53. 疾く ※ フォリム視点
フォリムがもやもやと思考に耽っていると、シモンズがティリラ宛の手紙を机から見つけ出し、フォリムに渡してきた。
「あ! ちょっと勝手に!」
「話に出た第二妃からの手紙ですね。紙質から古い物のようですし、先程の証言とも一致します」
「な、隠してあったのに。わざわざ探し出して見つけたの? 気持ち悪い!」
「ありがとうございます」
「褒めてないわよ!」
手に取り中を確認すれば、確かに証拠と呼べるものが綴られている。───これは本来なら処分されるべきものだった。
だがティリラは切り捨てられるのを恐れでもしたのか、後生大事に手元に残しておき、結果それが仇になったようだ。
「この手紙があれば、いくらでも王妃を脅せたのに、何故しなかったんです?」
シモンズの問いにティリラは噛み付くように叫んだ。
「ロアンが私を蔑ろにしたからよ! 見れば分かるでしょう! こんなに寂れた離宮で、侍女なんて一人しかいないのよ!? こんな状況じゃ、あの王妃にすぐ殺されると思ったのよ! 私はもっと対等な関係で脅したかったの! だから王妃の手紙も燃やす振りをして事前にすり替えておいたのよ!」
「対等な関係の脅し……とは?」
シモンズはそう呟いて首を傾げ、下らない思考を楽しんでいる。
正直どうでもいいが、つまり、もっと優遇されたかったという事だろう。その為「王族」が想像していたものとは違っていても、手紙を捨てる事が出来なかった、そう言いたいようだ。
最後に示した賢しい抵抗が、こちらの利になったのは僥倖だった。これでロアンに渡せる証拠が二つとなった。
ロアンの正当性が証明されれば、イルム国との国交に賛同する形で、セルル国も介入するだろう。
新たな国の創造に恩を売れば、先に兄が提示していた、婚姻という結び付きに代わる事も出来る筈だ。
ほっと肩の力が抜ける。
これでマリュアンゼと帰れる。
先日の事を謝りたい。
沢山話をしたいし、以前に言っていた王立の公園の約束だって、まだ果たせていない。
ふと窓の外に目をやる。
マリュアンゼが赴いている大聖堂。
それはこの街のシンボルのようで、街並みから離れた離宮でも良く見える。
(そう言えばさっき私は……)
考えるのはいつもマリュアンゼの事ばかりだと───
けれど思考に入りかけたところで焦った様子のシモンズが声を荒げた。
「フォリム様! この女、つい最近も男と手紙のやり取りがあったようで……っ、これ、は……!?」
手紙に目を通すシモンズにティリラは声を上げて笑い出した。
「本当、今あの場にあなたがいれば助かったのにねえ?! 運動神経抜群のセルル国の騎士団団長様! きっと今頃あの人たちは瓦礫に埋もれてペッチャンコ、よ!!」
その様子にフォリムは急いでシモンズに歩み寄る。
「何だ!? 何が書いてある!?」
勢いに任せてひったくれば、そこには彼女の元信者なのだろう、妄信に近い恋文が綴られていた。
けれど問題はそこでは無く、
「フォリム様!」
叫ぶシモンズの声と共に窓の外に黒煙が立ち登る。
「なっ」
動揺にまともな声すら出せないフォリムを嘲笑うようにティリラが告げた。
「あの第二妃様は本当にロアンが邪魔なのねえ。だったら私を優遇してくれれば、いくらでも協力したのにっ! でももういいわ。私は捕まるかもしれないけれど、あのお妃様も逮捕されちゃうんでしょう? それにロアンだってざまあみろだわ! 妻である私を愛さなかった罰よ! マリュアンゼだって……ふぐっ!?」
最後はシモンズが鳩尾に肘をめりこませ、強制的にティリラを黙らせた。もしそうでなかったら、自分がティリラを殴っていたかもしれない。
そんな事をしている暇は無いのに……
「急ぎ馬を用意しろシモンズ!」
声を荒げ、フォリムは雨の離宮を飛び出していった。




