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24. マリュアンゼの決意


「デーデ領をご存知ですかな?」


 メイドが淹れたお茶を勧め、宰相は首を傾げた。

 二階にある宰相執務室とその応接室からは、王城の庭園がよく見える。庭師によって趣向を凝らされたそれを背景にしているせいか、差し込む光も相まって宰相の油断のならない雰囲気を和らげて見せる。それだけで緊張が緩むように感じるのだから不思議だ。


「デーデ領……」


 とは言えそのまま気を抜いて話せるような相手では無い。緩みそうになる気を引き締め直し、マリュアンゼは宰相を見据えた。

 デーデ領は、ノウル国に隣り合わせた辺境伯の一人が治める領地の事だ。


「ええ」


 首肯するマリュアンゼに宰相もまた頷く。


「そこにノウル国の王弟の訪問が決まったのですよ」


 ソーサー毎カップを手にしたまま、マリュアンゼはその話に聞き入る。


「それはつまり……」


 お見合い───というか品定めと言ったところだろうか。

 ……だとしたら困るのではなかろうか。

 出てきた相手が何の変哲も無いただの伯爵令嬢だなんて。

 躊躇うマリュアンゼに察しよく気付いた宰相は、ふっと口元を綻ばせる。


「問題ありませんよ。先方には了承を得ております。これは利を結ぶ縁。当人同士の意思は問題はありません。ただまあ……今後の段取りの一つとして、あなたとロアン殿下に面識があった方が良いだろう、というのがアルダーノ陛下のお考えですから」


「……そうですか」


 確か隣国のロアン殿下は恋愛結婚だったような。

 けれど夫妻の間に子を授からず、第二妃を求められているのだとか。

 そんな二人の仲に割り込むのだから当然風当たりは相当厳しいだろう。


 成る程と思う。

 なかなかお互い(・・・)の利権が一致しているようだ。

 マリュアンゼはノウル国に、外交としては旨味のある相手かもしれないが、ここセルルにとっては、婚約者を打ち負かした暴れ馬のような令嬢だ。

 それを渡して国交が成り立つなら、割りにも合うだろう。


 例え嫁ぎ先でマリュアンゼが冷遇されようと、元は伯爵令嬢。王族から見れば程度は低いが、貴族としての教育は一通り受けている。更に貴族の結婚とはどういうものかも、勿論分かっている。


 父も城勤めだ。

 王命には逆らわないし、マリュアンゼもまた父の立場を悪くしたいとは思わない。

 もしかしたらそんな家族の仲もこの宰相は把握していたのかもしれないが……

 

 そんな事を考えるマリュアンゼを、宰相は目を細め眺めている。

 けれどやはりその目は笑っていない。


「こちらの想定としては、視察の相手の話役───といったところでしょうか」


「分かりました」


 視線をティーカップに落とし、マリュアンゼは静かに頷いた。


「あなたにはロアン殿下の護衛をお任せしたいと思っています」


「……っ」


 どうですかね、笑いかける宰相に、マリュアンゼは動揺を見せる。

 何故ならこれはマリュアンゼの望みを叶える提示だからだ。



『お父様、私は騎士になりたいです』


 マリュアンゼのその言葉を聞いて父、アッセム伯爵はソファから滑り落ちた。


『き、騎士?』

 

 驚くのも無理は無い。この国に女騎士はいない。

 けれど他国では重宝されている。

 高貴な身分の女性に同性の護衛を据えられれば、男性では立ち入り難い場所も注意が行き渡る。


 ただこの国で前例が無いというのなら、マリュアンゼがその第一人者になればいい。

 何よりマリュアンゼは……


『オリガンヌ公爵に勝ちたいのです』


 そう言って眼差しを強める娘に、アッセム伯爵は口を開けて固まった。


『だから私は騎士になります。その為の活路は自ら開きます。ですが、前例の無い事に挑戦する為、お膳立てが欲しいと思います』


『それがお前の望みだと……』


 マリュアンゼは国外に出て行くのだから、その時間は極僅かだ。それでも何も残せないのは悔しい。だから───





 父はマリュアンゼがオリガンヌ公爵家別邸に通う事が、逢瀬だとは信じていなかったようだ。

 ついでに言うと、その立場からマリュアンゼがフォリムに挑んでいた事も知っていたのかもしれない。

 

 父は息を吐き出し、分かったと口にした。


『ではそのように取り計ろう。……マリュアンゼ』


 父の返事に胸を撫で下ろしたマリュアンゼは、名を呼ばれて顔を上げる。


『お前の望みは本当にそれで合ってるか?』


 合っています。

 そう口を開こうとするも、言葉は出ない。

 代わりに頷く。

 ちぐはぐした自分の動作に違和感を持ったが、掴みきれないその感情はやり過ごす事で済ませた。


『そうか……なら、大丈夫だろう。分かった、暫く待っていなさい』





 そうして待って、今この場で宰相との話し合いの上、示された騎士の道。

 前例の無い事をしている時点で、それが安心安全な訳は無く。

 だから───


「ありがとうございます。お役目謹んで拝命させて頂きます」


 マリュアンゼは宰相の顔を真剣に見つめ、頷いた。


「ではそのように。デーデ領へのロアン殿下の訪問は急な話でしてね。……二週間後になります。あなたには直ぐに王都を発ち、準備をしておいて頂きたい」


「分かりました」


 生真面目に頷くマリュアンゼに目を細め、宰相は立ち上がった。


「ゆっくりしていって欲しいと言えなくて申し訳ありませんが、予定が立て込んでおりましてね」


「いえ、お時間を頂きありがとうございました」


 同じく立ち上がるマリュアンゼの視界にある光景が飛び込んできた。


 後ろを向いているけれど、姿勢の良い凛々しい体躯に焦茶色の髪の……


「公爵様?」


 思わず口にしたマリュアンゼに、宰相は後ろを振り返り、ああと声を漏らした。


「先日の非礼をお詫びしたいと泣きつかれましてね。殿下にも寛容な心を持って頂きたいものですし……それに我々は大事な役目を持つ者同士。仲良くやっていきたいですから」


 フォリムの影から覗くサラリと伸びる金髪には見覚えがあった。


「リランダ様」


 舞踏会のあの時、フォリムはリランダを怒っていた。

 でもそれはあの場で……もしかしてマリュアンゼが一緒だったから?

 それで今はもう禍根を無くすために一緒にいるのか。貴族だから。もうマリュアンゼはいなくなるから。

 呆然とするマリュアンゼに宰相は笑みを深める。


「もしかするとあの子を我が家で養女に迎えた方が良いかもしれませんねえ。弟は渋っていますが、家格というものがありますから。マリュアンゼ嬢もそう思うでしょう?」


 笑いかける宰相にマリュアンゼは心の籠らない声で返す。


「……そうですね」


「殿下にも相応しい女性を選んで頂きたいですし……」


 その後何やら続いた宰相の言葉は耳に入らなかった。そして逸らせない視線の先にいる二人を何故か食い入るように見てしまう。


(私の事は……女性避けだと思っていたけど)


 マリュアンゼはぐっと拳を作る。


(むしろ邪魔だったって言われてるようだわよ!)


 きつく奥歯を噛み締めるのは、鼻の奥がツンと痛むからだ。


(絶対勝ってやるんだから……っ)


 改めて決意を胸に秘め、マリュアンゼは応接室を後にした。


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