20. 王妃ヴィオリーシャ ※ フォリム視点
「それで君がわざわざ呼び出したのか」
朝から王城に呼びつけられ、フォリムは眉間に皺を溜めて低く尋ねた。
「そうよ? 元婚約者の為にひと肌脱いだのだから、感謝して欲しいわね。今私、王妃なんだし?」
高飛車な物言いを面倒に思うが、降りかかった話を考えれば、どうやら面倒事では済まないようだ。
「ねえちょっと、本当に大丈夫なんでしょうね? 折角ジョレットを出し抜いたんでしょう?」
その科白にフォリムは額を抑える。
「人聞きの悪い事を言うな」
あれは偶々、偶々だ。
ジョレット・ガイラルは騎士団副団長でフォリムの部下だ。
品行方正で職務に忠実、人徳も持ち合わせた貴族には稀で、実直な人間。
そんなジョレットに好意を抱く、箱入りの令嬢に協力してやって欲しいと知り合いに頼まれた。
あいつの人柄に惹かれたのだと言われれば断れなかったし、そもそも相手は侯爵。フォリムとも面識があり、ジョレットにとっても間違い無く良縁だった。
マリュアンゼがジョレットに好意のようなものを抱いていた事、ジョレットもまたマリュアンゼに興味を持ち始めていた事は、別に関係ない。
それに二人を会わせてみれば印象も悪く無さそうだった。それを見て何故かフォリムが安心した事は、別にヴィオリーシャに言う必要は無い。
婚約が決まってから別邸でマリュアンゼに会う度に、ジョレットが自分の中の何かを少しずつ整理している事に気づいていたのは、自分だけのようだったけれど。
それだって別に、誰に言う気も無い。
そんな事より、
「まあそんな事より、よ!」
人差し指を立てながらヴィオリーシャが意気込む。
フォリムは思わず閉口し、ヴィオリーシャの人差し指を睨んだ。
「気をつけなさいよ。アルダーノはやると言ったらやるだろうから」
どこか思い詰めたように話すヴィオリーシャにフォリムは眉間に皺を寄せた。
『直ぐに王宮に来て頂戴。いい? 手紙を見なかった事になんてするんじゃ無いわよ。少なくともこの件では私はあなたの味方だから。ちょっと手紙は最後まで読みなさいよ! アルダーノがあなたたちの婚約の破棄を考えているみたいなの!』
何故とは問うまい。
兄の事だ。政略に必要なのだろう。
ちらりと元婚約者を見る。
兄は浮気などしない。
そして前妻には望めなかった子を成す事で、ヴィオリーシャに唯一を与える。愛しているという優しい言葉で、見なくて良い何かを隠しながら。
それは愛していないと背を向けた自分と、どちらが不実なのか。フォリムには分からない。
そんなフォリムを一瞥し、ヴィオリーシャは、ふんと鼻を鳴らした。
「あなたって本当に分かりやすい顔をするわよね。私の事はいいから、自分の事を考えなさい」
その言葉にフォリムは目を丸くする。
社交界に生きるならば隙の無い笑顔は必須だ。
フォリムとて王族の一人。意識せずとも感情が顔に出ないように、或いは感情を無くすように教育されて来た。それなのにと思ってしまう。
「何年あなたの婚約者をやっていたと思っているのよ」
溜息混じりに吐き出され、何故か責められているような心持ちになる。
「私はね、あの子の事が気に入ってるのよ。あなたを振り回しそうなところが特にね。だからあなたも、自分の気持ちにきちんと向き合いなさい。失くす事を受け入れては駄目よ。……執着と怨嗟に縛られると、立ち上がれなくなってしまうから」
腕を組んだまま真っ直ぐ自分を見据えるヴィオリーシャに、フォリムは唇を引き結んだ。
恐らくそれは彼女の経験論。
大事な何かに触れた気がして、フォリムは目を閉じてそっと溜息を吐いた。
「分かった。ありがとう」
「どういたしまして。頑張ってね」
目を閉じているフォリムには彼女の表情は見えない。けれど、その声音はいずれ国母となる芯と慈愛を秘めた、澄んだ音をしていた。