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57. 兄弟① ※ 後半ロアン視点


 高く伸びる塔に太陽を背負い、ノウル国の王城は暗く翳って見える。

 ノウル国の政治に不満を持った国民は多くいた。

 その理由は首都ルデュエルに向かうにつれて顕著となる。

 マリュアンゼは軍馬の一頭を借り受け、その様を馬上から眺めて───目を逸らせずにいた。

 本来なら美しかったであろう、王都の景色がくすんで見えるのは、そこに住む民たちが背負う重たい空気のせいではなかろうか。

 

 何度も暴動があった事を思わせる、店や家の壊れた跡が、直しきれない修繕の上に見て取れた。


(城の中だけじゃ無かったんだ)


 越境の噂は当てにならない。

 そもそも情報操作があったのかもしれないけれど。

 あの城に住まう者たちは、自分たちの既得権益を守る為にここまでしたのだろうか。

 自分の為に、民を蔑ろにして傷つけて、心が痛まなかったのだろうか───


 ぎゅっと手綱を握り直し、マリュアンゼは振り仰いでいたノウル城から目を逸らした。自分たちの背後にはロアンの意思に同調する多くの民が、厳しい顔で見守っている。

 祈りの籠った眼差しを、憂慮と懐疑心で揺らしながら……





 絢爛豪華な城内をフォリムやロアンに続いて疾走し、思いの外戦えると思ったのも束の間、眼前に突きつけられた刃に身体が強張った。

 そんな自分に驚くと共に竦む身体に苛立ちすら覚える。


 マリュアンゼはフォリムと対一での訓練を積んできた。

 先の暗殺者に対処出来たのもその為だ。

 けれど実はそれしか出来ないのだ、と今更ながら思い知った。

 多方面に注意を払わなければならない今の状況に、身体は恐怖で竦んでしまう。

 反射で向ける自らの(きっさき)が、相手にとって致命的な急所であれば、という考えが頭を過り、動きに躊躇いが生まれる為だ。


 まだ「敵」に対する認識が甘い。

 その甘さが隙となり、相手にとってマリュアンゼは「急所」となる。

 その度にフォリムや、他の騎士達に手を貸してもらい、マリュアンゼの心は沈んでいった。


「こんなところで落ち込むな! 邪魔だ!」


 いつでもどこでも容赦がない。

 ロアンから飛んでくる叱責に顔を上げ、なんとか隊列の一部分として付いていく。


 ロアンも、フォリムも、他の騎士達だって、こうした場で何が起こるかを知っている。命のやりとりを……

 彼らはその覚悟を持って騎士服に身を包んでいる。

 マリュアンゼは知らず黒衣の騎士服の胸元をきつく握りしめた。


 けれど、

 だからこそ、こんなところで足を止めたく無い。

 フォリムの騎士として使命を全うするのだ。

 奥歯を噛み締め前を向く。

 最後まで───そう強く願った。





 ◇





 それは謁見の間で行われた。


 公務を放棄していたノウル国王は、まだ日の高い時間から愛妾の一人と寝室にいた。

 それに怒りを見せ暴走しかけたロアンをフォリムが止める。


 せめて引き際だけでも王として───


 彼はロアンの兄でもあるのだから。


 謁見の間に放り込まれた王はロアンの暴挙に憤り、怒号を放った。

 けれど玉座に乗り込んだ者たちにそれが届く事は無く……

 ロアンが放つそれ以上の怒りに、誰もが息を詰めていた。

 強く握りしめた拳は小刻みに震えている。


「陛下……あなたはご自分が今まで一体何をして来たのか……今この状況になっても、何も思うところが無いのですか?」


 それでも感情を抑え、静かに語る姿は痛ましく、けれど威厳すら感じられるもので不思議に思う。


「黙れロアン! 妃たちから聞いているぞ! 貴様が私から王位を奪う、簒奪者となると! これこの通り、そうなったでは無いか!」


 玉座を背後に叫ぶ王は、自分が床に這いつくばり、ロアンを見上げる現状に屈辱を覚えているようだった。

 何故こうなったかより、妃たちが植え付けて来たであろう、ロアンに対する不信が勝っているように見える。


「分からないのですね……」


 呟くようなロアンの声が広間に落とされる。

 決して少なくない人数がいるこの場で……

 ある者は固唾を飲み、ある者は肩を怒らせ事の成り行きを見守っている。


 そんな「静か」とは言い難いこの場で、彼の言葉は何故かするりと耳に入り込んでは、身体に切なく響く。

 ここからはロアンの背中しか見えないから、彼がどんな表情をしているかは分からないけれど……


「私がお前を管理(・・)した事に文句でも言っているのか!? 王として逆賊を見過ごせる筈が無いのだから、当然だろう! お前が下らぬ事を実行する前に制御した私の優しさに、何故感謝出来ない!? この兄を敬えぬ!? 何故王である私の話を聞かず、言う通りに出来ないのだ!?」


自身の発言にロアンの相貌が眇まるも、王は止まらない。


「次期国王は当然私の息子のものだ! 妃たちが手塩にかけ、素直な良い子に育てているからな!」


 その言葉にロアンはぴくりと反応する。


「素直な……良い子……? あたなはそんなものが欲しかったのですか?」


 乾いた笑みを浮かべるロアンに国王は怒りに顔を赤く染める。


「何がおかしい! 私は王だ! 王の言葉に従わぬ者などいらん!」


「いつの間に、それ程……」


 ロアンは嫌な考えを振り払うように首を振った。


「いえ、今更な事でした。もうあなたに何を言っても無駄だと、分かっていた筈なのに……陛下の妃たちの教育(・・)は、あなたを芯まで腐らせてしまったようです。それとも色ボケでは無く、真正の耄碌(もうろく)か?」


「何だと!?」


「あなたは本当に、女を見る目が無かった……いや、元々あなたに足りなかったのは何でしょうね? 妃たちに慰められて囁かれた言葉は、それ程あなたを満たしてくれたのですか? そんな───」


「黙れ! お前に何が分かる! ただの予備の分際で! 私は王だ! 王は孤独と戦わねばならん! その身を、心を、癒やしてくれた妃たちを愚弄するなど、誰であろうとも許しはせんぞ!」


 喚くノウル国王に、ロアンから憐れみとも悲しみとも言えない感情が湧いたように見えた。


「───そんなものに縋らずとも、あなたは紛れもなくこの国の王であったのに……」


 溢れたロアンの言葉にノウル国王の目が見開れる。


「僅か十五の歳で国を背負う王となったあなたは、あなたの苦しみは、私には分からない……けれど、あんな女たちに縋るしか無かったのかと思えば、例え叶わぬものだとしても、私がもっと早く産まれてこれたら良かったのにと……」


 そう思わずにはいられない。と、口にしたロアンの声は震えていた。

 迷うように揺れる王の瞳が瞬き、薄く開いた口からぽつりと言葉が落とされた。


「……そういえば私とお前の母親も違うのだな……」


 何かを思い出すように───

 

「我らの父も……沢山の女を囲っていた」


「……」


 父王もまた子が多かった。ロアンや兄王も、顔も合わせた事の無い兄弟姉妹が多くいたのだから。

 そんな中でロアンが王族として成り立ったのは、母親が侯爵家の三女という高位貴族だったからだ。


「……私はお前を厭うていた……父がまたか……と、嫌だった筈……なのに……」


 今ロアンがノウル国王セイザーに向けるものは、かつてセイザーが父に向けたものと同じものだろう。

 今初めてその事に思い至ったかのように、王は目を泳がせた。


 兄が王位を早くに継いだのは、結局父の為だった。

 あの頃、この国にはまだ忠臣がいた。

 父王の能力は平凡。

 だからこそ、このまま国を傾かせる程、女に溺れる前にと、父を上手く言い包め早々にその首を挿げ替えた。


 自分たちがまだ政権に在る中で、まだ幼さの残る新たな王に、正しい「教育」をする為に。


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