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48. 虚構 ※ フォリム視点


 フォリムは薬学に精通しており、学生時代に博士号を取得している。実はマリュアンゼが可愛いと気に入っている別邸には、その庭に咲く多くの薬草を隠す意味を持ち、飾られたものだった。

 彼がその知識を元に起こした事業は、国の治験に関わるものが殆どだ。そしてその仕事が彼女と関わる事になった、きっかけだった。


 アッセム伯爵は退役軍人で今は城勤め。城内の警備の管轄を担っている。

 どちらかというと近衞騎士として彼女に顔を合わせる方が自然だったと思うけれど……


 あの時彼女は兄に言われて治験の為に来たのだと、フォリムの前に姿を見せた。

 若草色の瞳が鮮やかで、明るい赤毛が夏の精のように眩くて、溌剌(はつらつ)としていた───




『誰のご趣味なんですか?』


 いつの間にか邸に通うようになったマリュアンゼからそう聞かれた時、フォリムは少し気持ちが冷えたのを覚えている。

 ああ、この女も……と。


 女の影でも感じ取り、嫉妬をしたのだろうかと勘ぐった。始めはフォリムに興味を無さそうに振る舞う女たちも、いつしか期待を瞳に込め、そんな駆け引きを口にするようになっていく。


 どこか失望に似た思いを込めて理由を問えば、単純に建築家と庭師を紹介して欲しいと、何の色も無い様子で笑うものだから、肩透かしを食らったのを覚えている。


 自分の趣味だと告げればマリュアンゼは目を丸くして驚いていたが、その後破顔して凄い凄いと子供のように囃し立てた。

 その時は何だかくすぐったくて。不思議と込み上げてくるものに、胸が温かくなった。




『他に好きな人が出来ました』


 何故か至急殺し屋への手配をし、相手の男を処分しなければと、そんな考えが頭を(よぎ)り。垣根越しにマリュアンゼが泣いているのが分かり、堪らず垣根に飛び込みたくなった。けれど……




『フォリム殿下はノウル国に行き、直接ティリラ妃から情報を引き出してください』


 咄嗟に思い浮かんだのは部下ジョレットの言葉。


『リランダ嬢の自白に裏付けを取るのには時間が掛かりますし、何よりマリュアンゼ嬢を一人ノウル国に行かせるのは如何かと……』


 確かにシモンズを付けたが、それだけでは心許ないと思っていた。けれどこちらも準備を整えてからだと思っていたのだ。

 リランダの尋問など、時間を掛けるつもりは無かったから。それでもやはり、少しでも早くノウルに向かいたいと思っていたので、部下の提案は心底有り難かった。


『手に入れた情報は直ぐに送れよ』


 苦笑を漏らしつつ口にするフォリムにジョレットは敬礼を返した。




 ───マリュアンゼに向かおうとする足を何とか踏み止めたのは、ティリラの持つ証拠をあともう少しで押さえられそうだったから……


 ティリラが口を滑らせて出した貴族たちとの関わり、具体的なやりとりや会話。彼女自身は大した事は無いと思っているのだろうが、それらの殆どが三年前の状況証拠に他ならなかった。


 しかももう間も無く三年前ロアンを陥れた薬を、フォリムに使おうとしている。

 けれどそもそも警戒している相手に隙なく薬を盛るなど無理な話なのだ。彼女は手練という訳でも無い。だからこそ隙を作り油断させる必要があった。

 疑いもせずこちらの言動を都合よく受け入れてくれるのは有り難かったが、その手を取る度、心にも無い言葉を吐く度、自分の中の何かを売り渡すように胸が荒んだ。

 

(もう誰の……手にすら触れたく無い)


 マリュアンゼ以外は……


 後はもう現場を抑えるだけ。だからこそマリュアンゼを遠ざけるべく、シモンズに留意するよう言付けた。

 弁明も出来ない状況でマリュアンゼとかち合い、誤解されたく無かったから。ティリラに(かかずら)っている間に顔を見れば、作戦を上手く実行出来る自信が無くなりそうだったから。

 事前に上手く説明すれば良かったのだろうけれど、こんな事をしていると、知られたくすら無かった。

 思わず奥歯を噛み締める。


 フォリムがロアンに出した条件は王になる後押し。

 だがロアンはまず、それより先に離縁する。

 そもそもロアンが自ら掴んでいる「薬を扱った医師たち」という証拠があるのだ。フォリムの出す追加の証拠は、あった方が信憑性と彼への信が増す、程度のもので、しかもそれは裁判で、の話だ。


 ロアンが離縁してから王となるまでの時間、その間に今度こそどんな横槍が入るか分からない。だからフォリム自ら証拠を押さえにいった。ロアンに直接恩を売る為に。




 

 勝ち誇ったように笑っているティリラの手を取り、無心で離宮を目指す。表情には出さないよう、奥歯を噛み締めながら歩けば、離宮に向かうにつれ、ティリラの纏う香りが強まった。


 それはノウル国では使用が禁止されている薬。セルルでもここ数年で、公的な承認が降りた時のみ使用できるようになった、特異性のある魔薬だった。


 常習性は無いが、継続して薬を取り込むと催眠が深くなる。薬が切れれば夢から醒めたように自我を取り戻すが、その間取った自分の行動に違和感を覚えない。

 調べれば薬の痕跡はあるのだが、おかしい行動の理由がこの薬だと判断するには、認知度も低い。

 恐らくノウル国の妃の国から持ち込まれたもので、未だ正規の精製方は分かっていない。セルル国でもまだ鋭意研究中の薬。


 恋という名前のついた魔薬。

 盲目という名で、対象者を夢と現実の狭間を繋ぐそれ───「邪恋」

 誰がつけたのか変なネーミングセンスだが、薬師にはこれで伝わる。そして……


 (あと一歩なんだ……)


 そうすればマリュアンゼと共に帰れる。




 あの時、ロアンの離宮に辿り着いた矢先にジョレットから早文が届いた。


 曰く、手紙には、リランダの証言では「ティリラはフォリムが自分に一目惚れをすると信じている」とあり、脱力したのを覚えている。何を急いで送ってきたのかと、その早文を握りつぶしたその先から聞こえてきた、ティリラとマリュアンゼの会話に思わず息を止めた。


『フォリムは私に一目惚れをする』


 そこには当然のように口にするティリラ妃と思われる女が笑っていた。

 正直どこにも惹かれる要素は無かった。

 そもそもフォリムは一目惚れなどしない。王族として育てられたのだから当然だ。


 眉間に皺を寄せる。

 王族……だから、婚約者の前でも虚構すら演じて見せよう。

 好意を、感情を表さない事なんて、身につけて当然の処世術だ。

 それで全てが終わるのだから───


(あと数日の事だ、間に合う)


 そう自分に言い聞かせるも、不安が心を蝕み、苛んだ。

 

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