遊戯脳症候群
よくある乙女ゲーム転生物に挑戦しました!
遊戯脳症候群。レジェシティ大国を十数年前より悩ませる、奇病の一つだ。
女性がかかり、罹患時期は不明。しかし、十代半ばから後半あたりで見てわかる程に症状が悪化する。
この世界を遊戯と呼び、自らをヒロインと呼ぶ。
高位令息を狙い、婚約者の座を狙う。
もしくは、その座を守るべく他を排除する。
苛められている自分を装い、弱さをアピールするなどが主症状だ。
簡単に言えば、転生者が乙女ゲームだと思って動いているのだ。
マルチネス・ロールキンは眼鏡を直して書類に目を向ける。昨夜集計した、今週の遊戯脳症候群罹患者の人数だ。
二桁を超す数に、神は何を考えているのだろうと頭が痛くなる。
マルチネス自身も転生者だ。産まれた時から記憶があり、その知識を活かして現在二十歳。
第一王子の秘書ポジションであり、今代の作品で攻略を手助けするお助けキャラ。
だからといって、攻略対象を狙う予定はない。
何せ、前世でこの乙女ゲームを作った一人だ。
キャラは皆、自分の可愛い子供という感覚である。
中世風の乙女ゲームというのはあまりなく、上司に提案したところ見事に通過。
そのままの勢いで第一弾を発売したら、瞬く間に大ヒットした。
売れれば続編が作られるもの。
そうしてどんどん続編が作られ、乙女ゲーム以外にもシミュレーションゲームや農園ゲーム、果てはレーシングゲームに格闘ゲーム。
ありとあらゆる分野を網羅し、レジェシティ大国という世界観は万国共通になった。
様々な乙女がハマっていたゲーム。だからか、転生して羽目を外す人が多いことこの上ない。
「マルチネス様。そろそろお時間です」
「あら、そうですね。カルネ様は?」
「……いつも通り、ごねております」
しょんぼりした顔の侍女。その頭を撫でつつ、マルチネスも準備に入る。
問題の人物の部屋を、勢いよくこじ開けた。
「王城へ向かう時間ですよカルネージ・ムーンライト第一王子!」
「だが断る!」
顔だけ格好つけても、布団に丸まっていれば何の意味もない。
金髪碧眼の美青年こそ、今作人気の攻略対象でありこの国の王子だ。
つまり、遊戯脳症候群の一番の犠牲者。
「行きたくないぃぃぃぃ」
「この季節なら、晴れの日に王城に行った方がいいです。雨の日でこのイベントをした方が、今後の好感度イベントが出やすいですからね」
「あ、あれを雨の日に!? 正気じゃない!」
「そうです。病気です。常識で考えれば、たまたま落下した自分をお姫様抱っこで抱きかかえる男性、たまたま海で船から転落した自分を助けに来る男性などいないと分かります。令嬢集団自害と題され、今も様々な作品に影響を与える程です。ほら、いいから布団から出る」
「いやぁぁぁぁ」
無理矢理布団をはぎ取り、床に放り投げる。観念したようで、渋々と言った様子でカルネージは着替えを始めた。
マルチネスは容赦なく衣服をはぎ取って着せると分かっているからだ。
王子がなぜ城にいないのか。それは今作の舞台である王立学園の校則が原因だ。
親元を離れて自立心を学ぶという事で、寮もしくはセカンドハウスに住めと指導が入る。
これは乙女ゲームでよくある、『身内がいない彼の部屋でドキドキ二人きり』というシチュエーションを表現するために追加された設定だ。
同じ目線に立ってみると、申し訳ないと感じる。
カルネージの準備が済み次第、馬車に乗る。最も、マルチネスが座るのは御者の場所だ。そうでなければ、安全に王城に行けないからだ。
手綱を取り、大きく深呼吸をする。馬車の後ろからは、騎士団が着いてくる手はずだ。
「行きますよ、王子!」
掛け声とともに馬を走らせる。勢いよく、普通よりも速く。すでに危険の為、進路上に一般人が出ないようにと指示が出ている。
にもかかわらず、物陰からちらちらと見える影。
「きゃああっ」
わざとらしい悲鳴と共に一人の少女が馬車の前に飛び出てきた。
瞬時に判断し、馬を操って少女を回避。よく見れば生地がいいので、どこかの令嬢だろう。
「あれっ?」
「刺繍のパラメータ不足!」
「嘘! このイベントで必要なのはダンスの……!」
あの速度で躱されると、大抵の令嬢は呆然とする。そして、ひっかけに簡単にかかる。
今頃、後ろの騎士団が遊戯脳症候群の彼女を捕えているだろう。
最も、この速度の馬車に飛び込もうとする女性など、イベント狙いの転生者くらいだろう。
そう思いながら、マルチネスは意識を集中させる。
王城に着くまでに、遊戯脳症候群は三人捕獲した。やはり少ない。
捕まえた彼女達は、特別な施設でここがゲームではないという事を理解させて矯正させる。
正確に言えば、無茶なイベント進行やキャラ攻略を諦めさせる。
マルチネスのように、大人しくこの世界を謳歌すれば幸せだというのに。攻略する気満々な肉食系転生者が多すぎる
「父上、母上、学園止めたい、部屋に籠りたい」
「我が子ながら、大変ねぇ」
「つくづく、私は運が良かったとしか思えぬ……」
豪華なサロンで死んだ目で両親に訴えるカルネージ。
それをのほほんとして受け取る王妃と、難しい顔の国王。テーブルに並べられた茶菓子も紅茶も進んでいない。
マルチネスは王子の傍で立っているが、人払い済なので他に人はいない。
この二人は転生者ではない。だが、マルチネスより遊戯脳症候群の真実を知らされている、数少ない人物だ。
宰相の娘とはいえ、当時五歳のマルチネス。親でさえ幼い子の妄想だと決めつけた話を信じてくれた優しい二人だ。
国王は転生者に狙われた事はない。何故なら、攻略対象でないモブだったからだ。
前作は令嬢ではなく王女がヒロインで攻略対象も全員王族という、今までとは違う設定にしたのだ。
各地の王族を集めた王族養成所に入ったヒロインを、手紙で励ます兄。それが、目の前の国王である。
だから今、王妃と共に幸せな生活を送れている。残念ながら、実妹は遊戯脳症候群として矯正中だ。
話で聞くよりも過激な令嬢の動きと息子の疲弊具合。
平和なこの国で国王夫婦を一番悩ませる問題だ。
「マルチネス。王子が引きこもりになった場合、何かあるかい?」
「難しいですね。基本的に、ヒロインかライバル令嬢と結ばれますから。ただ、婚姻せず引きこもるとなると、その先の攻略対象となる王子が生まれません」
「王族の血を引く人を国王にするのはダメなの?」
「家系図でカルネ様の名前が入っていましたので恐らくは無理かと。可能性の一つですが、魔物の上位種である魔族が滅びた王国を住処にし、そこへ聖なる力を持ったヒロインが関わっていくという作品もありまして」
「ボクの所為で国が亡びる!? それだけは……でも女性怖い!!」
震えて頭を抱えるカルネージ。それを、困った顔で見合わせる三人。
ここまで怖がるのには理由がある。それは五年前、カルネージ十歳の誕生日。婚約者を決めるパーティーが開かれたのだ。
そこに国王夫婦が前から打診していた高位令嬢達が、我こそはとカルネージに迫る。
しまいには、筆頭候補だった令嬢VS他の令嬢とキャットファイトが繰り広げられ、あまりの恐怖でカルネージは気絶してしまったのだ。
その場にいた令嬢五人共、カルネージ狙いの転生者だったのである。悲惨としか言えない。
二度とそういう目に遭いたくないと号泣したカルネージに、護衛としてマルチネスがつけられたのはそれから間もなくだった。
懐かしいと思い出に浸っているマルチネスを、王妃がじぃっと見上げてくる。
「マルチネスちゃん、うちの息子はどう?」
「残念ながら王妃。私から見れば、この国に生ける全ての人が大事な子供です。ですので、王子をそう言った目では見れません」
「あらあら。残念」
マルチネスの即答にころころと王妃は笑う。この話題になる度に問われるが、その答えが変わることはない。
ついに静まり返ったサロン。マルチネスは前世の知識を思い探り、今世の事実と照らし合わせていく。
そして、今取れる最適解を見つけ出した。
「王子。好みの女性は?」
「とりあえず、遊戯脳症候群以外の人」
「でしたら、可能性が一つ」
その言葉に、礼儀作法も忘れ椅子から立ち上がるカルネージ。国王夫婦も目を丸くしている。
「本当か!?」
「あくまで可能性です。叶ったとしても、いろいろと問題が湧き出てくるでしょう」
「息子の為なら、いくらでも尽力しよう」
覚悟を決めた三人の表情に、マルチネスは深く頷く。そして、思いついた事を説明するのだった。
教会の聖なる鐘が、祝福の音色を奏でる。
多くの人々が見守る中、扉がゆっくりと開き、新郎新婦が姿を現す。それに伴い、人々が歓声に沸いた。
たくさんの祝いの言葉を送られ、幸せそうに微笑み民衆に手を振る新郎新婦。
新郎は紛れもない、カルネージ・ムーンライトその人だ。王子の結婚式に、ここぞとばかりに民衆は大盛り上がり。
それを離れた席から見守る国王夫婦。その隣にマルチネスは立ち、温かい気持ちで本日の主役を見守る。
マルチネスの提案から三年。カルネージは見事、花嫁を迎えたのだ。
相手は小国ジェムストーンの第三王女、エメラルダ・ストーンである。
緑色に艶めく髪が美しく、誰にでも優しい彼女に癒される者は多い。彼女を選んだ辺り、カルネージは相当に癒しが欲しかったと見える。
あの日、マルチネスは思い出した。
自分は関わっていないチームが、レジェシティ大国の世界観で美少女ゲームを開発していたことに。
記念すべき第一作目の舞台が、ジェムストーン国である。
攻略対象は、先代国王のお盛んにより年が近い王女七人。
王女達の兄である現国王が、主人公を見込んで王城に招くところから話が始まる。
今までの遊戯脳症候群患者で、攻略対象やその周りに発症したという者はいない。
ならば、同じ攻略対象であるジェムストーン国王女なら、カルネージもストレスなく恋愛できるのでは。
その考えが正しかったのだと、眩い笑顔のカルネージを見て頷く。
「カルネージ、幸せそうだな」
「本当に良かった……! マルチネスちゃん、ありがとう……!」
「私は可能性を提示しただけです。実際には王子が奮闘し、さらに国王様達がこの結婚に力を尽くされたからです」
実際、隣国などの横やりが酷かったと聞く。取るに足らないと馬鹿にしていた小国が、大陸一の大国と縁を結ぶなど考えもしなかっただろう。
そこをどうにかやり込んだ国王夫婦。これを逃せば、孫をその手に抱く可能性が零に等しくなるだろうから、必死だっただろう。
「これで問題は何一つなくなった。本当にめでたいことだ」
「お言葉ですが…………私として、懸念が一つ」
「なあに?」
「今まで、『ヒロインが男性を攻略するゲーム』という枠組みだったところに、『主人公が女性を攻略するゲーム』を組み込んだのです。そして、美少女ゲームの方もそれなりの数が出ていたと気がします」
「…………つまり?」
「……………………この先、男性に遊戯脳症候群発症者が出る可能性が」
マルチネスの言葉に、石化する国王夫婦。マルチネス自身も、できればそうでなければいいと思う。
残念ながら、マルチネスの言葉が現実となり、王族一同が揃って頭を抱えるのだった。
コメディが時々書きたくなるんですよ(真顔)
読んでいただきありがとうございました!
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