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65. ……するわけないだろう


 フォリムはマリュアンゼの訪問を物凄く怒った。

 どうやらアルダーノに相当やり込められていたようで、機嫌は悪いし余裕は無い。髪はボサボサで不精髭まで生やしていて、とにかく見た事がない有様となっていた。


 ……そんな姿のフォリムを見て一瞬目を丸くしたけれど、何故かそんな隙のある様子が可愛いく見えてしまうのだから、不思議だ。どうやらマリュアンゼの恋の病は、絶賛重症化中のようだ……


 従者のシモンズも似たようなもので、二人揃ってげっそりとした表情でマリュアンゼの訪問を厭うてくれた。

 マリュアンゼは取り敢えず、別邸にいてくれた事に安堵する。


(本邸だったら簡単に私を中に入れてくれなかったでしょうね)


 来る途中で庭を見た時、花壇が大分整理されていた。

 フォリムが実験やら事業やらに使っている薬草たち……

 ここにある殆どがそうなのだと、マリュアンゼが知ったのはノウル国でだ。


 誰にも言わないように、と言われて流石に怖くなったのを覚えている。こんな管理で大丈夫なのかと疑問に思ったが、別邸とはいえ公爵家に無断で入る、或いは害す者はいないそうだ。

 ……まあそうか、と思う。


 大事なそれらを片付けている事が、ここを引き払う準備を進めているのだと推察できて。


(その為に公爵様はここに通う必要があったのね)


 暫くノウル国にいるのなら、それらの場所も移すべきだろう。

 ほっと頬を緩ませるマリュアンゼにシモンズが怪訝な顔で問いかける。


「どうして大人しく待っていられないんです? あなたは」


 うんざりと口にするシモンズに、フォリムも続く。


「マリュアンゼ、今あなたに会って自棄を起こす訳にはいかないんだ。頼むから大人しくしていてくれ」


「───いや、もういっそ自棄を起こした馬鹿者という事で、平民落ちでもしてみませんか?」


「あー成る程、もう全てを放って逃げた方が救いがあるかもしれないと」


 そんな言葉を交わし合い、二人してケタケタ笑い出したので流石にちょっと引いてしまう。よく見ると二人は目の下に隈をたっぷりと溜め込んでいて……これは相当、寝ていないのだろう。


 見ていて痛々しいし、忙しい中申し訳無いのだが、マリュアンゼはフォリムと話がしたかった。


 今日のアルダーノの様子を見て、自分は国王から嫌われていると確信した。

 だからフォリムと少し会うだけの時間も貰えないのでは? と訝しみ、強硬手段を取らせて貰ったのだが……


 久しぶりに向かい合うフォリムに感動しつつ、マリュアンゼはじっとその(かんばせ)を見つめた。


「オリガンヌ公爵、急に来てしまって申し訳ありません」


 フォリムは珍しく真剣な様子のマリュアンゼに違和感を覚えたようで、目が覚めたような顔で改めてマリュアンゼを見返した。


「どうした?」


「その、婚約の事なんですが……」


「ああ」


 納得したように表情を緩め、フォリムが頷く。

 

「すまないな、何も出来ずに」


「いえ……」


 その言葉にマリュアンゼは視線を彷徨わせる。

 

「あの時……私が言った言葉は嘘なので……」


「───何がだ?」


 けれどマリュアンゼの言葉に低い声で反応し、フォリムは眉間に皺を寄せた。

 その様子にマリュアンゼは込み上げてくるものを抑えたくて、胸元で両拳を作って握りしめた。


「あのですねっ」


「あなたが今更何を言おうと、既に神に誓った後だ」


 被せるように話し出すフォリムにマリュアンゼの言葉が止まる。


「あなたは、神の前で私に生涯を捧げると誓っただろう? 私はそれを受けた。言っておくが覆すつもりは無いからな」


 噛み付くような物言いにマリュアンゼの気勢が削がれ、ぽかんと口にする。


「……え? 何の話でしょうか?」


 じろりと疲労に染まった瞳で睨みつけられ、マリュアンゼは動揺に胸を鳴らした。


「わ、私はただ、誤解して欲しくなくてっ」


 だが何がフォリムの琴線に触れているのか。見るからに深まる苛立ちにマリュアンゼの方が尻込みしてしまう。


「誤解? そんなもの、もしあなたが知らなかったと言い張っても今更許すつもりは無いからな! 兄上に、押し付けられた仕事が片付く迄あなたに会うなと嫌がらせを受けているが、もし勝手に私から離れて行ったら許さない……物理的に婚約破棄が出来ない手段を決行する!」


「ええっ?」


 婚約破棄しない!?

 ……何故だろう?

 思わず首を捻る。


 けれど先程アルダーノと話していた時、フォリムから婚約破棄を告げられる想像をしていただけで、マリュアンゼは辛くて打ちのめされていた。だから、この答えは純粋に嬉しい───のだが……いや、結婚後にあれこれさせると嫌だから、先の事を考えるとそれは良くなくて……


 頭の中がぐるぐると周り出す。

 一旦思考を区切り顔を上げれば、何故かフォリムは赤面している。どうしたんだろうか……


 そういえば婚約破棄が出来ない手段とはなんだろう? マリュアンゼは説明を求めてシモンズを見るも、残念ながら彼は今が睡眠の機会とばかりに、器用に立ったまま眠りこけていた。

 仕方が無いので自ら弁明に行く。ついでに脱線し掛けている話も元に戻す。


「あの、ですね。私は以前、公爵様に『他に好きな人がいる』と言ったのは嘘だと、そう伝えたかったんです」


 とにかく誤解とは何かを伝えてみる。

 あの時垣根越しに、フォリムとの距離を一番遠く感じた時間。それは自ら取った行動のせいだったのだと思う。

 フォリムの足音が遠ざかって行ったあの時、それが自分の失言が招いたものだと、マリュアンゼはあの時後悔した。


 だから聖堂で瓦礫の中から外に出たあの瞬間にフォリムを目にして、もう自分からは離れないと決めたのだ。自分の心を偽らないと誓いを立てて。


 出来るだけ早く取り消したかったけれど、あの一件以来全くフォリムに会えてなかった。だから、これから会えない時間に後悔を持ち越したくなくて、無理を通してやってきたのだ。


「……そう言えばそんな事を言っていたな。あの時は確かにショックだったが、それ以上に騎士の誓いが強烈すぎて、すっかり上書きされていたようだ」


 改めてしげしげとマリュアンゼを見るフォリムに少し気恥ずかしくなり、つい目を逸らす。


「気持ちがすれ違う事は悲しいと、ナタリエ様たちを見て思ったのです。だから、私はもし公爵様とそうなったら、嫌だと思って……」


 もじもじと両手で指先をいじり、熱くなる頬を誤魔化す。


「そんな可愛い事を思っていたのか」


「えっ」


 感心した風にしげしげとマリュアンゼを見ていたフォリムは、嬉しそうに目元を赤らめていた。


 ……それは本当にもしもの話で、フォリムがマリュアンゼに一定の好意を持っていてくれた場合に限るのだけれど……まあいい。それは一旦脇に置いておく。

 一つ息を整えて、マリュアンゼはフォリムをキッと見つめ直した。


「私はっ、公爵様が好きです! わ、私の気持ちはとっくに、あなたに屈していました!」

 

 段々と尻すぼみになっていく自分の声を聞きながら、熱を帯びる顔を俯けた。フォリムは大人っぽい人が好きだと聞いた事があるから、こう言った物言いは好きでは無いだろう。


 女性から沢山の好意も貰う人だから、またかと思ったかもしれない。でも、だからこそ言えるような気もした。いくつも渡される気持ちの一つ。悲しいようで、どこか吹っ切れたような気持ちもある。


「……こ、婚約破棄は、その、あなたの事を好きになってしまいましたから、した方がいいと思うのです。公爵様があちらに行っている間に考え直して頂ければと思います……

 それだけなんです、私が公爵様に伝えたかった事は。ごめんなさい、突然押しかけてっ。もう帰ります!」


 急いで踵を返すと、それを許さないと言わんばかりに手首を掴まれ驚いた。恐る恐る振り返った先のフォリムを見てマリュアンゼは目を見開く。


「公爵様?」


 そこには真っ赤な顔で、驚いた顔をしたフォリムが立っていて。その顔のままにフォリムが口を開く。


「あなたは……私を好きなのか?」


タイトル悩んだ……(´ω`)

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