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41. 恋に落ちる


 眉間に皺を寄せるフォリムにマリュアンゼは焦る。

 

(わっ、どこから聞いていたのかしら?)


 聞かれて困るような発言はしていないとは思うが、女同士の言い合いを見られ、恥ずかしくない筈が無い。

 

 シモンズや侍女がいても、例えロアンがいたとしても動揺はしなかっただろうけれど、何故かフォリムには見られたくないと思った。物凄く恥ずかしい。


 というかそもそも、どうしてここに?

 目を泳がせるマリュアンゼに呆れた視線を送るシモンズとは別に、ティリラはふっと、口元を綻ばせ、フォリムに対して丁寧に礼を取る。


「初めまして、ようこそ雨の離宮へ。私は王弟ロアンの妻、ティリラと申します」


 そう言って愛らしく微笑むティリラにマリュアンゼは目を丸くした。流石美女、礼儀を尽くせば目を奪われる程に魅了される。

 だがマリュアンゼは切り替わる前のティリラを見てるので、何とも言えなくなってしまうが……


 そっと様子を窺えば、珍しくシモンズも苦いものでも口にしたような顔をしている。侍女の方は慣れているのか、無だ。


 けれどフォリムを見れば、何故かティリラとじっと見つめ合っており、マリュアンゼの胸はどくりと、嫌な音を立てた。


『フォリムは私に一目惚れする』


 ティリラはそう自信満々に言った。

 そんな言葉、欠片も信じていなかった。

 何故ならフォリムの前の婚約者、ヴィオリーシャは宝石のように輝く美女なのだから。そもそも王城には美しい人なんて沢山いる。


 フォリムが誰かを熱心に見つめる姿を見た事がなかったから。それに───


(でも外を一緒に歩いた事は、舞踏会のあの日しかないんだわ……)


 何故かフォリムが一目惚れなど、そんな事はありえないと思っていた……つい今までは。

 見つめ合うフォリムとティリラを見ていると、マリュアンゼの胸がざわめきだす。


(そんな筈ないわ。でもだけど、もしかしたら……)


 思わず喉が鳴る。


「遠いところお越し頂いてありがとうごさいます。よろしければ離宮をご案内致しますわ。使用人が少なく至らないところも多くてお恥ずかしいのですが」


 そう言ってティリラはそっと頬を押さえて憂いのある表情を見せた。それに思うところがあるのか、侍女の表情が無から剣呑に変わる。


「あの、そんなに見つめないで下さい」


 顔を赤らめ恥じらう様子のティリラから視線を落とし、フォリムは失礼と呟いた。


「シモンズ、私はティリラ妃とは初対面の筈だな」


「ええ、俺の知る限りではありますが、お会いした事はありません」


 それを聞いてフォリムは丁寧に腰を折り、ティリラの手を取り挨拶をした。


「初めまして、私は隣国セルルのフォリム・オリガンヌ公爵です。お会いできて光栄ですティリラ殿下」


「え? 公爵、様?」


 微笑み合う二人にマリュアンゼはポカンと口を開ける。

 フォリムが女性の手を取り挨拶をする姿を、初めて見た。

 ティリラが先程話していたように、フォリムは彼女に一目惚れしてしまったのだろうか。


(え? 何これ?)


 マリュアンゼが固唾を飲んで見守っていると、ティリラは嬉しそうに頬を染め、瞳を潤ませた。

 途端にフォリムの視線がすっとマリュアンゼに向けられる。


「マリュアンゼ、君は何故ここにいるんだ」


 いつもと違う様子にマリュアンゼは焦り出す。


「わ、私は、ティリラ妃にご機嫌伺いを……」


「必要無いな、挨拶は私がするからあなたは下がりなさい」


 喉から絞り出すように答えれば、フォリムからピシャリと返事が返ってきた。


「え……」


 シモンズも僅かに動揺を見せる。


「悪いがマリュアンゼを部屋に戻してやってくれ。ティリラ妃、申し訳ありません。私の婚約者が押し掛けるような真似をしてしまい、大変失礼致しました」


 けれど動けなくなるマリュアンゼを他所に、フォリムはティリラの侍女にマリュアンゼを追い出すよう指示を出す。

 侍女に促されドアに向かいながらも、マリュアンゼは身体を捩ってフォリムを振り返った。


「……いいえ、少し戸惑いましたけれど、普段あまり人と話す機会がありませんの。酷い物言いをされましたが、その分寂しい時間はありませんでしたから……」


 しみじみと目を伏せるティリラの肩に手を置き、フォリムは優しげに微笑んだ。


「そんな悲しい事を仰らないで、私で良ければいくらでも話し相手になりますから」


 そんなフォリムの言動に衝撃を受け───






 気づけばマリュアンゼは用意された客間のソファに座り込んでいた。


 ぼやんとする頭をふらふら揺らし、そう言えばシモンズがいない事に気付く。

 思わずホッとする。フォリムとティリラが二人きりだと思うと気が気では無い。けれどシモンズが一緒なら……でも、三人で何を話しているのだろうと、頭に過る疑問は胸を重くする。


 フォリムは、もしかして怒ったのだろうか。あの場でマリュアンゼがティリラから情報を引き出そうと詰め寄っていた事に、余計な事をした、と。それともフォリムの婚約者である事を否定しなかった事を……


 婚約者らしく振る舞うように言われたけれど、あれは自国の話で今は勝手が違う……のだろうか。

 勝手、とは何だろう……ティリラだろうか。

 本当にティリラに、一目で心を奪われたから?


 頭の(もや)が重なり、影が濃くなる。


 フォリムはいつでもマリュアンゼを真っ直ぐ見つめてくれた。それは意地悪だったり悪戯だったりと、必ずしも優しいものでは無かったけれど。心が篭っているものだった。

 でもそれは今までは、の事で、もう変わってしまったのだろうか。


 それとも、もしかして本当にティリラ妃を好きになってしまって、マリュアンゼに婚約者面して欲しく無かったのかもしれない。

 

(……もしそうだったらどうしよう)


 肩が震える。

 フォリムがマリュアンゼと婚約したのは自身に都合が良かったから。

 ヴィオリーシャとの婚約破棄後に寄ってくる女性が沢山いたから……その牽制の為で。でもだから、もしフォリムに他に好きな人が出来たらマリュアンゼは用済みとなる。


(考えてみれば当然の事だけれど……)

 

 マリュアンゼが騎士を目指したのは、フォリムに認められたかったから。もしフォリムが相応しい誰かを傍に置いても、騎士となれば、近衛にまで登り詰めれば……勝つまで挑む時間が得られると思ったから。


 けれど、今こうしてフォリムがティリラを選んだかもしれないと考えただけで、あの時と同じように思えない自分がいる。

 そんな自分に今更気付く。だって本当は、本当の自分の気持ちは───


 座り込んで、頭を落としたまま考え混んでいたのは僅かな時間だった筈なのに。

 気付けば部屋は薄闇に包まれていた。

 そんな中、見つめていた足元の影が色濃く染まり、ふと顔を上げた。


「……何をしているんだ?」


 そこには相変わらずの不機嫌でロアンが佇み、マリュアンゼに濃い影を落としていた。


「……それはこっちの科白です」


 ぽつりと呟くマリュアンゼにロアンは僅かに眉を顰めた。けれど今は王族に対する不敬も気にならなくて、マリュアンゼはロアンをキッと睨みつけた。……つもりだった。


 ロアンが勝手に何処かに行っていたせいで……いや、それは八つ当たりだけど……


 噛み締めていた口元は戦慄いて、ぼろりと溢れる熱に強張りを溶かされ、しゃくりあげる。


「こ、公爵様があ……」


 ぎょっと身を引くロアンの服の端を引っ掴み、力の限り握りしめた。高そうな衣装がクシャリと皺になったけれど、そんな事は気にならい。自分とロアンの向き合う足の間に落ちていく涙が、まるで他人事のようだ。


(人を好きにならないって、誰も好きになれないって言っていた癖に……)


 涙を零せば、滲んだ視界に浮かぶのは見つめ合う二人。

 その姿に絞られる胸に、マリュアンゼははっきりと自覚した。

 マリュアンゼの本当の気持ち───


 ただ理由もなくフォリムの傍にいたかった。

 あの強くて傲慢で自分勝手な仮初の婚約者に、勝ちたい勝ちたいと見て、見続けて……


 自分がいつからかフォリムを好きになっていたのだと、今更ながらにマリュアンゼは思い知ったのだった。


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