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67. 想いに振り回されているのは…… ※ 前半アルダーノ・後半ヴィオリーシャ視点


「アルダーノ、待って」


 後ろから掛かる声にアルダーノは振り向いた。


 ───マリュアンゼへの発言に対する苦言だろうか。


 アルダーノはいつものように笑顔を作り妻を迎える。


「やあ、どうしたんだいヴィオリーシャ。もうお茶はいいのかい?」


 ───ヴィオリーシャがマリュアンゼを近衞騎士として取り立て、フォリムの近くに置こうとしているのは知っている。


「ふふ」


 笑みを零し隣に並ぶ妻に視線を向け、アルダーノは柔らかく微笑んだ。


 ───気に入らない。


 嬉しそうに笑う妻に、自分は笑えているだろうか……


 ───フォリムの為にマリュアンゼを用意したんだろう───?




 ヴィオリーシャがフォリムをずっと追いかけていたのは知っている。

 けれどフォリムがそれに応える事はなかった。

 彼女の家である公爵家の力を得る為に、ヴィオリーシャは大事に扱うべきだと考えるアルダーノの意思にも、フォリムが従うことは無かった。

 

 ───ヴィオリーシャは、泣いていたのに……


 自分には病弱な妻がいた事もあり、表立って庇い立てる事は難しかった。


 フォリムは基本、国王であるアルダーノに従うように教育されている。


 だが……

 思い当たるのは、幼い頃に馬車で話した、前妻を妻に望んだ話。あれにショックを受け彼はトラウマを抱えてしまったようだった。

 アルダーノも同じく子供であったけれど、覚悟を決めなければならなかった。だから決意を口にした。

 同じく王族としてこの国を担う弟に、理解して欲しかったから……

 けれどその願いは叶わなかった。

 ……無理もないかもしれないけれど。あの時フォリムはまだ、たったの九歳だったのだから。


 フォリムは結婚や、異性からの好意に敏感でありながらも、本能的にそれらを避けるようになっていった。

 フォリムにヴィオリーシャの好意は重すぎた……


 どちらの気持ちも理解出来たアルダーノは、自分の失言を責めた。あれさえなければ今頃二人は結婚していた筈で、ヴィオリーシャは幸せになれたのに。


(なのに……)


 ───未だそんな歪んだ愛を捧げるのか。


 ヴィオリーシャがマリュアンゼに好意的であると知り、アルダーノは失意を覚えていた。

 ヴィオリーシャが納得しているのなら、幸せならば良いではないかと思う、のに。


(いらいらする)


 そんな理由でアルダーノはマリュアンゼを目の敵にしている。思惑を見透かされないよう取り繕うのは得意だが、あの令嬢は動物のようにアルダーノに対して警戒心を持ち、ほぼ的確に対処してくる。

 それを見る限り王族としての資質はあるのだろうが……何となく面白く無い。


 別にフォリムが誰を娶ろうと構わないと思っていた。マリュアンゼに言われるまでもなく、馬鹿な真似をするとは考えていなかったから。

 ただ愛情とやらに目が眩むような事が想定外で、少し気になっただけだ。


「黙り込むなんて珍しいわね」


 普段と違う夫の様子にヴィオリーシャが首を傾げる。

 アルダーノはつい気を緩めた自分を叱咤し、ヴィオリーシャに笑いかけた。


「すまないな、少し仕事が忙しくてね」


 ヴィオリーシャは少しだけ寂しそうに笑ってから口を開く。


「ねえアルダーノ、私たちが初めて会った時の事を覚えてる?」


 何の話かとアルダーノは少しだけ驚く。とは言え妻の機嫌を損ねるのも嫌だ。


「どうしたんだい、急に? 勿論覚えているよ、フォリムとの婚約の顔合わせの時だろう」


「違うわ」


 アルダーノは、おやと首を傾げた。記憶力には自信がある方だ。逆ならまだしも、自分が忘れていてヴィオリーシャが覚えているとなると首を傾げる。そもそも歳の差もある。


「私たちが初めて会ったのは、夜会よ」


 記憶を手繰り寄せるアルダーノにヴィオリーシャは、さも当然と答えを口にした。


「そうだったっけ?」


 ふと笑みを零し、ヴィオリーシャはじっとアルダーノの瞳を見つめる。


「少なくとも、あなたが私を初めて視界に入れたのが、その日だったわ」









 フォリムの十四歳の誕生日に婚約者としてエスコートをされ……お似合いの二人だと言われて嬉しくて堪らなかったあの日。

 けれどそこで自分はフォリムの───「王族」の婚約者なのだと思い知った。


 集めるものは羨望などでは決して無くて。

 まだ十歳のヴィオリーシャに向けられるのは侮りと、隙を窺う粘着くような視線だった。

 フォリムは違う。

 王族の彼は皆から持て囃されていて、邪魔者扱いは自分だけ。


 その考えに至ったヴィオリーシャは震え上がった。フォリムを見上げても、エスコート以上の対応はしてくれず、自分がこの広い会場でただ一人立っているように感じて恐怖に足が竦んでしまう。


『ヴィオリーシャ?』


 婚約者の様子に不思議そうに首を傾げるフォリムに、ヴィオリーシャ自身もどうしていいか分からない。そんな戸惑う二人に声を掛けたのが、アルダーノだった。


『ここは窮屈だね、少しだけ外の空気を吸おうか』


 ヴィオリーシャはその時、ただ悔しくて、腹立たしかった。誰かの助けがなくてはその場に立てない、婚約者フォリムに振り向かれない自分に。


 フォリムが自分を愛してくれればあんな思いはしなくて済む。

 だから意地になってムキになって、フォリムの気を引こうと努力してきた。婚約者というのはそう言うものだとも思っていたから。

 大事にされない以上に、女性として見られない事が辛く、その事がヴィオリーシャの行動を増長させた。


『私、フォリムに好きになって貰いたいわ』


 悔しさに唇を噛み締めるヴィオリーシャにアルダーノは困った顔で窘めた。


『君がフォリムを好きにならないと難しいだろうね』


 ぱっと顔を上げる。


 ……何を言ってるの?


 言葉にならない問いかけは、アルダーノの微笑みに溶かされたように消えてしまって。

 心に残った掴み損ねた何か。けれど胸に広がる波紋は止めないといけないような気がして、ヴィオリーシャは気丈に声を張った。


『アルダーノはいいわよね、好きな人と結婚するんでしょう? お互い好き合ってるって聞いてるわ。そんな人に私の気持ちなんて、分からないわよ』


『……分からない事は、ないよ』


 ぽつりと零すアルダーノは、その儚い(かんばせ)にほんの少しだけ影を落とす。けれどヴィオリーシャが瞬きをする間に、アルダーノはいつもの柔らかい笑みを見せた。


『僕はね、フォリムにも君にも幸せになって欲しいんだ。だから何か困った事があれば、頼ってね』


 その言葉にヴィオリーシャはむっと顔を顰める。


『……困った事なんて無いから、いらないけれど、もしこれから先あなたに助けられる事があったら、私も同じようにあなたを助けるわ』


 その言葉にアルダーノは瞳を瞬かせた。


『私、誰かの懐に収まって幸せを享受するだけなのは、嫌だわ』


『……勿体無いね』


『え?』


『いや、フォリムが早く君の魅力に気付く事を願ってるよ』


 ───そうしたら、きっと二人は幸せになれるから。


『そう……』


 優しい同意はいつもの表情に誤魔化されて、掻き消えてしまったけれど。





「あなたも私も、あの時からお互いを認識してるのよ」


 回想から目覚めるように瞳を瞬かせ、ヴィオリーシャは口にした。


「……そうかもしれないね」


 アルダーノはいつものように微笑む。

 ヴィオリーシャも(さま)になった王妃の表情でそれを返してみせた。


(……本当はフォリムより先に見つけてくれてたと思っているなんて、口にするのも憚られる事ね)


 アルダーノがマリュアンゼを気に入っていない事は、何となく察している。

 その事実に安堵している自分がいる事も……

 ヴィオリーシャは、もう誰であろうと、この人の視界には入れたくないのだ。


 ……こちらを見てくれない事は、辛い。

 けれど、気持ちを隠されるのは、辛く、寂しいのだ。


 知って欲しい。

 あなたより私の方があなたを見ているのだと。

 フォリムと婚約者だった時には無かった気持ち。

 あなたの事が愛しくて堪らないと……


 けれど───

 きっとアルダーノは前王妃を蔑ろにするような事は言わないから……


 だからせめて何よりも、自分の気持ちを偽らず、この人に寄り添って行きたい。誰よりも人の心に聡く、本当は優しいこの人が、ちゃんと人を愛せていると、気付いて貰いたいから。


 いつか届く日がくるまで。


「あなたが私の一番よ、アルダーノ」


 これから何度でも言うから。


「ありがとうヴィオリーシャ」


 微笑むアルダーノに、心からの笑みを返し。

 指先を繋ぎ、二人連れ立って王城の回廊を歩いて行った。


次回が最終話です(*´-`)

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