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40. ロアンの嫌いなもの


 ティリラの住む離宮───そもそもロアンが持つ離宮は大きく分けて三棟から作られている。これは公的な妃の数に決まりがあるからだろう。


 どの棟も同じ大きさのようだが、ティリラ妃がいるのは正面から向かって左、「雨の棟」だそうだ。

 因みに正面は「グロリオサ」。向かって右は「雪の棟」というそうだ。

 グロリオサはノウル国の国花。で、左右の名前の由来は何だろうとエンラに尋ねたところ、「ロアンの嫌いなもの」だと聞き、微妙な気持ちになった。多分彼は色々拗らせている。


 女性嫌いなのはいい加減分かったが、これでは自ら症状を加速させているだけだ、と思う。


 雨の離宮の入り口まで足を運べば、ティリラ付きの侍女が迎えにきていた。エンラが手配してくれたのだろう。その後ろをシモンズと共に着いていく。


 離宮内は、歩いているだけでも手入れが不十分なのが分かる。

 掃除が行き渡っていないし、恐らく換気もあまりしていない。どこか篭った空気に妙な匂いが混じって鼻をつき、顔を顰めそうになる。


 前を歩く侍女が止まり、ティリラの部屋と思われる扉の前で頭を下げた。

 シモンズと目線を合わせ、ノック後に一呼吸置いてドアを開ける。ツンと鼻をつく香水の香りがぶわりと顔を包み、思わず息を止めた。

 離宮内に篭っていた匂いの残滓は恐らくこれ。匂いに耐えつつ少しずつ扉を開けてゆくと、普段の侍女の開け方とは違うのだろう、中の人物が驚いた様子でこちらを振り返った。


 ストロベリーブロンドに淡いブラウンの瞳の愛らしい顔立ちの少女、のような、年齢的に女性と呼ぶべきだろうか……

 確かに美女ではあるのだが。既婚女性にしてはセンスが若いようで、一瞬見誤ってしまった。

 彼女たちは卒業後に結婚しているから、二十一歳の筈だ。

 けれどティリラは一見して庇護欲をそそられる美女であり、その服装は彼女の容姿と似合って見えるのだから不思議なものだ。


 つい見入っていると、ティリラは瞳を激しく瞬き、口元を手で押さえて震える声で口にした。


「え? マリュアンゼ……? どうしてここに?」


 その言葉にポカンとするマリュアンゼに、シモンズと侍女の視線が痛い程突き刺さった。






 ◇






「あなたはフォリムに嫌われているんだから、別れなさいよ!」


 ……というのが、彼女───ティリラ妃の第一声だった。

 そしてその後続く特異な科白の数々。


「よく分からないんだけど、ロアンを攻略出来なくてさ。公爵家の嫡男でもいっかなー? とか思ってたら、なんか偉い人たちから応援されちゃって? 結局ロアンと結婚出来たんだけどさあ。

 ロアンの攻略をちゃんとしなかったせいか、こんなところに押し込められたまま三年も我慢する羽目になっちゃったんだよねー。しかもだーれも助けに来てくれないし? それに今更実家に返すとか言われたりして? 超困ってたんだけど、あんたが出てきたんなら、フォリムのストーリーが始まってるって事だと思うんだよねー、良かったあ。ねえ、肝心のフォリムはどこなの? って嫌われてるんだから知る筈無いか。───ねえ、どこなの?」


 最後はシモンズの方に顔を向けながら話を区切るティリラに、マリュアンゼの思考は全く追いつかない。

 どうしたら良いのか分からなくなったマリュアンゼは、取り敢えず侍女が出してくれたお茶を飲み一息ついた。

 ……一応確認しておくが、余裕は全く無い。

 地に足を着けた考えが欲しくなり、室内を見回してみる。


 ティリラの部屋はピンクで統一された可愛らしい雰囲気のものだ。ピンクの棚、白のレースのカーテン、天井画は天使だ。

 現実味が無い……

 思わず顔を俯ければ、何となく目を逸らしていた存在感のありすぎるテーブル。

 果たしてどうやって色味を出したのか、職人の技術力を窺えるパッションピンクのテーブルには可愛らしい猫の絵柄が描き込まれている。チカチカした目を一度閉じ、チラリとシモンズに視線を向けて見た。しかし彼は何かが切れたように静止している。

 ……ちゃんと息をしているのだろうか。


「あの? シモンズ、さん?」


 恐る恐る声を掛けると、目だけがギョロリとマリュアンゼを向くものだから、()せないように必死にお茶を飲み干した。


「お答え出来ません」


 無感情に答えるシモンズの回答に、ティリラは片手をひらりと振り笑って答える。


「気にしなくていいわ、フォリムは私に会えば一目惚れするんだもの」


(……何かしら、この思い込みというか自信の強さ。リランダ嬢に似ているわ)


 マリュアンゼは指先を口元に当てて考えを巡らす。

 確かリランダも自分は好かれて当然だと言う態度だった。

 どちらも美しい、可愛らしいを持ち合わせた美人で、だから何となく納得していたが、良く考えれば、それはおかしい事だったのかもしれない。


 確かに実際ジェラシルのように浮かされた者たちもいた。

 ただ貴族には美しい人が多い。

 更にはセルル国内だけでも、高位貴族には高嶺の花と呼ばれる令嬢が、片手で足りない程いるのだ。


 将来を約束された男性が、一目惚れしたという理由だけで身分を捨て、身一つで生きようと思うものだろうか? 正直、合点がいかない。


(でも男の人は、振り回されるのが好きなものだって言うしなあ……ちゃっかり良妻賢母の奥さんを貰ってるお兄様情報だから、あんまり当てにならないけれど)


 確かにフォリムは性格の悪い女性は好きそうだ。

 気丈で、高飛車で、俺様で自信家な上、実はナルシストも入っているから、リランダやティリラのような手強そうな女性は案外タイプなのかもしれない。

 ……ん? なんだこれ、もやっとする。


 けれど思い出す。

 フォリムはリランダには興味を持っていないようだった。と、いう事は、フォリムは一時の恋で将来を棒に振る可能性が低いという事だ。

 

「……フォリム殿下は一目惚れなど、なさるような方ではありませんよ?」


 よく分からないが、相手のペースから抜け出したいので、真っ当な意見を言ってみる。

 フォリムが一目惚れなんて考えられない。……むしろ打算的な恋愛もどきしか出来なさそうなのに。


 ちょっと言い過ぎかもしれないが、誰が聞いている訳でもないので良しとする。だがティリラは思い切り顔を顰め、反論を口にした。


「はあ? あんた何言ってんの? っまあいいわ。マリュアンゼはそういう勘違いキャラだもんね。自分の事を大事にされてるとか、愛されてるとか思い込んじゃって、実際は嫌われてる事に気づかないんだから。そのくせ婚約者に付き纏って迷惑がられちゃってるんだから。ナタリエより酷いわよね」


 ……随分な言われようである。

 流石にそんな思い込みはしてないし、フォリムに愛されてるなんて勘違いした事は無い。

 ……もしかして毎日のように押しかけていた挑戦という訓練について言っているのだろうか? あれを迷惑と言うなら婚約破棄すれば良いのであって……いや、それは関係ないか。


 ティリラは確認するまでも無く初対面だ。なのにそんな事知っているだろうか? ……調べたのだろうか? いや、この離宮の様子を見るに、ロアンが彼女に情報を与えるような伝手を容認するとも思えないのだが……かろうじて室内に押し込める手段として、内装を彼女好みにしているだけのように思う。


 口を歪めて笑うティリラに呆れつつ、その話は一旦脇に置く事にする。


(元気そうだし……私が心配するだなんて、おこがましかったかしらね)


 それよりマリュアンゼはティリラが口にした名前について自身の記憶を探った。


 ナタリエ。

 それは確かロアンの元婚約者では無かったろうか。何があったか知らないが、三年前、彼女は戒律の厳しい修道院に入れられてしまった。

 それまで何の瑕疵も無い令嬢だったが、ロアンを男爵令嬢に取られた事で親の不興を買い、修道院送りになったのだそうだ。


「ティリラ妃、こう言っては何ですが、大丈夫ですか? その、色々と……」


 取り敢えず分からない事が多すぎるので、無難な疑問を投げかける。


「まあ、あんたに言っても、分からないわよねえ。それよりフォリムはどこにいるの……」


「……自国にいるとしか……」


 微笑で返すマリュアンゼを、ティリラは苛立ちを込めて睨みつけた。が、直後、はっと目を見開いて固まった。その視線はマリュアンゼから僅かに逸れ、背後に注がれているようだ。


 違和感のある様子に眉を顰め、ティリラの視線を辿ったマリュアンゼもまた、静止する。シモンズだけは冷静に腰を折り、礼を取って口を開いた。


「フォリム殿下、いつお着きに?」


「今だ。だがどういう事だこれは?」


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