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54. 光を受けて


「い、た……い……」


 声に出すと実感が湧くのであまり言いたく無い。

 けれど耳から入る自分の声でいくらか正気になるのだから不思議なものだ。


「マリュアンゼ様……」


 ナタリエの掠れた声が横から聞こえてくる。浅く繰り返すアスの呼吸音も。


「二人共、大丈夫ですか?」


「は、い。マリュアンゼ様のお陰です」


「良かった」


 ほっと安堵の息を吐く。

 あの時、この聖堂に合わせた大きな作りの教壇を引っ掴み、三人で中に潜り込んだのだ。


 ───ゴリラ並の腕力、こんなところで役に立った! そして教壇の樫の木の丈夫さに救われて、感謝しかない!

 因みにエセ司祭にはベンチタイプのチャーチチェアを何個か投げて直撃を防いでやったが、無傷でいるかは分からない。マリュアンゼに出来たのはそこまでだった。


「っレイーズ侯爵様!」


 焦りを見せるナタリエの声にハッと意識を戻す。何よりもまずアスの治療を優先させなければらならない。その為にはここから脱出する必要がある、のだけれど……


 教壇の中はほぼ暗闇だ。

 僅かに空いた隙間から漏れる明かりも薄らとしている事から、教壇の上にもかなりの瓦礫が積み上がっていると思われる。それでもアスの様子を窺う限り、事態は切迫していて、多少強引にでもここを抜け出さなければならないのだが……


 樫の木の丈夫さに救われたものの、そのせいで外部からの音は遮断されている。そもそも救助が遅れているのか、いるのに場所が特定出来ていないのかも分からない。

 更に上にどれだけ瓦礫が積み上がっているかも分からない状況で、自分一人でこの重さを押し上げる自信は、正直ない。考えなしに下から動かして、状況を悪化させないとも限らないからだ。


 助けを待つしか無いが、アスの事を考えればそれも時間制限がある。そんな風に思考を巡らせば、ふと胸にしこる思いが頭に浮かんだ。


(もう、会えないの……?)


 フォリムに───

 ずっと一緒だと、当たり前のように過ごしていた日々が、遠い昔に感じてしまうのは何故だろう。


 あの時フォリムに背を向けられたから?

 それとも、フォリムと距離を測って遠ざかったのは、マリュアンゼの方だったろうか……


 自分の気持ちを伝えるのは、幕引きの舞台が整ってからだと、どこかで決めていた。けれどそれならいっそ、


(一度でいいから、あの人を困らせてみたかったわね……)


 せめて「何か」を残したかった。

 好きだと言う感情を誤魔化してでも残したい───残りたかった。マリュアンゼがフォリムに刻める自分という跡は、きっとそれくらいだから……

 悔しいような、寂しいような気持ちが込み上げては、自嘲的な笑みが浮かんだ。


 いつも自信に満ちたあの不遜なあの表情が頭に浮かぶ。

 もしかしたらここのままもう、会えなくなるかもしれないのだ。

 あの舞踏会の日を境に、フォリムとの婚約が無くなり、ロアンと共にノウル国へと送られた時のように……


 マリュアンゼが唇を噛み締めていると、アスの息遣いに苦しげな声が混じり始めた。


「レイーズ侯爵様っ!」


 マリュアンゼもまたアスの様子に身体が強張る。

 何も出来ない自分───騎士なのに……

 アスを抱き締めるナタリエの手が震え出した時、マリュアンゼの耳に声が届いた。弾けるように身体が動き、肩で教壇を押し上げ始める。


「ふんぐっ!」


「えっ? マリュアンゼ様?!」


 急に教壇に取り付き、押し上げ始めたマリュアンゼにナタリエが困惑の声を漏らす。


「救助が来ました!」


「えっ?」


 恐らくロアンだろう。

 教壇の向こうの惨状は分からないけれど、来てくれただけでありがたいし、奇跡としかいいようがない。


 そんなものは聞こえないという風に辺りを見回すナタリエに、構う余裕は今のマリュアンゼには無く、とにかく一心に下から教壇を押し上げ続ける。その様子を見て、ナタリエも戸惑いながらマリュアンゼに倣い、手を添えて力を込め始めた。


 押し上げるにつれ徐々に広がる隙間から、外から瓦礫を退かす音が響いてくる。

 それが段々と近付くにつれて、人の声も混じり始めた。


「……ゼ! ……マ……ゼ……マリュ、アンゼ!」


 聞こえてきたその声に、マリュアンゼは息を詰めた。


 ガコッ! という音と共に太陽の光が空から降り注ぎ、それさえ後光のように背負うロアン……ではなくて───

 そこにいたのはいつも不遜で、汗一つかかずにマリュアンゼを放り投げる人。


 けれどそこにあったのはいつも見る自信に満ちた表情ではなく、子供のように頼りなく瞳を揺らすフォリムだった。


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