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3. お返し

「ははあ、馬子にも衣装ですね」


 マリュアンゼを見たシモンズの第一声である。

 思わず半眼で口元が引き攣った。


 (全く。お陰で妙な緊張感はどこかに飛んで行ってくれたけれど)


 シモンズはフォリムの従者だ。

 フォリムから今日のエスコートは彼に任せてあるとのお達しがあったのが、つい昨日。


 王族であるフォリムは入場が別となる為、彼に頼んだらしい。今日の夜会に父が仕事の都合で欠席となった事に起因している。同じ理由で母も出られない。仕事中の夫を差し置いて、妻だけ夜会に参加というのは体裁が悪い為だ。


 マリュアンゼの兄は結婚しているし、今日は向こうの親族の相手をしなければならないらしい。他に近しい親類もいないので、一人で行こうと思っていたところに、フォリムからそんな連絡があったものだから、母は心底嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 ……まるで母が婚約者のようだ。別にいいけど。


 ちらりと様子を窺えば、シモンズは相変わらず何の興味も無さそうにマリュアンゼをただ見ている。


 シモンズは何というか、警戒心の強い猫のような存在だ。

 年はマリュアンゼより少し下くらいだろうか。

 真っ直ぐな銀髪にアイスブルーの瞳が、彼の冷めた雰囲気を濃く印象付ける。


 シモンズの衣装は黒地の従者服で、カサブランカの付いた、王族に連なる公爵家の紋章を胸に掲げた正装だ。これだけでマリュアンゼのパートナーでは無いが、フォリムの正式な代理人であると認識される。


 マリュアンゼは最初シモンズからは嫌われていると思っていた。けれど別邸に通うなら仲良くした方がいいのではと真剣に悩んだ。

 そして同年代の友達がいないマリュアンゼが思考を暴走させた結果、恋バナなんぞを振れば仲良くなれるかもしれないと思い切り、盛大に地雷を踏み抜いたのは記憶に新しい。

 物凄く冷たい目で見られた。物凄く。


 フォリムに、シモンズは女性嫌いなのかと聞いてみたのだが、シモンズは地獄耳でもあったらしく、次に会った時は目が冷たかった。風雪に晒されてるかと思うほど凍える眼差しで見られたのをよく覚えている。これもまた寒かった。とても。


 (男の人って良く分からないわ)


 考えて見れば自分の周りの男性といえば、壊滅的なセンスを持つ父と、薬品の実験に妹を平気で差し出してしまう訳の分からない兄が筆頭だ。その兄の知り合いのフォリムなのだから、類が友を呼びに呼んで変人でも仕方がないだろう。

 そのフォリムの従者のシモンズも然り。成る程そうか。……なんとなくげんなりする。


「面白い顔をしていないで、そろそろ行きませんか? いい加減立ちっぱなしにも飽きてきたので」


「そ、そうね」


 マイペースな従者に促され、マリュアンゼはいそいそと公爵家の馬車に乗り込んだ。


「何を持っているんです?」


 向かいに座るシモンズが、マリュアンゼがポケットを気にしているのに気付いたらしい。

 何でもないと取り繕うには、彼はいつでも視線が鋭すぎる。


「こ、公爵様に……少しでもお返しをしたくて」


 シモンズの視線から顔を逸らし、膝の上でうじうじと指先をいじれば、お返し、と呟く声が聞こえてくる。


「ハンカチに刺繍をしました」


 何故か白状するような口調で告げる。

 別に何も悪い事はしていないのだが。


「主人は喜ぶと思いますよ」


 相も変わらず平坦に告げるシモンズに、マリュアンゼは思わずぱっと顔を上げる。

 急に目が合ったマリュアンゼに驚いてから、シモンズは続けた。


「……多分、そう言ったお心遣いは嬉しいんじゃないかと」


「そ、うかしら。そうだったら良いのだけれど」


 思わぬ後援に気持ちが昂る。

 ドレスのお礼がハンカチなんて、釣り合いが取れていないのは分かっているけれど。

 それでもフォリムが受け取って、少しでも喜んでくれたら。


 そう考えると思わず緩む口元を噛み締め、窓の外に目を向けた。空の色は藍が朱を押し下げ始めている。馬車の外には同じように王城へ向かう馬車がチラホラと見え始めていた。


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