19. 国王アルダーノ ※ フォリム視点
フォリム・オリガンヌ公爵の兄、国王アルダーノは淡色に彩られた儚げな美男子だ。年齢は自分の三つ上で二十八歳だが年下に見えなくもない程、外見は幼く頼りない。
だが、あくまで外見は、の話だ。
あの見かけに騙される者は多いが、一国の国王がそれだけの筈が無い。
例えば兄はヴィオリーシャを大切にしている。
以前フォリムがヴィオリーシャの婚約者であった頃、フォリムが彼女に向き合っていない事に憤っていた。
それについてフォリムが度々兄に注意されている事は皆知っていたから、婚姻後は「王はヴィオリーシャ妃に好意を抱いていたから弟に嫉妬していたのだ」と、纏められた。
王は愛情深い。
彼の前妻は隣国イルムの第三王女。
だが本来は第四王女を娶る予定だった。第三王女が身体が弱く、とても他国に嫁げる体調では無かった為だ。
けれど兄はイルム国の第三王女と懇意になり、彼女と婚姻したいと訴えたのだ。彼が十二歳の時だった。
フォリムも共に隣国に訪れていたから、その様を見ていた。そして周りの大人たちが慌てふためく姿を見ては、息を潜めてその成り行きを見守った。
兄は第四王女との見合いの席で、その姉である第三王女に婚約を迫るような真似をした。本来ならば国交にヒビが入ってもおかしく無い話だ。
けれど隣国の国王夫妻、そして第四王女は第三王女に持ち上がった婚約話を喜んだ。
身体が弱いが為に望まれ嫁ぐ事が出来ず、臣下に下げ渡されるだけの身だった王女。それが隣国の王妃になるのだから。
また、国王夫妻は娘が相手に望まれ嫁ぐ事を純粋に喜んだ。セルル国とイルム国の婚姻による国交は、そんな形で纏まった。
帰りの馬車で、アルダーノは窓の外を見ながら独り言の様に呟いた。
「僕は十五歳で婚姻する」
それを聞きフォリムは目を丸くした。
「そんなにあの子が好きなのか? 兄さん」
たった一度会っただけ。
一目惚れだと兄は言っていたけれど、フォリムには尋常一様にしか見えなかった。
差し込む夕日が兄を赤く染め、知らない人間が向かいに座っているような錯覚を覚える。
「好きだよ。だから早く結婚しないとね。……死んでしまう前に」
その科白にフォリムは息を呑む。
兄が言わんとしている事に思い至り、景色に向けるその眼差しに背筋が強張る。
誰も十二歳の子供が政略の為に恋愛感情を持ち出すとは思わなかった。何故なら兄の雰囲気は儚げで、優し気で……だけど、
兄は第三王女の死を望んでいる────
何の確証も無かった。
今の科白も、王女と早く一緒になりたいと言っているだけのように聞こえる。なのに何故かその仄暗い考えはフォリムに根付き、居座った。
そうしてフォリムは兄に対し、強い警戒感を抱くようになっていったのだ。
結局兄の婚姻は義姉の体調が良い時期を選び、彼が十八歳の時となった。
そして彼女は嫁いでから六年程で亡くなった。
ヴィオリーシャを後妻として迎えたのは三年後の喪が明けた後。その間もアルダーノに女性の影は無かった。
最後まで妻一人を愛し大事に扱った王に、隣国イルムは甚く感謝し、長の友好を誓った。
そうして兄はイルム国からの厚い信を得た。
フォリムは葬儀で兄が笑っているように見えた。
けれど怒っている事を知っていた。
国交が上手くいった事に対して。
そして怒りはフォリムに対して。
何故女の一人大事にしてやれないのかと。
国の為に。
兄はフォリムの婚約者であるヴィオリーシャの価値を重んじていた。
彼女は有力貴族の娘。
国外の次は国内。
王族の地盤固めに必要な駒なのだ。
もしフォリムがヴィオリーシャを大事に扱っていたなら、兄は何もしなかっただろう。
他の誰かを娶る事はせず、亡くした妻を重んじる事で隣国への誠意を見せるつもりでいたのかもしれない。
けれど兄夫婦には子がいなかった。
フォリムには全てが兄の掌にあるのでは無いかとすら考えては、薄ら寒くなる。
他国の王女が産んだ子が、もし男子で次期国王になるとしたら……それは必ず後継に影響を及ぼす。
だからこそ妻の体調を理由に子供を許さなかったのではなかろうか。
次期国王は、国内の有力貴族の後ろ盾を得られる子が望ましい。
兄はそう考えたのかもしれない。
その父親は自分でもフォリムでもどちらでも良かったのだろう。セルル国の王族男子を父に持ってさえいれば……
だから煮え切らない弟に代わり、自らヴィオリーシャを得にいったのだ。恋に浮かされた男を演じてまで。
フォリムは腕を組み、窓の外を睨みつけているヴィオリーシャを見た。
フォリムは今王城にいる。
ヴィオリーシャに呼び出されたのだ。
とは言え婚約していた時と同じ、駄々っ子のような理由では無い。
呼び方は、まあ……似たようなものだったけれど。




