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26. 隣国の王弟───ロアン


 マリュアンゼが王城の回廊をのしのしと歩いている自分に気付いたのは、視界の端に映る侍女の顔が引き攣っていたからだ。

 はっと周りを見回して、気を取り直して歩き出す。

 

(いけないわ)


 宰相との話が終わり、そのまま帰ろうと歩いていたのだが父を思い出し、方向転換したところだ。


 変わらずムカムカする胸を、フォリムを負かせる妄想で溜飲を下げていたけれど、考え事は不注意に繋がる。


 角を曲がった途端、何かにドカッとぶつかり顔面を強打してしまった。


「いった……ぃ」


 向いから来ていた誰かを避けきれず、被害にあった鼻を摩る。


「何だ、誰だ?」


 不機嫌そうな声に釣られて上を向けば、眉間に皺を寄せた知らない男性が立っていた。


 マリュアンゼは慌てて数歩下がり距離を取る。


「大変失礼致しました───」


「ガサツな侍女だな。この城にはこんなのしかいないのか」


 こちらの科白が言い終わる前に届いた大変に不機嫌そうな声には恐縮しかない……きっとこの城の侍女はもっと礼儀正しい。


「申し訳ありません」


 聞き覚えのある声に振り向けば、精悍な顔立ちの騎士───ジョレットが控えていた。

 恐らくは勤務中のようではあるが、ジョレットは気遣わしげにマリュアンゼに声を掛けてくる。


「大丈夫ですか? マリュアンゼ嬢」


 相変わらず紳士な騎士の鏡はマリュアンゼの様子を丁寧に確認してくるが、打ったのが鼻なので恥ずかしさもあり恐縮してしまう。


「ええ、はい。その、ご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません」


 改めてぶつかった本人を見ると、憮然とした顔でマリュアンゼを睨んでいたが、目が合うとふいと逸らされてしまった。


(誰かしら……)


 夜のように黒い髪に金の瞳という、珍しい光彩が美しい。顔立ちも整っていて男なのに綺麗な人だ。

 年はマリュアンゼより少し上、位だろうか。

 苛立ちを含んだ気怠そうな雰囲気が、どことなく近寄りがたいし機嫌も悪そうだ。多分その原因の一部は自分にあるのだろうけれど……


 マリュアンゼは社交にあまり顔を出さないが、貴族に必要な知識だけはある。

 家庭教師の似顔絵や備忘で貴族の名前や特徴はほぼ暗記している。なのでこれ程見目が良いのなら、家庭教師も絶対に資料に盛り込んでいそうなものだが……記憶をほじくり返しても思い当たる人物は浮かんでこない。


「じろじろ見るな! 不躾な奴だ!」


「! はい! 失礼しました!」


 こちらを向きもせず横顔で冷たく言い放つ、名前も分からない誰かに再び謝罪の意を示す。

 近衞騎士副団長であるジョレットが警護をしている事から、高貴な身分なのだろうとは思うけれど……

 マリュアンゼは丁寧に腰を折り頭を下げ、端へ寄った。


 その様子を見て一息おいてから、探るような声が聞こえてくる。


「……知り合いか」


 これはジョレットへの問いかけのようだ。


「はい。上司の婚約者です」


 ある程度距離を取ったところで警戒でも解かれたのか、こちらを振り返る気配がする。


「そうか……」


 何故か安心した声音に内心首を傾げていると、別の方から低い声が耳を打った。


「マリュアンゼっ」


 はっと息を飲み視線だけ横に滑らせれば、息を切らせたフォリムと、その後方にリランダが見えたので……マリュアンゼはむっと顔を顰めた。


「フォリム殿下?」


 けれど黒髪の青年から発せられたその声が、マリュアンゼの中で何かを繋げた。


「っ、ロアン殿下」


 急いでいた足を止め、フォリムは黒髪の青年と対峙する。

 因みにマリュアンゼは許可を貰っていないので下げたままである。それにしてもこの体勢……案外辛い。


 城内に限らずこういった場合は道を空け、高貴な人が通り過ぎるのを待つのが礼儀だ。とは言え段々と腰が痛くなってきた。侍女って偉いなと思う。


 ぷるぷる震えていると、ジョレットがロアン殿下に問うてくれたのか、「楽にしろ」と声が掛かった。

 ジョレット様、相変わらず優しくていい人だ。


 そろりと背筋を伸ばし視線を上げると難しい顔をしたフォリムと、どこか気怠そうに目を逸らしているロアン───恐らくこの人が隣国ノウルの王弟なのだろう。

が、向かい合っていた。


 それはさておき何故ここにいるのだろうか。


(デーデ領で迎える事しか考えていなかったから、てっきり向こうで会うものだと思っていたけれど)


 そう言えばまだ名前など諸々を聞いていなかったなと、マリュアンゼは内心ぼやく。恐らく先程宰相が言っていた「準備」の中に含まれている項目だったのだろうけれど。


(今このかタイミングで会って良かったのかしら……)


 配慮するのは宰相側だと思うけれど、一応気にしておく。

 マリュアンゼがあれこれ悩んでいると、ロアンが口を開いた。


「お久しぶりです……もしかして、そちらが?」


 そう言ってロアンが指し示したのはリランダだ。

 リランダは目をキラキラさせ、胸の前で両手を組みロアンを熱心に見つめている。


「初めましてロアン殿下! ……うわあ、思っていたよりずっとカッコいいー」


 また身分が上の相手に勝手に話し掛けている……

 マリュアンゼは内心呆れ返ったが思い直す。


(今回はいいのよね。オリガンヌ公爵が庇うだろうから)


 ふん、とマリュアンゼは内心やさぐれる。

 常識人のジョレットが眉を顰めているが、リランダにはどこ吹く風だ。


 けれど、ロアンにはリランダの様子の何かが刺さったようで、途端に眼差しに険が含まれた。


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