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22. 王の思惑 ※ フォリム視点


 対面に腰掛け、手ずからお茶の用意をする兄を、フォリムは緊張しながら見つめていた。


「そんなに固くならないでよ。別に意地悪しようって言うんじゃないんだから」


 からりと笑う兄に嫌がらせをされた事は、勿論無い。

 ただ……

 兄の事はよく分からず、近寄る事は無かった。

 そもそも教育係が違った。

 兄は王となるべく教育を、自分は王の盾となり剣となる臣下の教育を。


 子供の頃、フォリムは大勢に囲まれる兄が羨ましいと思っていた。

 自分は強くなるべく騎士達に揉まれ地面を転がっていた。兄の為に。その横を兄は大勢の家臣を従え祐然と歩く。

 その様を見ては、王とは綺麗なものだと、護るべく者から目を背けて毒づき、遠ざかった。


 だから兄が抱える物に気づいた時、フォリムにはどうしていいのか分からなかった。

 仲良く過ごして来なかった。何て声を掛けて良いのか分からない。そんな教育は受けていなかったのだから……

 そうして距離を詰める努力を放棄して来た。


 彼は王として育てられ、王となった。

 なるべくしてなった存在。

 そして彼の臣下として育てられた自分との間には、深い溝が横たわっており、既にその距離は確立されたものとなっている。

 そこに兄弟という概念は無い。

 フォリムは気を引き締め直した。


「いえ、それで御用向きは……?」


「うん、ヴィオリーシャから聞いているんだろう? 君たちの婚約を破棄して貰いたい」


 あっさりと告げられるその言葉にフォリムは目を眇めた。


「何故急に? 理由をお聞かせ願えますか?」


「ノウル国との国交強化の為だよ」


 またそれか。知らず顔を顰めるフォリムにアルダーノは目を細めた。


「フォリムの言いたい事は分かるよ。けれどね、我が国は三国に囲まれている。外交は大事なんだよ」


「それは分かります、ですが」


 アルダーノは吐息のような笑みを零し、フォリムを見据えた。


「勿論君なら分かっているとは思うけど。アッセム家の商品価値はとても高い。彼女と縁を結ばせる事で取引に優位性を見出せるのなら、外交に匹敵する価値を見出せる」

 

「……それで我が国の王族の婚約者を差し渡せば、此方が侮られるでしょうに」


「それもあるだろうね」


 アルダーノは肩を竦めた。


「マリュアンゼの相手とは誰です?」


「王弟だよ」


 その返事にフォリムは目を見開いた。

 自分と同じ立場……恐らく、だからこそ。

 奥歯を噛み締める。


「ノウル国が何故こんな事を言って来たと思う?」


 フォリムは兄の問いかけに首を横に振った。

 ノウル国とはここ数年良好な関係を続けて来ている。今回の様な話は寝耳に水だ。

 アルダーノは溜息を吐き、つまらない事だよと口にした。


「私が再婚した事が気に入らないのだそうだ。ノウル国の王弟殿下は、私の前妻の婚約者候補でね。身体が弱い事から頓挫した話だったのだけれど」


 フォリムは目を丸くした。


「何年前の話ですか? お互い子供の頃の事でしょうに」


「全くね。まあそれは言い掛かりの一つで、実際のところは分からないけど……」


「……まさか婚姻が上手く行かなかった事への当てつけですか?」


「どうだろうね」


 思い当たったある出来事にフォリムの声は低くなる。

 隣国の一つであるノウル国は、三年程前に王弟が公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と婚姻するという物語の様な恋愛劇を披露した。

 その話が題材になった小説や劇は国を跨いでここ、セルル国にも届いており、フォリムも耳にしている。


 一応王族のフォリムにも、男爵令嬢が王族に嫁すのは問題があるように思える。しかし隣国とは言え王家の婚姻であるから、何らかの利点かあるのだろうと踏んでいた。


 だが聞こえてくる物語は、とにかく真実の愛で結ばれたとそればかりで、詳細は掴みきれない。

 果たしてどんな女性なのかと気にはなったが、アルダーノに近づくなと命じられ、招待されていた婚姻式には参加出来なかった。


 ただ、国の代表として出席した宰相の護衛を勤めた騎士は、何故あの男爵令嬢の方が良いのか理解出来なかった、と首を捻っていた。


 婚姻後に二人にどんな関係が築かれていったのかは知らないが、確か王弟夫妻には子がいないはずだ。

 つまり……


「第二妃」


「その通り」


 アルダーノの淡白な返事にフォリムはカッと目を見開いた。


「ふざけないで頂きたい! 仮にも人の婚約者を第二夫人に寄越せだなどと!」


 フォリムの怒りをいなすように苦笑し、アルダーノは全くねと呟いた。


「正直相手にする必要など無いかと思います。義姉上が亡くなった事とて、此方に瑕疵など無いのですから」


「フォリム」


 窘めるように口にするアルダーノを、フォリムはギッと睨みつける。


「何です? まだ何かあるのですか?」


「大変残念な事に、ノウル国の大使夫妻のご令嬢が、イルム国の侯爵家に嫁ぐ事となった」


 フォリムは眉を顰めた。


「あの二国間に絆が生まれた。……ノウル国が我が国に悪感情を持ったままイルム国と縁を繋ぐ事は避けたい」


「……しかし、現国王夫妻は未だ兄上への恩義を感じている筈です」


「多分ね」


 アルダーノは組んだ足に肘を乗せ、窓の外に視線を投げた。


「でもいくら国王とは言え、全てに精通してはいないと思うよ。イルム国の向こう側は国際関係が複雑だ。今も種族間での摩擦を無くす為の婚姻や、新たな政策の舵きり、軍事強化。情勢は常に忙しない。

 私の婚姻では、イルム国から友好的な立ち位置を得る事が出来れば良かった。それに我が国とて、イルムやノウルだけに(かかずら)っている訳にはいかない」


 そう言ってフォリムを見るアルダーノの目には王としての意思が宿っていた。


「分かるね、フォリム」


「……」


「ノウルとの貿易を強化し国交を深める手段は悪くない。あちらに恩を売り関税率を引き上げる。我が国の利点であり、事を穏便に済ませられる手段だ。

 ……嫉妬とは存外面倒なものだからね、膨張する前に刈り取ってしまわねば」


「つまり私に再び婚約の解消をしろと」


 自嘲気味に笑うフォリムにアルダーノは眼差しを細めた。


「君とマリュアンゼ嬢の婚約は書類上どうとでも出来る。例えばマリュアンゼ嬢が隣国の王室入りが決まっていたが、公に出来るまで君の婚約者として振る舞って貰った……とかね。

 それに君ならもっと良い婚約者が見つかるだろう。今度こそ好きな相手を見つけるといい」


 フォリムは口を開いては、閉じた。

 返事は決まっているのだ。

 何故なら自分は王の剣であり、盾なのだから。

 お互いの立場で正しいと思った事を実行する。その様に育てられて来た……なのに。


 迷いを見せたフォリムにアルダーノは、変わらない様子で言葉を続けた。


「賢い令嬢なのだろう? 先程遣いをやった。アッセム伯爵にも話は通してある。話は終いだ。帰りなさい。私は忙しい。アッセム家は王家の意志を尊重する」


 アッセム伯爵の顔が思い浮かぶ。

 退役軍人の元将校。間違いなく王に忠実な家臣の一人。


「っ兄上……」


 立ち上がり、場を去ろうとする兄を呼び止め、フォリムは口元を戦慄かせた。


「フォリム、我儘ばかりは通じないよ。言っただろう? 女の一人くらい大事にしろと。マリュアンゼ嬢も君と共に在るよりも、良い縁となるのでは? 私たち王族が誰かを本気で愛する事など、あり得ないのだから」


 その言葉に身体を強張らせるフォリムから目を逸らし、アルダーノは執務室へと戻って行った。


 フォリムは誰かに愛情を感じた事が無い。恐らくアルダーノも。

 王族だからだろうか。

 そうしていつか誰も彼も駒に見えるようになっていって皆同じ顔に見えるようになるのだろう。けれど、なのに……


 掴み掛けた何かを感じたくて、フォリムは一人目を閉じ、自身の婚約者の、あの強い眼差しを思い出した。


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