12. 舞踏会
アルダーノとフォリムの母である王太后は、踊るのも見るのも好きという、とにかくダンスが大好きで有名な人だった。
そんな王太后の前で踊るのかと思えば緊張するし、必要ないならばそれに越した事は無い、なんて思ってしまう。
しかし残念な事に国王夫妻のファーストダンスが終わり、フォリムは真っ直ぐにマリュアンゼのところまでやって来てしまった。
「何故こんな端っこにいるんだ」
「えーと……落ち着く、といいますか」
事実マリュアンゼは婚約者がいる間も壁の花をやってきた。そのせいか人が集まる場所に来ると目立たない所を探す、悲しい習性が付いてしまったのだ。
「さっきはすまなかったな」
「何がですか?」
再び差し伸べられる手を取れば、フォリムはそのまま当たり前のように口元に運び礼をとる。
その仕草に慣れないマリュアンゼは内心ドギマギと胸は落ち着かないが、表情には出さないよう試みる。
「庇ってやれなかった」
……ジェラシルの事だろうか。国王の事だろうか、いずれにしても何も問題無く済んだ事だ。それに、
「充分気にかけて頂きましたよ?」
自然と零れる言葉に違和感もなく、
「嬉しかったです」
心からの笑みが浮かぶ。実際、誰かに気にかけて貰えるのは嬉しい事だ。
フォリムは一瞬目を見開いた後に顔を逸らし、そうかと口にした。
「では改めてマリュアンゼ、私と踊って貰えるだろうか?」
珍しく殊勝な物言いで問うてくるフォリムにマリュアンゼは破顔して応える。
「喜んで」
きっと楽しい時間が待っていると、心が喜びに跳ね上がった。
「そう言えばあなたはダンスが得意なのか?」
思い出したように問いかけるフォリムを見て、マリュアンゼは得意気に口角を上げてみせた。
「私のステップに付いてこられたら、公爵様に飲み物をお取りして差し上げます」
「……言ったな」
フォリムはマリュアンゼを近くに引き寄せ、顔を見合わせ笑う。そして二人、舞台へと足を踏み入れた。
運動が大好きなマリュアンゼは、ダンスも同じく大好きだ。
踊っていると、複雑なステップを試したくなるし、綺麗に回ってドレスの花を咲かせるのは楽しい。
ジェラシルはそんなマリュアンゼの踊りを嫌がった。彼はダンスは優雅に踊りたがったから。
けれど今はフォリムの大きな手に支えられ、マリュアンゼは嬉しくて楽しくて……いつまでもジェラシルの事を考えている自分が馬鹿らしくなってきた。
◇
「本当に素敵な婚約者が見つかって良かった事」
嬉しそうに話す王太后に、マリュアンゼは淑女全開の礼で応じる。
「勿体無いお言葉です。王太后陛下」
「あなたのダンスは姿勢が綺麗で、それに難しいステップも優雅だったわ。フォリムに聞いていたけれど、本当に運動神経が素晴らしいのね」
目を輝かせて話す王太后だが、マリュアンゼは内心の動揺しつつも笑顔を忘れない。
「ありがとうございます」
(話しているかと思っていたけど、いずれ婚約破棄をするつもりだと知らないの、かしら……?)
更に王族の席でフォリムは当たり前のようにマリュアンゼの腰に手を回す。その手を払う訳にもいかず、果たしてこれが周囲にどのように映っているのか、マリュアンゼは段々と不安になってきた。
「是非もっとお話ししたいわ。今度はお茶をご一緒しましょうね」
断れる筈もなく……
「はい、王太后陛下」
(いいのかしら?)
それともこれはもしかして、はしゃぎすぎた事を叱られるだけかもしれない。
混乱しつつ頭を下げるマリュアンゼの隣で、楽しそうに笑うフォリムの足をダンス用のヒールで踏ん付けたくなったけれど、流石に決行は出来なかった。