61. 騎士としての第一歩
「マリュアンゼ」
呼ばれてマリュアンゼは振り向いた。
ノウル国の譲位に基づくゴタゴタに、ほんの少しだけ区切りが付いた、あれから二週間。マリュアンゼは自国へと帰される事となった。
この国に来た経緯、来る道すがら、馬車の中でロアンと話した一件は、片付いた。後はマリュアンゼの預かり知らぬところで話が進んでいくのだろう。
けれど自国に戻る事に不安がある。
今回の件で、あの国王と話をしなければならない。
フォリムはまだこちらに残るそうで、帰りに付き添いはいない。マリュアンゼも説明責任は自分にある、と強がってみせたりして……
今更ながら尻込みしている。国王怖い。
けれど同行者がいる。
アスとナタリエだ。
イルム国へ帰る際、セルル国を経由してくれるらしい。
アスの体調は大分落ち着いており、馬車で様子を見ながら国へ帰る。その道中をノウル国とフォリムの護衛たちが担うのだ。
これはアルダーノの判断の後押しとなるだろう。
思いがけない話に心強さを感じ、胸を撫で下ろしているところである。
「ロアン殿下、お世話になりました」
振り向いた先のロアンに笑いかける。
彼の後ろには近衞騎士と思われる護衛が多く取り囲んでおり、出会った頃の「使用人の少ない王族」という姿は影もない。
「ああ、寂しくなるな」
その科白にマリュアンゼは目を丸くする。
最初の頃に比べて本当に、随分と態度が軟化したものである。
「でもまた会えますよ」
そんな驚きは綺麗に隠した笑顔で告げれば、ロアンは少し困った顔をした。
「そうだな、それまで達者でやれ」
「はい、ロアン殿下もお元気で」
カーテシーを取るマリュアンゼにロアンは、ぽつりと口にする。
「お前とどれだけ早く会えていたら……ティリラにしてやられなかっただろうな」
「?」
ロアンの科白にマリュアンゼは首を傾げる。
「もしかしたら、お前だったら……」
そこまで口にしてロアンは首を横に振る。
「何でも無い、最近こういう考え方が多くてな。そのうち直る筈だ」
そう言って言葉を濁すロアンは苦笑を漏らし、マリュアンゼの手を取り口付けた。
「ありがとう」
落とされる唇と科白が、ロアンの印象と真逆すぎて……
見れば顔を背けるロアンの耳は真っ赤に染まっていて、釣られてこちらも赤くなる。
「じゃあな」
短い挨拶を告げ背を向けるロアンにマリュアンゼは慌ててカーテシーをとって、その後ろ姿を見送った。
◇
それから一月が経った。
マリュアンゼは王城にある、王妃の庭に佇んでいる。王妃の騎士の一人として。
「マリュアンゼ、お茶に付き合ってよ」
笑いかけるヴィオリーシャにマリュアンゼは苦笑で返す。
「駄目ですよ、仕事中なんですから」
ノウル国からセルル国に着けば、国王アルダーノは既にノウル国の反乱の情報を掴んでおり、マリュアンゼの帰国を待ち構えていた。
ただそこでアルダーノに状況説明を申し出たのは、ノウル国の元公爵令嬢の肩書を持つナタリエ。彼女はイルムの侯爵と国外交官であるアスの妻でもある。
証言の場にはアスも同行し、結果アルダーノはノウル国の新政権へ、全面的な支援を表明した。
セルル国はノウル国の悪政からの再建を同意する。
これはノウル国の内政に関わっていた他国への宣戦布告も含まれているのだろうか……
基本セルル国は他国への侵略や介入はしない方針を貫いている。
政治的な話はマリュアンゼには分からないけれど、他国の内乱を垣間見た身としては、確かにあれに関わるのは得策ではないように思う。
けれど今回は関わらない方が自国への劣勢、と判断したようだ。この件に関してイルム国が深く関わりを持つなら、セルルは関係無いとは言い切れないのだろう。
アルダーノの前妻はイルムの王女で、彼の国との縁はセルルにとっても重要なものだ。
加えて今フォリムがノウルに滞在している事も、アルダーノの決断を後押ししたようで。
まあ、その辺の事情は一貴族でしかないマリュアンゼには分かりかねる。ただ何故かアルダーノからの視線が冷たくなったような気はするが……
それはそれとして結局マリュアンゼとロアンとの婚約話は流れた。
このタイミングでセルルとノウルで婚姻関係を結び縁を深めれば、ノウル国の向こう───前王妃の出身国から余計な恨みを買う可能性があるから、らしい。
そんな訳でマリュアンゼは今や三回も婚約破棄をされた令嬢となった。
いや、アルダーノの計らいで公式には一回だが、マリュアンゼ自身が三回だと気付いてしまったのだ。切ない。
だがロアンがアロージュ神殿での誓いを汲み取ってくれていた。
マリュアンゼがフォリムに立てた騎士の誓い。あの時フォリムもまた誓いを受けた。
それをアルダーノが認め、マリュアンゼは正規の騎士となれたのだ。
因みに今は、ヴィオリーシャ付きの近衞騎士(仮)だ。
誓いを受けたフォリムが王族である事から、近衛騎士として承認されるべきとヴィオリーシャが後押ししてくれたが、アルダーノ曰く、王族を守る近衞騎士は模範となる行動を心掛ける必要が云々かんぬん、規律がどうのこうの……
散々説教やら嫌味を言われた挙句、結果ヴィオリーシャの暫定近衛を命じられた。
とはいえ女性の近衛騎士にヴィオリーシャも喜んでくれたので、マリュアンゼとしても願ってもない事なのだが、アルダーノの空気は益々冷ややかで……
どうやらアルダーノからはいつの間にやら嫌われてしまったらしい。
ともかく目標を一つ達成し、マリュアンゼは密かに浮かれている。一方でピシリと引き締まる気持ちも覚えていた。
───王族の役割をフォリム一人に背負わせたく無い。
あの時間を経て、その思いは益々強くなっていた。




