのさ、マコトさんが聞いたからって、あの健さんが不満とか言う? 愚痴とか言う? ましてや、不安とか言う?
言わないよ絶対。 あの頑固で強がりな健さんが言うわけない。」
いつもの調子。 いつもと全く変わらない口調でヨシアキは更に続けた。
「もし、誰かに責任があるとしたら、ここにいる全員だ。 仲間でしょみんな。 過ごした時間の長さなんて関係ない。」
ヨシアキの真意が分かった、かもしれない。 順ちゃんは、もっと早く分かってたのかもしれない。 あたしは、黙って聞くことにした。
「今、ここで泣いたりしても健さんは戻って来ない。 それなら、自分を責める前に、全員で連れ戻しに行こうよ。
その指示を出せるのは、やっぱ副隊長のマコトさん。 だけでしょ〜!」
ほんとにいつもの調子。 こんな状況なのに、いつもと変わらないテンションのヨシアキ。
ああああああぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・怒鳴った自分が恥ずかしい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あたしですら、胸を打たれたヨシアキの言葉。 当然、マコトさんの心にも確実に届いてた。
「・・・・・・・・・・・・・ヨ・・・・・・・・・シ」
体を丸めたまま、首だけヨシアキの方に向けたマコトさんの顔は、見たこともない表情だった。
「ん? なに〜? 立ち直った?」
「ヨシ・・・・・・・・・・・・・・・」
「らしくないなぁ。 オレより気が強いくせにさ。」
「・・・・・・・・・・・ヨシ」
マコトさんはまた俯いてしまった。
あたしは自分が、ここで何か口を挿むような無神経なヤツじゃなくて、ほんとに良かったと心から思う。
「なんだよ〜また地面とお見合い? そんなダンゴムシみたいな格好いつまでしてんだよ〜」
ここにきてようやく立ち上がったヨシアキが、マコトさんの正面に回り込むと、俯くその顔を覗き込んだ。
「あ・・・・・・・・・・・・・」
何かに気付いたヨシアキは、急によそよそしくなった。 どうしたんだろう。
「・・・・・・・・・あ・・・・・・いがど・・・・・・・・・・・・」
「!!」
何かを言いながら顔を上げるマコトさん。 それを見たヨシアキは驚いて飛び跳ねた。
あたしにも順ちゃんにも見えた。
涙。
マコトさんの顔は涙でボロボロになっていた。
その泣いてる理由が、あたしと順ちゃんにはちゃーんと分かってた。 でも、鈍感なこの男はすっかり勘違いしちゃってるようで・・・・・・・・・・
「ど、どうしよう・・・・・・・・・・・・・・オレ言い方マズかったかな・・・・・・・・・・・・・・?」
とんでもなく動揺してるヨシアキは、あたしと順ちゃんの方を見て助けを求めてきた。
それを見て、あたし達2人が出したアドバイス。
「ちゃんと聞きなさい」
マコトさんが何を言いたかったのかなんて、あたし達にはとっくに分かってる。
「な、何!? どうゆうこと?」
それ以上、何も教えてもらえないヨシアキは、またマコトさんの方を見た。
「ヨシ・・・・・・・・・・・・・」
「あ、はい!」
さっきよりは聞き取れるマコトさんの声に、ヨシアキは必死に耳を傾けた。
「・・・・・・・・・・・・・・ありがとう」
はっきりと聞いた。 ヨシアキはやっと理解した。 その涙の訳を。
でも、また動揺し始めてしまった。 どうしたらいいのか分かんないみたい。
またこっちを見てきた。
やれやれ、しょうがない人だな。
「ヨシアキ、そうゆう時は優しく抱きしめて 『よしよし』 ってしてあげるもんだよ。 ね、順ちゃん。」
「うん、ほら早く、ヨシ君。 私、女の人を泣かせたまま放っておく様な人を、好きになった覚えないよ。」
あれま。 ちょっと順ちゃん。 どさくさにまぎれて好きとか言っちゃったよ。
あたし達の助言を聞いたヨシアキは、黙って決心した様子。 ゆっくり腰を下ろすと、また俯いてしまってるマコトさんの体に、そっと手を回した。
その瞬間、マコトさんは自然にその手に身を委ねた。
ヨシアキの胸に顔を埋めたマコトさんは、安心したのか、少し泣き止んだ。
胸元にある頭に、右手を運んだヨシアキは、そのキレイな髪を優しく撫でながら、
「よしよし・・・・・・・・・・」
と、囁いた。
マコトさんはその胸の中で、声を上げて泣き始めた。
背中に回した左手に力が入る。 右手はひたすら撫で続ける。 ヨシアキに恥じらいは無かった。
あたしも、順ちゃんも、いつの間にか背を向けてた。 後ろにある微笑ましい光景を背中で感じながら、2人で顔を見合わせニッコリ笑い合った。
内心、健さんの単独行動のことは気掛かりだったけど、今はこのあったかい雰囲気に、ただ浸っていたかった。
これから先、きっとまた辛いことが起こる。
でも、みんながいる。
みんながいるから乗り越えられる。
不安と希望が等しく、胸の中を支配してくる。
でもそれ以外に、自分でも分からない感情が胸の中の何処かに芽生え始めてるのを、あたしは感じずにはいられなかった。