9章 雨上がり、出会い、そして
あたし達5人が、住処にしていた小屋を出てから、既に 『丸1日と3分の1』 は経っているらしい。
『3分の1』 っていうのは、健さんの感覚から、およその時間を割り出しただけの、かなり大雑把な数字。
分かりやすく言うと、現在は 『出発から2日目のお昼過ぎ』
現在はもう、5人の中の誰もがまだ、1度も踏み込んだ事のない領域に、ようやく足を踏み入れたところ。
つまり、健さんのTシャツマップにもまだ、一切何も書き込まれていない場所。
思い起こせば、ここに辿り着くまでのその辛く長い道のり―――――
最初に、昨日の早朝に出発して、いきなりの健さんの心遣いで、約2〜3時間後には海岸に出た。 少しの休憩を挿んで、そこから海岸沿いに歩いた、とにかく歩いた、めっちゃ歩いた、ひたすら歩いた、それこそ足が棒になるくらいに。
まず、それがほんとに長くて、海が大好きなあたしと順ちゃんも、さすがに海を見飽きてしまったくらい・・・・・・・・・・
海岸沿いをどこまで歩いても同じ景色、そんなのが約4〜5時間も続いて、やっとそこで休憩を挿んで、また更に進んで、ようやく海岸が途切れたら、次は島の外周沿いの森の中を突き進む。
そう長くもない森が終わって、次の海岸が見えてくると、また海岸沿いをひたすら進んで・・・・・・・・・・
そんな、女の子には超ハードな道のりを経て、やっとの想いで健さんの言う 『反対側の海岸』 に着いたのが、なんと今日の朝!! って言っても、島の外周を半周するのに丸1日もかかった訳じゃなく・・・・・・・・・・
正確に言うと、昨日の陽が暮れてから今朝の陽が昇るまでは、危険が多いって事で浜辺で野宿することになり、全く行動はしてない。 もちろん、食事と睡眠はちゃんと取った。
そして今朝は 「とにかく早く出るぞ」 って健さんの指示で、まだ薄明るい内に出発。 それで、午前中のまだ早い時間に、目的の 『反対側の海岸』 に到着した。
その今朝に関してだけど、早朝から空全体が完全に雲に覆われるくらいの曇天だった。 風も強くて、海岸沿いを進む時に、波打ち際を歩くのが怖くなるくらい、かなり波が激しく荒れていた。
あたしにとっては、この島に来て初めての 『穏やかじゃない日』
みんなに聞くと、この島では 『曇り』 はわりと珍しい事らしい。 『雨』 に関してはかなり珍しい事らしい。
何はともあれ、強風の中、 『反対側の海岸』 の地点から、ようやく内陸部に入って、健さんの指示に従って森を進んでいたあたし達に、まさかの悲劇が起こってしまった。
あの空模様じゃ仕方なかったのかもしれないけど、大粒の雨が降り出してきてしまった。 ここにきて初めての雨に、あたしはちょっと新鮮な気持ちになったけど、森を歩いてた5人にとってはやっぱり悲劇。
急いで全員で雨を防げる場所を探したけど、周りは延々(えんえん)と続く森。 結局、選んだのは比較的大きな木の木陰。
5人でその幹の周りに位置取り、とりあえずその雨が止むまで待つことにした。
一見すると、通り雨のような降り方の雨だったけど、なかなか止まないその雨は結局、数時間も降り続いた。 みんないい休憩になったと思えたけど、健さんだけは違ったみたいだった。 予想外な長時間の足止めに、少し苛立っていたのを他のみんなも気付いてた。
そもそも、健さんは他の誰よりも 『焦ってる』 ように、あたしは感じてた。
それは当然と言えば当然かもしれない。
健さんは5人の中で、1番ここで長く暮らしてる人。 もう3ヶ月ぐらいだって聞いた。
しかも、ここに来る前の記憶がちゃんとある人。 1人暮らしって言ってたけど、仕事もあるって言うんだから、早く帰りたいって誰よりも強く思ってるのは当然だと思う。 同じように記憶のある、順ちゃんやあたしに至っては、まだ数日しかここで暮らしてないんだから、その気持ちの強さはきっと比べ物にならないくらい強いのかもしれない。
マコトさんですら、怖くて聞いたことないって言ってたけど、もしかしたら健さんには恋人だっているのかもしれない。 だとしたら、本当に早く帰りたいって気持ちは強いと思う。
そんな風に考えてみると、他の4人がいたから本格的な探索に来れたっていう反面、体力的に足手纏いなあたし達のせいで、必要のない休憩をこれまで何度もしてきたのは、健さんにとって全て苛立ちの元だったんじゃないだろうか。
順ちゃんと競争した、あの海岸で見た健さんの一瞬の表情、あれも気のせいじゃなくて、もしかしたらあれが最初の・・・・・・・・・・・
あまり考えたくなかった、そんなこと。
全員で木陰に入ってやり過ごしていたその雨は、数時間も降り続いた後に、衝撃的な終わりを告げてくれた。
なななんと・・・・・・・・・・驚くことに突然、雨がピタリと止んだ。
あれには本当にビックリした。 順ちゃんもヨシアキも目を丸くしてた。
でも、健さんとマコトさんがその瞬間に同じ反応をしたのをよく覚えてる。
「またか」 「まただわ」
また? 前にもあったの?
聞いてみると、2人がヨシアキに会う更に以前、今からおよそ1ヶ月程前にも同じような空模様から降って来た雨が、突然ピタリと止んだ事があったらしい。
信じられない光景を目の当たりにしながらも、先を急ぎたい健さんの気持ちを汲んで、あたし達はすぐに出発することにした。
歩き出してから気付いた事は、風もいつの間にか静かになっていたこと。 そして、空を一面に覆っていた雲がどんどん疎らになっていたこと。 その切れ間から射す陽の光が、雨上がりの森を次々(つぎつぎ)と照らし出す光景が本当に神秘的だったこと。
そんな奇妙で貴重な体験をしながらも、歩みを止めるわけにはいかないあたし達は、未開の地をひたすら進む。
健さん達からすれば、やっと探索のスタート地点を超えた所なんだろうけど、やっぱ慣れないせいか、体力不足なのか、2日目のお昼過ぎで、もう肉体的にも精神的にも既に疲れ切っていたのが、新米の女子2名。
ここまでの辛く長い道のりを思い出すだけで、あたしも順ちゃんも 「げんなり」 してしまう。
そして現在―――――
「しっかし、あの雨にはビビったな〜いきなり止むんだもん。」
出発してから今までずっと、下がる事なく一定以上のテンションを保っているのはこのヨシアキだけかもしれない。 疲れを知らないっていうか、外見からは想像もできないようなその体力に、まず感心させられた。
「かなり濡れちゃったわねぇ」
ヨシアキの言葉に反応してか、しないでか、濡れた服の裾を手でパタパタ扇いで乾かしてるマコトさん。
「仕方ないって、あのデカい木以外で雨宿りできる場所なんか無かったし。」
少なくともヨシアキは、マコトさんと会話してるつもりらしいけど、それに対し、マコトさんはどう見ても会話してるつもりはないようで・・・・・・・・・・・しばらく待っても何も言わない(汗)
「で、でもさ、雨のおかげで水筒また一杯にできたね。」
なんであたしが、こんなよく分かんないフォローしないといけないんだよ・・・・・・・・・
「雨水って、汚いよね? 飲んでも平気なのかな。」
っと、そこに順ちゃんが何も考えずにか、普通に話に乗ってきた。
なんていうか、ここまで5人でずっと一緒に旅してきて、表面上は普通にうまくやってるように見えるんだけど、空気に敏感なあたしからすれば、何となく 「不自然」 言い方を変えると 「ぎこちない」 もっと言えば 「前より楽しくなくなった」
こんな何気ない会話でも、噛み合ってないというか・・・・・・・・・・気まずい場面が多くなるのは何故?
健さんは―――――
相変わらず雑談には加わってこないけど、指示とかは毎回きちんと出してくれてる。 でも、やっぱりどうも何かにイラついてる事は何度かあったように思う。 しかも、そうゆう不満とかを全然言わない人だからまた余計に怖い。
マコトさんは―――――
あたしや順ちゃんには普通なんだけど、健さんやヨシアキに対しては態度が不自然な気がする。
健さんに対しては、やっぱ前に思った通り、自分の恥ずかしい所を見られてばっかで気まずくなったのと、健さんの苛立ちには毎回すぐに気付きそうな人だから、それを抑えてあげられない 「もどかしさ」 みたいなのがあるのかもしれない。
ヨシアキに対してのマコトさんの態度は1番分かりやすい。 順ちゃんとのラブラブ騒動を見て以来なのか、ヨシアキの言動に対しての反応が、それまでよりも無くなった。 会話の量もかなり減ったと思う。 やっぱ単純にムカついてんのかな。
ヨシアキは―――――
この雰囲気に気付いてるのか、気付いてないのか分かんないけど、基本的に全員に対しての態度は変わらない。 唯一、違う所があるとしたら、順ちゃんとはもっと親しくなってるみたい。 昨夜、浜辺で一泊した時も、遅くに2人で波打ち際を歩いて何やらいいムードだった。
順ちゃんは―――――
ヨシアキとの事を深く聞いたりしてないけど、親密になってるのは間違いない。 それ以外では、これまでと特に何も変わらない。 あたしとはいつでも普通に話してくれるし。
こうゆう状況になってからやっと分かった。 元々(もともと)、家族でも友達でも知り合いでもない、世代も違う5人の男女が、見知らぬ場所でずっと仲良くやっていくのはそんなに簡単じゃない事なんだなって。
この探索で、何か帰る為の手掛かりとか見つけられれば、変わるかもしれない。 だって、みんな同じ境遇の仲間でしょ・・・・・・・・・?
「おい」
1番前を歩いてた健さんが、突然みんなの方を振り返って立ち止まった。
「え?」
そのすぐ後ろを歩いてたのがマコトさん。 振り向いた顔を前方に戻す健さんの目線の先を見て、何があったのかすぐに気付いた。
マコトさんが 「それ」 に気付いてから数秒後、ようやく後ろにいたあたし達3人も何があったのか理解した。
!!!
「・・・・・・・・・人・・・・・・・がいる・・・・・・・・・・・!!」
真っ先に言葉を発したマコトさんが、決して間違った事を言ってないのは誰もが分かってる。
「こっちに来るぞ、他にも人がいたようだな。」
驚きのあまり絶句してしまってるヨシアキや順ちゃんやあたしに対して、健さんがいつも通り冷静にそう言えるのが信じられなかった。
間違いない、前から人が歩いて来る。
1人かと思ったけど、よく見たら後ろに重なってもう1人いる。
健さんはゆっくりとこっちに近付いて来る2人の人間に対して、迷わず1人で近付いて行った。
残されたあたし達は、お互いに顔を見合わせると、視線だけで会話し、最後にマコトさんが1度だけ、深く首を縦に振ったことで、あたし達4人もその後に続いた。
目の前にまで迫った所で立ち止まった両者は、警戒の為なのか、しばらくどっちも無言だった。 その短い無言の間で、お互いに相手の風貌を興味深く見てた。
当然あたしも、目の前に立ってるその2人の事を、興味深く見てた1人。
まず1人は男・・・・・・・・・って言ってもまだ若い。 その手にはあたし達が作ったのと同じような手作りの槍を持ってる。 ヨシアキよりまだ若く見えるその顔は、どう見てもヨシアキよりイケメンだけど、かなり日焼けしてて黒い。 着てる服は上下ともに何箇所も破れてて、健さんの服並みに汚れてる。
その男の子の後ろに、隠れるようにしながらこっちを見てるのは女の子。 小柄で、顔だけ見てる感じだと、あたしより年下に見えて、しかもめっちゃ可愛い。 男の子程じゃないけど、この子もかなり顔が日焼けしてる。 服は結構汚れてるけど、破れたりはしてない。
だけど、そんなことより何より、あたしが1番ビックリしたこと。
顔が似てる。
他のみんなも絶対に気付いてると思う。 だって、まるで双子みたいにそっくりなんだもん。 いや、どう見ても双子。 ただ、歳は少し離れてるように見えるから・・・・・・・・・・・だとすれば、普通に兄妹にしか見えない。
パッと見た感じだと、この人達もあたし達と同じなのかな。
新しい仲間が増えるかも知れない、この時はまだ単純にそう考えてた。
タクヤもレイカも、目の前の光景が未だに信じられない。
他にも人がいたという事。 そして、自分たちがずっと生活していたこの近くを、普通に人が歩いていたという事。
聞こえた声から女もいると分かっていたものの、最初に間近で見た男の風貌から、警戒心が最大限にまで達していたタクヤは、自分の好奇心だけで自ら姿を現した事を少しだけ後悔し始めていた。 もしも相手が何かしてきたら、後ろに隠れているレイカにも少なからず危険が及んでしまうからだ。
タクヤは目の前にいる5人の男女を、素早く順々(じゅんじゅん)に見ていった。
まず正面に立っている男。 大柄で険しい顔つきに加えて無精髭。 どう見ても関わりたくはない。 もし、見つけたのがこの男1人だったら絶対に話しかける気にはならなかっただろう。
その少し斜め後ろに立つ、背の高く髪の長い女性。 一目見て容姿端麗とはこういう人の事を言うのかもしれないと納得してしまう。
女性の横に並んでこちらをジッと見ている少女。 レイカよりは少し大人っぽいが、どこか少し、レイカと雰囲気が似ている様な印象を受けていた。
正面の男と並ぶように立っているもう1人の男。 髭の男に比べたら、若い普通の男だが、男というだけでどうも怪しく見えてしまう。
その若い男の後ろから少しだけ顔を覗かせているもう1人の少女。 さっきの少女よりは大人っぽく見えるが、女性というよりは、やはりまだ少女。
レイカが自分にしがみついて隠れているのと同じように、若い男の後ろに隠れている。
5人に共通しているのは、自分が作ったような木製の槍を全員が手に持っていること。 そして、同じような荷物を持っている。
また正面の髭の男に目を戻すと、こちらをジッと窺っている。
とにかく姿を見せてしまったからには、何か危険を感じた時に、すぐレイカを引っ張って逃げる準備がタクヤにはもう出来ていた。
「君らは、ここに住んでるのか?」
短くも長い沈黙を破って、最初に発言した健一の言葉遣いは、若干いつもと違って丁寧だった。
「・・・・・・・・・・さぁね、それよりあんたらは誰だ。」
そう簡単に自分たちの事を教える訳にはいかない。 警戒しているタクヤはまず、相手の情報を引き出そうとしていた。
あからさま過ぎるその警戒心は健一にもすぐに読み取れたが、仲間に誘うにしろ、そうでないにしろ、出来るだけ話を聞かなければならない。 それにはまず、自分達の事を話すしかないと即座に判断した。
「オレ達はこの島に住んでるが・・・・・・・・・・・ある日突然ここにいた、言ってみれば漂流者だ。」
「・・・・・・・・・・は? 島? 漂流者?」
健一自身、初めて発した 『漂流者』 という言葉は、一言で自分達を説明するにはうってつけだと判断してのものだったが、それは逆に相手を混乱させしまったのかもしれない。
「何言ってんだあんた、島ってどうゆうことだ。」
「・・・・・・・・・ここが島だとまだ知らないか。 よければ、オレ達が知ってる事を全部教えるが、代わりに君らの事も教えてもらいたい。」
どう見ても信用しづらい男にそう言われたタクヤが、その要求を簡単に呑むことが出来る筈がなかった。
「それは無理だ、こっちの事は教えられない。 そっちが知ってる事だけなら聞かせてもらう。」
健一にとって、それが理不尽過ぎる要求なのは言うまでない。 それに、彼らがもし自分達5人と同じ境遇なら、お互いの事を話すのは当然だと認識していた為に、タクヤの態度はこの後に、健一の良からぬ疑いを招くことになる。
「何故無理なんだ? 見た感じだと、おそらく君らもいつの間にか、ここにいたんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・・それを言う必要はない。 あんたらが何者で、ここで何をしてるのかをまず聞きたい。」
健一の追及に対して、タクヤの毅然とした態度は尚も変わらない。
「ここに来る前の記憶はあるのか? 言えないというのは、何か知っているんじゃないのか?」
健一の少し強引過ぎるような質問攻めを聞いていた遥は、自分の考えがやはり合っていたという事を改めて確認していた。 健一はやはり早く帰りたいのだ、誰よりも。 しかし、それ故に少し焦っている。
また健一が少しづつ苛立ってきている様子を間近で感じていたマコトには、大きな不安が募っていた。 相手の青年の態度は、確かに言葉遣いも誠意も何もあったものじゃない。 もし自分が話していたとしても、おそらく苛立つだろう。 だが、ここはもっと落ち着いて話さなければいけない。
このままでは、健一がいつか溜め込んだ苛立ちを爆発させたりしないだろうか。 遥とマコトの2人は、この場で全く同じ不安を抱いていた。
「だから、何も言えないって言ってるだろ。」
タクヤがこうまで頑固に、自分達の事を語らないのにはもちろん理由がある。
今までレイカと2人きりでずっと暮らしてきたこの場所に、突然5人もの人間が現れて、相手の言う事をまず信用できる筈がない。
だが、信用できる筈がないと思いながらも、自ら接触したのは、以前に考えていた 「救助隊」 ではないかと考えたからだ。
しかし、遭難者を探しに来た救助隊なら、相手の言う事がまず最初からおかしかった。 仮に、相手が最初に 『救助隊らしい発言』 をしていれば、少しは信用していたかもしれない。
つまり、最初の 「ここに住んでいるのか?」 という言葉を聞いた時点で、タクヤのするべき事の1つはまず決まった。
『一方的な情報収集』
怪しいとしか思えない相手に対して、自分達の事を教えるなんて事がどんなに危険な事か、考えれば想像できる。 そして、危険だと考えた最大の決め手は、この5人が自分達の行動範囲内にいたということ。 それから導き出された、タクヤのするべき、あと2つの事。
『この場からの立ち退き警告』 『2度とこの場所に踏み入らせない』
最悪、情報収集に関してはどちらでもいい。 だが、あとの2つは必ずしなければいけない事。
「そうまで何も言えない理由が分からない。 同じ漂流者だとしたら、君らもここから帰りたいんじゃないのか?」
健一は考えていた。 彼はもしかしたら何か知っているのではないか。 何か隠しているのではないか。 そうでなければ、この状況でお互いの事を教え合う事も、助け合う事も考えないのはどう考えても不自然だ。
「もういい、話が進まない。 あんたらが誰であろうと、ここで何をしてるのかも知ったこっちゃないが、最後に言わせてもらう。」
ここでこの髭の男しか喋らない事で、この男が5人の中でのリーダー的な存在だと悟ったタクヤは、次に他の4人と話しても意味が無いと判断し、警告を出してすぐに追い払おうと考えていた。
「待ってくれ。 それなら1つだけ答えてくれ。 君はオレ達が信用できないだけなのか? それだけでも教えてくれないか。」
何とか1つだけでも質問に答えてもらおうと、健一は必死だった。 その気持ちは後ろで聞いていた遥たちにも痛いほど伝わってきた。
「しつこいぞ、言っただろ。 何も言えないって。」
タクヤがそう言い終わった瞬間、何かを我慢できなかったように1人が勢いよく前に出た。
「おい! お前さ、さっきから聞いてればなんだよその態度! 健さんがこんなに丁寧に聞いてるんだぞ!? ふざけんなよ!!」
そろそろ痺れをきらした遥が怒鳴りたかったようなセリフを代弁してくれたのは、なんとヨシアキだった。 これにはマコトと順子がさすがに驚きを隠せなかった。 これまでに怒られたヨシアキを見た事はあっても、怒ったヨシアキを見た事が無かったからだ。
ヨシアキの意外な怒号を聞き、何ともスッキリした気分の遥に対して、逆に怒りを露にしたのが健一だった。
「ヨシ! お前は黙ってろ!」
もう少しで相手に掴みかかりそうな勢いのヨシアキを、激しく怒鳴りつけた健一は、ヨシアキの顔を睨みつけた。
「ご、ごめん・・・・・・・・・」
そのあまりの剣幕に、一瞬で縮こまってしまったヨシアキは大人しく引き下がる他なかった。
「連れが失礼した、オレから謝ろう。 君の意志はよく分かったが、じゃあそっちの君はどうだろう?」
代わりに頭を下げた健一が、次にその視線を向けた先は、後ろに隠れていた少女の方。
「・・・・・・・・・・!」
自分に声をかけられているという予想外な展開に、レイカが怯えて、何も言えなかったのは仕方のない事だろう。
「・・・・・・・・・何も答えなくていいからな・・・・・・・・もっと隠れてろ・・・・・・・・・」
レイカにしか聞こえないような小声でボソっと言うと、タクヤは凛として、健一を睨みつけた。
「おいお前、許可なく勝手に話しかけるな。 お前と話してるのはオレだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはすまなかった」
少し間を置いて、素直に謝罪した健一だったが、明らかに年下の青年に 『お前』 と呼ばれたことで、その目つきに一瞬の変化があった事は、後ろにいる仲間達にはもちろん、目の前のタクヤにも見えていない。
「・・・・・・・・・・では、もう質問はしない。 ただ、君とオレとで自己紹介だけさせてほしい。 オレは栗原 健一という。」
あくまで紳士的な態度をとる健一からは、貪欲なまでの執念が感じられた。 そんな健一の事を恐ろしく感じていたのは、この場で、遥とマコトだけではなかったのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・タクヤだ」
見た目とは裏腹に、常に丁重な態度で接してくる相手が名乗ってきたことで、タクヤもつい名乗ってしまった。
「そうか、時間をとらせてすまなかったタクヤ君。 最後に何か言いたい、と言ってた事を聞こう。」
「すぐに全員ここから立ち去れ。 そして、2度とこの周辺には近付くな。」
即答で警告を発したタクヤには、その警告の裏にある意味が、ちゃんと理解できている。 即ちそれは 『この周辺が自分達の行動範囲だ』 と教えてしまっているのと同じ事。 だが、それを教えてしまう事になるとしても、何も警告しないわけにはいかない。
この5人がこの場所に訪れた事実が目の前にある以上、今後もこの近辺をウロウロされるなど、黙って見過ごせるわけがない。 すぐ近くには自分達の住む洞穴もあるのだ。 いくら、自分がいつも一緒にいるといっても、レイカを少しでも怖がらせるような存在は、遠ざけなければならない。
「分かった。 範囲はよく分からないが、この周辺には2度と近付かない。」
一方的に理不尽な要求。
初対面の年上に対する無礼な態度と言葉遣い。
下手に出ている相手にも、お構いなく辛辣な言葉をぶつけるその非礼っぷり。
不満や怒りが絶頂に達してもおかしくないようなこの状況でも、健一は驚く程あっさりと、素直に同意した。 それを見ていたヨシアキにとっては、信じられない程の屈辱だったが、健一の意思を汲み、グッと堪えた。
「行くぞ」
振り向いた健一は4人を促し、迷い無くその場から歩き出した。
このタクヤと名乗る青年と、まだ名前も分からない少女の2人に対し、各々(おのおの)、質問や主張や提案は色々(いろいろ)とあっただろうが、それもこの瞬間に叶わぬものとなった。 せっかくまた出会えた仲間に、誰もまともに挨拶すら出来なかったのだ。
一応はリーダーである健一に黙って従い、2人に背を向け歩き出す4人には、様々(さまざま)な想いが巡っていた。
ヨシアキはまだ苛立っていた。 『 いくら新しい仲間を見つけたからって、あんな生意気な子供を相手に健さんも下手に出過ぎなんだ! あいつから帰る方法とか、手掛かりなんてどうせ分かる筈ない。 オレ達が5人いても何も手掛かりなんて無いんだ。 協力する気も、仲間になる気もない奴なんか放っておけばいいんだ! 』
マコトは恐れていた。 『 あのタクヤって子に対する健さんの態度を見てると、いつもイライラを我慢してる健さんを見てるみたいで・・・・・・・・・・辛かった。 このままじゃ健さんにいつ限界がきて爆発しちゃうか・・・・・・・・・・・・・』
遥は気になっていた。 『 ヨシアキが怒るのもよく分かるよ、もうちょっとであたしが怒鳴ってたくらい。 きっと同じ境遇の人なのに、あんなにツンツンして何も教えてくれないのは、よっぽどあたし達を信用できないんだろうな。 あれじゃ、もし次にまた会えても、一緒に行動するとか絶対に無理そうだ。 でも、それより健さんの最後の諦めの良さがどうも気になるんだけど・・・・・・・・・・・・・』
順子は理解していた。 『 健さん、必死に我慢してた。 本当に早く帰りたくて、必死なんだ。 ヨシ君があんなに怒った気持ちもよく分かるけど、タクヤって人はきっと悪い人じゃない。 隠れてた女の子を見れば分かる。 あの子を守るために私達を遠ざけようとしてたんだ。 ただ、それだけ。』
その場に残り、5人の姿が見えなくなるまで見送ったタクヤとレイカ。
自分の判断に従い、その流れのままに会話をし、その結果 「追い払う」 という形になったが、それが果たして正しい判断だったのかタクヤには分からなくなっていた。
自分達以外の人間と初めて出会い、想像以上に怖がっていたレイカを見て、その場をどうすべきか相談するというのは酷なんじゃないか、そう考えたタクヤは全て自分で判断することにした。
そして出た結論。 レイカの安全の為にも慣れ合うのは危険。
その結果。 彼らを追い払った。
「ごめんな、レイカ」
まず言いたかったのがその一言。 怖がりつつも、あの場でレイカが、心の底でどう思っていたのか分からない。 もしかしたら、ちゃんとあの5人と話して一緒に行動したいと思っていたかもしれない。 だが、自分の判断だけでこうなってしまったこと、それを謝りたかった。
「謝ることないよ、私には決められないもん。」
タクヤの心の中を読んでいたレイカには、何を謝られたのかすぐに理解できた。 そして、意外にも落ち着いた様子のレイカは続けて言った。
「私はいつでもタクヤが決めた事に賛成だよ。」
胸元にピッタリとくっついていたレイカの顔を見下ろしたタクヤは、その額に優しくキスをした。
「ありがとう」
去って行った5人の姿はもうとっくに見えない。 それでも2人はその場から動かなかった。
さっきまでに起こった事を今頃になって実感していたからだ。
他にも人間がいた。 しかも複数。 じゃあもっといるのか? あいつらも記憶が無かったのか? 髭の奴はフルネームで名乗ってた。 ここが島って言ってたのは本当なのか? 漂流者ってどうゆうことだ?
タクヤには疑問が幾つもあったが、今となってはどうしようもない事。
少し気にはなるが、もう忘れた方がいい。 そう自分に言い聞かせていた。
雨上がりの昼下がり。 空の雲はいつの間にか全て消え、少し前からもうすっかり晴れている。
だが、2人にとっての少し前は、嵐のような時間だった。
後はもう、その嵐が2度と来ない事をただ祈るばかり。