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5. 婚約破棄はお互い様


「やあ、マリュアンゼじゃないか」


 その声にマリュアンゼは、内心げっと下品な反応を見せる。何故わざわざこちらに来るのだろう……

 しぶしぶと振り返れば、元婚約者の女性受けする中性的な笑顔が待っていた。


「君は相変わらずこんな端で何をしているのやら。もしかしてもう団長に愛想を尽かされたのかい? まあ確かに子供じみた君じゃあ公爵閣下にはご不満だったろうけどね」


(まだ継続中ですよ)


 言いながらマリュアンゼの姿を不躾に見ているのは、飾り立てた姿が気に入らないのだろうか。

 マリュアンゼのドレスは確かに青だけれど、そこはジェラシルの色合いとは違う。

 どちらかと言うと、胸元のエメラルドに合わせてあるようだから。


「……ごきげんよう」


 マリュアンゼも仕方なしに挨拶を口にする。

 それにしても、以前にも増してマリュアンゼへの視線が厳しい気がする。……まあ当然か。公衆の面前でボコったのだ。

 仕方が無いので扇で顔を半分隠し、彼への嫌悪もろとも誤魔化そうと試みる。

 チラと彼の腕に目をやると、以前マリュアンゼも会った事のある金髪の令嬢が絡みついていた。


 関わりたく無いので会話を避けたいマリュアンゼだが、続かぬ言葉にジェラシルは言い返せないと気を良くしたらしい。傍の令嬢に顔を寄せ囁いた。


「ああ、すまないねリランダ。彼女は僕の元婚約者で、マリュアンゼ・アッセム伯爵令嬢だ」


「あら、知ってるわジェラシル。以前紹介してくれたじゃない」


 くすぐったそうに笑い、リランダはマリュアンゼを一瞥して目を細めた。

 あの夜会での事を言っているのならマリュアンゼは紹介された覚えは無いのだが。二人の中ではそのように記憶が補正されているらしい。


 彼女はデニーツ子爵家の庶子、リランダ嬢。

 彼女がデニーツ子爵の外腹の子ではある事は、社交界では周知の事実だ。けれど貴族は建前を重んずる。

 そしてデニーツ子爵は数代前に王室の侍医を勤めた名家でもあった。一度でも王族の信頼を得た家と、事を構えたくはないものだ。それにあの家の内戚(ないしゃく)には有力貴族がいる。


 外腹の娘が社交界で大きな顔で歩き回り良い顔はされないが、見過ごされるにはそれなりの理由がある。

 それにリランダは、(自分の顔も含めて)美しいものが大好きなジェラシルすら虜にする程の美女だ。

 社交界ではさぞや歓迎されている事だろう。


 とはいえマリュアンゼは別に歓迎していない。試しに扇が二人を何処かにやってくれないかと扇いでみるが、残念ながら通じなかった。


「良かったですねジェラシル様。長年恋人だったご令嬢と婚姻されるようで」


 長年、を強調してマリュアンゼは口にする。

 そもそもジェラシルがマリュアンゼに向かって来たところから、会場内の人目を集めている。

 婚約破棄をした二人。

 お互い既に別に相手がいるものの、その顛末は誰が見ても円満では無かったのだから。


 これくらいいいだろうと目を眇めると、ジェラシルは何故か、さして面白くも無さそうに笑った。


「ああ……いくら飾り立てても飽きない、美しい人だよ」


 どことなく表情と科白にちぐはぐした印象があるのは何故だろうか。

 もっと嬉しい反応を示すと思ったのだが……マリュアンゼにドレスや宝石を贈ったところで、彼女のように着こなす事は出来なかっただろうに。

 

 彼は不誠実だった。

 けれどマリュアンゼも最後にジェラシルを侮辱する形で婚約破棄に持ち込み、縁を切ったのだ、恨言を言う謂れは無い。

 けれどそれはそれ。これはこれだ。

 面白くないものは面白くない。


 かと言って元婚約者が幸せを掴んだ姿を喜べない狭量な自分にも嫌悪してしまう。

 まだまだ修行不足という事か。


 リランダを見れば当然、と言った風に誇らしげに頬を紅潮させている。彼女はジェラシルがマリュアンゼの婚約者だった事を知った上で、長く関係を持っていたけれど、それすら自分の容姿が優れているからだと言われ、喜んでいるようだ。


「嬉しいわジェラシル、あなたはずっと私に全てを捧げて来てくれていたものね」


 そう言ってリランダが再びジェラシルの腕に縋りつく。


 目の前でいちゃつき出した二人に、マリュアンゼは、ふと自分の気持ちの変化に気づく。

 以前ジェラシルの婚約者だった時も、彼の事を好いていなかった。

 けれど今はあの時に感じた惨めな気持ちが全く無い。

 自分の気持ちの変化に内心首を傾げるが、ある事に気付く。

 フォリムが贈ってきたドレス。


『君の身を守る鎧となるように』


 再びドレープをそっと撫でる。

 フォリムのメッセージを見た後、不思議とドレスの輝きが増した気がした。

 はしゃぐ母を前にしてマリュアンゼも同じように振る舞えなかったけれど、実は感動していた。


 気のせいかもしれないけれど、宝石はフォリムの瞳の色にとても良く似ている……

 ざわめいていた心が落ち着いていく。

 この後に何を言われても平静を保てると思う位には。

 マリュアンゼの背筋は自然と伸び、改めてドレスをぎゅっと握り締める。


 すると掴んだドレスの合間からポトリと何かが落ちた。


「あっ」


 フォリムへ贈るハンカチ。

 急いで拾おうと手を伸ばすも、ジェラシルの方が早くそれを掴んでしまう。


「何だこれは?」


 手に取ったものに顔を顰めたジェラシルは、勝手に包装を破り中身を取り出した。


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