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7. 言いたい事を言いたい時に言う


「その辺にして貰えませんかね」


 温度を感じない凍える声にマリュアンゼはハッと声の主を振り返る。

 

「仮にも公爵である主人の婚約者なので」


「シモンズ様」


 顔を顰めて歩み寄って来たのはシモンズ。

 どうやら先程の紳士との話は終わったようで、その後急いで駆けつけてくれたらしい。少し弾んだ息からそんな様子が見て取れた。


「遅れてすみませんね、マリュアンゼ嬢」


「いいえ」


 マリュアンゼは大丈夫だと主張する。

 シモンズは特にマリュアンゼに興味を示さない。

 けれど、この場ではマリュアンゼを庇う姿勢を見せてくれているので、仕事には……フォリムにはとことん忠実なのだなと思う。


 フォリムがシモンズを護衛として付けると言付けた時、マリュアンゼは大袈裟だと思っていた。

 けれど意外と長い手紙の中身は、仮にも王族の婚約者を一人にしておく訳にはいかないという趣旨の、説教じみた文言がつらつらと書き連なっていて。


 見た感じから護衛と言われてもピンと来なかったけれど、こういう場面を想定していたのかと思い、ありがたい気持ちが込み上げた。


「ご面倒をお掛けします」


「仕事ですので」


 にべもない。

 まあいいけど。

 実は護衛なら騎士団副団長のジョレットに任せる話もらあったらしいが、実は彼は婚約したばかりなのだ。

 思い出しては、どよんと気持ちが沈んでしまう。


 ジョレットは騎士団の副団長を勤めていて、マリュアンゼは強く優しい彼に密かに憧れを抱いていた。けれど彼の婚約はつい最近話が持ち上がり、あれよあれよと言う間に纏まってしまった。


 そしてその話を進めたのがフォリムだと知り、マリュアンゼは今でも意外に思っている。

 何というか、フォリムに他者の世話を焼くイメージが無かったのだ。散々稽古(?)をつけてもらっておいて妙な物言いではあるのだけれど……


 マリュアンゼがジョレットの婚約について知っているのは、二人がフォリムに挨拶に来たからだ。

 誰が言い出したのか知らないが、部下の婚約者が会いに来るのだから、上司の婚約者も同伴するのは当然だとか何とかかんとか……で、ジョレットの婚約者に会ってしまった。


 ジョレットの婚約者はマリュアンゼのような癖の強い髪では無く、天使のような金の巻き髪に、澄んだ空色の瞳の、可憐なお姫様のようなご令嬢だった。


 ひっそりと打ちのめされたマリュアンゼは、ジョレットに微かに抱いていた憧れが何かに変わらないうちに、べキリとへし折り、しっかりご供養しておいた。

 お似合いの二人……はっきり言って祝福するしか無い。


 ……そんな令嬢を王家主催の舞踏会で一人残してしまうのは気が引ける。


 シモンズが今日駆り出されたのはそんな理由。

 彼はフォリムには心から忠実だが、それ以外はよく分からないけれど……


「マリュアンゼ、こいつは誰だ」


 剥がれそうになる淑女の仮面を慌てて押さえつけ、マリュアンゼは再びジェラシルに視線を向けた。


 (何かしら、今日はしつこいわね)


 今までマリュアンゼに興味なんて示さなかった癖に。首を傾げるマリュアンゼを他所に、ジェラシルは今度はシモンズを値踏みするようにジロジロと見ている。


 (不躾ね)


 内心で溜息を吐く。

 

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はオリガンヌ公爵の従者で、シモンズと申します」


「ふうん……隊長の代わりのお守りかい。手厚い事だ」


 シモンズが従者と知って平静を取り戻したらしいジェラシルに、なんとなく面白くない。もういいからどっか行ってくれないだろうか。そんな事を考えていれば、シモンズが口元に綺麗な弧を描いたのでギョッとする。


(わ、笑うところ初めて見た……かも……目は相変わらず冷たいけれど……)


 そんなマリュアンゼの怯えなど意に介さず、シモンズはいつものように平坦な口調で話し出した。


「それはもう、公爵閣下は婚約者を大切になさる御方ですから。一方的に婚約破棄を突きつけた元婚約者に無神経な真似をするような不誠実という言葉がお似合いな上、家の損失すら計算出来ない無能な嫡子殿とは全くの別物なのです」


 一瞬の間を置いてからジェラシルは顔を赤く染めた。


「な!」


 繕わず感情を剥き出しにしたジェラシルに、シモンズは変わらぬ冷めた瞳で、失礼と口にした。


「確かに公爵閣下とあなたを同一に考えるなど、私が間違っておりました。大変申し訳ありせんでした」


 そう言って慇懃無礼に頭を下げるシモンズに、ジェラシルは今度は口元を引き攣らせる。


(……こうはっきりと公の名を出されれば非難しにくい、わよね)


 マリュアンゼは危なっかしいこの発言の場から隠れたい気持ちで扇で顔を隠しつつ、事の成り行きを見守る。


「貞操観念が低い上に頭は軽い者同士お似合いですから、そろそろマリュアンゼ嬢はこの軽薄な場から引き上げさせて頂きますね。オリガンヌ公爵の周りに妙な噂を持ち込みたくありませんので」


 ポカンとした顔でジェラシルにしがみついているリランダを一瞥し、シモンズはマリュアンゼの腕を引っ張ってその場から引き剥がした。


「マっ、マリュアンゼっ……君は社交が下手だと思っていたけれど、僕以外の男へは愛想は良かったんだな! 君の容姿のどこに惹かれたのかは甚だ疑問だが、目と趣味の悪い相手を上手く引っかけられて良かったじゃないか!」


 追いかけるように呟かれた一言がマリュアンゼの耳に滑り込み、頭の上にムカッという文字が浮かぶ。


「そ、そうだわ! なんて恥ずかしい人なのかしら! それに従者の躾も出来ないようじゃあ貴族失格よ!」


 ムカムカッ。


 ……確かにジェラシルに対してマリュアンゼは懸命になれなかった。それが不誠実だったと言われれば否とは言えない。けれど、この二人には言われたく無い。

 売られた喧嘩を買うべく振り返れば、シモンズのものとは違う、低い声がその場に響いた。


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