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60. 離別 ※ ロアン視点


 彼女に会うべきか悩んだが、どちらにしても胸にしこりは残るだろうと、結局会う事にした。

 兄王の退位を強いてから一週間。向き合うべきもう一人の元へ、ロアンは向かい、歩いていた。

 ───先へ進む為に。


 以前フォリムにもそんな事を口にした事がある。

 不思議な言葉で、力にも枷にもなる。

 今は……どっちだろうか。

 そんな事を考えながら厚く厳重な扉の向こうに足を踏み入れれば、そこには取り乱し、鬼気迫った姿の妻があった。


「ティリラ……」


 牢に捕らえられているとは言え、貴人用のものだ。けれどそこに放り込まれたティリラは暴れでもしたのか、髪も服も乱れ、淑女らしさは微塵も感じられない。

 学生の頃、誰からも愛されていた様相も、今は欠片もない。そんな妻と、目が合った。


「あ、あっ! ロアン様!」


 三年ぶりに会った妻に、今更ながら冷静に向き合えた気がして、自然と笑みが溢れる。

 すると何故か驚いたような、惚けたような顔をして、ティリラはロアンを凝視した。


「嘘?! このタイミングでデレたの? 嬉しい! ねえロアン、早くここから出して! この人たちが私を罪人扱いするのよ!」


 その言葉に再びロアンは表情を無くした。


(こんな目に遭っても、やはりこの女は変わらない)


 相変わらず熱にでも浮かされたような科白を吐き、ロアンの事など……いや、誰の事も何も見ていない。自分の見たいものしか、見ていない。


「それは出来ないティリラ、お前は他国の王族に毒を盛った罪人。しかも私との縁は既に切れている。王室がお前を擁護する事は無い」


 すると今まで喜色に綻んでいた顔が一気に渋面となる。


「え? 嘘でしょう!? 私は何にも同意して無いわよ! どう言う事よ!?」


(……こんなに表情豊かだったんだな)


 ころころと変わる、こんな姿が可愛いのだと、彼女にのぼせた誰かが話していたのを聞いた事を思い出す。

 今尚、全く以てそんなこと思いもしないが。

 

「白い結婚だ」


「は?」


 我が国では白い結婚が三年続けば離縁が成立する。

 けれどそれを聞いてティリラは笑い出した。


「白い結婚って、有責は男にあるものじゃない? 確かに私たちは結婚後に初夜も無かったし、それ以降も一度も会っていないけれどねっ。だったら慰謝料をたんまり頂戴よ! そんなの、あなたが私に会わなかったせいなんだから!」


 勝ち誇るティリラにロアンは静かに告げた。


「残念ながら有責は君にある」


「っ! だからそれは何でよ! 大体私たちの結婚は、あなたが私に無理強いをしたから、その償いによるものでしょう?! ならもっと私を大切に扱うのが筋ってもんなんじゃないの!?」


 自分の事を棚に上げて筋を通せと噛み付いてくるティリラが言葉の通じない異邦人のようだ。ふと思った事が口を衝いて溢れでた。


「今私の前で叫んでいるのが、本当の君か」


 過去の媚びに満ちた眼差しを思い浮かべれば、今の姿こそ彼女の本性なのだろう。

 それを見て改めて、結局ロアンに好意を持っていた訳では無かったのだと結論付けて。

 一息吐いてティリラを見据えた。


「お前が暴行されたと診察をした医師は、免許剥奪となった」


「……は?」


 ロアンの鋭い眼差しにティリラはポカンと声を出す。


「偽証診察を請け負っていた詐欺罪でな」


「!!」


 ロアンの鋭い眼差しに耐えるように、両拳を胸元で握り締め、ティリラは叫んだ。


「王妃様が! 第二妃が用意した医者よ! 私は何も知らないもの! 大体皆あの時信じたじゃない! どうして今更私だけ責められなきゃいけないのよ!!」


「……だから再度診察を受けて貰う」


「嫌よ! 大体あなたが用意した医者なんて信用できるの?!」


 その科白にロアンはふと考える仕草を見せる。


「ならいくらでも診察を受ければいい」


「え?」


 虚を衝かれたようにロアンを見上げるティリラに、ロアンは冷たく告げた。


「お前が納得のいくまで好きなだけ診察を受けろ。だが当然ながら医師の数には限りがある。女医師だけを用意する事は出来ない。それでも良ければ何人にでも股を開いて己の望む診断を下す医師を待てば良い。勿論医師には必ず真実を告げるよう、神殿で宣誓させる事にしよう。これでいいか?」


 ティリラは口元を戦慄かせた。

 良い訳が無い。


「それと、お前は未通じゃない(・・・・・・・)と言う診断。もしあれが真実ならば、私とお前の間には何も無かった事が証明された今、婚姻前に他人と情を交わした事になる。王族に対する侮辱罪だな」


 はっと皮肉めいた笑いを溢せばティリラは震え上がった。


「ちがっ、わ、私は純潔よ! 今まで何も無かったわ!」


「では、やはり私との婚姻は偽証によるものという事だな? お前も自分の身に何も起こっていないと確信があるようだし、騙されていた訳では無いのだろう」


「ちょっと! どっちにしても詐欺罪だか偽装罪じゃない!」


 その言葉にロアンは笑った。

 薄らと。


「……その通りだろう?」


 ティリラの顔はかつて無いほど蒼白となる。


「学園時代、お前に懸想してした貴族令息は多くいた。もしあの時、妃の言葉などに耳を貸さず、そいつらと結ばれていれば或いは……」


 こんな事にはならなかった、とは言い切れないけれど───

 背中を向けるロアンに、ティリラは震える声で口にした。


「ちが、う。私、私は……あなたが好きだったのよ……」


 視線だけ向ければ、縋るように伸ばされた指先がこちらを追いかけてくる。

 ふと思う。

 愛らしい容姿を武器に周囲を手玉に取っていたあの頃より、今の本心からぶつかるティリラの方が好ましいと。もしあの頃、そんな一面を知れたなら……けれど、


「もう遅いティリラ……さようなら」


 視線を元に戻せば背中越しに息を飲む音が聞こえてきた。それを無視し部屋を出れば、直ぐに泣き声とも叫び声ともつかない悲鳴が轟いた。


「ああああああ!! どうして! 途中まで全部思い通りだったのに、何よ! どうして? 誰が悪かったのよ!? これは夢よ! 悪い夢なのよ! お願いだから、誰か元に戻してよおおお!!」


 顔を顰める見張りから目を背け、踵を返す。


 ティリラの最も重い罪はロアンの失脚……王族を害し、悪くすれば暗殺に関わった事にある。そしてその罰は最も重いものとなる。

 けれどそれを告げるのは他者に任せる事にした。既に……いや、最初から他人だった人で、情などないと改めて知ったところだ。


「助けてロアン! お願い! 何でもするから! ねえ!」


 徐々に遠ざかる声に何の感慨も持てないまま、進む。

 もう会う事は無いだろう。

 これでもう思い残す事は何も無いのだと、自分でも驚く程に気持ちに区切りが付いた。


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