23. 宰相──ウェンジス侯爵
舞踏会の一週間後、マリュアンゼは父に付き添われ登城していた。
理由は宰相閣下からの呼び出しである。
本来婚約に関する話なら、マリュアンゼを通す必要は無い。
けれど父は新たな婚約に対し、深刻な顔でマリュアンゼに告げてきた。
いつに無い父の表情。
そしてフォリムとの婚約破棄の話。
何だろうこれは……
(望んでいた筈なのに)
「お前は隣国に向かい、あちらの王弟と婚姻するつもりがあるのか?」
何かを訴える胸を押さえ、マリュアンゼは睨みつけるように父を見据える。
「それが貴族だと思います。家の為の利を取る。少なくとも私は家だけでなく、国の為にもなる婚姻に恵まれた、貴族令嬢として高い栄誉を与えられたのでしょう。しかし……瑕疵は良いのでしょうか?」
「そうだな」
フォリムを含めて二回も婚約破棄をしている令嬢となる。
「だが体裁を繕うのはあちらの仕事だ。……それより冷静だな」
そうかもしれない。
再びの婚約破棄。
その上隣国の王族への輿入れ。
けれど……
黙すマリュアンゼに父は、そうかと口にした。
それから机の上から一通の書状を取り出して広げてみせる。
「宰相閣下からお呼び出しだ」
「宰相閣下……?」
「詳細をご説明下さるそうだ」
マリュアンゼは僅かに怯む。
そうだ、隣国の王族に嫁しに行くなどと、きっと国単位での政策やら政略やらがあるのだろう。
知っておかなければならない事は多い。だが、
「お父様……」
何故こんなに胸が重いのだろう。
つい昨日フォリムと明日の約束をしたばかりなのに。もう会えなくなってしまった。こんなに簡単に……
「マリュアンゼ、お前の望みは何だ?」
父の言葉にマリュアンゼは瞳をぱちりと瞬いた。
「宰相閣下に訴えたい事は何かあるか」
「それは公……」
口にしようとしてハッと思い留まる。
『公爵様との婚約破棄に納得がいかない』
頭に浮かんだ科白にマリュアンゼの心は何故か動揺する。けれど、
(その通りだわ!)
元々破棄はするつもりだったとは言え、勝手な横槍のせいで、気持ちの整理もつかないし納得いかない。
(私はまだ……)
「望みは───」
マリュアンゼの口した願望に、父は椅子から滑り落ちた。
◇
宰相の応接室は、シンプルな作りだった。
豪華さは無い。けれど質素でも無い。
美しい調度品が並んでいる訳では無いが、彫り込みのある美しい柱や、壁紙。
庭園が見渡せる大きな窓は、絵画のようで感嘆が漏れる。部屋にあるものに趣向を凝らし、美しさを演出している。
この部屋の持ち主は贅沢は好まないけれど、質素倹約という考えでも無さそうだ。
人から見られる立場である事を意識し、身の回りの物にも気を遣っている。そんな風に感じた。けれど、
「初めまして、マリュアンゼ嬢」
そう言って笑うこの国の宰相、ウェンジス侯爵はどう贔屓目に見てもマリュアンゼを歓迎していなかった。
ウェンジス侯爵はデニーツ子爵の兄である。
兄弟仲が良いと聞いた事は無いけれど、マリュアンゼに対して良い感情を持たないのは分からなくもない。
面白く無いのだろう。
外腹の姪が伯爵令嬢を出し抜き、その婚約者の嫡男と結ばれるかもしれなかった。
けれどその嫡男は先日の舞踏会後に異動が決まり王城を去った。栄転らしいが、恐らくもうここには戻らないだろう。
更に出し抜かれた方のマリュアンゼは公爵と婚約した。それも結局は取り消しになれど……どうやら隣国の王族へ嫁ぐ事になる。瑕疵を持った令嬢なのに。
(分からなくは無いけれど)
けれど当事者としては納得できない。
マリュアンゼが決めた事では無いのだから。
「初めまして宰相閣下。アッセム家のマリュアンゼと申します」
「勿論知っていますとも」
カーテシーを取るマリュアンゼに宰相は笑いかけ、ソファを勧めた。
因みに父は仕事を理由に追い払われた。
城内に入り暫くして、父は誰かに捕まり話し込み、直ぐ戻ると慌てて立ち去ってしまったのだ。
何となく察する。
宰相閣下はマリュアンゼだけに話があるようだ。
「光栄ですわ」
淑女の仮面でにこりと笑う。
宰相もまた、その顔に仮面を被り、笑顔を見せた。
15時くらいに短編投稿予定です。短編投稿これで一旦一休み。GWのお供に読んで頂けると嬉しいです。
仮タイトル
「聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません」