序章 見知らぬ土地で
諸事情により、一覧と検索から除外しました。
尚、大幅に修正した末に原稿へ書き写す為、この場を借りて修正中ですが、どうかお気になさらず。
変な夢を見た、と瞼の奥で逸早く目覚めた意識がそう呟く。
夢ならよくある事だけど、目に映るモノ全てが霧掛かっていて、色も形も不明瞭。
なのに内容が凄く鮮明で、斬新で、記憶に残っている限り、これまでに1度も見た事の無い夢だった。
「ん…」
ゆっくり目を開けると、いつもと何かが違った。 最初はそう漠然と感じたに過ぎない。
まず自分の部屋で目が覚めた場合、閉じたカーテンを通して外の光が薄っすら漏れてくる程度。
でも今朝はその眩しさが異常で、しかも最初に見えたものが天井じゃなく真っ青な空。更に周りを見渡せば、草や木なんて物が生えていた。
――何これ!!
と心で叫びつつ、さっと上半身を起こす。
目の前には一本の大きな木。その周りにも大量の巨木群。つまり一言で表わせば「森」といった感じ。
「ナンデスカコレハ」
外国人も顔負けの発音で呟いた後、ふと空を見上げ、照り付ける日差しをまともに浴びている状況に気付く。
――ヤバっ! 今お肌の抵抗力ゼロ!
周囲の様子よりも、気になるのはスキンケア関連。 シミ、そばかす、肌荒れ、日焼け、と常日頃から深刻な悩みを抱える思春期少女の、これが素直な反応らしい。
四つん這いのままゴキブリの様にカサカサと移動し、目の前に聳え立つ巨木の根元に安息の日陰を見つける。
漸く一息つき、そこで初めて自分の置かれた状況を把握する為、記憶を溯る。
中山 遥。 それがあたしの名前。
まだ十七才の自称乙女で、髪もお肌も艶々の高校二年生。
真面目って訳でも無いけど、不良って訳でも無く、つまり平凡な女子高生。 よく周囲の大人から「ハキハキと自分の意見を言える逞しい子」と褒められるけれど、それは多分「口の悪い小生意気な娘」という言葉をオブラートに包んでいると予想。
物事には割と動じない。 現に、こういった状況でも意外と冷静な自分が居るのだから。
外見には割と自信があるけど、この性格が災いしてか余り男子からは相手にされない。
それと、教師を志した“きっかけ”というのが凄く安易で、テレビドラマに影響されたり、小学校時代の先生に憧れたりと、極々在り来たりなもの。 結局は、単純なんだと思う。
両親と弟は至って普通で、父親は平凡なサラリーマンだし、母親も平凡な専業主婦で、あたしに似て生意気な弟は認めたくないけどイケメン。
別にあたし自身そう思う訳じゃないけど、女友達から頻繁に紹介してと言われる事から、悔しいけど認めざるを得ない。
こういった状況に陥ると、日常が妙に懐かしく感じる。
取り敢えず記憶喪失ではないらしいけど、目覚めたら森に居るっていう、その理由が全く分からない。
昨夜は中学時代からの大親友、美加とケータイで小一時間程話してから、午前一時過ぎにはベッドに入った。
それが最も新しい記憶で、次に目覚めたら大自然。
こういったシチュエーションは、ネット小説で読んだ覚えがある。
そして、あの斬新な夢。
大体いつも見る夢といえば、過去もしくは現在が舞台で、必ずと言って良い程、身の周りに居る人達が登場する。
けれど今回だけは例外で、その舞台は未来。
現実にはまだ高校生のあたしが既に結婚していて、旦那様も居て、子供も二人居て、家族で幸せな生活を送っていた。
予知夢だろうか、なんて都合良く解釈しつつも、そんな夢を見た理由は何となく分かっていた。
それはきっと「日常への不満」からきた「現実逃避」に他ならない。
その理由の一つとして、四ヶ月も付き合った彼氏の浮気現場を目撃し、怒鳴り散らした末、その場で別れを告げた事件がある。
文句や不満は友達に言い尽くしたけれど、本当に浮気だけは絶対に許せず、未だ心の傷は癒えない。
もう一つの理由として、、幼小の頃から夢見ていた教師を目指し、国立大学への進学を心に決めていた矢先、父親から猛反対された事件。
「進学は駄目だ就職しろ。中小企業のOLでもやって、社会勉強が済んだら見合い結婚をしろ」と、現代では考えられない様な台詞で娘の人生を強制する父親。 その結果、かつて無い程の大喧嘩に発展し、過去一度たりとも決行に移した事は無かった「家出」を昨夜、本気で考えた。
でも結局のところ、憤慨したままベッドに潜り込み、そのまま眠りに就いてしまったらしい。
ふと、妙な事に気付いた。 何故かパジャマではなく、ちゃんと洋服を身に付けている。 しかも、お気に入りの服装。
基本的にスカートを好まないあたしは、ほぼ完全なパンツ派。 いつも安物ジーンズで足を隠す。 夏はその裾が短くなるけど(汗)
でも上はオシャレなTシャツ取り揃えてるんだから。
そんなあたしのいつもの服装。 もちろん、この服に着替えて、夜中に家を出たなんて記憶はありません。
夢遊病なんてこともありませんから!
とにかくこれは夢じゃない。 こんなにはっきりした夢がある訳ないし。 ここでジッとしてても仕方ない。
日陰を求めて近く木の根元に座り込んでたあたしは立ち上がり、少しそこらを歩いてみることに。
(うーーーヤダぁ・・・・・・・・・照りつけてくるぅ・・・・・・・・・・・・・)
別に暑いわけじゃない。日焼けしちゃうのがイヤなだけ。
春の陽気ってやつですかねぇ。 ピクニックなんかには最高のお天気。 空を見上げると雲一つない真っ青な空。 周りを見渡すと、360度どこを見てもとにかく森。
ここで1つ、素朴な疑問をあたしは抱く。
森? 林? 樹海? 山? どう違うの?
ここは実際どう言えばいいんだろう。
(んなこと知るかいな)
自らの疑問を掻き消し、方向も分からずにまた少し歩いてみる。 しばらく歩いて、あることに気付いた。 なんとなく斜面になってる。 足場はいいとは言えないけど、凹凸の多い中で、自分の進んでる方向は少し下ってる。
山??
分かんないから、とりあえずそのまま下り気味に進んでみることに。
キョロキョロしながら歩いていたあたしは1つの考えに辿り着く。
まさか誘拐とか? 寝てる間に連れ去られた??
んなわきゃーない(笑)
それならなんであたしは1人でいるの。
こんな可愛い女の子を誘拐しといて山に捨てるバカがいますか〜
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
!!!
ま・さ・か・・・・・・・・・・・・・
事後!!?
ドキッ!として咄嗟にTシャツの胸元を覗く。 い、異常なし。
一応、下の方も・・・・・・・・・・・・・
いやいやいや、見なくても触らなくても分かるってば。 も、問題無し。
かなりホッとしたあたし、何となくポケットに手を入れケータイチェック。
あ・・・・・・・・・・ええええええええええええええ!!? 無いし(泣)
あたしとしたことが、うっかりしてた。
この状況でまず最初に確認すべきこと、ケータイじゃん。 私服だろうと制服だろうと、あたしはいつも必ずケータイを右ポケットに入れる。
(ありえないし・・・・・・・・・・・・)
まぁさ、着た覚えもない服を着て、見覚えもない場所にいるわけだし、ケータイぐらい無くても驚くことじゃないんだけどさ。
誰にも連絡とれないし、時間も分かんない。
外出時にケータイを忘れる事なんて、まず今まで無かった。 不安と孤独感はもうピーク。
いろいろ考えつつ、10〜15分は歩いた気がする。 そろそろ疲れてくるし足も痛い。
部活では吹奏楽やってる文化系のあたしにはキツイってばぁ・・・・・・・・・・・
(そういえば、鳥とか動物ってもっと出てくるもんじゃないの?)
何か不自然な気がすると思ってたけど、その理由が分かった気がする。 普通、こうゆう場所ってもっと鳥の鳴き声とかしない? チュンチュンッって感じでさ。
よく分かんないけど、今んとこ動物の気配とか殆ど無いみたい。 どっちかっていうと、生まれてからずっと都会暮らしのあたしには静か過ぎる気がする。
まぁ鳥とかは大歓迎だけど、熊とか出たらマジで焦る(汗)
そんなこと考えながら歩いてたあたしの耳に突然、何か物音が。
ガサッ
「なに!?」
思わず声をあげてしまった。 そりゃビックリするって、丁度考えてた時にさ。
音がしたのはあたしの胸の辺りまでありそうな近くの茂みからだ。
(なんか・・・・・・いる?)
ガザガサ
「ちょっ・・・・・・」
姿は見えないけど、明らかに茂みの中に動くものが。 思わず後ずさり。
その時だった。
ガサッ
「キャッ!!」
姿を見せたそれは・・・・・・・・・・・・・・・・・犬?
犬は好きだよ、猫も好き。 でもね、おっきな犬は無理。
小さい時、近所のドーベルマンって犬種の犬に思いっきり吠えられてからもう無理、怖過ぎ。
で・・・・・・
(なんでよりによってあんたがいんのよ!!ドーベルマン!!!)
こんな場所に犬がいるって野良? 警察犬が出張でお仕事中?
でも様子が変だ。 簡単に言えば凶暴。
目を血走らせ、歯を剥き出しにしたその口からはよだれが・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・ちょ待って! 来ないでよね!?」
大きくなってからは少しは慣れた相手だけど、やっぱ怖い。 しかも、どう見ても普通じゃない雰囲気。
犬はあたしを見て唸り声をあげてるけど、警戒してるのかその場から動こうとしない。
(こうゆう場合って、目を逸らしたり逃げたりしたらヤバいんだっけ・・・・・・・・・・・・・・)
そこであたしが取った行動。
犬と合った視線を逸らさないように、1歩づつゆっくりと後ろに下がる。
すると・・・・・・・・
なんと、犬もあたしに合わせる様に1歩づつ迫ってくる。
(ちょ待っ!!!・・・・・・・・・・想定外過ぎるって!!)
恐怖で足が竦んで動かなくなってしまった。
その時だった。
「じっとしてて」
!?
背後から声が。
パニくってたあたしにはそれが若い男の声だとその時は全く分からなかった。
でも言われた事は分かった。
黙って従うことに。
「相変わらず品のない犬だなぁ〜」
若い男だ。 あたしの横を通り過ぎ、犬に向かって近付いていく。
「せぃっ!」
瞬間、目を伏せてしまった。
その男はどうやら手に持っていた木の棒か何かで犬を思いっきり殴ったみたい。
キャン!!
鈍い音と共に、甲高い声をあげた犬は、少しよろめきながら、出てきた茂みの中へフラフラと戻って行った。
ポカーンとしてたあたしは自然とその場に座り込んでしまった。
「大丈夫?」
ハッとして顔を上げると目の前に見知らぬ男の顔。
「あ、はい・・・・・・」
一見、大学生って感じに見える。 顔はまずまずのイケメン。(それはどーでもいい)
でも、それより気になったのは、男の服がシワ寄ってて結構汚れてること。
「ども、ありがとございます」
とりあえずこの状況、お礼を言うべきなのは分かる。 それぐらいの常識はあたしにもあるんだから。
「キミ、どうやってここに来たの?」
立ち上がったあたしはその質問に即答。
「分かんない、気が付いたらこんな場所にいたから。」
男は見た感じ爽やかな好青年って感じだけど、すぐに気を許す気にはなれなかった。 だってさ、こいつが誘拐犯で、あたしをここに連れてきたかもって考えられるじゃん。
「そっか、でもここ通りかかって良かったよ〜あいつたまに出てくるから。」
男はニコッと笑う、なんていう爽やかスマイル。
でも、軽薄なその振る舞いにあたしの警戒度はさらに急上昇。
「たまに出る・・・・・・・・あんな犬が?」
「うん、ちょくちょく出るよ。」
そんなにあっさり答えられても困るんだけど・・・・・・・・・・
この後、なんとも気まずい無言の時間が約5秒間。
「そだ! キミはいつからここにいる?」
あたしにとっては長過ぎる沈黙、それを破ったのは男の方だった。
「よく分かんない、目が覚めたらここにいて、それもついさっき。」
あたしの頭はフル回転中。 この男、信用していいのだろうか。
ここが山奥だとして彼が登山客なら、彼は明らかに哀れな遭難者にしか見えない。
それか、あたしを助けに来た捜索隊?
この見た目的にそれは絶対にありえない。 万が一そうだとしたら、あたしに対しての質問がおかしい。
いろいろとこの人に聞きたいことはあるけど、まず信用していいものか・・・・・・・・・・
「あ、あのさ、あんた誘拐犯? あたしを家からここに連れてきた!?」
なんていうストレートな質問。 言ったあたしもビックリだ。 いろいろと考えた結果、1番気になってる事をそのまま聞いちゃった。
「へ?」
男はキョトンとしてる。
その反応は正解ですよ、お兄さん。
「違う? 神に誓ってそうじゃないって言える?」
言ってしまったからにはとことん問い詰めるっきゃない。
「アハハハ! キミ面白いね〜」
うへ・・・・・・・・・・・笑われてるし
無邪気な笑顔であたしに詰め寄って男は続けた。
「違うよ、心配しないで。」
どうやら違うらしい。
「じゃあここはどこ? 家に帰りたいんで道を教えて欲しいんだけど。」
男の言葉を信用したわけじゃない。 でも、とりあえず早く帰りたいし。
「うちに帰るって・・・・・・・・・・家が何処だか覚えてるの?」
なんですかこの質問は。 もしかしてバカにされてる?
「別に頭打ったりしてないんでご心配なく。」
話が全然進まないからあたしちょっとイラついてます。
「じゃあここに来る前の記憶あるんだ!?」
しつこいなぁもう。
「そりゃありますよ。」
「おー! そっか〜!」
あたしの言葉に被せる程の素早いタイミングで男は何故か大喜び。
「な、なに・・・・・・・・・」
「あ〜いやいやごめん。 詳しいこと話すから、とりあえずついて来てくれる?」
ついてこい? ついて来いですって? これ新手のナンパ? こんな場所でさ。
さっぱり分かんない。
「家があるんだ、他に人もいる。 会わせたいからさ。」
どんだけ怪しいのよこの人。 誰がついて行きますかって。
しかも、こんな所に家? で、いきなりそこに誘う?
「いやそれは結構なんで、ここが何処かを教えてもらえれば。」
あたしはそんな簡単にホイホイついて行きません。
「あ〜何も知らないとそうなるよねやっぱ・・・・・・・・」
まるで会話が噛み合ってない。
「いい? 落ち着いて聞いて。」
急に真剣な表情になる男、まるで別人みたい。 まぁ、仕方ないから聞くだけ聞いてあげるわよ。
「ここが何処かは分からない、分かるのはここが島って事だけ。」
は?
しま??
「『しま』って、島?」
「うん、島。」
ダメだ、コメントのしようがない(汗)
もう少しマシな嘘つけないもんかなぁ。
「信じられないのは分かるよ。 でも嘘は言ってない。」
男はずっと真剣だ。 確かに嘘を言ってるようには思えない。
そうなるとあたしは混乱しまくり。
「よし、これ持って。」
男はさっき犬をぶん殴った棒をあたしに差し出してきた。
「・・・・・・は?」
渡されたからとりあえず受け取ってみる。
「それ持って、オレの後ろからついて来て。」
!?
「ちゃんと説明したいし、みんなにも会わせたい。」
男はクルっと振り返って背を向けた。
「キミが危険だと思ったらその棒でオレを殴って逃げていいよ、このまま振り向かずに歩くから。」
・・・・・・・・・・・そういうことか。
その態度であたしは悟る。
この人、信じてほしいんだ。 で、精一杯の誠意を見せてる。
これ以上、口で説明しても信じてもらえないと思ったんだ。
「分かった・・・・・・ついて行く」
男は前を見たまま 「ありがとう」 と言って歩き出した。
それに合わせて、少し距離を置いてついて行く。 この人の言ってる事がもし本当だとしたら・・・・・・・・・・・・・
頭の中はそればかり。 今頃になって実感が湧いてきた。
もしかして、自分はとんでもない深刻な状況に置かれてるんじゃないかって。
そう思った決め手は前を歩く彼の一言。
「はっきり言って、誘拐されるよりヤバい状況かも。」