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51. 瓦解


 二国の絆を深める婚姻ではあるが、何せ妨害勢力が現王の妃。場所こそ国内随一、国宝でもある大聖堂を押さえたが、建物の大きさに比べ参列者は限られていた。ナタリエの両親すら欠席だ。


 あの時、ロアンを庇わずナタリエを修道院に入れた公爵を、ロアンは疑っているのかもしれない。彼の味方は本当に数少ないのだ。

 それでもその舵切りに賛同する者たちと共に、彼は歩んでいくのだろう。


 聖堂の正面には横幅の広く重量感のある教壇が置かれ、その前には教典を胸に抱いた司祭が、神の元へと誓いに向かう二人を目を細め見守っている。


 奏者が奏でるオルガンの音に合わせ、アスとナタリエは二人、静々と司祭の元へと向かい歩いていく。そんな二人の背中を見送るロアンにチラリと視線を向けてから、マリュアンゼも護衛として後に続くべく足を踏み出した。


「どうだった? 私の挨拶は?」


 ふと横から掛けられた言葉に一呼吸置いてマリュアンゼはロアンを振り向く。

 吹っ切れたような、けれど切ない何かを噛み締めるようなそんな顔でロアンが胸を反らしているものだから、マリュアンゼは少しだけ申し訳無い気持ちながらも、ふふっと笑ってしまった。


「頑張りましたね」


「……お前は私の家庭教師か」


 むっと顔を顰めるロアンに、マリュアンゼの笑みもつい深まる。


「お互いの幸せを望む、素晴らしい挨拶でした」


「……そうか」


 穏やかな表情を見せ、ロアンはふっと息を吐く。


「お前の不敬のおかげだ」


「……」


 やはり不敬と思われていたか。

 微妙な顔で振り向けば、いつもの不機嫌な顔では無く、晴れやかな笑顔が待っていて息を飲む。


「ありがとう」


 ポカンと口を開けたまま呆けている自分に気づいたのは、聖堂に響くオルガンの音がクライマックスとなり、高い音を出したからだ。

 

「で、では私はお二人の傍で警戒を続けます!」


 急いでロアンに目礼し、式の邪魔にならないように脇から二人の後を辿ろうと踵を返した瞬間───


「マリュアンゼ!」


 ロアンの叫び声と共に足のタイルにピシリと亀裂が入った。その気配にハッと顔を上げれば、聖堂の壁からみしみしと音が鳴り始め、煙が立ち上っていく。

 一人、二人と参列者たちが聖堂の異変に気付き始め、そこかしこから悲鳴があがる。


 マリュアンゼは急いで状況把握に努めた。

 黒煙から連想する火器や火薬の匂いはしてこない。けれど嫌な予感を覚え、急ぎナタリエとアスに駆け寄った。


「ナタリエ様!」


 今度はマリュアンゼの叫び声に驚いたように、クリアストーリー窓がバリバリと音を立てて割れていく。


「逃げろ!」


 降り注いでくるステンドグラスに聖堂内が混乱に包まれる中、ロアンが叫んだ。その声に思い立ったように観客たちが一斉に出口に向かって走り出し、堂内は一気に騒然となる。


「ロアン殿下! 参列者の方々を外に! ナタリエ様たちは私が!」


 マリュアンゼの言葉にロアンは一瞬躊躇いを見せたが、既にマリュアンゼの方が二人に近いところまで来ている。


「無理はするな!」


 叫ぶロアンに頷きを返し、司祭と共に立ち往生しているアスとナタリエに急いで駆け寄り腕を取った。


「ナタリエ様! 急いで、こちらです!」


「ナタリエ!」


 けれど、叫び声が聞こえたと同時にナタリエ共々マリュアンゼはアスに突き飛ばされた。

 ナタリエを庇いつつ床を転がれば、マリュアンゼは己の失態を悟る。


「レイーズ侯爵様!」


 ナタリエの悲痛な叫びが聖堂内にこだまする。

 ナタリエを庇い、負傷したアスが司祭の足元に埋まっていた。


 マリュアンゼと司祭、二人同時に舌打ちをする。

 元より狙われていたのはナタリエだったのだ。

 自国の不信の証拠を握り、隣国へ通して改革を貫く一手となる為に。


「邪魔をするな小娘が!」


 マリュアンゼは突進してくる暗殺者との間合いを一気に詰めれば、目の前で驚きに見開かれる黒い瞳とかち合った。


「それはこっちの科白ですよ、暗殺者さん」


 相手の膝を思い切り踏み、動きを封じる。更に肘から出した隠しナイフを眼前に突き付ければ、暗殺者は反射で頭を後ろに反らし。マリュアンゼはそのまま司祭の膝に乗り上げ、ぶれた上体の頭部に遠心力を込めた膝を蹴り入れた。


 信じられないと見開かれた目がマリュアンゼのものと絡むが、マリュアンゼはふんと鼻を鳴らすだけだった。

 生憎こちらは毎日毎日あの(・・)騎士団団長と打ち合いをやってる小娘だ。暗殺者のくせに侮ったのが悪いのだろう。

 頽れた司祭の頭を駄目押しで蹴り飛ばし、踵を返した。


「レイーズ侯爵様!」


 泣きながらアスに縋るナタリエの純白のドレスに鮮血が染み広がっていく。その様子に息を飲み、止まりそうになる足を叱咤しマリュアンゼは二人の元へと急ぐ。


 バキリッ


 けれど不穏な音に天井を振り仰げは、側面から入っていた聖堂の亀裂が今は既に天井まで達してしまっていて。

 そしてその重みに耐えられなくなった聖堂全体が引き攣れるような音を出して、瓦解した。


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