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47. 本意


「本当に、手入れがままならなくてお恥ずかしいですわ」


「可哀想に……ロアン殿下はあなたを大事になさっていないのですね」


 垣根の間からそっと様子を窺えば、ティリラとフォリムが寄り添い庭の散策をしているのが見えた。

 絵になるような二人だけれど、確かにその背景たる庭は荒れていて、花壇も雑草が多く茂っている。


 歩きにくいのだろう、しっかりとしがみつくティリラを庇うフォリムがなかなか様になっている。

 マリュアンゼは気配を消してその場に座り込んだ。フォリムがどっちなのか知りたい、聞きたい。


「私のような何も持たない男爵令嬢など、所詮は王族のひと時の慰み者にしかなれないのです」


 ぐすりと鼻を鳴らすティリラにマリュアンゼは白けた眼差しを送った。


 ……突っ込みたい。

 他者を追い落として得た場所に不満があるようだが、それこそあなたの不徳致すところでしょう、と思ってしまう。

 それとも利用され押し上げられる事は、自ら望んだ結果では無いからと、気持ちは満たされないものなのだろうか。いずれにしてもその主張は勝手としか思えない。


 ティリラがロアンに薬を使った時点で、それは自分の本意となったのだから。

 結果その行動が彼の不信を買いこの扱いならば、自らが招いたが故の現状に過ぎない。


 それにしても、マリュアンゼが会った時と本当に雰囲気が違う。被っているのは淑女の仮面では無く化けの皮と言っていいかもしれない。


 そこまで考えて首を一つ振る。

 言い過ぎだ。そしてこれは嫉妬だ。

 いくらマリュアンゼがティリラを心快く思っていないからといって、好き放題言うのは間違っている。そもそも見なくてもいいものをわざわざ見に来たのは自分なのだから。

 口元をむすりと引き結び、再び会話に耳を傾ける。


「お可哀想に。王族と一括りで考える程、不信になってしまったのですか?」


 俯くティリラの髪を掬い取り、耳に掛ける。

 はっと顔を上げるティリラは赤面し、フォリムに向かって首を横に振った。


「いいえ、そんな。ごめんなさい、そんなつもりじゃありませんでしたのよ。あっ……」


 ぐらりと傾いたティリラの身体をフォリムがしっかりと抱き留めた。


「ごっ、ごめんなさい。ねえフォリム殿下、やはり離宮に戻りませんこと? ご覧の通りこの庭は荒れ放題で歩きづらくて……お話ならお部屋でゆっくりとした方がいいと思いますの」


 上目遣いで口にするティリラにフォリムは一瞬目を見開き、そっとティリラの耳に口を寄せた。


「あの部屋に入るとあなたの香りに包まれて理性が保てなくなってしまいます。ここだから人目もあるからと、平静を装ってお話が出来るのですよ。どうか私の気持ちも、お察し下さい」


「まあっ、そんな。困りますわ、あなたは私のやっと出来た友人なのに」


 嬉し恥ずかしそうに身をくねらすティリラにフォリムは蠱惑的に笑いかける。


「友人ですから、いくらでもお力添えはしたいのです……今はまだ、ね」


「嫌ですわ、もう。婚約者のいる身なのでしょう? 誤解を招くような発言はよして下さいね」


 そう言ってころころと笑い出すティリラに、フォリムに、マリュアンゼの胸には怒りとも悲しみとも言えない感情でないまぜになる。


「婚約者だなんて……全く容認していない存在です。愛しい人はここに一人だけです」


 そう言って手に口付けを落とすフォリムにティリラは期待を込め瞳を潤ませた。


「本当ですか?」


 でもその言葉はティリラから出たものではない。

 気付けばマリュアンゼは抱えていた膝を伸ばし、立って垣根に向かい叫んだ、つもりだった。

 何故かいつものようにハキハキと喋れず、声は震えている。

 立ち上がったせいで垣根の隙間から視界がぶれ、二人の様子は見えなくなったが、身動ぐ気配は伝わってくる。


「ま、まあマリュアンゼ様? そんなところで聞き耳を立てて、端たない」


 ティリラが慌てたように言葉を連ねるが、そんなものは耳に入らなかった。

 ティリラにしてみたら、この事態が明るみになれば離縁の条件が悪くなる。きっと追い出されてもおかしくない状況となってしまうだろう。けれど、


「本当だ」


 あれこれ考えるマリュアンゼの思考をフォリムが吹き飛ばした。


 ───けれど、フォリムがティリラを選べば、離宮を出てもきっと、不自由なく暮らせる───


「私は、そう思っている」


 フォリムからの拒絶の言葉にくらくらする。

 垣根越しでもこれ程の破壊力があるのなら、成る程ナタリエが嫌がるのも理解出来る。なのに……


「わか、り……ました」


 胸元で両手を握りしめてマリュアンゼは項垂れた。


「わ、私にも好きな人が出来たので大丈夫です!」


 咄嗟に妙な気遣いを口走る。

 二人はきっと、まだ話を続けるだろうから……


 すると垣根の向こうからティリラが吹き出す音が聞こえて来た。


「あなた信じられない、不誠実すぎるわ! 仮にも婚約者がいるというのに、慎みというものが無いのかしら? フォリム様、気にする事はありませんわ。こういう方なのですから、あなたが何も気に病む必要はありません。ね、もう行きましょう?」


「ああ」


 二人連れ立って立ち去る姿が目に映るようだ。

 青々と茂る垣根を前にマリュアンゼはふらつき、べしゃりと座り込んだ。誰も横にいない場所。倒れるティリラを支えていたフォリムが思い出され、ぽとりと涙が落ちた。

 止まらない涙を眺めながらマリュアンゼは得心する。


(ああ、これは本当に、辛いわ)


 フォリムが誰を好きになったとしても、騎士気取りで使命を全うするのだと、そう思って雨の離宮にやって来た。

 けれど本当はどこかでフォリムは薬を使っても誘惑になんて乗らないし、一目惚れなんてしないと高を括っていたのかもしれない。フォリムが誰かを好きになるなんて信じていなかったのだ。


 フォリムが以前口にした、誰も好きになれないという科白は、思っていた以上にマリュアンゼに深く根付いていた。でも、


(そんなの誰にも決められない。いつ誰を好きになるかなんて、誰にも分かる筈ないのに……)


 ごしごしと目元を擦り、抑え、何とか物理的に涙が止まらないものかと試みてみるものの、サッパリ上手くいかない。

 

(でも止めなくちゃ)


 ここで涙を止めて離宮に戻る。

 もし叶う事なら、この垣根の根本に、涙と引き攣れる胸の痛みを一緒に埋めてしまいたい。

 だって自分は、やはり仮初の婚約者なのだ。


 フォリムがマリュアンゼに放った、誰も好きにならないと言う科白、きっとあれこそフォリムが自分に向けた真意だったのだろうから。拒む理由が無い相手には、言わないだろうから。


(所詮私は護衛騎士として隣国へ容易く放れる、その程度の存在……)


 もう暫くと膝を抱え、マリュアンゼが動けないまま座り込んでいると、背後に人の気配を感じ、慌てて振り返る。

 そこには気まずそうな顔をしたロアンが佇んでいた。


2章終わりです

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