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64. だから結婚いたしません


「私はフォリムには幸せになって貰いたいと思っていてね」


 優し気に話しかけるアルダーノの話の中身は、貴族によくある現実的なものだった。

 長くなるからと椅子を勧められ、向かいの席に腰を落とす。

 侍女はお茶を淹れ、声の届かない場所まで下がっている。


 マリュアンゼは向かいに座るアルダーノを真っ直ぐに見つめ、話に耳を傾けた。


「弟はあれで王弟として多くの責を担ってきた。そしてこれからも変わらず王家の為に力を尽くしてくれるだろう。だからこそ……家の中くらいは自由でいて欲しいと思っている。そこで聞きたいのだけれど、君はフォリムの人となりを知っているのかな?」


 アルダーノの科白にヴィオリーシャが声を張った。


「アルダーノ! それは二人の問題でしょう? いくら王でも、兄だとしても、あなたが余計な口を挟むものでは無いわ!」


 怒りを露わにするヴィオリーシャに、アルダーノは相変わらず表情だけは柔らかい。

 マリュアンゼは身を固くした。恐らくアルダーノはフォリムの女性遍歴について言っているのだろう。

 本人から聞いた事は無いけれど、当然ながら彼はモテるのだと、聞いても知ってもいるのだ。


「王妃様、あの、大丈夫です。その話は私も聞いた事があります」


 アルダーノの目を見据え、マリュアンゼは答えた。

 けれどマリュアンゼのそんな返答など意に介さずアルダーノは畳みかけてくる。


「君と結婚してもフォリムは他に女性を持つかもしれないよ。出来れば彼の伴侶には、それを容認出来る相手がいいと思っているんだ。けどね、彼の立場を考えると全てを放置する妻であってもいけない」


 怒りに目を見開くヴィオリーシャをアルダーノは眼差しだけて黙らせる。その様子を見ながらマリュアンゼは顔を俯けた。


 フォリムがもしマリュアンゼと結婚しても、夫となるとは限らない、という話だ。他に戯れがあるかもしれないし、その人との間に子供だって出来るかもしれない。


 恋とは言わないまでも、彼が婚約者がいながら他所の女性と遊ぶ事が今まであったのだから、これからだって同様に振る舞う可能性はあるのだ……


 フォリムがマリュアンゼとの結婚をどう思っているのかは知らないが、恐らく王族の義務の一つで、心が籠ったものでは無い、とアルダーノは言いたいのだろう。


 フォリムに外に大事な人が出来た時にそれを許容しなさいと。それでいて王族として奔放過ぎないように上手く手綱を握るようにと……


 アルダーノは、マリュアンゼに甘やかされる者では無く、本当の、公私共に仕える騎士としてやっていけと釘を刺しに来たのだ。

 けれど……

 マリュアンゼは一つ息を吐いてお腹に力を込めた。


「お言葉ですがアルダーノ陛下、オリガンヌ公爵にそれは当てはまりませんわ」


 顔を上げアルダーノをしっかりと見据える。アルダーノの柔らかい印象の容姿は、今は冷えた空気を纏い、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。マリュアンゼは膝の上で拳を握り。強気に笑いかけた。


「恐れながら、誰に言われなくともあの方は己の立場を良く分かっています。自由気ままに見えて(わきま)えた行動を。皮肉屋に思えて面倒見が良く。淡白のようでいて、とても愛情深い方だと思うのです」


 話しながら、頭に浮かぶフォリムにマリュアンゼの顔は自然と綻んだ。


「……きっと、生涯に選ぶ伴侶を間違えるような方ではありません。あの方が国の、陛下に害を為すような行動を取る筈はありません。それこそ陛下の杞憂ですわ」


 アルダーノは意外そうに目を見開いた。


「それに……私はあの方がいずれ誰を選んだとしても、生涯お仕えしたいのです。だから……」


 マリュアンゼが騎士を選んだ理由は、結局そこに尽きる。フォリムがちゃんと答えを出す筈だ。

 その時に生涯を添える伴侶じゃなくとも、誰か他に大事な人が出来たとしても。マリュアンゼの中に灯った火はもう消せない。


「陛下が危惧せずとも私たちの婚約は、オリガンヌ公爵の意思の元、破棄されると思います」


 ……結局最後まで勝てなかった。決定的な敗北。離れたく無い……

 だからマリュアンゼは騎士を目指す。

 決意を口にして自分の気持ちを改めて確認すれば、道筋がはっきりと見えてくる。

 迷いの無い自分の心を再確認し、マリュアンゼはアルダーノを真っ直ぐに見つめ返した。


「ははっ」


 けれどアルダーノはそれを受けて肩を揺らして、笑い出した。


「もう! アルダーノ!」


 えっと身体を強張らせるマリュアンゼを他所に、笑いの止まらないアルダーノをヴィオリーシャが叱り飛ばす。


「フォリムはちゃんと分かっているようで、良かったよ」


 笑いを噛み殺しながらアルダーノは立ち上がった。


「公務があるから僕はこれで。じゃあねマリュアン()、後でフォリムの話も聞いてあげて」


 そう言ってアルダーノはヴィオリーシャの肩に手を置いて宥め、静かに退席して行った。その背中を見送りながらヴィオリーシャは腕を組んでぷりぷりと怒り出す。


「もう! 本当に意地悪なんだから!」


「何が何だか……?」


 首を傾げるマリュアンゼを他所に、ヴィオリーシャはアルダーノの消えた扉から目を背けて答える。


「結局アルダーノはフォリムに幸せになって貰いたいって事なのよ」


 そしてそのまま慈愛の篭った眼差しを細める。


「えーと、何か試されましたか?」


「そうね、ちゃんと合格したわ。それより私はずっと前からあなたを推薦してきたけどね!」


 振り向き様にグッと親指を立てて笑うヴィオリーシャは可愛いけれど、公式では絶対に見せられない姿だ。一応周囲を確認しておく。


「それよりフォリムとはいつ会うの?」


 思い出したようにフォリムの名前を口にするヴィオリーシャにマリュアンゼは肩を竦めた。


 フォリムはアルダーノの命令でノウル国復興大使としての任務を全うしていて……実は全く会えていない。


 ヴィオリーシャの話ではあの時フォリムとアルダーノは国政の考え方で対立があり、随分と揉めたらしい。

 フォリムがアルダーノと表立って対立姿勢を見せる事は珍しいらしく、一時期城内は騒然としていた。父もまた慌ただしく立ち回る日々を過ごしており、マリュアンゼは家から出ないように言い付かっていた。


「その、全然……会う時間が無いみたいで……」


 マリュアンゼの返事にヴィオリーシャは気遣わし気に声を掛ける。


「そうなの……? でも彼、もう直ぐセルル国を発って暫くノウル国に滞在するのでしょう? きちんと話しておかなくて大丈夫なの?」


「ええ……」


 マリュアンゼは躊躇いがちに微笑んだ。

 フォリムに会うなんて、今勝手をすれば迷惑が掛かる事くらい、マリュアンゼにだって分かる。

 アルダーノの目がきらりと光るのが頭に浮かび、身体がぶるりと震えた。





 ───だから行動は、バレないようにこっそりと、だ。その日のまだ陽が高いうちに、マリュアンゼは邸を抜け出し、フォリムが籠っている公爵家の別邸へと向かった。


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