18. ずっと
「まあ! オリガンヌ公爵様!」
執事と共に出迎えた母は、馬車から飛び出してきた娘に口を丸く開けたまま固まっていたが、その後に続くフォリムに驚き、声を張ってみせた。器用な人である。
「マリュアンゼ、今日は舞踏会を放り出して途中で帰って来なかったのね」
「というか今馬車から飛び降りていませんでしたか?」
「え? あら、そうでしたか?」
母と執事の言葉に曖昧に頷く。
マリュアンゼとしてはどちらも掘り下げ無いで欲しいところだ。
見送りに関しては別にジェラシルの事はどうでも良かったけれど、相手にされていなかった事は薄々フォリムも勘づいているようだし。これ以上知られるのは流石に少し惨めなので。
飛び降りた理由も子供じみていて恥ずかしい。けれどそっと視線を逸らすマリュアンゼの隣に、落ち着き払ったフォリムが並び穏やかに告げる。
「こんばんは、アッセム伯爵夫人。今夜はマリュアンゼ嬢を貸して頂きありがとうございます。お陰でとても素晴らしい時間を過ごす事が出来ました」
「まあそんな、この娘が……良かったですわ」
母はフォリムの大ファンだ。
そんな相手に艶やかに微笑まれたものだから、頬に手を当て、ぽやんと呆けている。
「それではマリュー、また」
そう言って身を屈めたフォリムはマリュアンゼの耳に、唇を掠めさせた。
「贈り物をありがとう。嬉しかった」
不意に響いた低い声は、耳から心臓まで届くかと思うほど身体全体によく響き、ぼんっ! と耳から火を噴く勢いで、更には顔が朱に染まるのが分かる。
(よ、夜だからっ……暗いし……見えてないわよね、きっと!)
窺うようにフォリムを見上げれば、まだ近くにあったフォリムの唇が、マリュアンゼの目の前で、おやすみと動いた。
すっかり動けなくなったマリュアンゼの瞳を覗き込み、フォリムは満足気に笑う。
「まだ夜は冷えるから風邪を引かないように気をつけろ」
そう言ってばさりと自身の上着を被せるものだから、マリュアンゼは慌ててフォリムを振り仰いだ。
「次に会う時に返してくれれば良い。明日も来るのだろう?」
そう言って目を細めて笑うフォリムにマリュアンゼは、迷わずこくりと頷く。
マリュアンゼは明日もいつものようにフォリムに挑みに行く。何も変わらない。ずっと一緒だ。勝つまでは……
「では待っている。また明日」
そう言ってフォリムはマリュアンゼに笑いかけ、母に目礼して馬車に乗り込み去って行った。
胸の音がいつまでも小さくならない。こんなに自分の鼓動を聞いたのは生まれて初めてではないだろうか。
馬車が見えなくなったその後も、マリュアンゼはしばらくその余韻に浸っていた。
明日も明後日も……ずっと────
何も疑わず、マリュアンゼはただその日々を思うだけで、胸が温かくなった。
短くてすみません(^^;
夕方くらいに短編投稿します。
こっちはちょっと長めなので時間あるよ!という方、良かったらお付き合いお願いします^_^
タイトルは今のところこんな感じ
「義妹に婚約者に奪われた私は崖っぷちで死神に求婚されるようです」




