49. 挨拶
挙式当日の青空の下、アロージュ神殿はその身に朝日を受け、美しく輝いていた。
その眩しさにマリュアンゼは自然と目を細める。
内々で取り纏め、粛々と進められていく式は、貴族らしいと言えばそうなのだろう。急ぐ理由もまた、この婚姻を決めた側の理由なのだから。
神殿には空を突く塔が五つ。それらに円形の窓がついており、その周りに彩り豊かなタイルが囲ってあるだけ。それでも酷く幻想的に見えるのは作家の手腕に違いない。
また、聖堂の天井部にあるアーチ状の窓にはステンドグラスが嵌っており───クリアストーリー窓、というやつだろうか。そこだけ七色に反射して光っていて、聖堂の場所が一目で分かる。きっと内部は神秘的とも幻想的とも言えない雰囲気なのだろう。
イルム国の重鎮、その令息は穏やかな人物だった。
今のノウルの事情を良く分かっているようで、歓待が無い事も、ほぼロアン個人の出迎えにも快く応じ、式まで時間を過ごしてくれた。
そもそもノウル国王がこの慶事の意味を理解しているのかも、もう分からないと、ロアンは自嘲するように笑っていた。それ程この国はおかしくなっている……
マリュアンゼもその意味を噛み締めるように、きつく目を閉じた。
それでもイルムがノウルとの国交に応じたのは、これ以上ノウルが他国に侵略されれば、隣国である自国にも害ありといよいよ判断した為だろう。
ロアンに説得されたのかも知れないが……
マリュアンゼは黒衣の騎士服に身を包み、二人の対面に立ち合った。
セルル国の騎士服はロイヤルブルーだ。
確か式典の際は白を着ていたと思うが、ノウルでは黒を渡された。結婚式で黒はいいのだろうかと思わず首を傾げる。
(でも、今の私には合ってるかもしれないけどね)
実はここ数日は顔色が悪すぎ、エンラは今日の出席を止めようとまでしてくれた。
説明が難しくて、マリュアンゼは自分が騎士志望だという事は彼女たちには伏せていた。なので今度は出席する為の言い訳を考えるのが大変だった。
因みにノウル国の騎士たちは、マリュアンゼが新婦の護衛騎士だと名乗っても直ぐ受け入れてくれた。
ノウル国の考え方は先進的だ……いや、
(これがロアン殿下の積み上げてきたものかもしれない)
彼は苦労してきたようだが、こうして真摯な人に囲まれているところを見ると、その道は開かれつつあるのだろう。
取り敢えずエンラに何とかそれらしい説明をし、着替えは領事館に用意してあるからと馬車に逃げ込んだ。馬車で既に待機していたロアンはマリュアンゼを見て難しい顔をしていたが、何も聞かず今日の段取りを話してくれた。
その様子を眺めてから、一区切りついた中でマリュアンゼは口を開く。
「……ロアン殿下は、ナタリエ様に挨拶をされないのですか?」
ロアンは少しだけバツの悪い顔をした。
「元婚約者が近づいては縁起が悪いだろう。折角の良縁だ」
「確かに良縁かもしれませんが……」
ロアンの様子にマリュアンゼは何となく察する。
「この婚姻は殿下の取り計らいなのですね」
マリュアンゼの指摘にロアンは諦めたように溜息を吐き、前髪をがしがしと掻き乱した。
「ナタリエは信用出来る人物だからな。あとは……相手の侯爵の人柄もナタリエに合っている、と思う」
難しい顔をしているが、その瞳はどこか優しげだ。
「よく吟味されたのですね」
ふっと笑みを溢せば、不貞腐れたような顔が目の前で口を開く。
「私のせいで迷惑を掛けたからな。せめてもの罪滅ぼしだ」
けれどその様子は何だかナタリエと重なる。自分でなく、相手を見て判断する思考が。
「……お二人は似た者同士ですね」
「は?」
思ったままを口にするマリュアンゼにロアンは素直に驚いている。
「自分の気持ちを押し殺して、遠回しに相手を思いやる。でもそれ、伝わりませんよ」
ナタリエに言った事と同じように告げる。
「……別に知らなくてもいい」
けれど返って来たのはやはり同じように、相手へ心を砕いた返事。
「それが相手の為だからですか? 自分の事を思ってくれたのに知らないまま、誤解したままで構わないと放っておくのは……意地悪ですよ」
ロアンは眉根を寄せてマリュアンゼを見据えた。
「今日は随分うるさいんだな」
「……ちょっとお節介を焼きたくなりました。だってお二人が会うのは今日で最後なのに……幸せを望むから顔を見せないのでは無くて、嘘でもいいから笑顔で送り出して下さいよ」
「最後の挨拶か……」
「それですっ、大事ですよ!」
にやりと笑ってみせるマリュアンゼにロアンも吹き出して笑った。
けれど思い出したように口籠もる。
「お前の方は……大丈夫なのか?」
ロアンが気にしているのはフォリムとの接触で、マリュアンゼがべそをかいていた事だろう。
マリュアンゼもその表情にふと影を落とす。
「ティリラ妃が罪に問われたら、オリガンヌ公爵は……」
「……彼と話せる時間が持てなくてな。詳しい話は聞けていない。だが勿論配慮はする。公爵がティリラに懸想していようといまいと、こういう形でセルル国を巻き込むつもりはないからな。だが……お前は辛いだろう」
「……」
結局フォリムがどちらなのかマリュアンゼには分からなかった。けれど、いずれそうなるのだなあ……と、今日この騎士服を着て改めて思った。
彼の隣に立つ令嬢を守り、見つめ合う二人を見守る役目を担う。
張り合っていた時とは違う気持ちが心を占めている今は、果たしてそんな姿を平常心で見守る事が出来るだろうか……そんな疑問しか湧かない。
「ロアン殿下、実は私はオリガンヌ公爵とは仮初の婚約者なのです。ですから、これはいずれ起こるべくして起こった事。私も改めて心構えをする事が出来ましたわ」
出来るだけの笑顔で告げればロアンは一瞬目を見開いた後難しい顔を作り、窓枠に肘を突いた。
「……自分の心とやらに従って出した結論がそれなのか? 不毛だな」
思わず笑って返すのは、そんな物言いをしたロアンの方がどこか傷ついて見えたからだ。
「まあ、ロアン殿下たちを見て学ぶところがありましたから、いずれ身を引く事を考えています」
私なりの挨拶をして……
「そうか……その時になったら言え。雇い先を考えておいてやる」
そう言ってロアンはむすりと口元を引き結び、そっぽを向く。
マリュアンゼもまた、ふふっと笑い、窓の外に目を向けた。