29. 届かないもの ※ フォリム視点
宰相の姪を牢に放り込み、フォリムは苦虫を噛み殺した。
(何故ついていった)
思い返すのは大した抵抗も無いまま、ロアンの後に続いた自分の婚約者。
(……そうだ、婚約者だ)
婚約破棄するつもりなど、無い。
何ならマリュアンゼがデーデ領へ行く事も妨害するつもりだった。
人を好きになれない。
王族だから、王族として。個への執着は捨てるよう教育されてきた。だからといって、何もせず自分の手にあるものを諦められるほど、聞き分けの良い子供でも無い。
煌めく新緑の瞳。
笑う時も怒る時も、その瞳はいつでもフォリムを惹きつけた。
けれど兄の言葉に、本能に近い部分で矯正されてきたこの身体は、怯んだ。
だがそれ以上に、マリュアンゼと過ごしていた毎日が無くなると考えただけで、目の前が暗くなる感覚が襲うのだ。
それは別に今迄と変わらない、誰もいない道。……なのにこれまでどうやって歩いて来たのか、それがもう分からない程に、あの令嬢はフォリムを埋め尽くしている。
「今迄と同じ」に怯える自分に、苦い笑いが込み上げた。
どちらが怖いか。
一人か、兄か……
思いを馳せれば赤い癖毛の令嬢が、明るく笑う姿があった。
(なのに……)
イラリとこめかみに力が篭る。
恥ずかしさをごまかしてハンカチを押し付けて来た姿が蘇る。
子供のような所作だったのに、首まで真っ赤にしてそっぽを向く姿は可愛らしくて、フォリムは柄にもなく固まった。
その後お礼を言う隙も無いままさっさと馬車を降りて行ってしまって……慣れていないのだろうか。
そんな事を考えては頬が緩み、こちらまで赤くなる。
たったこれだけの事で浮かれ、騒ぐ自分自身が信じられない。けれども確かに胸は満たされていて。
そして自分だけが振り回されているのかと思うと、妙に寂しく悔しい気持ちになる。
あの時、ロアンに連れていかれる後ろ姿に、こちらを見て欲しいと、行かないで欲しいと思わず腕を掴み、ふいにヴィオリーシャの事が頭に浮かんだ。
───届かない想い。
どれだけ努力しても、相手を好きでも。
受け入れられない気持ちを向けられる事は他にもあったし、知っていた。
それなのに自分の手が虚空を彷徨い、闇に消える様を思い描けば、背中が薄ら寒く感じてしまうのだ。
離れていく腕を掴み直し、勢いに任せてきつく抱きしめてしまいたいと思った。
分かっている……あの場でマリュアンゼがフォリムを選べば、ロアンへのセルル国からの不敬が重なる。
そのせいでフォリムが何も言えなかったのもあるが、マリュアンゼが自分の声に振り向かず行ってしまう姿を見たく無かった。
たった一人に浮かぶ様々な感情。
明るいものから仄暗いものまで、全て。
───人を好きになれない。
それは、そうかもしれない。
けれどこれは好きという純粋な好意では無いのだと、フォリムはまだ言い訳のように自分に言い聞かせていた。
すみません。昨夜投稿した28話ですが、最後50文字くらい追加しました……
あってもなくてもいいような箇所なのでスルーして貰ってもOKです